一番星は消えない   作:ディバル

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056 誕生と喪失

 

 

 

 

クソ……。なんとも間が悪い。飛行機から降りて交通機関を駆使してなんとかここまで来た。病院はもう少しだ。

 

走る……。がむしゃらに体力を全く考えずに。しばらくすると息が少しずつ上がっていく。そんなのはどうでもいい。自分の心配をする必要はない。アイが今頑張っている。それに比べたら俺は、ただ走っているだけなのだから。

 

しばらく走っていると病院が見えて来る。そのまま病院に入った。入ってからは早歩きで分娩室に到着。外で待つ壱護さんがいた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……もう産まれましたか?」

 

「……いや、まだだ。……よく間に合ったな」

 

どうやら間に合ったらしい。その安堵感により一気に体に疲れが来た。少しだけ立ちくらみをしてしまう。でも、なんとか踏みとどまる。まだ、安心するな……子供達が産声を上げるまで。 

 

彼が分娩室に入る許可をもらおうとした時だった。

 

「…………オギャアッ、オギャアッ!!」

 

「……っ、……もう一人……!」

 

「………オギャアアッ……!!」

 

2人の産声が響き渡った。

 

産まれたと事実を知って、彼は少しの間立ち尽くしていた。分娩室の扉が開き、看護師が少しだけ微笑みながら、そう彼を中に案内する。

 

「……お父さん、もう大丈夫ですよ。中へどうぞ」

 

その言葉で現実に戻ってくる。ゆっくりと……ゆっくりと歩を進めて中に入る。中には彼女は荒い呼吸のまま、額に汗をにじませながらも、双子を抱えているアイの姿。

 

「………よく頑張ったな、アイ」

 

絞り出した言葉は、シンプルな労いの言葉。彼の姿を見て、アイは安心したような笑みを浮かべている。

 

「……えへへ……すごいでしょ?ちゃんと、産めたよ」

 

ついさっき子供を産んだ母親とは思えない軽い言葉。しかし、その瞳からは涙が溢れている。痛みを耐えて頑張って産んだ双子……。アイの腕の中で元気よく泣いている。

 

「あぁ………ありがとう、アイ。そして、産まれてきてくれてありがとう………アクア、ルビー」

 

事前に決めていた名前を呼びながら、彼の瞳からも涙が溢れていた。今この瞬間、新しい命が芽吹いた。

 

「……お父さん、抱っこしてみますか?」

 

「……はい」

 

アイから看護師に、そして俺に渡った。看護師に抱っこの仕方を教えてもらいながら抱っこをする。………とても小さい。そして、何よりも美しかった。確かな温もりが俺の体に伝わる。あぁ………可愛い。

 

「本当に………」

 

この感動を上手く言語化しようとしても言葉が出ない。さらに涙が溢れる。俺たちの子供だ。こんなにも感動するものなんだなぁ………。

 

子供達と一緒に彼は泣いていた。胸に込み上げてくる物があったのだろう。そんな様子を見て、アイがクスッと笑い声を上げた。

 

「……そんな顔するんだ。ふふ……なんか、いいね……ちゃんとパパしてる」

 

「そう言うアイも……もうママだぞ?」

 

「……うん。……ちょっとまだ実感ないけど……でもさ、こうしてると……ちゃんと“なったんだな”って思う」

 

腕の中で泣き続ける双子を見ながら、彼らはそれぞれの言葉をかけた。

 

「アクア、ルビー………俺達がしっかり2人を立派に育てるよ」

 

「……アクア、ルビー……大丈夫だよ。ママがちゃんと守るから……いっぱい、愛してあげるね」

 

新たな命がここに誕生した。しかし、それと同時に1つの命が同時に散ってしまった。それに彼が気づくのは少し後の話である。出産は無事に終えた……しかし、別の種が撒かれている事に彼らは気づかない。

 

 

 

 

 

ただ距離を取ろうとしただけだった。それが、こんな結果になるなんて思っていなかった。

 

「………殺した。………俺が?」

 

山道の中に1人の人影が存在していた。ゆっくりと歩いて、雨宮吾郎を落とした場所からかなり離れていた。彼の目的は、ある人から頼まれ情報を引き出す事。結論から言うと、それは失敗した。逆に自分が余計な事を言い、その結果として人を1人殺めてしまった。

 

その事実をまだ受け止めきれておらず、困惑している。そんな時に、声が響いた………。

 

「リョースケさん……こんな所で何してるの?」

 

その声は、酷く彼の耳に届いた。視線がそちらを向く。

 

「なんで……お前がここに?」

 

山道の中、その人物は正確に彼の位置を特定し、目の前に現れたのだ。その顔は、完全な無表情。そして、何よりその瞳は真っ暗……完全な闇だ。

 

「そんな事どうでもよくない?」

 

声が響き渡る。

 

「それより情報は?」

 

質問には答えず、逆に向こうから質問が飛んできた。

 

「………そんな場合じゃあない……俺は殺してしまった」

 

全身を震わせながらその事実に恐怖する。自らの意思で人を殺した。その現実が彼の精神を蝕む。しかし、そんな彼の様子を見ても、目の前にいる者の心は動かない。興味なさそうにしている。

 

「……で?情報取れたの?」

 

再度、同じ質問を繰り返す。それにしか興味がないみたいだ。感情のない、まるで機械のように事務的。

 

「………俺、自首する……この先、捕まる恐怖を感じながら生きたくない」

 

目の前の人物が出す質問に答えずに出た言葉は、彼の心からの叫び。そのまま山道を抜けて元来た道へと戻ろうとする。だが………それを許してはくれなかった。

 

「ダメだよ?」

 

ゆっくりと近づき、彼の顔を両手で包み込み、自身の顔を彼に近づける。その真っ暗な目が眼前に迫る。

 

「ひっ……その目で見るなぁ!!」

 

笑顔ではあるが、その笑顔はとても不気味で歪だ。彼も目の前にいる者の事は知っている。だが、表の姿とは全くの別物。その落差に恐怖する。ゆっくりと後ずさる。

 

「あ……危ないよ、下がったら」

 

言葉は届かない。どんどん下がっていく。目の前の得体の知れない者に対する恐怖。人を殺してしまった事による罪悪感。そして、これから待ち受ける未来。それらが彼を狂わせる。

 

「あ………」 

 

下がり続けた結果、彼の足が地を離れた。

 

「うわあああああああっ……!!」

 

風を切る音にかき消されながら、途切れ途切れに響く絶叫。足を踏み外し、そのまま下へと落ちていった。絶叫は、夜闇へと消えていく。そして、静寂が訪れた。

 

「あぁ……だから言ったのに」

 

その落ちていく姿を見ながら呟く。そして、その者は来た道を戻る。落ちたのに眉一つ動かない。冷酷とは違う……単純に興味がない。ただ……それだけである。

 

「リョースケさんは捨て石だったし……これから邪魔になるからちょうどよかった」

 

スマホを見ながら、彼に付けていたGPSを切る。しばらく歩いていると山道から出て、元の道に戻ってきた。月明かりがその者を照らす。

 

「あの人は………この月みたい」

 

ニコッと笑みを浮かべて呟く。その顔は先程とは違い、とても人間らしい表情。視線は月を向いているが、どこか違う誰かが瞳に映っている。 

 

「…………愛してる」

 

少し遠くに見える病院を見ながら、一言だけ告げる。その言葉は誰にも届かない。

 

「だから…………アハ」

 

その場を後にする。もうそこには誰もいない。残ったものは、2つの過去の異物。ここに新たな化け物が誕生した瞬間だった。

 

未来は確かに変わった。しかし、変わらないものも確かに存在する。この世界線はもう……元の道から完全に外れた。ここから先の未来は、彼ですら予想できないものへと変わる。

 

 

 

 

 

「………なんで出ない?」

 

無事に出産を終えた後、アクアとルビーは看護師達に預けられ、アイは出産の疲れから今は眠っていた。俺は電話をかけていた。その相手は雨宮先生。

 

何度かけても出ない。あの人が仕事を投げ出すとは思えない。あの人は約束を守る、そんな人だ。そんな彼が電話にすら出ない。行けなくなったのなら、誰かに連絡くらいするだろう。それすらない。

 

「…………まさか」

 

嫌な想像が頭をよぎる。本来の世界線と全く同じ末路を辿った可能性がある。だが、ここで疑問が浮かぶ。輝を無事に救ったのに何故?原作通りのリョースケの仕業なら誰が情報を?それに、彼が犯行に及んだ理由は、意図的に他人の心を煽り、弱った彼に狂気を宿らせたりと言葉巧みに人心を掌握した結果だ……。

 

しかし、この世界の輝は違う。心は壊れずアイに執着していない。………一体誰が?全ての原因が神木輝だった。それを取り除いて雨宮吾郎が死んでいたのなら……。

 

「クソが……」

 

壁を殴る。そんな事をしても意味はないのに。涙すら出なかった。自分の中で湧き上がる感情……それは、怒り。俺が忠告しておけば………

 

『不審者を見かけても追いかけないで下さい』

 

この一言さえ言っていれば。

 

油断していた。輝さえどうにかすれば終わりだと決めつけていた。現状何もわからない。ただ、1つだけ確定した事がある。

 

「………まだ終わってない」

 

ようやく気を緩められると思った………しかし、そう簡単にはいかないみたいだ。

 

 

 

 






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