「よし……これでバッチリ」
「ねぇ……彼方。ここまでする必要、あるの?」
アイは少し困ったように笑いながら、でも視線だけはまっすぐ彼方を見る。
「当たり前だ……バレたらマジで俺たち終わるからね」
目の前にいるのはアイ。しかし、その姿は違っていた。髪色は金髪で伊達メガネをかけている。俺が施した変装だ。かと言う俺も白髪のウィッグを付けてカラコンで目の色を変えている。互いに完全に別人である。
ルビーはぱちぱちと目を瞬かせたあと、勢いよく身を乗り出した。
「えっ、誰!? ママどこ!? ……ってママだ!!」
ぐるぐるとアイの周りを回りながら、興奮した声を上げる。
「すごっ! 全然わかんない! え、これ変身じゃん!!」
そのまま今度は彼方の方を見て、さらに目を輝かせた。
「パパも誰!? なんかチャラいイケメンになってる!!」
アクアは少し離れた場所から2人を見て、静かに目を細める。
「……ここまで変わるのか」
驚いたように呟いたあと、アイの顔をじっと見つめていた。元の姿と見比べたら本当に別人で。声は変えられないのでそこからバレる可能性はあるが。
「近くで見ても違和感ないな。声出されなきゃ分からない」
それから彼方の方へ視線を向け、わずかに肩をすくめた。
「……無駄に完成度高いな」
褒めているのか呆れているのか分からない声色だった。ルビーはすぐに手を挙げる。
「ねぇねぇ! 次、私もやって!! アイドルみたいなの!!」
アクアは即座に切り捨てる。
「遊びじゃないだろ」
ルビーがここまでいい反応をするとは。思わず笑みが溢れてしまう。わざわざ変装した理由は、これから家族一緒に外に出るからだ。目的の場所は映画館。数ヶ月前に撮ったアクアとアイが出る映画を見に行くためだ。
「じゃあ行こうか」
全ての準備が整った。俺たちは玄関の扉を開けて外へ。こうして家族だけで外に出る機会はなかなかない。いつもは社長やミヤコさんの付き添いがある。そんな二人は仕事だ。
外へ出ると、昼下がりの街は思った以上に賑やかだった。買い物帰りの人、学生らしい集団、どこかへ急ぐ会社員。そんな人混みの中へ、俺たちは自然に紛れ込んでいく。
「ほんとにバレてない……!」
ルビーはきょろきょろと辺りを見回しながら、小声で感動していた。
「すごい……誰もママ見てない!」
「見てたら困るんだけどね」
アイはくすっと笑いながら、帽子のつばを少し下げる。普段なら少し外を歩くだけでも目立つ。けれど今日は、ただの若い女性にしか見えない。
「なんか変な感じ。自由ってこういう感じなんだ」
その言葉に、少しだけ胸が詰まる。アクアはそんな周囲を冷静に見ながら、俺の隣を歩いていた。
「……彼方、前見て歩いて。ぶつかる」
「………ありがとうアクア」
「浮かれてるのはそっちだろ」
「今日は許してくれ」
そう返すと、アクアは呆れたように息を吐いた。ルビーは数歩先をぴょんぴょん跳ねるように進んでいく。
「ねぇ! ポップコーン食べたい! キャラメルと塩半分ずつ!」
「映画館着いてからねー」
アイがやんわり止めると、ルビーはすぐ振り返る。
「えー! 今、口がポップコーンなんだけど!」
「どういう状態だよ」
アクアが即座に突っ込み、ルビーは「わかんないけどそうなの!」と胸を張った。思わず笑いが漏れる。信号待ちで立ち止まる。横断歩道の前で、アイが小さく周囲を見回した。
「こうやってみんなで歩くの、なんか新鮮だね」
「まぁ、いつもは仕事か送迎付きだしな」
「うん。……ちょっと嬉しい」
その声は、いつもより少しだけ素直だった。青信号に変わる。四人で並んで歩き出す。ルビーはアイの手を握り、反対側の手で俺の袖を掴んだ。
「これ、ほんとに家族のお出かけって感じ!」
「離すと転ぶぞ」
「アクアもつなぐ?」
「嫌だ」
おっと………随分と拒否するが早いなぁ……仲良しこよしで手を繋ぎたかったけど。
「えー、ノリ悪ーい!」
「うるさい」
騒がしいやり取りの横で、アイが楽しそうに笑っている。その笑顔を見ながら、俺は思う。……これからも家族全員でこの先の人生を歩みたいと。
映画館に到着し、ルビーが食べたかったポップコーンを買って席に着く。映画館……アイと一緒に行った時が最後だったかな? 思えば、こうしてゆっくりと出かけるのは久しぶりかもしれない。輝を救うために動き回って、子育てに集中して、そして仕事と。
まだ二十歳にもなっていないのに忙しいな……本当に。俺たちの年齢的に本来なら高校生。前世とは全く違った、まさに波瀾万丈な人生を送っている。
「そろそろ始まるみたいだね。ふふ、なんか私までドキドキしてきた」
空間全体が暗くなっていく。そして、映画の本編が始まった。二人が出た映画タイトルは『それが始まり』。原作ではふわっとしか説明されていなかった。
『この村には民宿は一つしかありません。一度チェックインしてから村を散策すると良いでしょう』
アクアのシーン。気味の悪い子供。いつも通りのアクアではあるが、この場面の絵図としてはこれが最適解。うん……よく出来ている。演出の意図に応えている。
アクアのシーンはここだけだが、それでも十分だ。少しずつ、それこそ一歩ずつ成長しているのが何よりも嬉しい。
進んでいくにつれてアイが出てくる。存在感がとても強い。主人公よりも画面映えしており、完全に主役を喰らっている。主人公が可哀想に思えるくらいに。
「アクアすごかったね! 天才天才!」
上映時間一時間四十五分。見終わった後、劇場を後にする。アイはアクアを褒めていた。
「すごく気持ち悪くて良い演技だったよ!」
「子供に言う感想か?」
褒め方はあれだが、心の底から褒めていた。分かるぞ……アクアよ。
「彼方みたいに気持ち悪いくらい良い演技。そういうところまで親子って似るのかもね?」
なんか流れ弾が飛んできたな。もう言われ慣れたから傷つきはしないけど。
「本当にすごいよ! アクアならきっと誰よりもすごい役者になれる!」
アクアの方に触れて、満面の笑みを浮かべてそんな言葉を送っていた。アイの真正面な言葉が、アクアの頬を緩めた。
「そうだね……そんな役者になれるかもな。アクアなら。まぁ……選ぶのはアクア自身だけど」
頭に手を置き、優しく撫でる。この子がどんな選択を取るか……役者としての道を歩むのか。それとも別の道を進むのか。それを決めるのはアクア自身だ。もし役者としての道を進むなら全力でサポートしよう。その時は輝の力も借りようかな。その前に子供が生まれたことを明かさないといけないけど。
「アクアすごかったね!」
「……大げさだろ」
「大げさじゃないよ。すごく良かった」
本人は過小評価しているが、初めてであの演技力は誇って良い。転生しているアドバンテージがあるものの、現場は緊張する。初めてならなおさらだ。現場を見ていないが、原作の流れ的に取り直しもなかったのだろう。
「不気味で最高だった!」
「褒めてるのそれ?」
「褒めてるよー!」
まぁ……その褒め方に対して疑問が浮かぶよね。俺も最初、褒められた時そんな感じだったし。
「また出てほしいな、アクア」
「……話があれば」
「おっ、やる気あるじゃん!」
「…………別に」
分かりやすく照れていた。顔に出ている。そんな姿も可愛く見えてしまう。
「さて……まだ時間あるし、行きたい所ある?」
「クレープ食べたい!」
さっき食べていたよね? というかルビー、君は途中で寝てたような……。いや……これを言うのは野暮か。
「いいね、行こっか」
「……まだ食うのか」
彼と同じことをアクアが言う。
「甘いのは別腹!」
「便利だな、その腹」
二人のそんなやり取りを見て、くすっと笑ってしまう。
「アクアの分も買おうか?」
「いらない」
「絶対ひと口食べるよね」
「食べない」
今はアイドルや俳優の立場ではない。今はただ、子供たちと休日を楽しむ一人の母親と父親。今はただ、それだけ。こんな何気ない日常の一コマ。そんな日々を大切にしながら、今日も俺たちは生きている。この日常を何が何でも守り抜く。
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