一番星は消えない   作:ディバル

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Burningは「燃えている」「燃焼」を意味する言葉。





076 Burning

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

息が上手く吸えない。足がもつれそうになる。それでもアイは止まらなかった。ひたすら走る。自分には今はそれしかできないのだから。

 

「彼方……っ……彼方……!」

 

涙で視界が滲む。スマホもない。今の自分には、誰かを呼ぶことしかできない。

 

「誰か……!誰か、来て……!」

 

夜道に掠れた声が響く。しかし、返事が返ってくることはなく、頭の中でさっきの光景が何度も繰り返される。

 

「嫌……っ……!」

 

アイは震える手で通りに飛び出した。

 

「お願い……!誰か助けて……! 彼方が……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見てくれた♡」

 

ニノの刃が彼の腹部に深く……刺さったかに思われた。

 

「…………え?」

 

その刃は食い込むが、刺さらない。沈み込むような彼の肌との間にある何かに阻まれる。

 

「ニノ……何の対策もしてないと思ったか?」

 

彼の顔に笑みが浮かぶ。命の危機にさらされているこの状況で、彼は笑って見せた。しかし、その笑みは頭から垂れる血も相まって、悪魔のような笑みであった。

 

「……え?なんで……刺さらないの……?」

 

刺さらないことに対しての違和感。しかし、彼女はすぐに答えにたどり着く。

 

「……っ、防刃?」

 

そう……彼はここ数年間、ずっと着込んでいた。出かける時、アイと一緒にいる時、いつでも彼女の盾になれるように。習慣として着ていたため……何とかナイフが刺さらずに済んでいた。

 

「うそ……なんで笑ってるの……?」

 

死を目の前に笑う姿。ニノも彼をずっと見てきた。しかし、それは雑誌や演技をしている画面越しの姿。彼女は知らない……目の前の男がイカれていることを。その底知れない狂気を。

 

「頭から血流してるのに……!」

 

人間は、知らないものに対して未知の恐怖を覚える。今、ニノが直面しているのがまさにそれである。

 

「……嫌。そんな余裕な顔、しないでよ……もっと……私を見てよ……!」

 

彼女の手に力が籠る。何とかして防刃を破ろうとナイフを押し込む。しかし、防刃ベストの前でそれは無力で。

 

「……悪いな。俺はずっとアイを見ていた。今更、他の女なんて見れるか」

 

チャンスはここだ。俺はそれぞれの手を握る。ナイフの方は手首を。もう片方の手は、重ね合わせるかのように思いっきり握る。この距離から出さない……絶対に。互いに両方の手が使えない状況に持ち込めた。

 

「両手塞いで……何するつもり……? その状態じゃ、天城さんも何もできないでしょ……!」

 

「あぁ……両手は塞がってるな……両手はな」

 

ここで、彼が選択したのは……。

 

「頭突きならできる!!」

 

全体重を乗せた頭突きだった。自分の頭を砕かんばかりにニノに叩きつけた。頭から出血しているのに、それを無視するかのように躊躇なくこの選択をした。

 

「っぁ……!?な、に……それ……っ……!」

 

これは完全な予想外。同じ状況になったとして、この選択肢を取れる人間が果たしているのだろうか?

 

「頭、おかしいよ……!普通、自分からそんなことしない……!」

 

先程の余裕なんてとうに消えていた。ニノは自分が狂っているのをわかっている。しかし、天城彼方もまた……狂っている。

 

「まだ、意識あるな……」

 

間髪入れずに頭突きを叩き込む。一撃一撃が重い。永久凍土のように凍った目で、感情なき機械のように繰り返す。

 

 

 

 

「……ぁ……はは、そっか……」

 

頭突きが何度も叩き込まれる度に、脳がぐらぐら揺れる。痛いはずなのに……視線だけは、どうしても天城さんから逸らせなかった。

 

その目を、私は初めて見た。冷たくて、暗くて、何も映していないみたいな目。いつもの飄々とした笑みも、優しさも、アイを見てる時の熱も……そこには何一つなかった。まるで、感情そのものが凍りついてるみたいで。

 

「天城さんも……壊れてたんだ……やっと、本物見れた」

 

今、この瞬間になってようやく分かった。壊れていたのは、私だけじゃなかったんだって。優しくて、掴みどころがなくて、いつも誰かのために笑ってる……そんな顔の奥に、最初からずっと“これ”を抱えていたんだ。

 

そして私は、ようやく見てしまった。これもまた……天城彼方っていう人間なんだって。そう気づきながら、私の意識が薄れてゆく。

 

 

 

 

「っ、はぁ……!はぁっ……!」

 

倒れゆくニノの姿を見て、ようやく頭突きを止めた。俺もその場に座り込んだ。何度も頭突きを繰り返して傷が開いた。上着を脱ぎ、それを傷のあるところに結ぶ。簡易的な止血だ……無いよりかはいいだろう。

 

「まだ……死ねない」

 

何とか立ち上がる。ブルブルと震える脚……血を流して少し時間が経っている。ニノは気絶しているが、いつ目を覚ますかわからない。ナイフとレンガを遠くに投げる。あんな物をこの暗がりで探すのに時間がかかる。

 

「……とりあえず遠くに」

 

頭が痛む……それはそうか。元々損傷していたのに、頭突きで何度も額を叩きつけたのだから……でも、俺は危機を脱した。ニノはもう終わりだ……後は司法に任せればいい。

 

来た道を戻る。左目に入った血を洗い流したかったが、そんな時間はない。クソ……視界が少しブレている。これ……全治何ヶ月だ?まだ完全に終わってないのに、そんなことを呑気に考えていた。ゆっくりとしか歩けない。でも、大丈夫だ……あんだけ頭突きを喰らわせたんだ。起きてもニノも痛みでそう簡単には動けないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どこ、行くの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、最悪の声が響く。振り返ると、そこには額から血を流すニノの姿。

 

「クソ……」

 

あれだけ頭突きを喰らわせたのに、もう追いつかれた。それにあの目……俺は、あの目を知っている。

 

「……せっかく、本物見れたのに……置いていくの……?」

 

執念を超えた、最早怨念のような諦めの悪い目。俺も……そんな目をしていたからわかる。こいつは、もうただのアイドルではない……化け物だ。

 

「……さっきも言っただろ……俺には帰るべき場所がある。悪いがご退場願おうか……」

 

「……帰る場所、かぁ……」

 

ニノがフラフラとゆっくりと此方に歩いてくる。

 

「ずるいよね、天城さんは。そうやってちゃんと“帰る理由”があるから、何回壊れても立てるんだ」

 

大丈夫だ……ナイフやレンガの類は遠くに投げ捨てた。こんな短時間にそれらを探して俺の前に現れる、あのダメージでそれは不可能。

 

「私には、もうそんな場所ないのに……」

 

体格差的に俺が有利なはず……なのに……。

 

「なのに、まだアイのところに戻ろうとするんだ……頭から血流して、そんな身体で……っ」

 

なのに……何故?

 

「……やっぱり、好きだなぁ。そういうとこ。だから、行かせたくないんだよ……天城さん」

 

……こうも寒気がするんだ?

 

彼女の口が三日月のような笑みを作り出す。そして、一気に彼方の方に向かい駆け出してゆく。ダメージを負っているが、頭突きで傷が開いた彼方の方が肉体的ダメージが大きく、動きも遅い。

 

(大丈夫。ただの特攻……受け止めて、もう一度頭突きで沈める)

 

そう考えていた彼だが、月明かりがニノを照らした。彼女の手にある物……それは銀色に光る刃。

 

(……まさか……2本目!?……不味い!!)

 

2本目の凶器。それの登場で彼の反応が遅れた。そして……。

 

「……帰さない。一緒に、終わろう?」

 

ドロドロに濁った執念が、彼に届く。直後、太ももに灼熱の温度が迸る。

 

「っ゛ぁぁぁぁぁっ!!」

 

痛い痛い痛い痛い痛い――ッ!!

 

前世で一度刺されて死んでいるとは言え……その感覚に慣れる訳がない。意思に反して、痛みにより顔が苦悶に歪む。

 

「……あはっ、やっと……そんな顔してくれた」

 

痛がる彼に対して、ニノの顔に恍惚とした笑みが浮かび上がる。

 

「痛いんだ……天城さんも、ちゃんと。その顔……もっと見せてよ……」

 

最悪の状況に陥っても尚……彼の目は死んではいない。歪みながらも笑って見せた。

 

「まだ……終わってない」

 

両方の手で両肩を掴み、離れないように固定する。

 

「……っ、うそ……また、やるの……?」

 

その構え方を見て、ニノも察した。またあの頭突きが来ると。

 

「ほんと……天城さん、壊れてる……っ」

 

そう言っているが、顔にはさっきみたいな焦りはない。寧ろ、天城彼方という本物を見た彼女は、それまで以上に愛そうとしていた。

 

「でも……そんなところが、好きなんだよ……!」

 

ナイフが引き抜かれる。そして、もう片方の太ももに突き刺さった。

 

「っ、ぐぁぁぁぁぁッ!!」

 

喉を潰したみたいな絶叫だった。膝が崩れ、呼吸が途切れる。

 

「ぁ……っ、は……ぁ、ぁぁ……ッ!!」

 

両方の足を刺され、バランスが崩れそうになる。でも、ここで倒れる訳にはいかない。最後だ!!………力を振り絞れ!!

 

「……っ、動け……!サボるな、脚ッ!!」

 

自分を鼓舞するかのように叫ぶ。崩れそうになった脚を無理やり踏ん張り、そして……大きく振りかぶる。

 

「終わりだ、ニノ……」

 

そして、その額を振り下ろす。互いの額をぶつけ合う轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 








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