一番星は消えない   作:ディバル

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078 貴方を信じて

 

 

 

 

白い天井が、やけに遠く感じた。手術が終わったって言われても、何も実感が湧かない。

 

「……彼方は?」

 

声を出したつもりなのに、喉がうまく動かない。看護師さんが何か言ってる。でも、意味が頭に入ってこない。

 

“手術は成功しました”

 

その言葉だけが、やっと耳に引っかかった。成功って、なに? じゃあ、もう大丈夫ってことじゃないの? なのに……。

 

「……なんで、目……開かないの」

 

ベッドにいる彼方は、さっきまでの彼方じゃなかった。血の気の引いた顔。動かないままの体。機械の音だけが規則的に鳴っている。さっきまで、ちゃんと話してたのに。

 

「……ねぇ、起きてよ」

 

指先に触れる。冷たくはない。でも、温かくもない。生きてるって言われたのに。生きてるのに、ここにいないみたいで。

 

「……約束したじゃん」

 

声が震える。

 

「死なないって……言ったじゃん……」

 

視界が滲んで、彼方の顔がぼやける。それでも、手は離せなかった。離したら、本当にどこかに行っちゃう気がして。

 

「……ずるいよ」

 

小さく笑おうとして、できなかった。

 

「私だけ、ちゃんと聞いちゃったじゃん……」

 

返事はない。機械の音だけが、静かに続いていた。病室にアクアとルビーが入ってくる。

 

「……何してるんだよ、彼方」

 

「……パパ?」

 

病室のベッドで、ボロボロの状態で眠る彼方。数時間前には、一緒にアイのための料理を作って、お祝いをしようと3人で頑張っていたのに。それが今では……。

 

「早く起きろよ。アイが泣いてる」

 

「ママ、泣かせたらだめだよ……」

 

手術を終えたが、その意識は戻っていない。医者曰く……危険な域は脱したが、脳の腫れにより数日〜数週間は予断を許さないとのことだった。

 

「まだ……私、アイドルになってないよ……」

 

ルビーは泣いていた。しゃくり上げながらも、彼方の手を必死に握りしめて離そうとしない。

 

「パパに、ちゃんと見てほしいのに……」

 

生きてはいるが……いつも3人に向けている笑顔はない。

 

「だから……起きろよ」

 

「……起きてよ、パパ」

 

心配そうにしている2人を抱きしめるアイ。

 

「……大丈夫。彼方は、生きてる。ちゃんと」

 

そうだ……辛いのは私だけじゃない。アクアも、ルビーも、社長も、ミヤコさんだって、きっと同じくらい怖くて、不安で、どうしようもない気持ちを抱えてる。

 

「今は……休んでるだけだから」

 

彼方のことが好きだからこそ、こんなにも揺れているんだ。なら、今ここで泣いているだけじゃダメだ。私がしっかりしなきゃ。

 

「ねぇ、ルビー……そんなに泣かないで。アクアも……顔、そんなに強ばらせないで」

 

この子たちの前で、崩れちゃいけない。怖くても、不安でも……それを全部飲み込んで、立っていなきゃいけない。

 

「……怖いのは分かる。でもね、彼方は約束してくれた。死なないって……ちゃんと、言ったんだから」

 

彼方が戻ってくるその時まで、ちゃんとここを守るために。

 

「だから……信じよう?」

 

彼方が戻ってくるその時まで、ちゃんとここを守るために。

 

「きっと起きるよ。その時に、またいつもみたいに……笑えばいいから」

 

アクアは唇を引き結んだまま、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

「……ほんとに?」

 

ルビーは涙で濡れた目のまま、アイを見上げる。

 

「起きるよ。彼方は約束を破らない」

 

「……じゃあ待つ」

 

2人も彼のことを前世から知っている。だから、どういう人間なのかを。だから、2人は信じて待つ。天城彼方を。そして……自らの父親を。

 

「……ああ」

 

「早く起きてね、パパ」

 

 

 

 

『速報です。本日19時頃、都内の公園で人気俳優・天城彼方さんが刃物で刺され、重傷を負う事件が発生しました』

 

偶々テレビをつけただけだった。そのニュースは、僕の頭の中を一瞬でぐちゃぐちゃにした。

 

『警視庁は、現場にいた女性を殺人未遂の疑いで事情聴取しています』

 

その名前を聞いた瞬間、呼吸が止まった。

 

『天城さんは頭部外傷および両脚に刺し傷を負い、病院へ搬送。現在も治療を受けているとのことです』

 

手に持っていたリモコンが落ちる。

 

「………兄さん」 

 

 

 

天城彼方のニュースは、瞬く間に広がった。

 

【速報】天城彼方さん刺傷事件、ネット上でも大きな話題に

 

【ID:xA72mK1】

え……天城彼方ってあの天城彼方? 嘘だろ……

 

【ID:qP91Ls8】

重傷ってかなりヤバくないか? 普通に心配なんだけど

 

【ID:nV44Dz2】

助かってくれ……まだ若いのに……

 

【ID:tK88Fw6】

最近よくテレビ出てたよな。ショックすぎる

 

【ID:bE31Hu4】

頭部外傷に刺し傷って相当だぞ……

 

【ID:rM52Yp9】

犯人女なの怖すぎるだろ……

 

【ID:wL20Qz7】

天城彼方って割と誠実そうなイメージだったから意外

 

【ID:uD73Ca1】

いやでも芸能界なんて、表に出てないだけで色々あるだろ

 

【ID:fJ95Xe3】

最近アイドルと距離近い感じだったし、女関係こじれたんじゃね?

 

【ID:hS11Vr0】

被害者なのに叩くのは違うだろ……

 

【ID:mT67Ko8】

でも刺されるレベルって、普通のトラブルじゃない気がする

 

【ID:cN84Lb5】

天城彼方、女癖良さそうには見えなかったけどな、正直

 

【ID:zQ41Pe2】

イケメン俳優って裏で何してるか分からんしなぁ

 

【ID:kY77Ad4】

まだ事情も分かってないのに、憶測で叩く奴多すぎ

 

【ID:vX02Mn6】

普通に命助かってほしい。それだけだわ

 

【ID:sP93Re1】

これで亡くなったらマジで洒落にならん……

 

【ID:aH55Tw9】

人気出すぎて、変なのに執着されたパターンにも見える

 

【ID:eL28Fs3】

なんか最近の芸能界、男女関係のトラブル多すぎない?

 

【ID:gB70Qi2】

彼女いるの隠してファン食ってたとかなら印象変わるけど

 

【ID:pD18Yu5】

いや、刺す方が100悪いだろ……

 

【ID:jW63Nm1】

とりあえず無事って続報だけ早くくれ

 

【ID:oR49Vc8】

ニュース見た瞬間鳥肌立った。助かってくれよ、ほんと……

 

 

 

 

ネットには様々なことが書かれた。心配する声が多かったが、中には根も葉もない言葉や、彼を批判する声も上がっていた。

 

ルビーの小さな手が、ぎゅっとスマホを握りしめる。画面を見つめる瞳には、涙と怒りが混ざっていた。

 

「……なに、これ」

 

震えた声が漏れる。次の書き込みを見た瞬間、表情が歪んだ。

 

「なんで……なんでパパが悪いみたいに言うの……?」

 

指先が強く食い込み、今にもスマホを投げそうなほど力が入る。

 

「知らないくせに……っ」

 

次々と流れてくる無責任な言葉。憶測。面白半分のコメント。ルビーの肩が怒りで震えた。

 

「パパは……っ、そんな人じゃないもん!」

 

涙がぽろぽろ落ちる。けれど拭う暇もなく、画面を睨みつける。

 

「何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよ!」

 

声を荒げ、息を切らせる。幼い喉では抱えきれないほどの感情だった。

 

「痛い思いしてるの、パパなのに……なんで、こんなこと言えるの……?」

 

悔しさで唇を噛む。

 

「……消えちゃえばいいのに、こんなの」

 

そう吐き捨てても、画面の文字は消えない。ルビーはとうとうスマホを胸に抱きしめ、その場にうずくまった。

 

アイは何も言わず、しゃがみ込んでルビーの前に座る。震える手ごとスマホをそっと下ろさせ、そのまま小さな体を抱きしめた。

 

「……ルビー」

 

優しく名前を呼ぶ声は、少しかすれていた。

 

「怒ってくれて、ありがとう」

 

ルビーはアイの胸元に顔を埋めたまま、嗚咽混じりに声を漏らす。

 

「だって……ひどいよ……っ」

 

「うん。ひどいね」

 

アイの手が、背中をゆっくり撫でる。一定のリズムで、落ち着かせるように。

 

「でもね、知らない人の言葉って……すごく簡単に投げられちゃうの」

 

「……っ」

 

「彼方のことを、本当に知ってるのは私たちだよ」

 

ルビーの肩が小さく揺れる。

 

「優しくて、頑張り屋さんで、すぐ無茶して……でも、誰より家族のこと大事にしてくれる人」

 

アイは少しだけ笑った。涙を堪えるみたいな、不器用な笑みだった。

 

「それは、誰が何を書いても変わらない」

 

ルビーの頭を撫で、額にそっと口づける。

 

「だから、知らない人の言葉で、ルビーの心まで傷つかなくていいんだよ」

 

「……でも、悔しい……」

 

「うん。悔しいよね」

 

アイは強く抱きしめ直した。

 

「じゃあ、その悔しさは……彼方が起きた時に、いっぱい笑って返そう?」

 

「……笑って?」

 

「そ。『みんなで待ってたよ』って、いつも通り迎えるの」

 

ルビーは泣きながら、小さく頷いた。アイはその頬の涙を拭って、いつもの柔らかい声で言った。

 

「大丈夫。彼方は、ちゃんと帰ってくるから」

 

信じて待つ……それが彼女達にできる最大限のことだ……。

 

「……起きろよ、彼方。父親がいつまでも寝てんじゃねぇよ」

 






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