なんとかアイを宥めて料理に取り掛かる。施設時代から料理の手伝いはしていたし、前世では1人暮らしもしていた。そんなに凝った物は作れないけど、家庭料理やレシピ本に書いてある程度の物なら作れる。
「……誰かに振る舞うのは初めてだな」
慣れた手つきで具材を切る。自分の為にしか食事を作ってこなかったので口に合うか心配だが、いつも通りに作る。味は濃すぎないように。神木君はもしかしたら濃い味が好きかもだが、分けて作るのは面倒なのでバランスよく味付けをする。
作り始めて約30分後に完成。作ったのはカルボナーラとサラダ。カルボナーラには本来ベーコンを使うのだが、そんな物はなかったのでウィンナーで代用。サラダに関しては切って盛り付けただけ。余分に作ったのでおかわりもできる。
「お待たせ、2人とも」
テーブルに作った物とフォークを置く。その後にコップと水。最後にサラダ用のゴマだれ、シーザーサラダ、和風と3種類のドレッシングを並べる。これで食事の準備は整った。
「わ……すごい」
「めっちゃ美味しそうじゃん、彼方」
出てきた料理に対して目を輝かせながら見ている。
「ほんとにこれ、彼方が作ったの?」
「……いい匂いですね」
「見た目もすごく綺麗ですし……」
「ありがとうございます、天城さん」
まだ、お礼を言うのは早いと思うな、神木君。見た目は問題ない。問題は味だ。人によっては合わないかもしれない。すごくドキドキしている。
「じゃあ食べようか」
3人とも手を合わせて。
「「「いただきます」」」
そう合唱して食べ始める。うん……いつも通りの味だ。我ながら上手くできたと思う。さて……2人の反応は?食べながら2人の方に視線を向ける。
「ん……なにこれ、普通に美味しいんだけど」
「え、ちょっと待って。彼方って料理できる人だったの?」
「……なんか、ずるくない?」
なんでそんな顔をするのかな?美味しいんだよね?なんでジト目で見てくるの?
「……すごく美味しいです」
「味も優しいですし、食べやすいですね」
「ウィンナーでも、こんなに合うんですね……」
アイ……神木君を見習いなさい。普通に感想を言ってくれている。美味しかったならよかったけど。にしても、やっぱりいいなぁ……。誰かと食卓を囲むのは。食事は「何を食べるか」じゃない。「誰と食べるか」だ。どんなに美味い物を食べても、1人じゃ心までは満たされない。
「美味しいならよかったよ」
彼自身も食べ進める。3人は笑顔だった。
いつからだろう。1人で食事をするのが当たり前になったのは。気づいた時には、そうなっていた気がする。両親は忙しくて、家にいないことが多い。帰ってきても夜遅くて……ほとんど顔を合わせない。ご飯はちゃんと用意されてる。学校にも行かせてもらってるし、劇団にも入れてもらえた。……何も不自由はないはずなんだけど。それでも、どこか足りない気がする。
神木輝は、親からの愛情を十分に受けられず育った。親は両方とも仕事ができる人間だった。故に、仕事ばかりで家族として向き合う時間がなく、家族それぞれが違う方向を見ていた。それでも、愛が欲しかった神木は、姫川愛梨との関係を続けていた。
久しぶりだな……こうして、誰かと一緒に食事をするの。……食事って、こんなに楽しかったんだ。別に特別なことをしてるわけじゃないのに。ただ、誰かがいるだけで……こんなに違うんだ。愛梨さんと食事をしたこともある。あの時の方がずっといいものを食べてたはずなのに。……なんでだろう。こっちの方が、美味しく感じる。
その時、彼の片方の瞳から涙が溢れ出していた。それにいち早く気づいたのは彼方。
「どうした神木君。何か、問題でもあった?」
「それって、彼方の料理が美味しすぎたせいでしょ」
天城さんは心配そうにこっちを見ていた。アイさんはいつも通りで……それが少しありがたかった。……2人と出会ってから、何かが変わってきている気がする。うまく言えないけど、前とは少しだけ違う。
「……すみません。なんでも、ないです」
「……ただ、ちょっと。……あったかいなって、思って」
僕がそう言うと、天城さんは少しだけ表情を曇らせた。……たぶん、気づいてるんだと思う。でも、何も言わなかった。それが少しだけありがたかった。
「私からは何も聞かない。」
「神木君。嫌な事からは逃げてもいい。でも、目を逸らしているだけじゃ逃げた事にはならないんだよ。これを覚えておいて」
その言葉、痛いほど僕に刺さった。
「……はい。わかってます」
「でも……まだ、ちゃんと向き合う勇気はなくて」
わかっている。けど、そんな勇気は僕にはないから。そんなに強くはない。
「なら、誰かと抱えればいい。別に1人でとは言ってない」
「………俺も、苦しい時はアイとその苦しみを分けて一緒に抱えてもらった。その逆も然り」
天城さんの一人称が変わっていた。いつもの「私」じゃなくて、「俺」に。……少しだけ驚いた。でも……今はそれどころじゃなかった。
「ね、彼方も前、一人で抱え込んでたよね」
アイさんが、あんなふうに言うのは少し意外だった。天城さんは、弱さを見せない人だと思っていたから。……でも、違うのかもしれない。そういう一面を見せられる相手がいる。それが、アイさんなんだと思った。
「無理には聞かない。でも、限界を迎えたら遠慮なく俺にぶちまけていい。そうしたら少しは軽くなる。因みに……これ経験談ね」
天城さんは笑っていた。その表情が少しだけ眩しくて。……年もそこまで変わらないはずなのに。不思議と違って見える。同じ中学生とは思えなかった。
「ていうかさ、そろそろ“さん”付けやめない?」
「それと、2人ともさ、苗字じゃなくて名前で呼ぼ?」
さっきまで少し空気が重かったのに。彼女の一言でそんな空気が少し緩む。また、唐突な事だった。2人は顔を見合わせて笑っていた。
「はは……そうだな。じゃあこれからは輝だな」
「え……あ、はい」
「……じゃあ、その……彼方、でいいのかな」
天城さん………いや、彼方に名前で呼ばれた。少し、くすぐったい。それなのに、不思議と嫌じゃなかった。むしろ……少しだけ、安心した。……兄みたいだ、なんて。そんなふうに思うのは、変かもしれないけど。出会って、まだそんなに日も経っていないのに。
「……少し、照れますね。」
「照れるなよ……全く。」
そう言いながら彼は、輝の頭を撫でて笑う。わしゃわしゃと撫でながらしばらくしてやめた。
「改めてよろしくな、輝」
「……はい。よろしく、彼方」
そんな2人の間に彼女がすかさず割り込んでくる。
「ちょっと、私のこと忘れてない?彼方、輝」
「男同士の友情を高めていただけで忘れてないぞ?」
「……忘れてないですよ、アイさん」
「その……ちゃんと、3人です」
3人が同じ食卓を囲み、笑い合う。イレギュラーである彼の存在は、確実に2人に影響を及ぼしていた。アイに関してはもう言わずもがなだが、神木煇の心を少しずつ溶かしていた。
「ていうかさ、私だけ“さん”付けなの?輝」
「……あ、ごめん」
「その……癖で。じゃあ、アイ……でいい?」
「うん、それでいい」
「なんかさ、その方が近くなった感じするじゃん」
アイは笑っていた。……それは、いつも通りで。それよりも彼方が、腕を組んで頷いているのが少し気になった。なんだか、妙に満足そうで。……どうしてだろう。
「さて……食事の続きをしようか」
食事中だった。そう言えば。そうして食事を再開。やっぱり美味しい。また、食べたくなる味だ。
「おかわりあるよ……若いんだから、しっかりと食べないと」
「え、ほんと?じゃあもらう」
「彼方のご飯、普通にもっと食べたい」
「……ありがとうございます」
「じゃあ、お言葉に甘えて……少しだけ」
彼方が、僕とアイの皿を受け取って台所に向かっていく。その背中を見ていて、ふと思った。なんだか、似ている。昔、祖父母の家に行った時みたいな、あの感じに。落ち着く、というか。……不思議だ。年だって、そこまで離れていないはずなのに。本当に、中学生なんだろうか。
「おかわりお待たせ」
しばらく待っていると、両手に皿を持つ彼の姿。皿にはおかわりのカルボナーラが乗っている。それぞれの前に皿を置かれる。
「わ、ありがと彼方」
「……ありがとうございます」
食事は、あっという間に終わった。でも……不思議と、まだここにいたいと思った。……また、食べたいな。そんなふうに思えたのは、久しぶりだった。
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