壱護さんとミヤコさんに話してから1ヶ月が経過した。アイが活動休止を発表した。予定した通りに事が進んでいた。俺も仕事を調整して、今日は壱護さんのツテの病院に向かっていた。
「また……この地に来るとはな」
予想していた通りの地に、また来ていた。宮崎……3年前にアイやB小町、そして俺が仕事をした場所だった。ここで、さりなちゃんとも初めて会った地。あれから訪れていないのに、とても懐かしい気持ちになる。
「……ね、ちょっと運命っぽくない?またここに来るなんてさ……なんか全部つながってるみたい」
懐かしい気持ちを感じていると、アイに声をかけられる。
「……でも今度は、お仕事じゃなくてさ。ちゃんと“未来”のために来てるんだよね、私たち」
手を俺の腕に回して抱きつくアイ。未来か……自分の事は二の次だったが、今は彼女と一緒に未来を見ている。かと言って油断はしない。ドーム公演まで何があるかわからない。でも、前よりかは力を抜いていいだろう。
「俺達と子供達の未来だな」
「……うん、そうだね。“家族”の未来だもんね。ちゃんと守りたいなって思う。絶対、幸せにしようね」
そんな事を話していると、後ろから大きなため息が聞こえた。そのため息の主は斉藤壱護であった。
「……おいおい、病院の前でイチャつくな。場所考えろ」
話していると壱護さんが割って入る。
「“家族の未来”だの何だの、いいこと言ってるがな……まずは現実見ろ、現実」
耳に痛い言葉が飛んできた。歩いているうちに病院に着いた。確かに場所を考えないと。地方とは言え、アイを知っている者がいる可能性はある。B小町はそこそこ有名になっているので、バレたら大騒ぎだ。かと言う俺も知名度はまあまあ……ある。
アイは帽子を被り、俺に関しては伊達メガネと髪型を少し変えている。ガチの変装をすると病院の人たちにかえって迷惑をかけるので、軽めの変装だ。
病院に入り、待つ。壱護さんが予約していたみたいだ。にしても、病院でこうやって待つのはいつぶりだろう?前世で骨折した時を思い出す。同じ場所を3回も骨折して、そのうち2回が手術前だったという。なんともアホなエピソードだ。
「……星野さん、天城さん。お待たせしました。診察の準備ができていますので、こちらへどうぞ」
待つこと1時間。呼ばれたので、まずは診察室に入る。もう少しで、あの男とご対面だ。
「アイが活動休止か……心配だなぁ……無事に戻ってきてくれたらいいけど」
俺は、雨宮吾郎。この病院で産婦人科医をしている。で、まあ……そんな俺にも一応、趣味くらいはある。アイドルだ。B小町のアイを推してる。……で、そのアイが活動休止、ね。普通にショックだった。そりゃあ理由は分からないし、芸能界なんてそんなもんだって頭では分かってるけど。でも……仕事は待ってくれない。
「……切り替えろ、俺」
今は医者だ。推しのファンじゃない。目の前の患者をちゃんと診る、それが最優先だ。
「はい。お待たせしましたっと。えっと……星野さんは初めてですね」
「はい」
目の前にいる患者は、妊娠の検査だ。お腹の具合は、20週ってところか。初診察にしてはだいぶ遅いタイミングだな。それに年齢が16。なるほど……訳ありで誰にも相談できないままここまで来たパターンか?
「貴方は親御さん?」
「まあ……戸籍上は………彼女は施設育ちなもので。実質、後見人というか身元引受人というか」
「……なるほど」
16歳、施設育ち。どこかで聞いたような話だな……。
そんな事を思っていたが、次の瞬間……彼女が帽子を取った。
「…………」
「先生、どうなんでしょう?ものすごい便秘という可能性は……」
「だとしたら死んでますねぇ……」
「そっちは順調!今日も問題なかったよ」
「ちょっと……アイ。女の子がそんな事言ったらダメだよ」
隣に座っていた彼がそう注意する。
「とりあえず検査してみましょう。準備がありますのでお待ちください」
そう言いながら、彼は一旦診察室から退出した。退出した後に……ようやく彼の脳内が現実に追いついた。
ちょいちょい!ちょいちょい!えっ……本物?アイのそっくりさん!?いや……長年のファンの俺が見間違えるはずがない!!……それにしてもリアルアイ、ちょ〜〜〜〜かわい〜〜〜〜〜っ。
じゃねぇ!!推しのアイドルが妊娠している。ショックでゲボ吐きそうなんですけど!!というか……隣にいる男は誰だよ?
扉を開けて、待つ3人の様子を見る。彼が注目していたのは、隣に座っていた天城彼方の存在。推しのアイドルが妊娠したという事実は、彼にとって大きな衝撃を与えており、冷静さを欠いていた。
「ワンチャン、お前らの勘違いだと賭けたが……どうしてこうなった?」
ホントそれだよ!!……お前らって事は……もしかして!!
「いやぁ……ホントにすいません。これは俺の責任ですね」
「彼方は悪くないよ?だってさ、前にも言ったけど襲ったの、私だもん」
ちょっと!?……もう俺の脳内パンク寸前なんですけど!?
検査が終了し、診察室に全員が戻ってきた。
「診察結果……20週の双子ですね」
「「「双子」」」
彼の言葉を聞き、3人が同時にハモる。反応はそれぞれだ。壱護は汗をダラダラとかいており、彼方は顎に手を当てて何か考え込み、アイはしばらく固まっていた。
「双子……」
そして、再度同じ言葉を繰り返した。予想してなかった出来事に戸惑っているのだろうか。それは彼女にしか分からない。
「……もう一度確認するぞ。本気で産む気なのか?」
「……うん、産むよ。1人でも2人でも、関係ないよ。だって、私の子だもん。ちゃんと産んで、ちゃんと育てる」
「俺も育てる覚悟はできてます」
やっぱりこの子が父親なのか……。雰囲気的にアイより年上か?
「君が父親なのかな?」
「そう言えば、自己紹介をまだしてませんでしたね。俺は、天城彼方……アイと同じで16歳です。よろしくお願いします……雨宮先生」
アイと同じ……雰囲気的に年上と思っていたが……それにしても、さっきアイが言っていた“襲った”ってのは……。いや……考えるのはよそう。これ以上は脳が本当にパンクする。
そう言えば……彼の名前を俺はどこかで……ダメだな。今の脳はまともに機能していない。
「先生はどう思う?」
彼女の問いに対して、彼は……
「最終的な決定権は君にある。よく考えて決めるんだ」
「そうとしか言えないな」
自販機で買ったコーヒーを飲みながら、屋上で呟いていた。医者としては……ね。ようやく……落ち着いてきた。俺は、君に男がいても応援し続ける。でも、君が子供を産めば、もうこれ以上高く羽ばたく事はできなくなるんだろうな。
「ファンの意見ってのは身勝手だよな……さりなちゃん」
一人でいろいろと考えていると、屋上の扉が音を立てて開いた。視線を向けると、そこにいたのはアイと天城彼方の姿だった。
「あっ……センセ」
「お仕事お疲れ様です」
「星野さんと天城さん……」
2人はそれぞれの反応を見せながら近づいてくる。
「社長の紹介って事で選んだんだけど、良い所♪」
鼻歌を歌いながらその場を歩いているアイ。
「わざわざこんな田舎に来たのは、東京だと人目につくから?」
「あれ?仕事の事言ったっけ?」
「昔……患者に君のファンが居たんだよ」
そう言ったアイは、「あちゃー」と言いながら笑っていた。
「やっぱ溢れ出るオーラ隠せてないね」
「笑い事じゃないんだけどなぁ」
隣で彼が少し困ったように笑っている。……妙に落ち着いているな。初めてという感じがしない。こういう場の空気に、どこか慣れているようにも見える。
「君は……アイドルをやめるのか?」
「なんで?やめないよ?」
普通は……やめる、って選択をするんじゃないのか。出産して、そのまま身を引く……そういうケースはいくらでも見てきた。それなのに、この子は違うのか……。
「私、家族って居ないから、家族に憧れがあったんだ」
「お腹に居るのは双子なんでしょ?それに彼方もいる。産んだらきっと賑やかで楽しい家族になるよね!」
彼女は少し膨らんだ腹部にそっと手を当てて、静かに微笑んでいる。
「子供は産む……アイドルも続ける……つまりそれは……」
「そ……公表しない」
「アイドルは偶像だよ?嘘という魔法で輝く生き物。それに……
『嘘はとびきりの愛なんだよ?』」
その瞳に、思わず視線を奪われる。
「母親としての幸せとアイドルとしての幸せ……普通は片方かもしれないけど……」
月明かりの光が彼女を照らす。
「どっちもほしい……星野アイは欲張りなんだ」
アイというアイドルは思っていたよりずっと図太く、ずるくて強くて……やけに澄んでいる。空に浮かぶ一番星みたいに、静かに光っていた。
「星野アイ……僕が産ませる。安全に元気な子供を」
僕はどうしようもないほど、君の
「決意を決めたところで悪いんですけど……1つ聞きたい事が」
決意を固めたところで、彼がそう言葉をかけてくる。
「……ああ、構わないよ。何かな?」
「さっき言っていた、雨宮先生が言っていた患者のファンというのは……天童寺さりなちゃんですか?」
その少女の名前は、彼にとっても古傷。ここに、彼女の光だった者達が集結した。
ようやく原作に入りましたね。ここまでくるのに50話近くかかるとは思いませんでしたね。
皆様の感想や評価が作者のやる気に繋がっています。よければ評価と感想をお願いします。
各章解説と他作品の元ネタ解説いるかどうか。
-
いる
-
いらない