一番星は消えない   作:ディバル

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005 割れる仮面

 

 

彼女が部屋から消える30分前星野アイは部屋で考えていた。ベッド上に座り膝を抱える。窓の外は夕焼けで赤く染まっていた。もう何日も、同じ事を考えている。

 

母親は来なかった。施設の門を何度も見た。玄関の音がするたびに胸が跳ねた。でも、来なかった。最初は「きっと忙しいんだ」と思った。次は「きっと道に迷ってるんだ」と思った。そして……もう、何も思わなくなった。

 

「……やっぱり、そうなんだ」

 

ぽつりと呟く。声に出した瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。

期待していた自分が、馬鹿みたいだった。母親は、迎えに来ると言った。

だから待っていた。ずっと、ずっと。でも、来なかった。それだけの話だ。

 

「……はは」

 

小さく笑う。涙は出ない。出るはずだった涙は、どこかで乾いてしまったみたいだった。机の上には、施設でもらった色鉛筆が置いてある。その横に、折れたクレヨン。アイはぼんやりとそれを見つめた。

 

「……なんで、期待したんだろ」

 

呟く。期待しなければ、こんなに苦しくなかったのに。誰かに愛されるなんて、最初から思わなければよかったのに。

 

ふと、アイの頭の中に彼の顔が浮かぶ……天城彼方。

 

「…………」

 

星野アイにとって彼は変な人だ。自分から「好かれたい」なんて言ってきたり、難しい事を言ったり。でも……気づけば、友達になっていた。

 

 

「ほんと、変」

 

少しだけ口元が緩む。しかし、その笑顔もすぐ消えた。

 

「……でも」

 

ぽつりと呟く。彼は、優しい。だからこそきっと気付いていると彼女も察していた。ここ最近、彼は何度も話しかけてきた。でも、アイは気づかないふりをした。

 

優しくされたら、また期待してしまうから。期待して、裏切られるのはもう嫌だった。だから、誰も近づけない方がいい。その方が、楽だ。アイは、ベッドから降りそして、窓に近づく。外はもう暗くなり始めていた。

 

「……ちょっと、外行こうかな」

 

部屋にいると、いろんな事を考えてしまう。少しだけ、外の空気を吸いたかった。それだけのつもりだった。アイは窓を開けた。冷たい風が頬に触れる。

 

「星、見えるかな」

 

空を見上げる。まだ空は明るくて、星は見えなかった。

 

「……まぁ、いいや」

 

そう呟く。そして彼女は、窓から静かに外へ出た。アイは歩き続けた。歩き続けていると雨が降り始める。雨宿りをできる場所を探し最終的に辿り着いたのが河川敷の橋の下だった。

 

「どうしよう」

 

ぼーっと雨が降るのを眺めていた。アイは膝を抱えたまま、雨をぼんやりと眺めていた。橋の下に落ちる雨音が、ぽつぽつと静かに響いている。最初は何も感じなかった。胸の中は空っぽで、ただ時間だけが過ぎていく。

 

「……別に、平気だし」

 

小さく呟く。誰に聞かせるでもない言葉だった。

 

「どうせ……最初から、そういうものだし」

 

言い聞かせるように、もう一度。

 

でも、その言葉は自分の胸に落ちると、ひどく軽くて、嘘みたいに響いた。

 

「……っ」

 

喉の奥が詰まる。視界が少しだけ揺れた。

 

「……あれ?」

 

頬に温かいものが伝う。雨とは違う、温度のある雫。

 

「……なんで」

 

ぽたり、と膝の上に落ちた。

 

「……なんで、泣いてるの」

 

自分でも理由がわからないまま、涙は止まらなかった。

 

「……迎えに、来てほしかっただけなのに」

 

声は震えて、最後の言葉はほとんど消えていた。雨音の中で、アイは小さく肩を震わせながら、声を押し殺して泣き続けた。そんな時だった。

 

「アイ!!」

 

声が響いた。それは、間違いなく貴女に向けられた物。顔を上げるとそこには雨でびしょ濡れになった天城彼方の姿。

 

「天城くん?」

 

 

 

 

 

いろいろな場所を巡りようやく彼女を見つける事ができた。アイを見る。外傷はなくどうやら怪我はしてない様子だ。それに安堵する。とりあえず無事でよかった。

 

「わざわざ探しにきてくれたの?」

 

彼女は、無表情でそう言ってくる。こんな顔は初めて見た。まるで全てを諦め絶望している。そんな感じが漂っていた。

 

「なんで、私なんかに構うの?」

 

無機質な声が響く。俺は、彼女の前に立つ。もう、迷わない。あの日、アイと初めて出会った時に決めた。俺は、彼女を救うと。それは、単に彼女の命を救うだけではない。彼女の心も救う。そして、幸せになってもらう。これは、完全なる俺のエゴだ。身勝手で今はただの小学生。そんな今の俺ができることはたかが知れている。彼女を救い幸せにするその為なら、どれだけ彼女に嫌われても痛みを伴う事になってもいい。だって俺は……推しに幸せになって欲しいから。

 

「アイが俺の友達だからだ」

 

ハッキリと断言する。

 

「俺には、アイの気持ちを完璧に理解する事はできない」

 

「………」

 

彼女は何も言わない。黙って聞いている。俺の心臓は今、過去一鼓動を早めている。俺は、自分に自信が持てない。この選択が正しいのか、このまま言葉を紡いでもいいのかさえわからない。だけど、それでも続ける。

 

「お母さんに迎えに来て欲しかったんだよね………でも現実は違った」

 

「………何のこと?」

 

雨音が全く聞こえない。アイの声だけが俺に響く。取り繕っているが、明らかな間があった。俺は貴女に跪く。そして、彼女の頭に触れて優しく撫でる。それは、親が子供をあやす様な仕草だった。そのまま撫で続ける。

 

「………俺にはアイの気持ちや辛さをわかってあげられない。でも……これだけは言う……辛かったね」

 

頭に触れると彼女の体が少し跳ねる。撫でられる事に慣れていないのだろう。しばらく体が震えていた。だが、しばらくすると落ち着いてくる。

 

「……っ、やめてよ……」

 

「そんなこと……言われたら……」

 

「私、平気なのに……平気なふりしてたのに……」

 

「なんで……なんで今……そんなこと言うの……」

 

ピキッ……と何かが割れる様な音が聞こえた様な気がした。彼女の仮面が砕けた。やはり、彼女は普通の女の子だ。他の人より嘘つきで取り繕うのが上手いだけ。平気なわけが無い。まだアイは11歳の少女だ。

 

「……っ、う……」

 

「迎えに……来てほしかった……」

 

「お母さんに……来てほしかったよ……!」

 

「ずっと待ってたのに……!」

 

アイの口から本音が漏れ出す。今まで我慢してきた物が口から溢れ出し瞳からは大粒の涙を溢していた。

 

「私、いい子にしてたのに……!」

 

「なんで……来てくれなかったの……なんで……私だけ……」

 

「……うぅ…っ……こわかった……」

 

「一人になるの……こわかったよ……」

 

やっと本音を見せてくれた。それが何よりも嬉しかった。いつも飄々として掴みどころがなかった。今は違う。自分の感情と向き合い押し殺さなかった。よかった……本当によかった。

 

「今は、いくらでも泣いていい。俺が側にいるから」

 

彼はひたすら頭を撫で続けた。アイが泣き止むまで。本来の世界線では、絶対にない場面だ。彼は、彼女の仮面を打ち砕いた。それが、これから先にどう影響するのか、何を意味するのかは誰もわからない。ただ、一つだけ確実な事が言える。彼女の中で何かが変わり始めた。それをまだ彼は知らない。いつの間にか雨は止んでいた。

 

 

 

 

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