一番星は消えない   作:ディバル

79 / 79
078 貴方を信じて

 

 

 

 

白い天井が、やけに遠く感じた。手術が終わったって言われても、何も実感が湧かない。

 

「……彼方は?」

 

声を出したつもりなのに、喉がうまく動かない。看護師さんが何か言ってる。でも、意味が頭に入ってこない。

 

“手術は成功しました”

 

その言葉だけが、やっと耳に引っかかった。成功って、なに? じゃあ、もう大丈夫ってことじゃないの? なのに……。

 

「……なんで、目……開かないの」

 

ベッドにいる彼方は、さっきまでの彼方じゃなかった。血の気の引いた顔。動かないままの体。機械の音だけが規則的に鳴っている。さっきまで、ちゃんと話してたのに。

 

「……ねぇ、起きてよ」

 

指先に触れる。冷たくはない。でも、温かくもない。生きてるって言われたのに。生きてるのに、ここにいないみたいで。

 

「……約束したじゃん」

 

声が震える。

 

「死なないって……言ったじゃん……」

 

視界が滲んで、彼方の顔がぼやける。それでも、手は離せなかった。離したら、本当にどこかに行っちゃう気がして。

 

「……ずるいよ」

 

小さく笑おうとして、できなかった。

 

「私だけ、ちゃんと聞いちゃったじゃん……」

 

返事はない。機械の音だけが、静かに続いていた。病室にアクアとルビーが入ってくる。

 

「……何してるんだよ、彼方」

 

「……パパ?」

 

病室のベッドで、ボロボロの状態で眠る彼方。数時間前には、一緒にアイのための料理を作って、お祝いをしようと3人で頑張っていたのに。それが今では……。

 

「早く起きろよ。アイが泣いてる」

 

「ママ、泣かせたらだめだよ……」

 

手術を終えたが、その意識は戻っていない。医者曰く……危険な域は脱したが、脳の腫れにより数日〜数週間は予断を許さないとのことだった。

 

「まだ……私、アイドルになってないよ……」

 

ルビーは泣いていた。しゃくり上げながらも、彼方の手を必死に握りしめて離そうとしない。

 

「パパに、ちゃんと見てほしいのに……」

 

生きてはいるが……いつも3人に向けている笑顔はない。

 

「だから……起きろよ」

 

「……起きてよ、パパ」

 

心配そうにしている2人を抱きしめるアイ。

 

「……大丈夫。彼方は、生きてる。ちゃんと」

 

そうだ……辛いのは私だけじゃない。アクアも、ルビーも、社長も、ミヤコさんだって、きっと同じくらい怖くて、不安で、どうしようもない気持ちを抱えてる。

 

「今は……休んでるだけだから」

 

彼方のことが好きだからこそ、こんなにも揺れているんだ。なら、今ここで泣いているだけじゃダメだ。私がしっかりしなきゃ。

 

「ねぇ、ルビー……そんなに泣かないで。アクアも……顔、そんなに強ばらせないで」

 

この子たちの前で、崩れちゃいけない。怖くても、不安でも……それを全部飲み込んで、立っていなきゃいけない。

 

「……怖いのは分かる。でもね、彼方は約束してくれた。死なないって……ちゃんと、言ったんだから」

 

彼方が戻ってくるその時まで、ちゃんとここを守るために。

 

「だから……信じよう?」

 

彼方が戻ってくるその時まで、ちゃんとここを守るために。

 

「きっと起きるよ。その時に、またいつもみたいに……笑えばいいから」

 

アクアは唇を引き結んだまま、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

「……ほんとに?」

 

ルビーは涙で濡れた目のまま、アイを見上げる。

 

「起きるよ。彼方は約束を破らない」

 

「……じゃあ待つ」

 

2人も彼のことを前世から知っている。だから、どういう人間なのかを。だから、2人は信じて待つ。天城彼方を。そして……自らの父親を。

 

「……ああ」

 

「早く起きてね、パパ」

 

 

 

 

『速報です。本日19時頃、都内の公園で人気俳優・天城彼方さんが刃物で刺され、重傷を負う事件が発生しました』

 

偶々テレビをつけただけだった。そのニュースは、僕の頭の中を一瞬でぐちゃぐちゃにした。

 

『警視庁は、現場にいた女性を殺人未遂の疑いで事情聴取しています』

 

その名前を聞いた瞬間、呼吸が止まった。

 

『天城さんは頭部外傷および両脚に刺し傷を負い、病院へ搬送。現在も治療を受けているとのことです』

 

手に持っていたリモコンが落ちる。

 

「………兄さん」 

 

 

 

天城彼方のニュースは、瞬く間に広がった。

 

【速報】天城彼方さん刺傷事件、ネット上でも大きな話題に

 

【ID:xA72mK1】

え……天城彼方ってあの天城彼方? 嘘だろ……

 

【ID:qP91Ls8】

重傷ってかなりヤバくないか? 普通に心配なんだけど

 

【ID:nV44Dz2】

助かってくれ……まだ若いのに……

 

【ID:tK88Fw6】

最近よくテレビ出てたよな。ショックすぎる

 

【ID:bE31Hu4】

頭部外傷に刺し傷って相当だぞ……

 

【ID:rM52Yp9】

犯人女なの怖すぎるだろ……

 

【ID:wL20Qz7】

天城彼方って割と誠実そうなイメージだったから意外

 

【ID:uD73Ca1】

いやでも芸能界なんて、表に出てないだけで色々あるだろ

 

【ID:fJ95Xe3】

最近アイドルと距離近い感じだったし、女関係こじれたんじゃね?

 

【ID:hS11Vr0】

被害者なのに叩くのは違うだろ……

 

【ID:mT67Ko8】

でも刺されるレベルって、普通のトラブルじゃない気がする

 

【ID:cN84Lb5】

天城彼方、女癖良さそうには見えなかったけどな、正直

 

【ID:zQ41Pe2】

イケメン俳優って裏で何してるか分からんしなぁ

 

【ID:kY77Ad4】

まだ事情も分かってないのに、憶測で叩く奴多すぎ

 

【ID:vX02Mn6】

普通に命助かってほしい。それだけだわ

 

【ID:sP93Re1】

これで亡くなったらマジで洒落にならん……

 

【ID:aH55Tw9】

人気出すぎて、変なのに執着されたパターンにも見える

 

【ID:eL28Fs3】

なんか最近の芸能界、男女関係のトラブル多すぎない?

 

【ID:gB70Qi2】

彼女いるの隠してファン食ってたとかなら印象変わるけど

 

【ID:pD18Yu5】

いや、刺す方が100悪いだろ……

 

【ID:jW63Nm1】

とりあえず無事って続報だけ早くくれ

 

【ID:oR49Vc8】

ニュース見た瞬間鳥肌立った。助かってくれよ、ほんと……

 

 

 

 

ネットには様々なことが書かれた。心配する声が多かったが、中には根も葉もない言葉や、彼を批判する声も上がっていた。

 

ルビーの小さな手が、ぎゅっとスマホを握りしめる。画面を見つめる瞳には、涙と怒りが混ざっていた。

 

「……なに、これ」

 

震えた声が漏れる。次の書き込みを見た瞬間、表情が歪んだ。

 

「なんで……なんでパパが悪いみたいに言うの……?」

 

指先が強く食い込み、今にもスマホを投げそうなほど力が入る。

 

「知らないくせに……っ」

 

次々と流れてくる無責任な言葉。憶測。面白半分のコメント。ルビーの肩が怒りで震えた。

 

「パパは……っ、そんな人じゃないもん!」

 

涙がぽろぽろ落ちる。けれど拭う暇もなく、画面を睨みつける。

 

「何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよ!」

 

声を荒げ、息を切らせる。幼い喉では抱えきれないほどの感情だった。

 

「痛い思いしてるの、パパなのに……なんで、こんなこと言えるの……?」

 

悔しさで唇を噛む。

 

「……消えちゃえばいいのに、こんなの」

 

そう吐き捨てても、画面の文字は消えない。ルビーはとうとうスマホを胸に抱きしめ、その場にうずくまった。

 

アイは何も言わず、しゃがみ込んでルビーの前に座る。震える手ごとスマホをそっと下ろさせ、そのまま小さな体を抱きしめた。

 

「……ルビー」

 

優しく名前を呼ぶ声は、少しかすれていた。

 

「怒ってくれて、ありがとう」

 

ルビーはアイの胸元に顔を埋めたまま、嗚咽混じりに声を漏らす。

 

「だって……ひどいよ……っ」

 

「うん。ひどいね」

 

アイの手が、背中をゆっくり撫でる。一定のリズムで、落ち着かせるように。

 

「でもね、知らない人の言葉って……すごく簡単に投げられちゃうの」

 

「……っ」

 

「彼方のことを、本当に知ってるのは私たちだよ」

 

ルビーの肩が小さく揺れる。

 

「優しくて、頑張り屋さんで、すぐ無茶して……でも、誰より家族のこと大事にしてくれる人」

 

アイは少しだけ笑った。涙を堪えるみたいな、不器用な笑みだった。

 

「それは、誰が何を書いても変わらない」

 

ルビーの頭を撫で、額にそっと口づける。

 

「だから、知らない人の言葉で、ルビーの心まで傷つかなくていいんだよ」

 

「……でも、悔しい……」

 

「うん。悔しいよね」

 

アイは強く抱きしめ直した。

 

「じゃあ、その悔しさは……彼方が起きた時に、いっぱい笑って返そう?」

 

「……笑って?」

 

「そ。『みんなで待ってたよ』って、いつも通り迎えるの」

 

ルビーは泣きながら、小さく頷いた。アイはその頬の涙を拭って、いつもの柔らかい声で言った。

 

「大丈夫。彼方は、ちゃんと帰ってくるから」

 

信じて待つ……それが彼女達にできる最大限のことだ……。

 

「……起きろよ、彼方。父親がいつまでも寝てんじゃねぇよ」

 






皆様の感想や評価が作者のやる気に繋がっています。よければ評価と感想をお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

一番星の子(作者:孤独なバカ)(原作:推しの子)

歌好きの主人公が転生した先は推しの子である星野アイの子供だった。前世の曲を推しの子世界で歌って星野アイを超えようとするとありふれた話。▼曲は曲名のみ使用。歌詞は使わないつもりです。▼ごめんなさい。タイトルかぶりがあった為タイトル変更してます


総合評価:2271/評価:8.3/連載:23話/更新日時:2026年03月27日(金) 18:40 小説情報

百合の間に挟まりたくない男はどうしたらいい(作者:かぐいろ大好き侍)(原作:超かぐや姫!)

▼ 田舎から都会に飛び出した、高校生の天野尊(あまのみこと)。▼ 実家が田舎の農家で一生をそこで過ごすのが嫌で、高校生でありながら一人で東京に。家賃38,000円の映ないボロアパートであるが都会で青春を謳歌する。▼ 思いがけず、同じ苦学生の友人と謎の月のお姫様を育てる事に!▼ 尊の青春はどうなってしまうのか!▼*当作品は『超かぐや姫!』に脳を焼かれ[俺の理想…


総合評価:2065/評価:7.5/連載:12話/更新日時:2026年05月11日(月) 05:30 小説情報

彩葉に男の幼馴染がいたっていいじゃない(作者:ザワザワする人)(原作:超かぐや姫!)

この作品は、男をぶち込んでいます。▼男が、います。▼は?彩葉はかぐやとしかイチャイチャしないんだが。という人は見ない事をお勧めします。▼いや、別に男と彩葉がそんなにイチャイチャするという訳でもないです。▼(終盤になって怪しいとの感想が……)▼(完結しちゃったのですが、もうイチャイチャしちゃってますねぇこれは)▼


総合評価:2033/評価:7.57/完結:35話/更新日時:2026年05月28日(木) 16:32 小説情報

超かぐや姫!~超人に脳を焼かれた廃人~(作者:三流ゲーマー)(原作:超かぐや姫!)

劇場で観て脳を焼かれたので思うままに書いてみた作品です


総合評価:2447/評価:7.74/連載:31話/更新日時:2026年05月18日(月) 00:00 小説情報

転生オリ主は綾紬芦花を幸せにしたい(作者:天戸 蒼香)(原作:超かぐや姫!)

「超かぐや姫!」、面白い! 最高!▼でも舞台裏で泣いてる綾紬芦花も幸せにしたい!▼そんなオリ主が超かぐや姫の世界に転生したから、芦花を幸せにするために原作介入!▼……するも、そんな上手くはいかない話。▼でも芦花も含めてちゃーんとハッピーエンドにするよ、作者が保証しちゃう!▼※百合の間に男が挟まることになります


総合評価:3647/評価:7.83/連載:31話/更新日時:2026年05月27日(水) 09:28 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>