「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
「やめろ……暑苦しい」
2人が彼方に転生者だと言う事を明かした翌日。ルビーは、わかりやすくアクアにベッタリだった。今も本を読むアクアに対してルビーが思いっきり抱きついている。
「ねぇ彼方、昨日まであんなに落ち込んでたルビーがさ、今日はアクアにべったりなんだけど」
「…………仲良くていいじゃないか」
彼方はどこか遠くを見るみたいな目をしている。……たぶんだけど、ルビーが立ち直れたのって彼方のおかげだよね。私には大丈夫としか言わなかったのに、それが……こんなに元気になってるし。……ていうか、前より明るくなってない?
「……まぁ、いっか。可愛いし」
なんかしたんだろうけど、まぁいいや。聞いたら普通に教えてくれそうだし。でも……ルビーが元気になったなら、それで十分だよね。
「私たちももっと仲良くしよっか?」
「十分、今でも仲は良好だと思うけど?」
……ほんと鈍いんだから。彼方って昔からそうだよね。……しょうがないな、私からいこっかな。私は、正面から彼方に抱きつく。やっぱり落ち着くなぁ……彼方のそばって、なんか安心する。全部、ちょうどいい感じ。
「………よしよし」
彼方が、頭をやさしく撫でてくる。最近ずっとあの子たちばっかりで、ちょっとだけ拗ねてたんだけど……そんなの、どうでもよくなっちゃった。
「彼方……好きだよ」
「俺も好きだ」
鈍いくせに……こういう時だけ、ちゃんと真っ直ぐ言ってくるんだよね。……ずるいなぁ。……このまま、ちょっとだけ……いいかな。
「んっっ!!」
そんなことを考えていた、その時だった。ふいに、唇にやわらかい感触が触れる。……え、って思う間もなく、それが彼方からだって気づいて。いつもは私からなのに……今日は、逆なんだ。
数秒後に唇が離れる。
「……え、ちょっと……今の、反則なんだけど」
「いつもアイがやってる事でしょ?」
それは………そうだけど。
「可愛い………本当に」
耳元で囁く彼。その顔は、いつもよりも楽しそうにしており、悪戯が成功した時の子供そのもの。
「……っ、ほんとにさぁ……急にそういうのやめてよ」
いきなりの不意打ち……取り繕う暇はなく、珍しく照れている。
「今の、ずるいってば………顔、見ないで」
顔を背けるアイ。しかし、それを彼方が許さなかった。
「前に俺が照れた時に輝と一緒になってじっくり俺の顔見てたよね」
ニコニコとしながらアイの頬を両手で優しく包んで、視線を自分の方に向けさせる。
「……っ、それは、それでしょ……!」
一瞬だけ本気で「そんな事あったっけ?」って首をかしげるけど、すぐに思い出して「あー、やったかも」と自分で納得してしまう。でもそれを今ここで言われるのは話が別で、ずるい。
「今は違うの!今はそういうのダメ!」
アイの顔がどんどん赤くなる。
「……っ、ほんとにもう……彼方のバカ」
2人がイチャついている様子をアクアとルビーは見ていた……ルビーに関しては割とガッツリと。
「……何やってんだ、あの2人」
最早、見慣れた光景だがそれでも呆れていた。
「お兄ちゃん見て!ママめっちゃ赤い!可愛い!」
ルビーに関しては推しであるアイの珍しい表情に大興奮。
「見るな。……っていうか、あれを堂々とやる神経どうなってる」
「え、でもいいなぁ……ああいうの……ちょっと憧れる」
そう言いながらジッとアクアの方を見る。
「お前はこっちに戻ってこい。というか抱きつきすぎだ」
「やだ!今お兄ちゃん成分補給中!」
「……意味がわからん」
家の中が甘ったるい雰囲気に包み込まれる。しばらくの間、彼方がアイを可愛がっていたが……その後、アイが彼方の首根っこを掴んで寝室へと向かって行った。翌日……彼方の首筋に赤い跡が付いたそうな。
「……ママ、容赦ないね」
「……もう何も言うな」
アイドルになってから結構な月日が経った。私は、嘘つきだ。彼方から貰った『嘘はとびっきりの愛』、それが私の中にあった物にしっくりとハマり、アイドルになる事を決めた。嘘が本当になることを願って。私は誰かを愛したい。愛する対象が欲しかった。
アイドルになれば、ちゃんと“愛してる”って言えると思ってた。心から、嘘じゃない言葉で……そう言ってみたくて、ずっと嘘を重ねてきた。……でもね、不思議だよね。気づいたら、彼方にはちゃんと本音で言えてたの。嘘じゃなくて、ちゃんと“好き”って、“愛してる”って。これが、私の初恋で……はじめて、本気で愛した人なんだと思う。今も昔も私の隣にはずっと彼方がいた。大切な人。
そんな彼方との間に、子供ができたの。私と彼方、2人の大切な、大切な子達。でも……私はまだ子供達に愛しているって言った事がない。心の内では、愛しているって思っている。でも……その言葉を口にした時……もしそれが嘘だと気づいてしまったら……そう思うと怖い。
彼方に相談してみよっかな。だって、「1人で抱え込まないで」って言ったの、私だし。……それを自分で破るの、なんか違うよね。
「ねぇ、彼方……ちょっといい?」
アクアとルビーが寝静まったあと、私はそっと彼方に声をかけた。
「いいよ……何か話したい事でもあるの?」
彼は、アイの隣に座る。
「……うん、あるよ。ちょっとだけ、真面目な話」
いつもの軽い調子ではなく、声のトーンも静かだ。
「……ねぇ、彼方。私さ……あの子たちに、“愛してる”って言えてないんだ」
彼方ってさ、あの子たちにちゃんと本音で向き合ってるよね。……それに比べて私は、全然だなって思う。
「思ってるよ?ちゃんと、大事だし……大好きだし」
この気持ちは、嘘じゃないよ。あの子たちは……私にとって、大切な子どもなんだもん。
「でも……いざ言おうとすると、なんか怖くなっちゃって……その言葉が、本物じゃなかったらどうしようって」
アイは彼方の手を握っていた。その手は僅かに震えている。
「変だよね……こんなの」
最後は少しだけ笑っているが、いつもの太陽みたいな輝きはなく、思い詰めている様子。
「変じゃないよ………何も言葉で伝えるだけが愛だなんて事はない」
その言葉で、やっと彼方の目をまっすぐ見れた。
「それに、こんな話をしてきたって事は、アイ……君は2人に愛しているって言いたいからじゃないの?」
「……うん、そうだよ。言いたい。ちゃんと、あの子たちに……私の言葉で」
言いたいのに……どうしても頭をよぎっちゃうの。これ、嘘なんじゃないかなって。
「でもさ……どこかで怖くて、踏み出せなくて……」
握る手にさっきよりも力が籠る。
「……ねぇ、彼方。私でも、ちゃんと伝えられるかな?嘘じゃない“愛してる”って、言ってもいいのかな」
「伝えられるよ。それに……アイはもう立派な母親だ。アイのその気持ちは嘘じゃないんでしょ?なら……大丈夫」
一切の迷いなし。真正面から彼は自分の思っている事を言った。それは、アイに欲しかった言葉。
「……ほんと、ずるいよね……そうやって迷いなく言うの」
ずるいよね……ほんと。私が悩んでるときに限って、ちゃんと欲しい言葉くれるんだもん。彼方の言葉ってさ、嘘がないんだよね。昔から……ずっと変わらない。
「……でも、ありがと……ちょっとだけ、怖いの消えたかも」
思い詰めていた空気から一変し、いつも輝く笑顔に戻った。悩みはとうに消えている。
「……そっか、いいんだよね……私のままで。明日、言ってみる……ちゃんと、あの子たちに」
「あぁ………それでいい。何も難しく考える必要はないんだ」
翌朝のリビング。
「……あのさ、2人とも。ちょっといい?」
テーブルの上に朝食が並べられていた。
「なんだ」
「なにー?」
2人はアイの呼びかけで彼女の元に集まってくる。
「……えっとね……そんな大した話じゃないんだけど」
「「………?」」
「……その……」
まだ……ちょっと怖いけど。でも……言うって決めたの、この子達に。
「……どうした、アイ」
「うん……あのね……」
緊張が走る。手を握る力が強くなる。
「アクア、ルビー……愛してる」
2人を優しく抱きしめて、ずっと胸の内に秘めていた想い、自分の本当の気持ちを言霊として乗せた。一瞬、静かになる。
「……母親が、何言ってんだ」
「ちょっとお兄ちゃん!そういうとこだよ!」
「……でも……俺も嫌じゃない……むしろ、今さらかって感じだ」
アクアの返しに少しだけきょとんとした顔が浮かぶ。でも、すぐにそれは笑みに変わった。
「……ふふ、なにそれ」
「……ママ……私も、だいすき……ちゃんと伝わってるよ……ありがと」
「……うん」
あぁ……やっと言えた。この言葉は絶対……嘘じゃない。
「さぁ……朝食の時間だ」
彼方のそんな声が響く。3人は、頷きながら席に座った。
第4章「親と子」はこれで終了です。毎回、思ったよりも長くなるんですよね。そして、次から5章「運命のドーム公演」がスタートします。作者的には書きたかった物を書けたのでよかったなと思ってます。16話になります。お楽しみに。
皆様の感想や評価が作者のやる気に繋がっています。よければ評価と感想をお願いします。