一番星は消えない   作:ディバル

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4章 親と子
051 父と母


 

 

 

 

「あ……そう言えば、彼方……私、妊娠しちゃった」

 

「…………ごめん。もう一度言ってくれ」

 

俺の家でくつろいでいるアイが、思い出したかのように言ってきた。ここ最近、互いに忙しくてしばらく会えてなかった。久しぶりのアイとの時間を楽しもうと思った矢先のカミングアウトだった。

 

「だから……できちゃったの。彼方との、赤ちゃん」

 

……聞き間違いではない。ハッキリと再度報告。悪戯っぽく笑っている。柔らかな声だが、どこか芯のこもった声だった。

 

「………………」

 

もはや言葉が出なかった。アイとしたのはあの時の1回だけだ。長期間のドラマの撮影やモデルとしての仕事で、対面で会うのは実に4ヶ月ぶりだ。電話とかで話はしていたが、出会って早々の報告とは……。 

 

「……もしかして、あの時?」

 

分かりきっていることだが、念のため聞いておく。

 

「うん……私ね、彼方としか、そういうことしてないもん」

 

「……ですよねぇ」

 

しっかりとゴムはしていた。と言っても、それが完全に回避できるかと言えば違う。……限りなく低い確率を引き当てたことになる。予想はしていたが、まさか本当にその予想が的中してしまうとは……なんとも恐ろしい。

 

「……他に誰かに言ったりとかは?」

 

「うん……彼方にしか、言ってないよ?」

 

最初に報告したのは俺、ってわけか。これに関しては、前みたいにいろいろと暗躍できない。というか、大人たちの手を借りないと不可能だ。

 

「アイは、産みたいか?」 

 

「……産みたいよ」

 

少しも迷いのない声だった。さっきまでの軽い調子とは違って、まっすぐで、強い。

 

「だってさ、彼方との子どもだよ? ちょっと怖いけど……それ以上に、なんか嬉しいの」

 

アイは自分のお腹にそっと手を当てて、小さく笑う。

 

「私、ずっと“愛”ってよくわかんないなって思ってたけど……こういうの、もしかしたらそれに近いのかなって」

 

少し照れたように視線を逸らしながら、それでも続ける。

 

「……だから、逃げたくない。ちゃんと向き合いたい」

 

そして、ゆっくりとこちらを見て。

 

「彼方は……どう思う?」

 

そう聞いてくる。元から……俺の答えは決まっている。

 

「アイが産みたいなら、俺は全力で支える。それだけだ……これから忙しくなるよ」

 

迫ってきたのはアイだが、結局ヤってしまったのは事実であり、責任を取る必要がある。彼女が産みたいなら尚のことだ。腹を括るしかねぇ……。もちろん不安もある前世では親になった事はない。初めての経験。でも、ここまで来たら覚悟固めるしかないだろ?

 

「……そっか」

 

一瞬、きょとんとした顔をしてから、アイはふっと息を漏らすように笑う。

 

「ほんと、彼方ってそういうとこズルいよね」

 

少しだけ目が潤んでいて、それを隠すみたいに軽く顔を背ける。 

 

「もっとこう……迷ったりとか、焦ったりとかすると思ってたのに」

 

またこちらを見て、今度はまっすぐに。

 

「でも……ありがと」

 

その言葉は、今までの軽さとは違って、ちゃんと重みがあった。

 

「“支える”って言葉、簡単そうで一番難しいの、私知ってるから」 

 

小さく笑って、お腹に当てていた手にもう片方の手を重ねる。

 

「じゃあさ、約束ね。逃げないこと。私も、彼方も」

 

少しだけ悪戯っぽく目を細めて、

 

「あと……忙しくなるのは覚悟してよ?アイドルと、ママと、あと……」

 

ほんの一瞬だけ間を置いて、

 

「彼方の彼女、全部やるんだから」

 

最後は、いつものアイらしい、少し無邪気な声で。

 

「……ねぇ、彼方。逃げちゃダメだよ?」

 

 

 

 

 

俺たちが事務所に入ると、すでに壱護さんとミヤコさんが座っていた。事前に連絡しておいた。壱護さんは正式に身元引受人となり、名義上では親となっている。なら……筋をしっかりと通さないといけない。というか……頼れる大人はこの人たちしかいない。

 

「どうした? 俺とミヤコに話があるって。……わざわざ二人まとめて呼ぶってことは、軽い話じゃねぇんだろ」

 

彼の目が俺達2人を捉えている。

 

「いい、聞いてやる。隠さず全部話せ」

 

壱護さんは見抜いていた。この人たちと関わり始めてもう3年。今から話すことがただならぬことだと分かっているみたいだ。

 

「……単刀直入に言います。アイが妊娠しました。父親は俺です」

 

まどろっこしいのは抜きで、早速本題を伝えた。

 

「……は?……お前、今なんて言った?アイが、妊娠……父親が、お前……?」

 

予想外だったのか壱護さんがしばらくの間、フリーズした。

 

「……ふざけてるなら今すぐやめろ。これは冗談で済む話じゃねぇぞ」

 

壱護の瞳が彼らを捉える。その真剣な眼差しから、それが悪い冗談ではなく事実だということを理解した。

 

「……本気、なんだな?………はぁ……で、どうするつもりだ。覚悟はできてるんだろうな」

 

当然の返しが返ってくる。俺たちはまだ15で、成人すらしていない。そんな子どもが親になろうとしている。普通なら降ろせと言われてもおかしくはない。

 

「……できています」

 

「……うん。できてるよ。ちゃんと産みたいって思ってる」

 

二人の言葉で、壱護は大きなため息をつきながら頭を抱える。彼からしたら、今売れている二人がとんでもない爆弾を抱えてきたのだから、こうなるのも当然だ。

 

「……そんなに甘い話じゃないですよ、二人とも。覚悟があるだけじゃ足りないの。現実は、もっと重いのよ」 

 

ミヤコさんもそう言ってくる。それに頷く壱護さん。

 

「……まさか、お前がアイドルに手ぇ出すとはな。正直、その心配だけは無いと思ってたんだが……」

 

「……壱護の言い方もあれだけど、でもね彼方さん。あなたも、軽率だったのは事実ですよ」

 

二人から見たら、彼から手を出したように感じたみたいだ。しかし、その言葉を聞き、アイが黙っていなかった。

 

「……ねえ、そんなに彼方ばっかり責めないで?襲ったのは私からだしさ」

 

クソでかいため息を出している。しかし……

 

「……ほら、ちょっとだけゴムに細工しちゃったの、私だから」

 

その言葉で部屋中が凍りついた。全員がアイに視線を向けた。壱護は口を開けたまま固まり、ミヤコは頭を抱え、彼方は目を見開いて驚いていた。

 

「……は?……今、なんて言った?」

 

「……ちょっと待ってください、待ってアイさん。それ……冗談じゃないよね?」

 

現場はもはやカオス状態だった。さっきまでのシリアスな雰囲気が、彼女の発言で全てぶち壊されてしまう。

 

「……アイさん、自分が何言ってるか分かってます?」

 

「……はぁ……頭痛ぇ……お前ら、ほんとに……とんでもねぇことしてくれたな」

 

「アイ……もしかして最初から子ども作る気でいた?」

 

彼女は頷き、肯定する。

 

「……うん、ちょっとだけね」

 

「最初から全部ってわけじゃないけど……でも、そうなってもいいなって思ってた」 

 

………いつ細工したの?いや………本当に。

 

「……彼方となら、いいかなって」

 

その返しで、二人が同時にため息をついた。彼に至っては無言で額に手を当てていた。

 

「……はぁ……頭抱えるしかねぇな、これは」 

 

「……二人とも、甘く見すぎです……いいですか? これは“好き”だけでどうにかなる話じゃないわ……でも、ここまで来た以上、逃げるって選択肢はない」

 

「……やるなら最後までだ。中途半端は許さねぇ」

 

二人の反応はこれだった。俺たちの行動に対して責めはしたが、降ろせとは言わなかった。事務所の運営をする二人にとって、こんなの世間にバレたら一発アウトなのに。センターアイドルに男がいるだけでも、アレなのにそれに子供がプラスされた。バレたらイメージダウンの騒ぎではない。下手したらB小町の解散。最悪は事務所が終わるって事もあり得る。

 

「分かってます。……父さん、母さん。俺たちだけでは難しい問題です。どうか力を貸してください」

 

頭を下げる。俺たちにとってこの二人は父と母代わりみたいなものだ。いつも見守ってくれ、無茶なことを言うこともあった。ここまで来れたのも、決して俺1人の力ではない。この人たちのおかげだ。育ての親っていうのは変かもしれないが、今はこう呼ばせてほしい。

 

「……顔上げろ。そういうのは、覚悟決めてからにしろって言っただろ」

 

しばらく続いた沈黙を破ったのは壱護さんからだった。

 

「……ったく、勝手に父さん母さんなんて呼びやがって……」

 

「でもね、その呼び方した以上、逃げ道はないわよ」

 

二人が一瞬驚いた表情を見せた。そして、その後に柔らかな笑みを浮かべる。 

 

「……はぁ……ほんと、世話の焼ける子達」

 

一難去ってまた一難。これからいろいろ大変だろうし、さまざまな人に迷惑をかけるだろう。でも、乗り越えてみせる。アイやこの人たちと一緒に。

 

 






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