愛梨さんを煽ってから3日後だった。興信所から連絡が届き、2人がホテルに入った様子を撮影したと。その証拠写真は今、俺の手元にある。やはり、煽っておいて正解だった。ここまでは、とてもスムーズ。怖いくらいに。もう、彼女を煽る必要はない。証拠は手に入れた。それに、まだ数週間ある。その間に何度かはまた神木君を求めるだろう。
「……とりあえず第一段階はほぼ、終了だ」
送られた写真たちを見ながら呟く。まだ、この時代はAIが発展していない。だから、偽造や作り物などの言い訳は不可能だ。そもそも、神木君はまだ中学生。この事実だけでも社会から見たら問題だ。このまま、上原清十郎の元に行く手もあるが、このままだと神木君が責められる可能性がある。だから、今度は彼自身から言葉を引き出す。
「……これが一番手こずるかな」
自分の苦しみを誰かに打ち明けるのは、とても勇気がいる行為だ。無理に聞き出すのは、かえって塞ぎ込む形になる場合がある。それに、現段階で、俺が愛梨さんとの関係を聞き出すのは不可能だ。知っている時点でもうおかしい。いきなり「2人の関係を知っています」と言われたら、恐怖そのものだろう。
知りすぎているというのは、時に異物扱いをされる。今のところいい関係を築けているが、それをぶっ壊す可能性が高い。一番いいのが本人の口から言ってくれることなんだけど。
「それは、難しいよなぁ」
そんなことを考えているとインターホンが鳴った。あぁ……もうこんな時間なのか。時計を見ると11時。資料を封筒に戻して鍵付きの引き出しに入れ、鍵をかける。そんなことをしているともう一度インターホンが鳴る。
「はいはい……今出ますよ」
玄関に向かい扉を開ける。そこに立っていたのは。
「来たよ、彼方。ちゃんと待ってた?」
「お邪魔します……天城さん」
アイと神木君だった。なぜ、2人が俺の家を訪れたのか。それは、2日前に遡る。
2日前。
「ねぇ、2人とも、彼方の家で演技の練習、しよ?」
唐突にそんなことを言われて固まった。手に持っていた台本を落としたよ。
「また……唐突だな、アイ」
「天城さんの……家にですか?」
なんでまた俺の家なんだろうか?……少し考えたがやめた。だって、考えてもわからないから。考えるだけ無駄である。
「いいじゃん、別に」
「家の方が落ち着くし、絶対やりやすいって」
「ね?ダメ?」
上目遣いで見つめるの、やめてくれませんか?そんな目をされたら断れないじゃないですか。
「私はいいけど、神木君は大丈夫かな?」
「え、僕ですか?……あ、いえ、大丈夫です」
「むしろ、その方がしっかり見られると思いますし」
「……ご迷惑でなければ、お願いします」
なんか、ごめんな。アイが押し切った形になって。俺は、心の中で謝罪をしておく。というか、普通なら教えてもらう側が出向くのだが……うん。もういいや……俺知らない。
思考を完全に放棄してしまった。
という流れになり、2人が俺の家に来ることになった。そう言えば、ここに越してきてから誰かを招いたことはなかったな。
「へぇ……ここが彼方の家なんだ」
部屋に入るなりキョロキョロと辺りを見ている。一応、最低限の物しか置いていない。趣味もあまりないし、家にいる時は大抵、演技の練習か読書くらいだ。前世では他の趣味もあったが、今はそれを一緒にやる相手がいないのでやっていない。
「……すごく、落ち着いた部屋ですね」
「余計なものがなくて、集中できそうです」
「……天城さんらしい、というか」
まぁ……この部屋はそうだけど、寝室はちょっと……見せられないかなぁ。実は、少し片付けたのだ。昨日までは洗濯物が散らかっていた。家に人が来ないから、だいぶ放置していた。
「とりあえず演技の練習しようか」
いろいろと見て回っているアイにそう言う。そんなに面白い物ないんだけどなぁ。
「えー、もう?」
「ちょっとくらい見てもいいじゃん」
「……でも、まぁいいけど。ちゃんと見るんでしょ?私のこと」
振り返り、笑みを浮かべながら聞いてくる。今日も推しが可愛くて最高です。今考えることじゃないことを考えていた。
「もちろん……ちゃんと見てるよ」
「じゃあ始めようか」
こうして練習が始まった。
アイの演技は、前よりも格段によくなっていた。神木煇との練習の成果か、それとも彼が与えたヒントの影響か。否、その両方だ。周りから彼女は天才と呼ばれているが、実のところそうではない。
話は変わるが、アイドル歴0のアイがB小町のセンターを攫ったのは、本人の努力によるもの。ステージの位置、笑顔の作り方。ステージの上に立ち、ファンに対してとびきりの「嘘」をついている。人一倍研究してたどり着いた努力の結果。ある意味で彼女は天才だ。今回も、演技に対しての研究をし、自分なりの核心へと辿り着こうとしていた。
(………凄いな。)
アイの演技を見て思ったのが、シンプルな感想だった。前まで違和感があったが、その違和感が少しずつ修正されていた。しかも、この短期間で。元々の素質はあったと思う。彼女なりの演技の考え方が形になっている。俺がそこに辿り着くのにそれなりに時間がかかったのに。
(はは……本当に凄いな。)
もしかしたら、アイと一緒に仕事できる日も近いかもな。思わず笑ってしまっていた。
「今の、ちょっと良かったでしょ?」
「ねぇ、どうだった?ちゃんと教えてよ」
一通りの演技が終わった後に感想を求めてくる。
「ねぇ彼方、なんで笑ってるの?変なの」
笑っている彼の姿を見て不思議そうにしながら、彼女も微笑んだ。
「いや……なんでもない。よくなってきているよ。前よりも……でも、まだ荒削りな部分もあるから、そこを直していこうか」
「ほんと?」
「どこが良かった?ねぇ、ちゃんと教えて」
「私だけじゃなく、神木君にも意見を聞かないと。偏るだろ。」
なんで一番に俺に聞くかなぁ。神木君、完全に空気扱いじゃん。呼びつけておいてこれは、さすがにどうかと思うぞ、アイ。
「え、あ……僕もですか?」
「……じゃあ、少しだけ」
いきなり話を振られて少し驚きながらも、彼が抱いた感想を聞くことにする。
「さっきの感情の入り方、すごく自然でした」
「ただ、最後の表情……もう少しだけ抑えてもいいかもしれません」
「……でも、本当に良くなってます」
この子、俺より説明が上手くて感想もしっかり言えてる。これ、俺いらなくね?そんなことを思ってしまう。劇団ララライに所属している役者だ。演技に対しての理解力が高い。俺は、自分の演技に対しては論理的に見られるが、他人の演技に関しては感覚で見ている部分が多い。だから、大雑把なアドバイスしかできない。いやぁ……彼がいて本当に助かったよ。
「へぇ……ちゃんと見てるんだ」
「ありがと、神木くん」
「……じゃあさ、その“抑える”ってどうやるの?」
アイが神木に近づき、そう聞く。彼は読んでいた台本を指差しながら、
「えっとね……この部分なんだけど」
とアイに説明を始めた。その様子を彼は満足そうに眺めていた。
(うんうん……いい感じだね。2人の距離も縮まってきている。これなら、原作通りにくっつきそうだなぁ。)
と……そんなことを考えていた。しかし、この考えが完全な的外れだったことを知るのは少し先の話だ。
「さて……お昼にしようか」
「少し待っていて、サクッと作るからさ」
今の時刻は12時30分。立ち上がり、エプロンを付ける。
「え、作るんですか?」
「……天城さん、料理できるんですね」
呼びつけておいて、さすがに何も出さないのは失礼だろう。
「え、彼方が?」
「なにそれ、ちょっと気になる」
「私も手伝う」
手伝おうとしてくるアイだったが、やんわりと断って座らせる。俺、一人でやった方が早いし、それに……アイに包丁とか握らせるのがシンプルに怖い。
「ほら……客人たちはおとなしく座ってなさい」
2人を座らせて、俺は料理に取り掛かるのであった。
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