一目惚れだった………。
同年代のはずなのに、天城さんはどこか大人びていて、何を考えているのか分からない掴みどころのなさがあった。なのに、その視線も、言葉も、仕草も……気づけば全部が気になっていた。顔も良くて、性格だって悪くない。こんなの、好きにならない方が難しい。
でも、天城さんの隣には、いつもアイがいた。
不思議と嫌じゃなかった。悔しいはずなのに、“アイなら仕方ないかな”って思ってしまった。同じ女だったから分かっていたのかもしれない。アイもまた、天城さんを特別な目で見ていた事に。
アイが本音を曝け出したあの日、私はようやく知った。アイは、私が思っていたような絶対的な存在じゃなかった。ただ傷ついて、悩んで、それでも笑おうとしている……普通の女の子だった。
だからこそ、友達になれた。……いや、ずっと友達だと思っていたんだ。アイの事は、本当に大切だった。だから、壊したいなんて思った事は一度もない。
ただ……天城さんを見ているアイが、少しだけ羨ましかった。諦めようと思った。アイの隣にいる天城さんを見て、“きっとこれでいいんだ”って、自分に言い聞かせようとしてた。
……でも、ダメだった。
私が歪み始めたきっかけは、たぶん宮崎遠征の時。B小町のみんなで、天城さんの出演してる作品を見に行こうってなったあの日。実際に演技が始まった瞬間、空気が変わった。そこにいたのは、いつもの天城彼方じゃなかった。声も、表情も、視線も……全部が別人みたいで、息をするのも忘れるくらい引き込まれた。そして、あの泣きの演技。
「……あっ」
って、気づいたら声が漏れてた。絶望に染まったあの目から、どうしても視線を逸らせなかった。苦しくて、壊れそうなのに、それでもどこか綺麗で……見入ってしまった。
その時、思った。あぁ、この人は、本当に何者なんだろうって。
いつも飄々としていて、掴みどころがなくて、何考えてるのか全然分からない。……いや、そもそも普段見せてる顔だって、本物なのかすら分からなかった。
その“知らなさ”に、私は取り憑かれた。
その後は、早かった。気づけば、天城さんが出ている作品も、雑誌も、番組も……全部追いかけるようになっていた。見るたびに違う顔をしていた。同じ人のはずなのに、毎回まるで別人みたいで……その度に、“今度は何を見せてくれるんだろう”って思ってしまう。
特にドラマは分かりやすかった。悪役とか、壊れていく役とか、死んでしまう役とか……そういう、負の感情を抱えた人間を演じている時の天城さんは、息が止まりそうになるくらい綺麗だった。
苦しそうで、危うくて、今にも消えてしまいそうなのに、どうしてあんなに目を離せなかったんだろう。……でも、この頃はまだ良かったんだと思う。ただのファンだったから。表に出る事もなく、遠くから勝手に見て、勝手に好きでいるだけ。叶わなくても、それでも十分幸せだって思えていた。
“この立場のままでもいいかな”
そんな風に、少しずつ自分を納得させ始めていた。……あの時までは。
あれは……ミヤコさんにスケジュールの相談をしようと思って、事務所に行った時だった。ちょうど話し声が聞こえてきて……最初は聞くつもりなんてなかったのに、何故か足が止まった。少しだけ。少しだけならって、そう思って耳を澄ませた。……そしたら。
「……単刀直入に言います。アイが妊娠しました。父親は俺です」
天城さんの口から、そんな言葉が聞こえた。あの時の感覚は、今でも忘れられない。心臓がうるさいくらい鳴ってるのに、頭の中は真っ白で……立ってるだけなのに眩暈がした。
話を聞いていくうちに分かった。アイも、天城さんも、2人で子供を育てる覚悟を決めていた事。そして社長もミヤコさんも、それを受け入れていた事。その瞬間、胸の奥がぐちゃぐちゃになった。
「……離れないと」
何故か、そう思った。見つからないように隠れていたのも、多分……壊れそうだったからだと思う。そのまま事務所を出ていく2人を、気づけば追いかけていた。……そして、見てしまった。
天城さんが、アイを見る顔を。いつもの掴みどころのない笑みじゃなかった。飄々とした仮面でもない。不安そうで、怖がってて、それでもアイを守ろうとしてる……そんな、人間らしい顔だった。
その表情を見た瞬間、私の中で何かが壊れた。あぁ、欲しいって思ってしまった。あんな顔を向けられるアイが、羨ましくて仕方なかった。いつも誰にも見せない、本物の天城彼方を……私にも向けてほしいって。
「……アハ。そっか。見てもらえないなら、見てもらえる状況を作ればいいんだ」
私に狂気が宿った瞬間だった。
でも、アイに恨みがあったわけじゃない。壊れた後でも、私はずっと友達だと思ってたし……東京ドームの夢だって、ちゃんと一緒に叶えたかった。だから、動き出すのはその後でよかったの。
それから私は、天城彼方って人をもっと知ろうとした。出演してる作品、雑誌、インタビュー……調べれば調べるほど見えてくるものがあった。天城さんの行動の根っこには、いつもアイがいる。……全部、アイのため。だったら、その“性質”を利用すればいい。そう思った。
それに、ライブの時、誰がどこを見てるかくらい分かる。あの日もそうだった。天城さん、ちゃんと変装してたのに……私にはすぐ分かった。“あぁ、いる”って。
顔を隠してても、姿を変えてても、アイを見てる時だけは全部滲み出るから。……愛って、怖いよね。好きになれば、その人が何を大事にしてるのかも、何を失うのが一番怖いのかも……嫌でも見えてきちゃうんだから。
それに……社長達の動きも、ずっと見てた。事務所での会話をこっそり聞いたり、スケジュールの流れを見たりしてるうちに、2人が宮崎に行くって分かったの。……なんの因果なんだろうね。私が壊れ始めた場所で、アイが子供を産むなんて。
だから、私はリョースケさんを使おうと思った。あの人、アイの事になるとすぐ周り見えなくなるから……少し話を振るだけで、勝手に動いてくれると思ったの。実際、私は“少し情報を取ってきてほしい”って言っただけだった。アイが今どこにいるのか、とか。誰といるのか、とか。そういうのを知りたかっただけ。
でも……結果として、全部終わっちゃった。担当医が死んだって聞いた時は、さすがにびっくりしたかな。……まぁ、リョースケさんの事は、途中からちょっと面倒になってたし。煽ったら勝手に暴走して、そのまま消えてくれたから……結果的には楽だったんだけど。
「……あぁ……やっぱり、いい」
子供ができても、2人は芸能界をやめなかった。むしろ、前より輝いて見えた。アイはどんどん綺麗になっていって……天城さんも、信じられないくらい売れていった。そして、あのドラマ。
『最後まで、生きた証』
世間でもすごく話題になってたけど……私は、たぶん違う意味で壊された。最後の、天城さんが死ぬシーン。あの演技が、忘れられなかった。苦しそうな息遣いも、震える声も、死を受け入れきれてない目も……全部、生々しすぎて。本当に“ 本当に、死を知ってる人”みたいだった。
見てるだけなのに苦しくて、なのに何度も見返してしまう。……あぁ、この人、本当にどこまで本物なんだろうって。気づけば、もう抜け出せなくなってた。好きとか、憧れとか、そんな綺麗な言葉じゃ足りないくらい……私は完全に、天城彼方っていう沼に溺れてた。
私の想いは、日に日に大きくなっていった。見ないようにしても、考えないようにしても、気づけば頭の中は天城さんの事ばっかりで……もう、自分でも止められなかった。
そして迎えた、東京ドーム公演。B小町みんなで夢見てたステージ。何万本ものサイリウムが揺れて、会場全部が光ってて……本当なら、あの景色に感動しなきゃいけなかったのに。
……私の視線は、ずっと関係者席にいた天城さんを追ってた。子供達と一緒に、赤色のペンライトを振ってる。その横顔を見ながら、思った。……あぁ、やっぱりこの人は、ずっとアイを見てるんだなって。不思議なくらい冷静だった。嫉妬とか、悲しいとか、そういうのも通り越して……ただ、理解してしまったの。
私は、この人の特別にはなれない。だから……決めた。この気持ちを、永遠にしようって。
そうして……今に至る。私は、天城彼方を殺す。そして、その後に私も死ぬ。アイには絶対邪魔させない。だって、向こうに行けば……今度こそ、誰にも邪魔されずに天城さんと永遠にいられるから。
ナイフを握る手に、自然と力が入る。そして、やっとこっちを見てくれた彼に向かって、私は笑った。
「……やっと、見てくれた♡」
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