一番星は消えない   作:ディバル

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6章 掴んだ未来
087 復活


 

 

 

アイにプロポーズをして1年が経過した。足は無事に治り歩けるようにまでなった。B小町の活動も復帰しており、前よりも輝きが増したような感じがする。それでも、元メンバーが事件を起こした事は尾を引いていた。と言っても前よりかは批判は少なくなっていた。

 

そして、俺も今日から仕事に無事に復帰を果たす。自分の足で歩く……歩けなかった期間が長かったので歩ける喜びを噛み締めながら毎日を生きている。

 

ロケ地に到着すると、既に撮影準備が始まっていた。大きな照明。忙しなく動くスタッフ。遠くではリハーサルの声が聞こえる。久しぶりの撮影現場だ。

 

車から降りた瞬間、少しだけ空気が張りつめるのを感じた。……緊張してるな、俺。歩けるようになってから何度もリハビリをしてきた。でも、“演者として現場に立つ”のはまた別だ。

 

ちゃんと動けるか。迷惑をかけないか。ブランクを感じさせないか。いろんな考えが頭をよぎる。

 

「おはようございます」

 

そう声をかけながら現場へ入ると、近くにいたスタッフがこちらを見て目を丸くした。

 

「あっ……彼方さん」

 

その声で周囲の何人かも振り返る。

 

「復帰おめでとうございます!」

 

「無事でほんとよかったです」

 

温かい言葉が飛んできて、少しだけ肩の力が抜けた。

 

「ありがとうございます。今日からまたよろしくお願いします」

 

頭を下げながら、自分の足でしっかり地面を踏みしめる。……戻ってきたんだな。あの日は、もうこの場所に立てないかもしれないと思っていた。

 

でも今、俺はまたカメラの前に立とうとしている。その事実が、少しだけ嬉しかった。

 

復帰早々のドラマ撮影。今回のドラマは

 

『桜の下、家族になる』

 

シングルマザーの女性と、その息子。そして偶然出会った青年。最初は他人だった3人が、少しずつ本当の家族になっていく優しい物語……との事。今回、俺が演じるのはその青年役。いつもの役とは違う物だ。

 

負の感情が湧き立つ役ばかりしたが、壱護さんに頼みこの仕事を取ってきて貰った。復帰のドラマはインパクトがある物にしたいと前々から考えていた。いつもの役ではダメだ。天城彼方と言うイメージを覆すこの役。成功すればイメージが一変する。でも、逆に失敗したら炎上どころの話ではない。

 

あの会見で大見得切ったのだから………下手をしたら埋もれて二度と這い上がれない可能性すらある。でも……成功すれば、役者としてレベルが上がる。物にしてみるさ。

 

 

 

 

「……でも大丈夫なんですかね」

 

撮影準備をしていたスタッフの1人が、小さな声でそう漏らした。視線の先には、現場入りしたばかりの彼方の姿がある。

 

「復帰一発目であの役でしょ?」

 

「しかも今までのイメージと真逆だもんな……」

 

近くにいた助監督も、台本を片手に苦笑いを浮かべる。

 

天城彼方と言えば、どこか影を抱えた役や、激情を内側に押し殺すような演技で評価されてきた俳優だ。鋭い視線と張り詰めた空気感。それが彼の武器だった。

 

だからこそ、今回の役はあまりにも異質だった。

 

「“家族になっていく青年役”かぁ……」

 

「正直、想像つかないですよね」

 

「恋愛ドラマ寄りの空気感もあるしな。あの人、そっち系ほとんどやってないだろ?」

 

別のスタッフが小さく頷く。

 

「しかも復帰作だぞ?普通もっと安全な役選ばないか?」

 

「いや……だからこそ、あえてなんじゃないですか?」

 

その言葉に、一瞬だけ空気が止まる。

 

視線の先では、彼方がスタッフ達に頭を下げながら挨拶をしていた。以前と変わらない穏やかな表情。けれど、一度死にかけた人間特有の静かな重みがどこかにあった。

 

「……まぁ、会見の時点で覚悟決まってたもんな」

 

「あれだけ啖呵切ったんだ。中途半端なことはしないでしょ」

 

それでも、不安は残る。

 

もし失敗すれば、“無理なイメチェン”だと叩かれる。復帰早々に致命傷になりかねない。だが………

 

「でもさ」

 

衣装スタッフの女性が、彼方の背中を見ながらぽつりと呟く。

 

「なんか……やりそうなんだよね、あの人」

 

「……分かる」

 

誰かが小さく同意した。不安はある。期待もある。現場全体が、天城彼方という役者の“新しい一歩”を静かに見守っていた。

 

 

 

 

「それじゃあ、第1話ラストシーンいきます!」

 

監督の声が現場に響く。

 

スタッフ達が一斉に動き、空気が切り替わった。さっきまで雑談していた現場が、一瞬で“作品の世界”へ変わっていく。

 

雨を再現する散水の音。照明が夜の街を作り出し、小さなバス停だけがぽつんと浮かび上がっていた。彼方は静かに立ち位置へ向かう。

 

その背中を見ながら、スタッフ達は思わず口を閉じた。ついさっきまで穏やかに笑っていた男が、もう“悠真”になり始めていたからだ。

 

「……やっぱ空気変わるな」

 

助監督が小さく呟く。彼方はバス停の前でしゃがみ込み、子役の少年と目線を合わせた。その動作が驚くほど自然だった。

 

「……帰らないの?」

 

柔らかい声。

 

いつもの鋭さはない。ただ、相手を安心させるような優しい響きだけがあった。モニターを見ていたスタッフが、思わず顔を見合わせる。

 

「え……」

 

「なんか、想像してたより……」

 

彼方は台本通りにココアを差し出す。その時の笑い方が、あまりにも自然だった。作った優しさじゃない。ちゃんと“誰かを安心させる人”の顔だった。

 

「……してる」

 

「むかつく」

 

子役との軽いやり取り。その空気感に、現場の空気が少しずつ変わっていく。そして………

 

「でも、ちゃんと待ってて偉いな」

 

彼方が少年の頭を優しく撫でた瞬間。モニター前にいたスタッフの1人が、小さく息を呑んだ。その演技には、大げさな感情表現なんてなかった。なのに、不思議なくらい温かかった。まるで、本当に“家族になろうとしている人”みたいで。

 

「……これ」

 

衣装スタッフの女性が、目を丸くしたまま呟く。

 

「普通に、ハマってるじゃん……」

 

誰もすぐには言葉を返せなかった。だってそこにいたのは、“今までの天城彼方”じゃなかったから。復帰作。イメージを覆す挑戦。その第一歩が、今まさに始まっていた。

 

「カット」

 

監督の声が耳に届き俺の意識が戻ってくる。この1年間。何もせずに指を咥えて見ていただけではない。他の役者の演技やイメージトレーニング。自分の様々な感情を表に出せるように自分なりに鍛えて来た。

 

現場の雰囲気が一気に変わった。張り詰めていた空気感の代わりに、ざわめきと驚きがゆっくり広がっていく。

 

「……え、今のすごくない?」

 

「彼方さん、あんな演技できたんだ……」

 

小さな声があちこちから聞こえてきた。モニター前では監督が映像を見返しながら、思わず口元を緩めている。

 

「いいな……想像以上だ」

 

助監督も驚いたように息を吐いた。

 

「空気が柔らかいのに、ちゃんと引き込まれる……」

 

俺はそんな声を聞きながら、小さく息を吐く。

 

……まだだ。たった1シーン上手くいったくらいで安心する気はない。でも、それでも。“今までと違う天城彼方”をちゃんと見せられた気がして、少しだけ胸の奥が熱くなった。

 

「ここからだ………」

 

天城彼方が戻って来た事を、世間に知らしめる。

 

あの日、全てを失いかけた俺が。それでも足掻いて、泥臭く這い上がって来た事を。簡単に折れなかった事を。終わったと言われても、諦めなかった事を。この復帰作で見せる。

 

決断を。執念を。挽回を。そして………復活を。

 

もう昔と同じじゃない。傷を負って、立ち止まって、それでも前に進んだからこそ出来る演技がある。

 

だったら全部、この作品にぶつけるだけだ。今ここで、“天城彼方は終わっていない”と証明する。あのキャラの言葉を借りとするなら………

 

「唆るじゃあねぇか………ってね」

 

 

 

 







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