退院して2ヶ月くらい経過した。リハビリを続けながら演技の練習をしている。アイやB小町のメンバーは少しずつだが活動復帰を果たした。限定的だけど………世間の意見はいろいろあるだろうが、同じメンバーから犯罪者が出たと言う事実。世間の空気は、完全に元通りとは言えなかった。祝福と称賛の声もあれば、まだ警戒や疑念を残したままの視線も混ざっている。
『同じグループからあんな事件があったのに、もう活動再開なんだな』
『でも、本人たちは関係ないだろ」 』
『いや、イメージ的には正直キツい』
ネットの片隅では、そんな声が今も流れ続けていた。それでも、ステージに立つ理由は消えなかった。むしろ、止まっていた時間の分だけ、前へ進もうとする意志は強くなっている。
「……まぁ、想定内だな」
スマホを置いて洗濯物を畳む。今の俺は、専業主婦と言う扱いになる。家の家事全般は、俺がやっている。エプロン姿がデフォルトになっている今日この頃。貯金しといてよかったよ……今の収入は完全にアイに頼り切っている。これからどんどんお金がかかる。グッツも禁止された時から買ってないから一様、蓄えはある。でも、今後何があるかわからない。
「か言う時に不便だよなぁ………」
内職とかしたいけど……履歴書なんで出せないし……身バレの可能性が高い。下手に動けないのだから……YouTubeにでもなる?悩む……復帰した時との兼用ができなくなる可能性があるしなぁ………。
そんな事を考えていると……
「ただいまーっ!!」
玄関の扉が勢いよく開いた瞬間、廊下に小さな足音がバタバタと響いた。
「パパー!!」
先に飛び込んできたのはルビーだった。靴も脱ぎきらないまま、一直線にリビングへ突っ込んでくる。
「ルビー、靴……」
言い終わる前に、彼女はそのまま彼方に抱きついた。
「ぎゅーっ!!」
「わっ……ルビー、おかえり……」
車椅子の横に立っている彼方の腰あたりに、全力でしがみつく小さな腕。さっきまでの静かな空気が一瞬で吹き飛ぶ。
「今日ね!今日ね!園でね!」
「はいはい、落ち着いて……」
「ルビー、廊下走るなって言われただろ」
少し遅れて入ってきたアクアが、ため息混じりに靴を揃えながら言う。でもその目はどこか柔らかい。ルビーは彼方に顔を押し付けたまま、全然聞いていない。
「パパぁ……ちゃんといる……」
「いるってば。ここにいるから」
彼方は苦笑しながら、ルビーの頭を軽く撫でた。その瞬間、ルビーはぱっと顔を上げる。
「ほんとに……戻ってきたんだよね……?」
一瞬だけ、いつもの元気さが抜け落ちる。戻ってきたとは言え、死にかけたのだ彼女が不安な気持ちになるのは無理もない。
「……ああ。ちゃんとここにいる」
「……えへへ」
安心したように、またぎゅっと抱きつく力が強くなる。その様子を見ていたアクアが、ぽつりと呟いた。
「……相変わらずだな、ルビー」
車椅子を動かしてキッチンに。冷蔵庫から食材を取り出す………夜ご飯の準備だ。本来なら帰ってくる前にさっと作りたいけど………
「さて………今日はシンプルに」
野菜を洗って洗い終わった後にゆっくりと立ち上がるった。リハビリをは順調で立つ事ができるようになった。まだ歩けはしないけどいい進歩である。
「……ねぇパパ、ほんとに大丈夫………無理してない?」
ルビーは彼方に近づき見上げていた。アクアも腕を組んで様子を見ている。
「……立てるようになったのは分かるけど……調子乗って倒れるパターンが危ないんだよ」
ルビーはすかさず頷いて、さらに一歩近づく。
「私、見張る!パパ、ダメな時はすぐ座ってね!」
アクアは小さくため息をつきながらも、目はちゃんと彼方から外さない。
「……過保護って言われても仕方ないやつだな、これ」
ルビーは過保護になった。俺のせいだけど……帰ってきたらとりあえず生存確認として抱きついてくる。そして、料理をする時はいつも見張られる。退院した日に料理を作ろうとしたらアイとルビーに全力で止められ……それ以降、俺は誰かがいる時にしか料理をしたらダメだと言及された。
「ただいま〜。あら、にぎやかね」
玄関の方から、落ち着いた声が聞こえた。続いて、ミヤコが買い物袋を片手にリビングへ入ってくる。後ろには、園から帰ってきたばかりのルビーとアクアを送ってきた様子だった。
「ミヤコさん、おかえりなさい」
「ただいま彼方くん。今日は送迎ついでにそのまま来ちゃった」
ルビーは彼方にしがみついたまま、ぱっと顔だけ上げる。
「ミヤコさん!見て見て!パパが立ってるの!」
「はいはい、見た見た。相変わらず無茶してるわねぇ……」
ミヤコは呆れたように笑いながらも、どこか安心したような目で彼方を見た。アクアは軽く肩をすくめる。
「ほら、言った通り。目離すとこれだから」
「ほんとねぇ……昔から変わらないわね、彼方くんは」
ミヤコさんはそう言いながら、買ってきた食材達を冷蔵庫にしまう。送り迎えや食材の買い出しはミヤコさんがしてくれている。もちろんお金は後で返している。正直、ミヤコさんがいないと今の生活を維持できない。本当に感謝している。
「というか、帰ってきた早々これって……家の中、落ち着かないわね」
ルビーは得意げに胸を張った。
「だって、見張り係だから!」
「見張り係増えてるじゃないの……」
ミヤコは苦笑しながら、彼方の方へ視線を向ける。
「……でもまぁ、こういうのが戻ってきた感じ、するわね」
その一言は、軽い冗談みたいでいて、少しだけ優しかった。料理を進める。作ったのはカレーと付け合わせのサラダ。凝った料理は長時間立つ事になるので作れないが家庭料理程度ならもう作れる。
「よし……完成」
カレーができたので後は、ご飯を炊くだけだ。火を止めて車椅子に座り移動。ご飯を2合分入れて水で流してある程度流して終わったら炊飯器に入れてボタンを押す。あとは待つだけ。手を洗ってこれで終了。
「わぁ、カレーだ!パパのごはん好き!」
「ちゃんと座って作った?立って無理してないわよね」
そんなに心配しないでいいのに………って言うのは無理か。歩けないけど立つ事はできる。長時間は、まだ無理だけど。
「そこだけは本当に守って」
「ちょっと立ってたけど大丈夫ですよ」
「アウトだろそれ」
「やっぱりね……もう、“できるからやる”は禁止ね。治りかけが一番危ないの、何回も言ってるでしょ」
怒られているのにこんな事を思うのはダメかもしれないけど………本当の母親みたいだ。今世で俺を産んだ母親は何をしているのかな?そんなどうでもいい事が一瞬だけ過ったが直ぐにその思考を消す。
「……でもまぁ……こうやってごはん作れるくらい戻ってきたのは、ちゃんと良かったわね」
だって………俺には今、この大事な家族がいるから。今は、ただそれだけでいい。
「ただいま〜……って、なんかいい匂いする」
玄関が開いたかと思うと、少し疲れた声と一緒にアイが顔を出した。
「おかえり」
「ただいま、彼方。……って、また立ってたでしょ」
入ってきて早々、彼方の姿を見てそう言ってくる。
「え、なんで分かるの」
「分かるわよ。そういう無茶する顔してる」
アイはため息をつきながらも、どこか安心したように笑った。最近、ずっとこんな感じでいろいろと読まれているな。
「ほんと、少し目離すとすぐこれなんだから……」
その言い方に、さっきまで騒いでいたルビーがすかさず割り込む。
「ね!だから私たち見張ってるの!」
「見張り多すぎない?」
彼方が呆れたように言うと、アイはくすっと笑って、リビングの様子を見渡した。
「……でも、いい匂い。カレー?」
「うん、ちょうどできたとこ」
リビングの中に入って鍋の蓋を開けその中にあるカレーをしばらく見ていた。その後、ほんの一瞬だけ、空気が柔らかくなる。
「……こういう普通が、一番幸せだね」
そう呟きながらアイは彼方に抱きつくのだった。
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