一番星は消えない   作:ディバル

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089 家族

 

 

 

天城彼方の主演復帰作『桜の下で家族になる』は大きな反響を呼び、その影響で彼の元には数多くの仕事のオファーが舞い込んでいた。

 

これまで彼に来る役は、影のある人物や負の感情を抱えた役柄が中心だった。だが、この作品をきっかけに評価は大きく変わる。

 

今ではコメディや恋愛作品、心温まるヒューマンドラマなど、これまでとは違うジャンルのオファーも増えていた。天城彼方という役者の幅が、世間に認められ始めていた。

 

今の彼はその背景も相まって『奇跡の復活を遂げた役者』と呼ばれている。あの会見も影響が大きかった。今は芸能界で彼の名前を知らぬ者はいない。

 

そんな彼はと言うと………

 

「………仕事がここまで増えるとは」

 

仕事に忙殺されていた。

 

「当たり前でしょ。あれだけ話題になったんだから」

 

ミヤコは山積みになった資料を片手に、呆れたようにため息を吐く。

 

「ドラマは大ヒット、SNSも毎週トレンド入り。しかも“復活した俳優”っていう世間の印象も強い。今の彼方は、業界的にはかなり使いたい人材よ」

 

「はっはっは! そりゃそうだろ!」

 

壱護は上機嫌に笑いながら彼方の肩を叩く。

 

「会見で啖呵切って、復帰作で結果まで出したんだ! そりゃ注目も集まる!」

 

ここ最近、壱護さんの機嫌がわかりやすく上機嫌だ。

 

「でもよぉ、まさかここまでとは思わなかったぜ。前は“演技派”って印象だったが、今は完全に“数字持ってる俳優”扱いだからな」

 

「コメディ、恋愛、映画、CM……来てる案件の幅も凄いわよ。イメージを変えたのが本当に大きかったわね」

 

ミヤコさんはそう言いながら、軽く笑う。こうなる事を予想して今まで準備はしては来た。でも、ここまで仕事が舞い込んでくるとは予想外だった。

 

「……まぁ、しばらく休む暇はなさそうだけど」

 

「もちろん………1年間アイに生活面やお金の部分でも頼り切っていましたからね……今度は俺がアイを支える番です」

 

彼方がそう言うと、ミヤコは少しだけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。

 

「……ほんと、変わったわねぇ」

 

「前のお前なら“借りは仕事で返す”とか言ってそうだったのにな」

 

壱護がニヤニヤしながら茶化す。

 

「いや、今も仕事で返すつもりではありますけど」

 

「でも今のお前、“自分のため”だけで仕事してねぇだろ?」

 

その言葉に、彼方は少しだけ黙った。視線の先には、次のライブ用資料を読み込んでいるアイの姿がある。

 

「……まぁ」

 

短く答えながら、どこか柔らかく笑う。そんな彼を見て、壱護は豪快に笑った。

 

「はっはっは! いい顔するようになったじゃねぇか、彼方!」

 

「ほんとよ。復活したっていうより……やっと“人生”始まった感じね」

 

ミヤコの言葉に、彼方は少し照れくさそうに頭を掻いた。

 

そっか………今まではアイを救うって言う人生の目標があった。今は、アイの周りは壱護さんやミヤコさんが固めてくれている。もう、ニノも刑務所。俺は、これからの人生………好きに生きてもいいのか。

 

ミヤコさんの言葉が、胸に染み込む。大きな目標を終えた今。アイを幸せにすると言う目標だけが残っている。他の原作のヒロインに関してはアクアが何とかする可能性が高い。なら……俺が彼女らを救う必要はあるのだろうか?

 

アクアは、アイの生存によりパニック障害を患う事はなくなる。アクアは役者としてのこれから歩ける。感情演技も原作と違い苦しみながらの使用ではなくなる。アクアは、今は子役としてちょくちょく仕事をしている。

 

ルビーに関しては、アイとダンスの練習をして着実にアイドルとしての道を進み始めている。アイも個人の活動が増えてきている。俺もしばらくは仕事で忙しくなる。これから先の人生…………俺は3人で歩んでいきたい。

 

なんだ………もう決まってるじゃあないか………一瞬だけこれからどうしようかな悩んだけど既に答えは決まっている。なら………進むだけ。珍しくそんなに考えずに済んだ。

 

「……ふふっ」

 

資料から顔を上げたアイは、どこか嬉しそうに彼方を見る。

 

「彼方ってさ、“誰かのため”がないと生きられない人だよね」

 

少しからかうみたいに笑ってから、今度は優しく目を細めた。

 

「でも、それでいいと思う。だって私は……そんな彼方に、何回も助けられてきたから」

 

そう言いながら、アイは自然に彼方の隣へ腰を下ろす。

 

「だから今度は、一緒に歩こうよ」

 

一緒に………俺は、ずっと1人だった。1人で歩いて進み続けて自分が望む未来を手にした。でも、結局、いろいろ失敗した。1人で抱え過ぎた。そうか……今ようやくわかった。

 

「彼方だけが頑張るんじゃなくてさ。私も、アクアも、ルビーも……ちゃんと隣にいるから」

 

その言葉は、不思議なくらい自然に俺の胸へ落ちていった。俺は、誰かと一緒の目線になって歩きたかったんだ。1人じゃあなくて誰かと………1人は寂しい……何をするにも誰かと一緒がいい。前世からそうだった。

 

でも、アイと出会ってから1人の時間が増えた。そして、いつの間にか他者を寄せ付けず全て自分で動き続けた。久しく忘れていた本当の自分。それを今になって思い出してきんだと思う。

 

「あぁ………一緒がいい。こう見えて寂しがり屋なんだよ俺」

 

「知ってる」

 

アイは即答して、くすっと笑う。

 

「彼方って、強そうに見えるのに放っておくとすぐ1人で抱え込むし。大丈夫って顔しながら無理するし」

 

そう言いながら、アイはそっと彼方の肩にもたれかかった。

 

「でももう、1人で頑張らなくていいんだよ」

 

穏やかな声だった。

 

「これからはちゃんと、隣で支えるから。……彼方が寂しい時も、苦しい時も、嬉しい時も」

 

少し照れたように笑ってから、アイは彼方を見る。

 

「だからさ、“一緒がいい”って思ってくれるなら……私はすごく嬉しい」

そっとアイの手を握った。

 

全てが終わった……とは、まだ言えない。これから先も悩みはあるだろうし、乗り越える壁だってきっとある。それでも、確かにひとつの終わりを迎えたのだと思う。

 

救うために足掻き、奔走し続けた男は、数え切れない代償を払いながらも、ようやく望んだ未来へ辿り着いた。

 

愛を知らなかった少女は、愛を知った。

 

嘘で自分を守り続けていたアイドルは、今では心から笑えるようになった。

 

そして……ずっと1人で戦っていた男も、ようやく誰かと並んで歩く幸せを知った。

 

握った手の温もりが、静かに現実を教えてくれる。失わなかった。守り切った。ここまで来られたのだと。

 

「……ふふっ」

 

隣でアイが小さく笑う。その笑い声を聞きながら、彼方もまた穏やかに目を細めた。もう、未来を恐えてばかりの日々じゃない。

 

これからは…………皆で生きていく時間だ。

 

2人が話していると扉が勢いよく開く。2人が視線を向けるとそこには

 

「ただいまー!」

 

元気な声と一緒に、ルビーが勢いよく飛び込んでくる。厳密にはここは事務所だけど、2人にとって第二の家となっていた。

 

「パパー!」

 

迷いなくそう呼びながら、ルビーは一直線に彼方へ駆け寄った。天真爛漫なルビー。

 

「……走ったら危ないよ」

 

彼方が呆れた声を出すより先に、ルビーはそのまま腕に飛びつく。それ。

 

「だって会いたかったんだもん!」

 

「………ただいま」

 

後ろからアクアが静かに入ってくる。ルビーとは違って大人しく扉を開けて事務所に入ってくるアクア。2人の温度差で風邪を引きそうだ。でも、アクアとルビーにはそれぞれの良さがある。

 

「相変わらずだな……」

 

そう言いつつも、どこか慣れたような顔だった。ルビーは彼方にしがみついたまま顔を上げる。ニコニコとした表情で話し始めた。

 

「ねぇパパ、今日さ!ダンス褒められたんだよ!」

 

「よく頑張りました」

 

ルビーの頭を撫でる彼方。ルビーも満更でもなさそうに身を委ねている。そのやり取りを見て、アイがくすっと笑う。

 

「ほんとルビーは彼方に甘えすぎ」

 

「そうかな?」

 

自分としては甘やかしているつもりはそんなにないな。それに、頑張った子に頑張りましたねって言うのはそんなにおかしい事かな?ルビーの頭をしばらくの間撫で続ける。

 

その様子を、少し離れた席から壱護が見ている。

 

「……すげぇな、もう完全に“父親枠”じゃねぇか」

 

ミヤコも資料を片手に苦笑した。もう、見慣れた光景。しかし、それと同時にほっこりとする。今の彼は素の状態。何も偽らずありのままの天城彼方。

 

「否定できないのがまた問題ね」

 

「まぁいいじゃねぇか。あいつが守ろうとしてたもん、ちゃんと形になってんだろ」

 

その言葉にミヤコは少しだけ視線を上げる。ルビーはまだ「パパ」と騒ぎながら彼方にまとわりついている。アクアは呆れ顔でそれを見ているが、完全には止めない。アイはその中心で、安心したように微笑んでいた。彼方はというと………

 

「……そろそろ離れないの?」

 

「やだ」

 

「………パパ、いろいろする事あるんだけど?」

 

そう言いながらも、振りほどこうとはしない。その手は、どこか優しかった。壱護がぽつりと呟く。

 

「……あれだな………もうここ、完成してんな」

 

ミヤコは静かに頷いた。

 

「ええ。ちゃんと、家族になったわね」

 

その中心で、ルビーだけが嬉しそうに笑っていた。

 

「ねぇパパ、この後にダンス見て!!」

 

「やる事終わってからね」

 

「やった!」

 

彼方はため息をつきながらも、少しだけ口元を緩めた。その顔を見て、アイが小さく呟く。

 

「……ほんと、変わったね」

 

でもその声は、どこか誇らしそうだった。

 







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