一番星は消えない   作:ディバル

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077 天城彼方

 

 

 

 

互いの額をぶつけ合う轟音が響く。その一撃に天城彼方は、今世での人生や魂を全て込めた。

 

「……っ、まだ……見たかったのに……」

 

彼が放った最後の一撃は効いた。全てを乗せた一撃………ニノは仰向けになって倒れ、再び意識を失った。

 

「ドロドロの執念なら、こっちの方が年期が入ってるんだよ」

 

意識を失ったニノを見下ろしながら、そう告げた。

 

「なんとか勝ちは拾ったけど……今度起きてきたら、もう無理だな」

 

近くにある木を背もたれにして座り込む。片方の太ももから血が流れ続け、もう片方にはナイフが刺さったままだ。止血はしたが、最後の渾身の頭突きでまた傷が開いた。このままいけば出血死だ。

 

「意識を強く持て……」

 

ブルブルと震える手でポケットからスマホを取り出す。

 

「救急車と警察……」

 

番号を入れようとした時、手からスマホが滑り落ちた。手の届かない場所まで離れてしまい、もうその場から動けない。

 

「……これ、ダメかもな」

 

意識を何とか繋いでいるが、いつまでもつか……。

 

……にしても、思い返してみると随分と泥臭い戦いをした。まさかレンガで殴られるとは……ヘルメットを被ってくるべきだったな。

 

死ぬのかな……このまま。

 

今世最大の目標は果たした。アイを生存させた……だけど……彼女の「幸せ」はどうなんだろうな……。「アイドルとしての幸せ」「母親としての幸せ」、それを両方手にした。でも、俺がいなくなったら、多分悲しむだろうな……あの子は優しい。

 

それに、アクアとルビーの成長も見届けたい。

 

「……死にたくないなぁ」

 

覚悟はしていた。でも最近……死んでも守る、その信念がブレてきた。その原因は分かっている。アイ、アクア、ルビー達だ。

 

父親になった。前世で経験しなかった、自分の家族を持つという幸せを知った。大変だけど、満たされていた。誰だってそうだ。どんな形であれ、その幸せを自ら手放そうとは思わないだろう。

 

迷いが出てきた。俺は1人で動くのではなく、他人の力を借りてアイを救うべきだったんじゃないかと。でも結局、俺は1人で動くことを選んだ。犠牲になるのは自分だけでいいと、そんな選択を。

 

そして、いざとなったら死にたくないと……。

 

……情けないな、本当に。

 

本当の俺は、こんなに強くないのに。見栄を張って、自分を偽り、強く見せた。全てはアイの為に。けれど、これも全て自己満足。自分のエゴを押し付けていただけに過ぎない。

 

「……でも、精一杯やったんだ。悔いは……ないとは言い切れないな」

 

彼が目を閉じようとした時だった。

 

「彼方ぁっ!!」

 

声が彼の耳に届く。それは、今一番聞きたかった声。

 

なんとか視線を向けると、アイと壱護が現場に駆けつけた。

 

 

 

 

2人が駆けつける少し前。

 

「彼方……っ……彼方ぁ……!」

 

息を切らしながら、アイは夜道を必死に走る。涙で前が滲み、何度も足がもつれそうになる。

 

その時…………遠くから聞き慣れた声が響いた。

 

「……アイ!?」

 

「っ……社長……!?」

 

暗闇の向こうから、同じように息を切らした壱護が走ってくる。急いで出ていく彼方に、ただならぬ出来事だと感じ取った壱護は、彼を追いかけていた。

 

 

 

 

 

「お前、何があった!?」

 

「彼方が……っ! ニノに……!」

 

「……は?」

 

壱護の表情が一瞬で凍りつく。

 

「血が……いっぱい……っ! 彼方が、私を逃がして……!」

 

震える声でそう言った瞬間、壱護はアイの肩を掴んだ。

 

「場所は!?」

 

「公園の奥……っ!」

 

「案内しろ!!」

 

二人は走る。

 

少し遠くから、何かをぶつけ合ったような鈍い音が聞こえた。

 

「っ……今の音!」

 

「急げ!!」

 

その音は、彼が最後に放った渾身の一撃だった。

 

暗がりで見えづらい中、この音は場所を知らせる救難信号の役目を果たす。音のした方向へ進む2人。

 

そこには、頭から血を流し、片方の太ももから血が溢れ、もう片方にはナイフが刺さったままの彼方の姿があった。その近くには、額から血を流して倒れているニノ。………現場は悲惨そのものだった。

 

「彼方ぁっ!!」

 

「……っ、いた!!」

 

「やだ……彼方っ!!」

 

「彼方!!」

 

私を逃がしてくれた時より、もっと血が出てる……。足にはナイフが刺さったままで……。そんな彼方の姿が、本当に……今にもいなくなっちゃいそうに見えて。

 

「……アイ。怪我は……突き飛ばしたからな、あの時」

 

「……そんなの、どうでもいいよ……っ」

 

アイの声は震えていた。涙が止まらない。

 

目の前の彼方は、頭から血を流し、足にはナイフが刺さったまま。それなのに、自分の心配ばかりしている。

 

どうして、彼方はいつもそうなんだろう。自分がこんなになってまで、私を守ろうとする。怖かった。今にも消えてしまいそうで……もう二度と笑ってくれない気がして。

 

「私は……彼方が無事じゃないと嫌なの……っ……!」

 

彼方は……こんな時なのに、まだ笑ってた。

 

絶対痛いはずなのに。こんなに血だらけで、ボロボロなのに……どうしてそんな顔できるの……?

 

「なら……生きないとな……。まだ、伝えたい事……あるんだ」

 

「……っ、だから喋らないでよ……!」

 

ボロボロの状態になりながらも、彼の視線はずっとアイに釘付けだった。

先程までは諦めたような顔だったのに、今は生きようと必死になって意識を繋いでいる。

 

「お願いだから……もう無理しないで……っ……!」

 

背後で社長が必死に電話してる声が聞こえる。きっと、救急車を呼んでくれてるんだと思う。私は震える手で彼方の手を握った。

 

……冷たい。

 

さっきまでちゃんと温かかったはずなのに、どんどん体温がなくなっていくみたいで……怖かった。

 

「伝えたい事なら……後で聞くから……! ちゃんと聞くからぁ……!」

 

彼方は、アイの手を弱々しく握った。

 

「だから……だから死なないでよ……彼方……っ……!」

 

大粒の涙を流すアイを見て、彼は最後の力を振り絞って――

 

「絶対死なない……。だけど、これだけは言いたい」

 

今日一番の、とびっきりの笑顔で………

 

「愛している」

 

愛の言葉を彼女に伝えた。自分からは言えないでいた、その言葉をやっと今言ったのだ。

 

「……やっと言えた」

 

満足そうにしている。こんな命の危機だというのに……。

 

「……っ、ばか……」

 

涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、アイは笑おうとして………でも上手く笑えなかった。

 

「そんなの……今、言うことじゃないでしょ……っ……!」

 

彼方の手を強く握る。離したら、本当にどこかへ行ってしまいそうで。

 

「……私も、愛してるから……!だから絶対、いなくならないでよぉ……っ……!」

 

アイのその言葉を聞いて、プツリと電池が切れたかのように彼は意識を手放した。

 

それと同時にサイレンの音が響く。救急車と警察が到着した。

 

「脈が弱い! 急げ!!」

 

救急隊員達が慌ただしく動く中、彼方は担架に乗せられていく。アイはその手を最後まで離せなかった。

 

「ご家族の方、離れてください!」

 

そう言われても、簡単に離せるわけがなく、隊員がアイと彼方を引き離す。

 

「彼方……っ……!」

 

震える声で名前を呼ぶ。返事はない。さっきまで握り返してくれていた手も、もう動いていない。

 

その時………視界の端で、別の担架が運ばれていくのが見えた。額から血を流したニノ。その周囲には警察官達が集まっている。

 

「確保しろ!」

 

「凶器も回収!」

 

騒がしい声が飛び交う。でも、アイにはもうどうでもよかった。

 

彼方が生きてくれるなら、それ以外、何もいらない。

 

「お願い……お願いだから……助かってよ……彼方……っ……」

 

天城彼方は、確かに星野アイという1人の人間の運命を変えた。しかし、その代償は重かった。

 







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