一番星は消えない   作:ディバル

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メフィストの語源の説はヘブライ語の「破壊する者」や「嘘をつく者」、あるいはギリシャ語などの「悪臭を愛する者」などを組み合わせた造語。



074 メフィスト

 

 

 

 

天城彼方到着の1時間前。アイのスマホに一通の連絡が届いた。

 

『2人っきりで話がしたい』

 

そんな連絡だった。

 

「……ニノ?」

 

アイは届いたメッセージを見つめ、小さく首を傾げる。

 

「2人っきりで話したいって……どうしたんだろ」

 

アイとニノの関係は友達。和解した後は、彼女とは1番の女友達とも呼べる存在で、偶にだが一緒に遊ぶ仲でもある。そんな彼女からの連絡。そして、その後に場所が指定された。そこは、家族全員で行った事のある公園。

 

「ごめん、社長。ミヤコさん。私、ちょっと寄り道してから帰るね」

 

ライブ終わりの余韻が残る中、アイはスマホを片手にそう言った。

 

「ん? 寄り道?」

 

壱護が不思議そうに眉を上げる。

 

「うん。少しだけ歩きたくて。なんかまだドームの余韻がすごいんだよね」

 

その言葉に、ミヤコはふっと笑った。

 

「あぁ……まぁ、今日くらいはそうなるわよね」

 

「東京ドームだもんな。そりゃ実感も湧かねぇか」

 

アイは嬉しそうに笑いながら、胸の前でスマホを握る。

 

「だから、ちょっとだけ景色見てから帰るね!」

 

「遅くなるなよ」

 

「ちゃんと変装して行きなさいよ?」

 

「はーい!」

 

スマホを取り出し、アイは少しだけ迷うように画面を見る。そして、小さく笑った。

 

「心配性だもんね、彼方」

 

そう呟きながら、メッセージを打ち込む。

 

『少しだけ、あの公園寄ってから帰るね! ほら、前にみんなで行ったとこ!』

 

連絡を送った後、アイは目的の場所に向かった。ドームから歩いて20分程度の場所。薄暗いその場所を、スマホのライトで照らしながら歩く。

 

「ニノー!」

 

公園の奥にいた人影に気づき、アイは軽く手を振る。

 

「ごめんね、待った?」

 

「……ううん。私も今来たところ」

 

アイを呼び出した人物。それは、ニノであった。街灯に照らされたニノは、静かに笑みを浮かべていた。

 

「それにしても……本当にやったね、東京ドーム」

 

その言葉に、アイは嬉しそうに目を輝かせる。

 

「ねっ!? すごかったよね!?もう歓声とかヤバくてさ!途中から夢見てるのかと思った!」

 

「……うん。あんな景色、初めて見た」

 

「私ね、ステージ立った瞬間、ちょっと泣きそうだったんだ。『あぁ、本当にここまで来れたんだ』って」

 

アイはそう言いながら、夜空を見上げる。天気は曇りで、星が見えない。

 

「昔はさ、こんな未来あるなんて思ってなかったなぁ」

 

「…………」

 

「でも、諦めなくてよかった。B小町続けててよかったって、今日ほんとに思えたの!」

 

ニノはそんなアイをじっと見つめる。その視線は、探るような相手を観察するような目。

 

「……アイは、幸せ?」

 

「え?」

 

少し不意を突かれたように、アイは瞬きをする。

 

「うーん……うん。幸せだよ。もちろん大変な事もいっぱいあるけど……それでも、今は毎日楽しい」

 

「そっか……」

 

ニノは小さく俯き、どこか噛み締めるように呟く。

 

「……アイは、変わったね」

 

「そうかな?」

 

「昔より、ずっと楽しそうに笑う」

 

その言葉に、アイは少し照れくさそうに笑った。

 

「えへへ……そう見える?」

 

それから、2人は話を続けた。アイが加入した日や、アイが本音を語った日、遊びに行った事、これまでの数年間の思い出を話し続けた。

 

「……ねぇ、アイ」

 

しばらく思い出話を続けた後、ニノが静かに口を開く。

 

「ん?」

 

「今日……これ、渡そうと思ってたの」

 

そう言いながら、ニノは後ろに隠していた小さな包みを取り出す。綺麗にラッピングされたそれを見て、アイは目を丸くした。

 

「えっ!? プレゼント?」

 

「……うん。東京ドーム、おめでとうって」

 

「わぁ……!ありがと、ニノ!」

 

アイは嬉しそうに笑いながら、一歩ニノへ近づく。しかし、彼女は気付かなかった。それに悪意が混ざっている事を。

 

「開けてもいい?」

 

「……まだダメ」

 

「え?」

 

「ちゃんと渡すから……もう少し近く来て」

 

ニノは笑みを浮かべたまま、包みを両手で持ち直す。

 

「アイに、直接受け取ってほしいの」

 

「もー、なにそれ」

 

アイは苦笑しながらも、警戒する様子もなくゆっくり歩み寄っていく。そんな時だった。

 

「アイ!!」

 

「え……!?」

 

彼女を呼ぶ声が響いた。アイは声がした方向に視線を向ける。彼方のスマホのライトで2人が照らされる。彼方は見逃さなかった………ニノの顔に狂気が宿った事を。

 

「………よかった」

 

アイを突き飛ばし、ニノから距離を無理やり離した。後頭部に迫る物体を回避する術は、彼にはもうなかった。そうして、鈍い音が響く。

 

 

 

 

新野冬子………B小町の最初期のスタートダッシュを成功させた立役者。アイの加入後にファンを奪われた……正確に言えば、ファンを奪われたのはメンバー全員。それに加えて、アイの贔屓で一時期、アイは孤立した。しかし、アイが本音を晒し出し和解。その後、パフォーマンスが上昇し、他のメンバーも次第にファンが増えていった。

 

長かった髪をバッサリと切ってショートヘアになった。和解して仲の良い交流関係を築いていた筈………偶に一緒に遊びに行ったりもしていた。なのに………何故?

 

「…………アイ。君は逃げろ。今すぐこの場から」

 

「え……?ま、待って……何言ってるの……?」

 

突然の状況に理解が追いつかず、アイの声が震える。

 

「ニノ……?彼方も頭から血が……っ……!」

 

彼の頭から血が流れる。綺麗な金色の髪が徐々に赤に染まる。頭部の損傷………しかし、彼は微塵もその事を気にしていない。その目はニノを捉え続けていた。

 

「………早く行け!!」

 

今まで見た事のない彼方の切迫した声に、アイの肩がビクッと震える。

 

「で、でも……彼方が……!嫌……嫌だよ……っ!置いていけないニノ……どうして…なんでこんな事……」

 

アイは動かなかった。愛する人をこのまま見捨てるような選択。そして、友達と思っていたニノの突然の暴走。彼女の脳は様々な事で埋め尽くされた。

 

「………いいから行け………逃げるんだよ!!」

 

そんなアイのぐちゃぐちゃになっている思考を、大声でかき消す。その必死で切実に訴えかける目を見て、アイは決断をする。

 

「……っ……わ、かった……!でも……絶対、絶対死なないでよ……!」

 

彼女は、走り始めた。来た道を戻って行く。彼方は、アイを守るように逃げ道を確保。ニノは………その場から一歩も動かずに、アイが遠ざかるのを見守っていた。

 

「彼方……っ…絶対、戻ってきてよ……!」

 

その返答に、彼は答えなかった。そして、残ったのは2人………。

 

「予想外だった………なんでアイを狙った?お前は、アイの友達じゃなかったのか?」

 

その質問の返答は……すぐ返ってきた。

 

「アイはね………私にとって、大切な友達なんだよ?だから、最初からアイを狙ったわけじゃないの。……私はただ、信じてた。天城さんなら、絶対ここに来てくれるって」

 

………今、なんて言った、こいつ……アイが友達?そしてアイが狙いじゃない……そして、ここに来てくれると信じていた?………今の言葉を全て信じるなら、最初から狙いは俺?ニノは、アイが逃げても追う素振りも見せなかった。

 

「………俺が間に合わなかったらどうする気だったんだ?」

 

だとしても、不確定要素が大きすぎる。そんな博打みたいな事を普通に………数秒遅れていたら、確実にアイが傷ついていた。

 

「……その時は、その時かな」

 

ニノは血の付いた包みを見つめながら、小さく笑う。

 

「でもね……天城さんって、絶対来る人でしょ?だって、ずっとそうだったから」

 

「…………」

 

「アイの事になると、誰より怖がって、誰より必死になって……誰より先に気づく。だから、来てくれるって思ってた」

 

その目は、彼方だけを真っ直ぐ見ていた。腹の内を全て見抜くような視線が、彼に突き刺さる。

 

「……私、ずっと見てたんだ。天城さんの事。出てるドラマも、番組も……全部。ほんと、何考えてるのか分かんない人だった。掴みどころなくて、いつも飄々としてて……でもね、アイの事になる時だけは、全然違ったの」

 

見られていたのは俺の方か……しかし、何故……そこまで俺に執着する?こいつとの関わりは殆どなかった。数回話した程度……なのに……

 

「……だって、好きになっちゃったから」

 

ニノは静かに笑う。その笑みはどこか壊れていて、それでいて妙に穏やかだった。

 

「気づいたら、ずっと天城さんの事ばっか見てた。テレビに出てれば録画して、インタビューも雑誌も全部追って……アイを見てる時の顔だけ、何度も繰り返してた」

 

彼の思考を読んだ如く、話を続けていた。彼は動けなかった。頭の損傷……そして、武器を手にしているニノ……下手に動こうとすれば死ぬ。少し遠くにアイのスマホが落ちている。連絡手段は、彼のスマホがあるが助けを呼ぶ隙はない。アイが誰かを引き連れてくるのには時間がかかる。だから、黙って話を聞く事に集中していた。時間を稼ぐために。

 

「でもね……私の気持ち、叶わないって分かってる。だって、天城さん、ずっとアイしか見てないから……」

 

次の瞬間………彼女の瞳がドス黒く染まった。そして、恍惚とした表情で………

 

「叶わない恋ならさ……片想いのまま終わった方が、ずっと綺麗だと思わない?だから、天城さんを殺して……この気持ちごと、永遠にする」

 

手にしたレンガを手放し、ベンチに置いていたバッグからナイフを取り出す。雲が晴れ、月明かりでその銀色の刃が光を放つ。

 

頭の出血が止まらない。ゆっくりとだが……確実に死に近づいている。しかも、片目に血が入り込んでその目が全く見えない……少しの間このままか……。

 

「ねぇ、天城さん。最後に聞かせて?………私じゃ、ダメだった?」

 

ここでその質問か………ここで嘘をつくか?いや……ずっと俺を見てきたと言っていたなら、嘘は直ぐに看破される。それに……

 

「……無理だな俺の隣はとっくの昔に決まってる」

 

アイを裏切れるわけないだろ。それが例えこの場を逃れる為の嘘であってもだ。

 

「……そっか……天城さんなら、そう言うって思ってた」

 

そのドス黒い瞳が完璧に目の前の獲物を捉える。

 

「安心して……天城さんを殺したら、私もちゃんと後を追うよ。1人だけ残るつもりなんて、最初からないから……」

 

フラつきながらも足を動かそうとする。しかし、それよりも早くニノが動いて接近。その刃は、彼の腹部に向かって………

 

「………愛してる」

 

突き刺さった。

 

 

 







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