一番星は消えない   作:ディバル

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072 アイドル

 

 

 

 

ドーム公演当日の朝を迎えた。ドーム公演は16時から始まる。リハーサルや準備などには数時間かかる。今は朝の8時。そろそろ壱護さんとミヤコさんが迎えにくる。そして、本来の世界線ならもうすぐリョースケがアイを刺しにくる。

 

アクアとルビーの情報を知る人間は、壱護さんとミヤコさんしかいない。情報漏洩の可能性はほぼない。だが、拭いきれない不安がある。それもこれも、雨宮吾郎の死が尾を引いている。

 

「ついに今日かぁ……ドームだよ?なんかまだ全然実感ないんだけど。でもね、すっごく楽しみ」

 

………アイ。俺は、この日の為に生きてきた。最初は、恋人の関係になるとは思わなかった。2人が生まれて数年経つが……まだ言えてない言葉がある。もし……今日という日を無事に終えたら………俺は。

 

ピンポーン

 

インターホンが鳴り響く。彼方の警戒心が上がり、即座に臨戦体勢を取った。

 

「んー?社長達じゃない?迎えに来る時間くらいだし」

 

そう言いながら彼女は玄関に向かおうとする。それを彼が止めた。その顔は、アイが今まで見てきた中でも険しい表情。

 

「……彼方?そんな顔しなくても大丈夫だって。ちゃんと確認してから開けるから」

 

彼がしつこく言いつけた言葉を覚えているが、それでも臨戦体勢を取り続ける。

 

「アイ……俺が出てくるよ……アイはこの後ドーム公演がある。できるだけ体力は温存しておかないと………アクアとルビーを頼むよ」

 

彼女が何かを言いそうだったが、言う前に彼は歩き、画面を確認する。そこに映っているのは壱護とミヤコ………問題ないと判断し玄関に向かう。オートロックがあり、一応2人に家の鍵は渡してある。2人が玄関前にいるのは自然。

 

(2人に違和感はない。もし、付けられているのが2人だったら、ここまで来る可能性は十分にある)

 

そんな事を考えながら、ドアチェーンを付けて扉を開けた。

 

「お、おう……?なんだ彼方、朝からそんな怖ぇ顔して」

 

「もう……本当に警戒しすぎね。でも、ちゃんと確認してから開けたのは偉いわ」

 

2人の表情………何も問題ない。次は外だ。ドアチェーンを解き、扉を開けて外を見渡す。右、左……そして上から下の様子を見る。誰もいない……何も問題はない。

 

辺りを見渡すこと5分間。ようやく彼が臨戦体勢を解く。

 

「おはようございます……壱護さん……ミヤコさん」

 

いつもの表情に戻った。彼の心にようやく余裕が生まれた。

 

「お前なぁ……そこまで確認する奴いるか普通。スパイ映画じゃねぇんだぞ?」

 

「でも、そのくらい慎重だから今まで何もなかったのかもしれないわね」

 

「もう……彼方、ずっとそんな感じだったの?今日くらい肩の力抜いていいんだよ?」

 

とりあえず関門は乗り越えた。だけど、何があるかわからない。警戒を緩めるな………こっちはまだ敵の影すら掴めていないのだから。

 

そうしているうちに時間は過ぎる。とうとうドーム公演の時間がやってきた。東京ドーム………約5万人が収容できる大きな箱。そんな中、壱護、ミヤコ、彼方、アクア、ルビーの5人は関係者席で始まりを待っていた。

 

「……わぁ……」

 

「す、すご……っ……!人、人がいっぱいいる……!」

 

ルビーは目を輝かせながら、ステージの向こうに広がる光景へ身を乗り出す。ペンライトの海。開演前だというのに、既に会場全体が熱気に包まれていた。

 

「これ全部……ママを見に来た人たち……?」

 

「……あぁ。全員、アイのファンだ」

 

アクアは静かに答える。しかし、その瞳はステージから離れない。

 

「……本当に、ここまで来たんだな……」

 

普段は冷静な彼ですら、少しだけ息を呑んでいた。

 

すると、会場の照明がゆっくりと落ち始める。

 

「っ……始まる……!」

 

ルビーが彼方の袖を掴む。ドクン……と、心臓を叩くような重低音。観客の歓声が一気に膨れ上がった。

 

「B小町!!」

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

東京ドーム全体が揺れるほどの大歓声。その瞬間、ルビーの肩がビクリと震えた。

 

「……っ、ママ……すごい……!」

 

「……これが、星野アイか」

 

アクアは小さく呟く。

 

その声には、誇らしさと……どこか言葉にできない感情が混じっていた。そして、ステージ中央へ一筋のスポットライトが落ちる。

 

「――みんなぁぁぁ!!今日は来てくれてありがとーーー!!」

 

聞こえた瞬間、ルビーは満面の笑みで立ち上がった。

 

「ママー!!!」

 

「………アイィィィ!!!」

 

子供以上に叫んでいる成人男性が1人。変装しているが、それは紛れもなく天城彼方で、ペンライトを6本持っている。

 

「ママー!!頑張れーーーっ!!世界で一番かわいいーーーっ!!」

 

「……うるさ。いや、でも……確かにすごいな」

 

「ははっ! いいじゃねぇか! あれだけ応援してきたんだ、今日くらい叫ばせてやれ!」

 

「でも6本は振りすぎでしょ!?どこから持ってきたのよそのペンライト!」

 

ステージ中央に立つアイの瞳が、客席をゆっくりと見渡していく。数万の光。数万の歓声。その全てを浴びながら、彼女はまるで太陽みたいに笑っていた。

 

「今日はぁぁ!!最高の日にしようねーーーっ!!」

 

その声だけで、会場の熱がさらに跳ね上がる。そして………ふと、アイの視線が関係者席の方へ向いた。

 

6本のペンライトを全力で振り回している彼方を見つけた瞬間。

 

「……っ、ふふっ」

 

ほんの少しだけ吹き出すように笑う。けれど次の瞬間には、完璧なアイドルの笑顔へ戻り、ウインクを一つ飛ばした。それだけで観客席から悲鳴みたいな歓声が上がる。

 

だが彼方だけは気づいていた。………今のウインクは、自分に向けられたものだと。

 

あぁ……これが、私達が夢見たドームなんだ……。どこまでも広がる光の海。響き続ける歓声。胸の奥が熱くて、少しだけ涙が出そうになる。

 

……さりなちゃん、届いてるかな? 私、今……ちゃんとここに立ててるよ。

 

ペンライトがアイだけではなく、B小町みんなを照らしていた。本来の世界とは違い、アイの引き立て役Bではなく、それぞれが輝いている。様々な色のペンライトが、美しい光景を作り出す。

 

アイはステージの上を駆ける。スポットライトを浴びながら、歌って、踊って、笑う。その姿は、まさに誰もが夢見た“完璧で究極のアイドル”だった。

 

「みんなーっ!!まだまだ声出せるよねーーー!!」

 

歓声が爆発する。その熱に応えるように、アイはさらに笑顔を輝かせた。汗で髪が揺れても、息が上がっても、一切それを感じさせない。観客1人1人と目を合わせるように手を振り、歌詞へ想いを乗せる。

 

…………楽しい。心の底から、そう思えた。

 

ずっと憧れていた景色が、今は目の前に広がっている。仲間がいて、支えてくれる人達がいて、愛してくれるファンがいる。

 

そして何より………彼方が見ていてくれる。

 

関係者席へ視線を向ければ、全力でペンライトを振っている彼方の姿が見えた。それだけで、自然と笑みが零れる。

 

またペンライト振ってる。しかもアクアとルビーまで……あれ絶対、彼方が用意したやつだよね? ほんと、気合い入りすぎ。でも……家族みんなで応援してくれてるんだって思うと、やっぱり嬉しい。

 

「今日は最後まで、みんなで最高の時間にしようねーーーっ!!」

 

その言葉に、東京ドームは再び大歓声に包まれた。かつてない熱気と熱狂に包まれる。B小町のアイは、今日この日、伝説のアイドルになった。彼女も死なずにハッピーエンド………まさに彼が望んだ光景。求め、願い、走り続けてきた未来。

 

しかし、そう上手くいかないのがこの世界。ハッピーエンドにはまだ届いていない。影がすぐそこまで迫ってきていた。まだエピローグには早い。

 

 

 

 







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