アクアが監督の映画に出る事になった。今日がその撮影日だ。アイは別日に撮る事になっている。俺も見学しに行きたかったが仕事がある。アクアの演技は公開までお預けだ。
「これか………」
今抱えている仕事は、ドラマ。タイトルは………
『最後まで、生きた証』
大まかな内容は、どこにでもいる会社員の主人公にある日、匿名の封筒が届く。中には1枚の写真。血を流している自分だった。さらに裏には一言。
『あなたは6月21日、最後に殺される』
最初は悪戯だと思うが、その日付に向かうにつれ、写真と“同じ状況”が少しずつ現実に重なり始める。といった感じだ。今回、俺はその主人公を演じる。結末は最終的に死ぬ事になっている。
「本当にこういう役ばっかくるよなぁ」
殺人鬼役で演技が完成し、それから悪役などの負の感情が湧きやすい物ばかりオファーがくる。そろそろ、普通のコメディーとか恋愛とかのオファー来ないのかな?
そんなどうでもいい事を考えていた。アクア大丈夫かな。転生しているとはいえ、あの子にとって初めての体験だ。ほんの少し不安である。ミヤコさんがいるから多分、大丈夫だろう。そして、忘れたらいけないのが有馬かなの存在。ここで初対面。イレギュラーな俺だが、彼女には干渉してないから原作通りの流れになるだろう。
「天城さん、そろそろお願いします!」
スタッフの声に、意識を現実へ引き戻される。
「はい、今行きます」
台本を閉じて立ち上がり、軽く肩を回す。待機用の椅子に座っている時間が長いと、体が少し鈍る。現場の空気に馴染ませるように、深く一度息を吐いた。
廊下を抜けて控室へ向かう途中、忙しなく行き交うスタッフたちの姿が見える。照明の調整、音声チェック、美術の最終確認。いつもの光景だ。何度も立ってきた現場なのに、独特の緊張感だけは慣れない。
控室に入ると、衣装がすでに用意されていた。くたびれたスーツ姿。鏡の前に座れば、すぐにヘアメイクが取りかかる。
「今日はラストシーン……死ぬ演技を強くお願いします」
「了解です」
着替えを済ませ、台本の該当ページをもう一度だけ確認する。今日撮るのは、ラストシーンの主人公が死ぬシーン。いろいろ奔走するが、結局死ぬという………今までの積み重ねをぶち壊す、この作品の根底とも言えるシーンである。
「……さて」
小さく呟いて立ち上がる。呼ばれた先のセットから、監督の声が響いた。
「天城くん、スタンバイお願いしまーす!」
今から、俺は………死ぬ。いろいろして自身に降りかかる運命を変えようと動いたが死ぬ、その絶望を引き出せ。………俺の視界から色が消えた。
「はぁはぁ………俺は生き延びた。この日を超えたぞ!!」
男は、達成感に満たされていた。自分が死ぬ運命の日を乗り越えたのだ。その達成感は、彼の脳を刺激させ、一時的なハイテンションにさせていた。
「さて……記念に飲みに行くか」
生き延びた事を噛み締めながら、人混みが多い繁華街を歩く。ネオンライトが繁華街を照らす。夜なのにとても明るい。そんな活気のある場所を歩いていた時だった………
「………え?」
彼の腹部から唐突に熱が帯びた。そこに視線を向けると、一般のナイフがお腹に深々と突き刺さっていた。そこから溢れ出す赤い液体………。
「どうして?………俺は生き延びたはず………」
数十秒前は自身が生き延びた事による安堵感を抱いていた……しかし、それがまるで夢だったと思わせるような現実が突きつけられる。ナイフが抜かれる。そこから、とめどなく血が溢れ続ける。………完全に致命傷で。
「あぁ……くそっ……まだ、終われるかよ……! 頼む……やめてくれ……俺は……俺はまだ……死にたくないんだよ……!」
生きたい………その生存本能と死への恐怖が同時に湧いてくる。しかし、その願いに反するかのように仰向けで倒れる。周囲から叫び声が響く。
「は……っ……まだ……終われ……ない……頼む……やめ……てくれ……」
先程までは熱いと感じていたが次第に体の体温が低くなる。
「……生き……たい……しに……たく……ない……」
最後まで足掻くしかしそれに意味はない。
「…………っ……」
瞳から光が消え……心臓の鼓動が止まる。誰よりも生きたいと願い、その運命を変えるべく奮闘して来た男は、呆気なく終わりを迎えた。
「………カット!!」
張り詰めていた空気を裂くように、監督の声が現場へ響いた。その言葉で俺の意識が戻ってくる。演じる役から……天城彼方へと戻ってゆく。
繁華街のざわめきを再現していたエキストラたちが一斉に動きを止め、倒れたままの俺へ視線が集まる。数秒前まで悲鳴と混乱に満ちていたセットが、嘘みたいに静まり返った。
「……っ、オーケー……」
監督はモニターを見たまま、小さく呟く。けれどその声には、確かな手応えが混じっていた。スタッフの一人が駆け寄ってくる。
「天城さん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫ですよ……少し背中が痛いくらいですが」
差し出された手を借りて体を起こす。腹部のナイフはもちろん小道具で、血糊がスーツを赤く染めている。床に倒れ込んだ衝撃で背中が少しだけ痛むが、誤差の範囲。
「いやぁ……最後の目、すごかったです」
音声スタッフが思わずといった顔で漏らす。
「本当に死ぬ人みたいで、鳥肌立ちました」
「縁起でもないですね」
苦笑しながら返すと、周囲から小さく笑いが漏れた。張り詰めていた空気が、そこでようやく緩む。監督がモニター前から歩いてくる。
「天城くん、いい芝居だった。あの“まだ生きたい”の崩れ方、完璧だ」
「ありがとうございます」
「……今日はこれで締まったな」
満足そうに頷く監督の声に、現場全体の空気も明るくなる。スタッフたちは撤収準備に入りながらも、どこか高揚した様子だった。ラストシーンが決まると、作品全体まで引き締まって見える。
「………こういうのばかりしているから、こっち方面の役が得意になるんだよな」
負の感情を全面に出す物は、得意だ………それに、この手の死ぬ時の演技は特に…………。前世では通り魔に刺されて死んだ。今とほぼ同じ状況でだ。今でも思い出せる……あの時の焼けるような痛み。口から吐血するあの感覚。
「それを……今は武器として使っている」
トラウマ級の経験を飼い慣らす。他の誰も死ぬ事に対する演技は、負ける気がしない。こっちは……ガチで刺されたからな。
「でも………そろそろ別の演技の仕事もしてみたいな」
外に出ながらそんな事を思う。撮影は無事終了。後は、放送まで待てばいい。ワンパターンなんだよな……俺の演技って。こっちの方が需要があるのはわかるけど。それだけじゃ、そろそろ通用しなさそうだ。
何故なら、もう次の世代が迫っている天才達が……。パッと思いつくのが2人。まぁ……今考えても仕方ないか。その時、スマホから着信が入る。スマホの画面を見ると、着信相手はミヤコさんだった。
「もしもし、お疲れさまです」
『あっ、彼方くん? 今大丈夫?』
「はい、ちょうどこっちも終わりました」
『なら良かった。アクアの撮影、さっき無事に終わったわよ』
その一言に、少しだけ肩の力が抜ける。よかった……無事に終わったみたいだ。心配し過ぎと我ながら思ってしまう。
「……そうですか」
『初めてとは思えないくらい落ち着いてたわ。監督さんもかなり驚いてたわね』
思わず小さく笑う。確かに……アクアならそんな感じがする。容易に想像ができてしまう。ミヤコさんが少し声を和らげる。
『今は車で戻ってるところ。アイも喜ぶと思うわ』
「……ですね」
『彼方くんも気になってたでしょ? 一応、先に報告しとこうと思って』
「ありがとうございます。助かります」
『じゃ、そっちも今日はお疲れさま』
「はい。お疲れさまでした」
通話が切れる。画面を見下ろしたまま、小さく息を吐いた。
「……無事に終わったか」
とりあえず、初めての撮影頑張ったんだし、ケーキでも買って帰ろうかな?
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