あれから1年が経過した。俺達は立ったり喋ったりしても怪しまれない程度に大きくなり、ルビーはアイドルや俳優をママ、パパと甘えるヤバいファンになった。
「ママァ!ママァ!よしよししてぇ!」
アイの手がルビーの頭に触れて優しく撫でられる。アクアはその光景を見て、一瞬だけ目を細めた。
「……またやってる」
呆れた声は出るのに、止める気配はない。むしろ慣れすぎていて、もはや確認作業に近い。ルビーが全力で甘えているのも、アイがそれを自然に受け入れているのも、今さら驚くようなことじゃない。そう思っているはずなのに、なぜか視線だけは外れなかった。
「アクアも甘えて来たらどうだ?」
そう言いながら彼方くんがそんな事を言ってくる。
アクアは一瞬だけ目を瞬かせて、それから小さく息を吐いた。
「……は?」
彼方の言葉の意味をゆっくり咀嚼して、ようやく理解すると、困ったように眉を寄せる。
「いや、しないけど」
即答はするけど、拒絶というより“ありえないことを真顔で言われた”みたいな反応だった。ルビーがまだアイにべったり甘えているのを横目に見て、アクアは肩をすくめる。
「そういうのはルビーだけでいいでしょ」
少しだけ視線を逸らして、それ以上は深く追及しない。否定はするけど、空気は壊さない程度の距離感で止める。
「……俺はいいよ」
そう言って軽く手を振るように流し、そのまままたルビーとアイの方に視線を戻す。呆れてるのに、完全にはその場から離れないまま、いつものように静かに見守っていた。
「………アイ。アクアも撫でて欲しいって」
アイは一瞬だけ目を瞬かせて、それから小さく笑った。
「え、アクアが?」
ルビーの頭を撫でていた手はそのままに、自然にアクアの方へ視線を向ける。迷いなく手を伸ばす。アクアの頭にそっと触れて、そのままルビーと同じようにゆっくり撫でる。
「はいはい、いい子いい子」
冗談っぽい声なのに、手つきだけはやけに自然で優しい。……アイの手が、頭に触れる。柔らかくて、あたたかい。拒む気はない。ただ、少し遠慮していただけだ。……それなのに。この感触に、わざわざ理由をつけて距離を取るほど、俺は器用じゃないらしい。
「甘えられる時に甘えとけばいいよ………」
頭に触れるアイの手の感触は、思っていたよりずっと普通で、だからこそ余計に逃げどころがない。甘えるとか、そういう話じゃないだろ。そう思いながらも、すぐに振り払うほどの違和感でもなくて、結局そのまま受け入れてしまっている自分に少しだけ呆れる。
ルビーが満足そうにしているのが視界の端に入る。あいつはあれで完成してるけどな。そこに自分まで並べられるのは、正直ちょっと違う。それでもアイの手は普通にそこにあって、普通に撫でられているだけで、別に特別な意味があるわけでもない。……まぁ、別にいいけど。
アクアは小さく肩の力を抜いて、視線を少しだけ逸らす。
「……満足したなら、それでいい」
そうぼそっと言って、結局その場からは動かずに、そのまま静かに空気に溶けていた。
アイの仕事は確実に増えていた。モデルにラジオ、アシスタント。そして、ドラマの仕事も貰っていた。と言っても……ちょい役なんだけど。
「ママの演技楽しみ!」
始まる前からルビーは、はしゃいでいた。アクアは、静かだが画面をジッと見ている。でも……この後の展開、知っているんだよなぁ……俺。
「あっ、このシーンだ!」
アイが画面に映る。
「あっ、ママ!」
「もっと大きく映せ」
2人とも大興奮。しかし、その興奮もドラマが進んでいくにつれて萎んでいく。そして、あっという間にドラマが終わってしまった。まぁ……そうだよな。
「えっ……これだけ!?」
「ワンシーンちょびっとじゃん!!」
カットされたんだろうな……。アイの魅力は周り、他の演者、引いては主役までも喰らってしまう。要は、強過ぎたのが、ちょい役にしては……余りにも。
アクアがスマホを取り出し、別室に向かった。監督に文句を言いにいったのだろう。
「……演技、下手だったかな」
ちょっと苦笑しながら、画面から視線を外す。分かりやすく残念そうにしている。
「えっ、違うって!ママのせいじゃないし!むしろ一瞬でも映ってたのすごいから!カットした方が悪いって!ママの演技、普通に良かったし!」
凄い勢いで捲し立てているな。俺は現場で直接見た訳じゃない。だけど、アイの演技は知っている。輝と一緒に何度も練習した。アイの演技は知っているつもりだ。
「実際に見てないが、アイの演技はよく知っている。製作陣の問題だろうね」
ルビーは一瞬だけ目を丸くして、それから勢いよく首を縦に振った。
「そうそうそう!!それそれ!!ママの問題じゃない!!」
そのまま拳を握って、やけに真剣な顔になる。俺も大概だが、ルビーもかなりのアイのオタクだ。まぁ……前世からの推しだから仕方がないかもしれないけど。
「むしろママのせいにする方が見る目ないから!!」
言い切ったあと、急に落ち着いてアイの方を見上げる。切り替え早……。
「ね、ママ気にしなくていいからね?」
アイは少しだけ目を瞬かせて、それから困ったように笑った。ルビーの方が熱く語っている。
「……ふふ、ルビーはほんと大げさだね」
そう言いながらも、撫でる手はそのまま止まらなかった。今回は、運が悪かったと思うしかないな。そんな事を思っていると、アクアが戻って来た。何だか微妙な顔をしている。
「どうした?アクア……そんな顔して」
「……監督から、アイに映画の話が来てるらしい。……ただ、僕が出るのが条件だってさ」
あぁ……なるほど。次は、あの場面か……。ルビーは一瞬固まって、それから一気に前のめりになった。
「えっ、映画!?すごいじゃん!!」
ぱっと顔を輝かせたあと、途中で言葉の後半を思い出して首を傾げる。
「……え、でもなんでアクアが条件?」
少しだけ不思議そうにしながらも、すぐににやっと笑う。
「共演ってこと?いいじゃんそれ!」
アイは少しだけ目を伏せて、考えるように間を置いた。
「……私に、映画かぁ」
小さく呟いてから、アクアの方を見る。
「それで?アクアはどうしたいの?」
アクアは一瞬だけ視線を逸らして、短く息を吐く。
「……別に、僕はどっちでもいい」
少し間を置いてから、アイの方に視線を戻す。
「アイがやりたいなら、それでいい」
素直じゃないなぁ……でも、嫌だとは言っていない。それがアイの為なのか、それとも……演技に対して興味があるのかは分からない。
「……そっか。じゃあ、一緒にやろうか」
アイはいつものように笑っていた。
「ふふ……いいね。親子揃って同じ作品に出るの」
ルビーは一拍遅れて、ぱっと顔を輝かせた。
「え、ちょっと待って!?それめちゃくちゃ良くない!?」
ぐっと身を乗り出して、2人を交互に見る。さっきまで落ち着いていたがまた興奮し始めた。
「ママとアクアが同じ作品って、絶対バズるやつじゃん!!」
もう完全にテンションが上がりきっている。とても分かりやすい反応だ。でも、テンションが上がるのは分かる。事実、俺も少し上がってきている。
「絶対観る!ていうか現場行きたい!!」
アイはその様子にくすっと笑って、少しだけ肩の力を抜いた。
「ルビーはほんと分かりやすいね」
そう言いながらも、どこか嬉しそうに目を細める。
「でも……楽しそうだね、そういうの」
アクアはそんな2人を見て、わずかに視線を逸らす。
「……大げさだろ」
小さくそう言いながらも、否定はしない。一瞬だけ間を置いてから、ぼそっと付け足す。
「……まぁ、やるならちゃんとやるけど」
こうして、アクアが芸能界への一歩を踏み出すことになった。2人がどんな風に映画に出るのか、今後が楽しみだ。
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