天城彼方の会見は様々な意見が飛び交った。賛否両論……彼を称賛する者もいれば、売名だ……無理やり美談にしているなどの否定的な意見もある。世間が一気に天城彼方という存在に注目した。
アイを含む他のB小町のメンバーは勿論、双子にも一切、追求の手は伸びなかった。そして彼は、SNSやアカウントでリハビリの様子を投稿し、ファンに向けて最新の自分の様子を晒し続けていた。
彼の思惑通りに事が進んでいた。そして、まだ車椅子の状態だが、傷が完全に治り退院の時を迎えた。
「……退院、おめでと」
「ありがと」
病院の外に出た。まだ歩けないけど、会見以降外に出してもらえなかったから……入院から実に3ヶ月。もう年を越してしまっていた。というか、俺が起きた頃には既に年が明けていた。
「ほら、立とうとしない」
「まだ何もしてないんだけど」
変装しているアイに肩を抑えられて立てなくされた。車椅子は慣れてないから、どうしても立ちたくなる。
「彼方は“まだ何もしてない”から急に無茶するでしょ」
「信用ないなぁ」
「ないよ!」
真正面から言われる。アイらしい……あれだけ無茶苦茶したからな……そりゃあ信用もないか。事情聴取の時に自分がした事を話したら、警察ですら引いていたな。そう言えば。
(即答だ……)
(まぁ……当然だな)
2人とも……言いたい事はわかるが、顔に出てるぞ。
「私、車椅子押したい!」
「暴走しそうだなぁ……」
「しないから!」
思いっきり押しそうで少し怖いんだよね……。というか、ギリギリ手が届く程度なのにどうやって押すつもりだろう?
「……しそうだなぁ」
「するね」
「お兄ちゃんまで!?」
アイは小さく笑った後、少しだけ目を伏せた。
「……でも、ほんとよかった。ちゃんと帰ってきてくれて」
「約束しただろ……戻るって」
「……うん」
俺達が話している時だった……前方から全力疾走で此方に向かってくる男がいた。
「……兄さ〜ん」
すごく聞き覚えがあり、久しぶりにその声を聞いた。なんでこのタイミングなんだ?不味いなぁ……そんな事を思っていると抱きつかれた。その声の正体は神木輝……俺の事を兄と呼ぶ……変態だ。
「うわっ!? ちょ、輝!彼方まだ怪我人なんだけど!?」
「安心してください。兄さんに危害は加えません」
「そこ心配してるんじゃないよ!?」
現場は一気にカオスになった。タイミングが悪いな、普通に。というか、直接話すのは久しぶりだ。確か、輝は今年から大学生になる。芸能界から少し身を引いて、普通の大学生として学生ライフを楽しむと言っていたな。
「…………相変わらずだな」
「心配したんだよ……兄さん」
「お前、距離感どうなってるんだよ……」
(誰だこの人……)
(なんかこの人……初対面なのにちょっと怖いかも……)
突然現れた輝に対して、アクアは純粋な疑問を。ルビーは少し恐怖を感じていた。唐突に現れて、自分の父親に抱きついて兄と呼んでくる。事情を知らない人から見たら不審者もいい所だ。
アイはじーっと輝が抱きついている腕を見る。
「そろそろ離れてくれない?」
「嫌だけど?」
この引っ付いている変態に関しては、もう何も思わない。これが当たり前になってしまった。輝の好きは友達としての意味である。それは輝から聞いた。これで恋愛的な意味で好きと言われたら頭を抱えていたが、その心配はなかった……本当によかった。
「……彼方、なんでそんな冷静なの?」
「もう慣れた」
「慣れって怖いね……」
それに前世では、濃ゆい奴らと友達だった。今さら、この程度で狼狽えたりはしない……最近に至っては刺されたしね。俺の人生、どんどんおかしい方向に行っているのは気のせいだろうか?……うん。気のせいじゃないね。
輝は、そこでようやく周囲へ視線を向けた。そして、アイと子供達を見ている。輝からしたら、今のアイの姿は完全な別人である。電話越しでミヤコさんに変装させた姿。電話越しでもミヤコさんが苦労していた。
「……あれ?」
今さら気付いたみたいな声だった。
「アイ、なんでそんな変装してるの?」
「いや、逆になんで輝はそのまま来たの!?」
「兄さんの退院日ですよ?」
「だからって全力疾走で抱きつく人初めて見たよ!?」
アイが頭を抱える。その隣で、アクアとルビーは警戒した視線を輝へ向けていた。アイがこんなになるのは輝がいる時くらいだ。いつもならアイが周りを振り回すが、アイ以上に輝はおかしいから。俺の事を抜きにしたら普通なのに……。
「…………誰?」
「兄さんの弟です」
「違う」
即答した。ここは全力で否定する。
「なんで否定するんですか?」
「そこだけ切り取ると説明が面倒になるからだよ」
話せるわけない。輝の過去から話すことになるし、転生しているとはいえ子供には重い話だ。それに輝にとってもまだ古傷だ。だから否定するしかない。
輝は不満そうにしながらも、今度はアクアとルビーへ視線を向けた。輝からしたら見知らぬ子供だ。そんなアクアとルビーがアイと彼方の子供である事は、壱護とミヤコしか知らない。情報の流出を恐れて、2人が情報の管理をしている。
「……それで、この子達は?」
その瞬間、アイの肩が僅かに跳ねた。空気が少しだけ張る。
「親戚の子だよ」
アイが笑顔で即答する。さすがの切り返し速度だった。
「へぇ……」
輝はじーっとアクアとルビーを見る。その後に俺とアイを見比べる。変装はしているが、遺伝子までは隠せない。そして輝も人をよく見ている。これ、バレたか?
「……なんか、兄さんに似てるね」
「っ……!」
アイの笑顔が一瞬固まる。
「よく言われるかなぁ! あはは!」
「特に男の子の方、目がそっくり」
「…………」
アクアは無言で彼方を見る。突然、弟と自称する輝を見て、アクアの警戒心が跳ね上がっていた。
(この人、勘鋭くないか?)
ルビーは彼方の服を軽く掴んだ。
(なんかこのお兄さん、怖いっていうか……見透かしてくる感じする……)
「……輝。その辺にしとけ」
彼方が少し低い声で言うと、輝は「あ」と小さく声を漏らした。
「ごめん兄さん。つい気になって」
「ついでに家族構成探ろうとするな」
「でも、本当に仲良さそうだから」
アイは引きつった笑みのまま答えた。ドーム公演でさえここまで緊張してなかったのに、今のアイの心臓はドクドクと高鳴っていた。それでも、表情には出していない。
「そ、そう? ほらっ、子供って懐く時は懐くし!」
「……そうだね」
輝は納得したように頷いた後、また彼方の車椅子の横へしゃがみ込む。そして、彼の手を握る。
「それより兄さん。ちゃんと生きててよかった」
「あぁ……死ねない理由があるからな」
そう言うと、輝は安心したように笑みを浮かべた。
「ニュース見た時、犯人を本気で殺そうかと思った」
「物騒なこと言うな」
やっぱり歪ませたなぁ……多分冗談で言ってるんだけど怖い。輝のお母さん、お父さん……どうやら貴方の息子は変な方向で成長しています。
「ほらやっぱ怖いじゃんこの人!」
ルビーのツッコミに、その場の空気が少しだけ和らいだ。
「というか、よくわかったな……俺も変装してるんだけど?」
そう……彼は変装をしている。今の芸能界は、天城彼方を中心に動いている。注目の的で、今は本気の変装をしていた。髪型、瞳、身長、肩幅、声質、着る服など、全てを変えている。
「兄さんのこと、見間違えるわけないじゃないですか」
即答だった。いや……しばらく会ってないのに。最後に会ったの数年前だぞ?
「後ろ姿だけでもわかりますよ。声も、空気も全部兄さんですし」
「怖い怖い怖い」
「愛が重いタイプだ……」
アイとルビーが同時に引く。俺も引くわ。というかルビー、その言い方やめなさい。パパにはアイがいるんだから。2人が引いている中、輝は不思議そうに首を傾げた。
「……普通では?」
「普通じゃねぇよ……」
アクアですら若干引いている。アクアが引くなんて中々だぞ……輝よ。
「というか、そこまで変えてるのに見抜かれるって、もう変装の意味ないじゃん……」
アイが呆れたように言うと、輝は少しだけ考えてから口を開いた。
「いえ、他の人は気付かないと思いますよ」
「……じゃあなんでお前だけ気付くんだ」
「兄さんだからです」
「説明になってないんだよなぁ……」
彼方が頭を抱えると、輝は握っていた手を少しだけ強く握った。
「でも……本当によかった。無事で」
「心配をかけたね……ありがとう」
輝の頭を撫でる。彼は顔を上げて、ほんの数秒間、何とも言えない顔をしていたが、その後、満面の笑みを浮かべる。瞳から一滴の涙を流しながら……。
「おかえり……兄さん」
その涙だけは、輝がずっと張り詰めていた証みたいだった。
オマケ 意気投合するルビーと輝。
「ねぇ輝お兄さん、天城さんの演技どう思う!?」
「天城さん……ですか。あの人の演技は“そこにいる”感じですね」
「うわそれ!分かる!」
「感情を見せるというより、自然に溶け込んでいくタイプです」
「え、なんか怖いけどすごい!」
「気づいたら視線が持っていかれるんですよ」
「それそれ!ズルいよね!」
「ズルいというより、少し特殊な才能ですね」
「ねぇねぇ!じゃあさ、ああいうのってどうやってやるの?」
「……説明は難しいですね。理屈じゃない部分が多いので」
「うーん、やっぱプロってすごい!」
「ええ、本当に」
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