一番星は消えない   作:ディバル

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067 光の裏で誰かが眠る

 

 

 

ざわざわとした音が、幕の向こうから聞こえてくる。小さな手のひらが、じんわり汗ばむ。

 

(……大丈夫)

 

頭ではわかってるのに、胸の奥が少しだけきゅっとなる。足が、ほんの少しだけ動かしづらい。

 

「次の組、準備してね」

 

先生の声。ルビーは小さく息を吸って、ぎゅっと手を握った。

 

(……こわくない)

 

そう言い聞かせる。だって、あの時、ちゃんと踊れたから。パパが見ててくれて、最後まで踊れた。転ばなかった。逃げなかった。

 

だから、今日も………

 

「いくよー」

 

幕が、ゆっくりと開く。ぱっと広がる光。思ったよりもずっと眩しくて、一瞬だけ目を細めた。たくさんの人、知らない顔、知らない声。………でも、その中で、すぐに見つける。

 

(……いた)

 

少し後ろの方。変装した姿で2人がこっちを見てる。ちゃんと、見てる。その瞬間………さっきまで胸にあった“怖さ”が、すっと消えた。代わりに、ふわっと軽くなる。

 

(……見ててね、ママ、パパ)

 

音楽が流れ始める。最初の一歩。少しだけ大きく、胸を張って………ルビーは、前に踏み出した。

 

ちゃんと踊れてる。自由に………体が、思ったとおりに動く。まだ……いける。もっと、動ける。

 

腕を伸ばす。

くるり、と回る。

 

少しだけ固かった体が、だんだん軽くなる。

 

(……できる)

 

音に合わせて、足が前に出る。手が、自然に上がる。

 

(ちゃんと、踊れてる)

 

一つ、また一つ。振りが、つながっていく。

 

………あの時、何度も転んだ場所も、今は怖くない。踏み出しても大丈夫。思いきって動いても大丈夫。

 

(……楽しい)

 

胸の奥が、ふわっと弾む。もっと動きたい。もっと見てほしい。自然と、笑みがこぼれる。

 

(見てる?)

 

少しだけ顔を上げる。客席の向こう……ちゃんと、目に入る。ママとパパ。

 

(ちゃんと、見ててね)

 

そのまま、最後の振りへ。大きく一歩。腕を広げて……ぴたり、と止まる。音が止む。一瞬の静けさ。……次の瞬間、ぱち、ぱち、と拍手が広がっていく。ルビーは、そのままの姿勢で、ほんの少しだけ息を吐いた。

 

(……できた)

 

胸の奥が、じんわりあたたかい。ゆっくりと顔を上げて………小さく、笑った。

 

ルビーとアクアが踊っている姿を、バッチリと写真と映像に残す。よし………帰ったら見返そう。カメラの映像を確認する。しっかりと撮れている。100億点だ。

 

「……すご……ほんとに、すごい……」

 

変装をしているアイが、ステージを見ながら興奮気味で俺の肩を揺らしてくる。

 

「ねぇ見て、今の回るとこ……ちゃんとできてたよ……!」

 

アイもルビーのダンスの練習を手伝っていた。ルビーの頑張り、努力。それらが実り、お遊戯会を成功に導いた。

 

「……ルビー、あんなに楽しそうに……ちゃんと、ステージに立ってる……私の子……」

 

その顔は、母親の顔。

 

「……えへへ……やばい、泣きそうなんだけど……」

 

ほんの少しだが涙が溢れ出していた。成長しているのは、ルビーやアクアだけではない。アイも母親として、しっかりと成長していた。

 

「ねぇ、あとでぎゅーしていい? めちゃくちゃ褒める……いっぱい褒める……」

 

「あぁ………ちゃんと2人を褒めないとな」

 

「……うん……いっぱい、ぎゅーする……」

 

守る……この日常を。アイを。全ては君の幸せの為に。運命の日は刻一刻と近づいている。もう、油断なんてしない。たとえ、この身を犠牲にしても俺は……必ず。

 

 

 

 

 

アクアとルビーのお遊戯会が終わって1週間。俺は今……宮崎の地にいた。アイには仕事と言って家を出てきたが、今日は久しぶりのオフだ。本当なら家族と過ごしたい。でも……この地に再び訪れた理由。それは……雨宮吾郎の遺体を見つけるためだ。

 

数年経って今さら感があるが、育児や仕事で忙しかった。2人も大きくなり、手のかからない程度にまで成長した。だから、時間を無理やり作ってここに来た。

 

もう既に白骨化しているが、ずっと孤独で放置されているのはしのびない。せめて、安らかに眠ってほしい。魂がアクアとして転生していても、人間、死ねば仏だ。

 

「にしても……範囲は絞れるけど……それでも広い」

 

原作では、山道の洞窟っぽい所だった。でも、詳しい場所はわからない。結局の所、しらみ潰しで探していくしかない。

 

探し続けること、約3時間。まだ、見つからない。それっぽい場所がなかなか見つからない。見つけたとしても、そこには何もなかったりする。だけど、探す必要がある。これは、彼を助けられなかった俺の責任だ。時間はまだある。

 

歩く……ひたすら。もし今日見つけられなくても、何年かかっても見つけ出す。

 

その時だった……カラスの鳴き声が聞こえた。視線を上げると、木の上からこちらを見ているカラスが1匹。しばらくの間見つめ合う。それから数十秒後にカラスが飛び立った。理由はわからない………でも、なぜだか俺はカラスを追いかけていた。

 

いつの間にか、体が勝手に動いていた。

 

カラスを追いかけていくと、とある祠に到着。後ろに少し空間があった。その中に入っていくカラス。その後に続く。少し暗かったので、スマホのライトをつけながら奥まで歩いた。

 

「…………お久しぶりです………雨宮先生」

 

奥に着くと、そこには白骨化された死体。白衣を身にまとい、近くに眼鏡が転がっている。

 

「カァッ、カァッ!」

 

カラスが何かを咥えていた。それは、俺も持っている物……

 

『アイ無限恒久永遠推し!!!』

 

のキーホルダー。状況証拠が揃った……確定だ。カラスが咥えているそれを回収する。これだけは持っていかせてもらう。死者の遺品を取るのがダメなのはわかっている。

 

「せめて……安らかに眠ってください」

 

手を合わせて死者の弔いを行う。しばらくした後に外へ出て、少し辺りを見渡す。スマホを取り出し通報。目的は果たした……でも、気分がいいものではなかった。

 

あれから、警察が到着して取り調べを受けた。取り調べが終わった頃には、もう夕方になっていた。手に握られているのは、あのキーホルダー。これをどうするべきかは、まだ考えてない。でも、持っていよう。せめて……俺が。

 

本来なら本人に返すべきだが、いろいろと問題がある。

 

これは、油断した俺の罪。忘れないように。この気持ちが風化してしまわないように。その為の戒めとして。

 

 

 

 

 

「えっ………どういう事ですか?」

 

電話の向こうの声、ちゃんと聞こえてるはずなのに……意味が、うまく入ってこない。だって……そんなの、ありえないもん。

 

『吾郎先生は、何年か前に急に連絡が付かなくなっていましたが………最近、白骨化された死体で発見されました』

 

もう一度もらったこの人生で、アイドルになって、先生に見つけてもらって……ちゃんと伝えたかったこと、いっぱいあったのに……。なんで……こんな形で終わっちゃうの……。

 

「……やだ……うそだもん……そんなの、やだ……」

 

ダンスも踊れるようになり、将来……アイドルになると思っていた矢先の訃報。

 

「……なんで……なんでなの……せんせ。やっと……会えるって思ってたのに……」

 

ずっと溜め込んでいたものや思い出が脳裏によぎる。全てがかけがえのない思い出。しかし、今はその思い出たちが牙を向く。

 

「……やだよ……いなくならないでよ……」

 

スマホを握る手から力が抜けて、床に落ちた音が、やけに大きく響いた。

 

「……っ……やだ……やだぁ……」

 

生きる意味をくれた人が、もうこの世にはいない。そんな現実を突きつけられた。その事実に対して、ただ泣くことしかできなかった。

 

「……せんせ……っ……」

 

呼んでも、返事はなくて。そのまま、言葉は全部、涙に溶けた。

 

 







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