一番星は消えない   作:ディバル

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063 踏み出す一歩

 

 

 

 

あれから1年が経過した。俺達は立ったり喋ったりしても怪しまれない程度に大きくなり、ルビーはアイドルや俳優をママ、パパと甘えるヤバいファンになった。

 

「ママァ!ママァ!よしよししてぇ!」

 

アイの手がルビーの頭に触れて優しく撫でられる。アクアはその光景を見て、一瞬だけ目を細めた。

 

「……またやってる」

 

呆れた声は出るのに、止める気配はない。むしろ慣れすぎていて、もはや確認作業に近い。ルビーが全力で甘えているのも、アイがそれを自然に受け入れているのも、今さら驚くようなことじゃない。そう思っているはずなのに、なぜか視線だけは外れなかった。

 

「アクアも甘えて来たらどうだ?」

 

そう言いながら彼方くんがそんな事を言ってくる。

 

アクアは一瞬だけ目を瞬かせて、それから小さく息を吐いた。

 

「……は?」

 

彼方の言葉の意味をゆっくり咀嚼して、ようやく理解すると、困ったように眉を寄せる。

 

「いや、しないけど」 

 

即答はするけど、拒絶というより“ありえないことを真顔で言われた”みたいな反応だった。ルビーがまだアイにべったり甘えているのを横目に見て、アクアは肩をすくめる。

 

「そういうのはルビーだけでいいでしょ」 

 

少しだけ視線を逸らして、それ以上は深く追及しない。否定はするけど、空気は壊さない程度の距離感で止める。

 

「……俺はいいよ」

 

そう言って軽く手を振るように流し、そのまままたルビーとアイの方に視線を戻す。呆れてるのに、完全にはその場から離れないまま、いつものように静かに見守っていた。

 

「………アイ。アクアも撫でて欲しいって」

 

アイは一瞬だけ目を瞬かせて、それから小さく笑った。

 

「え、アクアが?」

 

ルビーの頭を撫でていた手はそのままに、自然にアクアの方へ視線を向ける。迷いなく手を伸ばす。アクアの頭にそっと触れて、そのままルビーと同じようにゆっくり撫でる。

 

「はいはい、いい子いい子」

 

冗談っぽい声なのに、手つきだけはやけに自然で優しい。……アイの手が、頭に触れる。柔らかくて、あたたかい。拒む気はない。ただ、少し遠慮していただけだ。……それなのに。この感触に、わざわざ理由をつけて距離を取るほど、俺は器用じゃないらしい。

 

「甘えられる時に甘えとけばいいよ………」

 

頭に触れるアイの手の感触は、思っていたよりずっと普通で、だからこそ余計に逃げどころがない。甘えるとか、そういう話じゃないだろ。そう思いながらも、すぐに振り払うほどの違和感でもなくて、結局そのまま受け入れてしまっている自分に少しだけ呆れる。

 

ルビーが満足そうにしているのが視界の端に入る。あいつはあれで完成してるけどな。そこに自分まで並べられるのは、正直ちょっと違う。それでもアイの手は普通にそこにあって、普通に撫でられているだけで、別に特別な意味があるわけでもない。……まぁ、別にいいけど。

 

アクアは小さく肩の力を抜いて、視線を少しだけ逸らす。

 

「……満足したなら、それでいい」

 

そうぼそっと言って、結局その場からは動かずに、そのまま静かに空気に溶けていた。

 

 

 

 

 

アイの仕事は確実に増えていた。モデルにラジオ、アシスタント。そして、ドラマの仕事も貰っていた。と言っても……ちょい役なんだけど。

 

「ママの演技楽しみ!」

 

始まる前からルビーは、はしゃいでいた。アクアは、静かだが画面をジッと見ている。でも……この後の展開、知っているんだよなぁ……俺。

 

「あっ、このシーンだ!」

 

アイが画面に映る。

 

「あっ、ママ!」

 

「もっと大きく映せ」

 

2人とも大興奮。しかし、その興奮もドラマが進んでいくにつれて萎んでいく。そして、あっという間にドラマが終わってしまった。まぁ……そうだよな。

 

「えっ……これだけ!?」

 

「ワンシーンちょびっとじゃん!!」

 

カットされたんだろうな……。アイの魅力は周り、他の演者、引いては主役までも喰らってしまう。要は、強過ぎたのが、ちょい役にしては……余りにも。

 

アクアがスマホを取り出し、別室に向かった。監督に文句を言いにいったのだろう。

 

「……演技、下手だったかな」

 

ちょっと苦笑しながら、画面から視線を外す。分かりやすく残念そうにしている。

 

「えっ、違うって!ママのせいじゃないし!むしろ一瞬でも映ってたのすごいから!カットした方が悪いって!ママの演技、普通に良かったし!」

 

凄い勢いで捲し立てているな。俺は現場で直接見た訳じゃない。だけど、アイの演技は知っている。輝と一緒に何度も練習した。アイの演技は知っているつもりだ。

 

「実際に見てないが、アイの演技はよく知っている。製作陣の問題だろうね」

 

ルビーは一瞬だけ目を丸くして、それから勢いよく首を縦に振った。

 

「そうそうそう!!それそれ!!ママの問題じゃない!!」

 

そのまま拳を握って、やけに真剣な顔になる。俺も大概だが、ルビーもかなりのアイのオタクだ。まぁ……前世からの推しだから仕方がないかもしれないけど。

 

「むしろママのせいにする方が見る目ないから!!」

 

言い切ったあと、急に落ち着いてアイの方を見上げる。切り替え早……。

 

「ね、ママ気にしなくていいからね?」

 

アイは少しだけ目を瞬かせて、それから困ったように笑った。ルビーの方が熱く語っている。

 

「……ふふ、ルビーはほんと大げさだね」

 

そう言いながらも、撫でる手はそのまま止まらなかった。今回は、運が悪かったと思うしかないな。そんな事を思っていると、アクアが戻って来た。何だか微妙な顔をしている。

 

「どうした?アクア……そんな顔して」

 

「……監督から、アイに映画の話が来てるらしい。……ただ、僕が出るのが条件だってさ」

 

あぁ……なるほど。次は、あの場面か……。ルビーは一瞬固まって、それから一気に前のめりになった。

 

「えっ、映画!?すごいじゃん!!」

 

ぱっと顔を輝かせたあと、途中で言葉の後半を思い出して首を傾げる。

 

「……え、でもなんでアクアが条件?」

 

少しだけ不思議そうにしながらも、すぐににやっと笑う。

 

「共演ってこと?いいじゃんそれ!」

 

アイは少しだけ目を伏せて、考えるように間を置いた。

 

「……私に、映画かぁ」

 

小さく呟いてから、アクアの方を見る。

 

「それで?アクアはどうしたいの?」

 

アクアは一瞬だけ視線を逸らして、短く息を吐く。

 

「……別に、僕はどっちでもいい」

 

少し間を置いてから、アイの方に視線を戻す。

 

「アイがやりたいなら、それでいい」

 

素直じゃないなぁ……でも、嫌だとは言っていない。それがアイの為なのか、それとも……演技に対して興味があるのかは分からない。

 

「……そっか。じゃあ、一緒にやろうか」

 

アイはいつものように笑っていた。

 

「ふふ……いいね。親子揃って同じ作品に出るの」

 

ルビーは一拍遅れて、ぱっと顔を輝かせた。

 

「え、ちょっと待って!?それめちゃくちゃ良くない!?」

 

ぐっと身を乗り出して、2人を交互に見る。さっきまで落ち着いていたがまた興奮し始めた。

 

「ママとアクアが同じ作品って、絶対バズるやつじゃん!!」

 

もう完全にテンションが上がりきっている。とても分かりやすい反応だ。でも、テンションが上がるのは分かる。事実、俺も少し上がってきている。

 

「絶対観る!ていうか現場行きたい!!」

 

アイはその様子にくすっと笑って、少しだけ肩の力を抜いた。

 

「ルビーはほんと分かりやすいね」

 

そう言いながらも、どこか嬉しそうに目を細める。

 

「でも……楽しそうだね、そういうの」

 

アクアはそんな2人を見て、わずかに視線を逸らす。

 

「……大げさだろ」

 

小さくそう言いながらも、否定はしない。一瞬だけ間を置いてから、ぼそっと付け足す。

 

「……まぁ、やるならちゃんとやるけど」

 

こうして、アクアが芸能界への一歩を踏み出すことになった。2人がどんな風に映画に出るのか、今後が楽しみだ。

 

 

 







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