一番星は消えない   作:ディバル

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094 同じ舞台の上で

 

 

 

 

ドラマの撮影が終わり、打ち上げが始まっていた。打ち上げの会場は、撮影が終わった解放感でざわついていた。

 

テーブルの上には料理が並び、スタッフやキャストの笑い声があちこちで交差している。

 

そんな中、少し離れた場所で天城彼方はグラスを片手に立っていた。

いつもの現場とは違う、少し緩んだ空気。

 

「……天城さん」

 

静かな声が後ろからかかる。振り返ると、黒川あかねが立っていた。打ち上げの喧騒の中でも、そこだけ少し空気が違うように感じるほど落ち着いている。

 

「お疲れ様です」

 

「あぁ、お疲れ様」

 

短いやり取り。だが、どちらもすぐにはその場を離れなかった。あかねは少しだけ視線を落とし、それからゆっくり彼方を見る。

 

「……今回の作品、本当に勉強になりました」

 

「そう?」

 

「はい。……特に、最後のシーン」

 

一瞬、間が空く。言葉を選んでいるのがわかる静かな沈黙。

 

「天城さんって……やっぱり、変わってますね」

 

「よく言われる」

 

軽く笑って返す彼方に、あかねも小さく息を吐くように微笑む。

 

「それにしてもすごいな、最近の若い子は。私なんてすぐに追いつかれそうだ」

 

あかねは一瞬だけ言葉を止めた。グラスを持つ彼方の横顔を見て、ほんの少しだけ視線を落とす。

 

「……追いつく、なんて」

 

小さく息を吐くように笑う。

 

「そんな簡単な話じゃないですよ」

 

少し間を置いて、ゆっくりと続ける。

 

「天城さんって、比べる対象として見える人じゃないです」

 

その言葉には、妙な冷静さと確信が混ざっていた。

 

「同じ場所にいるようで……ずっと違う場所で芝居してる感じがするから」

 

あかねはそこでようやく彼方を見る。まっすぐではなく、確かめるような目だった。

 

「だから、追いつくとかじゃなくて…………知りたいって思う方が、正しい気がします」

 

そう言ったあと、少しだけ自分の言葉に気づいたように目を伏せる。

 

「変な言い方ですけど」

 

小さく笑って、グラスを握り直した。

 

知りたいか……それは欲とも言える。俺もここまで言われるような役者になったということか……。最初につまずいていた自分に今の俺を見たら、きっと驚くだろう。

 

「いろいろあったからね、私も。今の子達は才が溢れている。これからの世代が楽しみだよ」

 

あかねは彼方の言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ表情を止めた。それから、小さく息を吐くように笑う。

 

「……やっぱり」

 

グラスを持つ指に、わずかに力が入る。

 

「天城さんって、そういう言い方しますよね」

 

「そういう言い方?」

 

彼方の返しに、あかねは少しだけ視線を上げる。今度は“確かめる目”ではなく、“見抜いた目”だった。

 

「いつも、少しだけ距離を置いた言い方」

 

静かな声。

 

「ちゃんと中に入って話してるのに、どこか一歩引いてるというか……役の中みたいな話し方になる時があるんです」

 

一拍置いて、少しだけ言い直す。

 

「今みたいに」

 

空気がほんの少しだけ変わる。あかねは悪意なく、ただ事実として続ける。

 

「天城さんって、普段から“演じてる”みたいですね」

 

言い切ってから、ほんの少しだけ目を細める。

 

「……違ったらすみません。でも、そう見える時があります」

 

それは責める言葉じゃない。ただ、ずっと観察してきた人間だからこそ出る違和感だった。あかねはグラスを軽く揺らしながら、最後に小さく付け足す。

 

「さっきの言葉も、ちょっとだけ“台詞っぽい”って思いました」

 

そう言ってから、少しだけ困ったように笑う。

 

「変なこと言ってますね、私」

 

見抜かれた。何年も誰一人見破れなかった、表の皆がよく見る天城彼方という存在を。彼女は、少しの期間でほぼ完璧に。

 

「ふふ……あははははは」

 

「……え、今のって、笑うところだったんですか?」

 

突然、俺が笑い出したことに対して困惑する彼女。急に笑い出したのだ、その反応はとても正しい。何年も演じ続けて馴染み、違和感がなくなっていた。でも、それを見抜いたのだ。笑わずにはいられない。

 

「凄いな……黒川さん。完璧に見抜いたね、俺を」

 

もう一人称を偽る必要はない……少なくとも彼女の前では。

 

「……見抜いた、というより」

 

あかねは少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから、彼方を見つめる。

 

「ずっと違和感があっただけです」

 

グラスを持つ手が、わずかに緩む。

 

「天城さんって、ちゃんとそこにいるのに……どこか“そこにいない感じ”がする時があって」

 

一度視線を落として、小さく息を吐く。

 

「それが今、たまたまはっきりしただけです」

 

そして、ほんの少しだけ困ったように笑う。

 

「……でも、笑う理由はまだ分かりません」

 

「単純だよ。凄いと思ったんだよ。素の俺を見抜いたのが黒川さん、君が初めてだ。それが面白くて、同時に凄いと感じたんだ」

 

あかねは一瞬だけ目を瞬かせて、それから小さく息を吸う。

 

「……初めて、ですか」

 

グラスを持つ手がほんの少しだけ止まる。

 

「それは……光栄なのか、困るべきなのか、ちょっと分からないですね」

 

困ったように笑ってから、視線を彼方に戻す。

 

「でも……嬉しい、の方が近いです」

 

一拍置いて、静かに続ける。

 

「凄いって言ってもらえるのは、やっぱり……ちゃんと見てもらえてるってことなので」

 

芸能界は、自分自身を商売道具にして、見られ続ける世界だ。真正面から偽らない者もいる。だがそれは、時に致命的な隙にもなる。ある程度は演じることも必要になる。

 

そんな中で「見てもらう」ということ自体が、すでに簡単なことではない。様々な才能が集まるその場所で、誰かの目に留まり続けるというのは、それだけで難しいことなのだから。

 

「本当にこれからの君達の成長が楽しみだ」

 

あかねは一瞬だけ言葉を失ったように彼方を見つめ、それから小さく息を整える。

 

「……そういう言い方、ずるいです」

 

困ったように笑いながらも、その目はまっすぐだった。

 

「まるで、もう私たちのこと“同じ舞台にいる人間”として見てるみたいで」

 

彼にとって関わる人間は、年齢や立場に関係なく、すべて同じ位置にいる存在だった。そこに優劣はなく、自分より年下であろうと年上であろうと、演技という一点においては等しく並び立つ“同じ舞台の役者”として見ている。

 

「そう言われると……負けたくないって思っちゃうじゃないですか」

 

そう言ったあと、少しだけ自分の言葉に気づいたように、軽く目を瞬かせる。

 

「……変ですね、私」

 

小さく笑って、グラスを握り直した。そんなあかねに対し、彼は笑みを浮かべ、自分の考えを彼女に伝える。

 

「変じゃないさ。負けたくないという対抗心は、時に糧となり自分を成長させてくれる。黒川さんにもいるんじゃないか、負けたくない相手が」

 

あかねは少しだけ視線を落として、グラスの縁を指でなぞる。

 

「……いますよ」

 

静かにそう言ってから、ほんの少し間を置く彼女。

 

その目は役者の目だった。

 

「でもそれって、競ってるっていうより……見てるだけで悔しくなる、みたいな感じです」

 

「追いつきたいとかじゃなくて……気づいたら、ずっと目で追ってる感じなんです」

 

少しだけ言葉を切って、付け足すように。

 

「そういうの、あるんですね」

 

「あぁ……いるね。俺にもそういう相手がいるよ」

 

あかねはその言葉に、ほんの少しだけ目を瞬かせる。

 

「……そうなんですか」

 

静かに、確かめるような声。

 

それ以上は踏み込まず、ただ一度だけ視線を落とす。

 

「天城さんでも……そういう人、いるんですね」

 

小さく息を吐いて、どこか納得したように微笑む。

 

「なんか、少し意外です」

 

そう言いながらも、その表情には妙な安心と、ほんのわずかな距離感の縮まりが混ざっていた。

 

「じゃあ……やっぱり同じなんですね」

 

小さく呟くように言って、グラスをそっと持ち直す。

 

「それと、これ……俺の連絡先。一応、この業界には長くいるからね。何かあれば相談に乗るよ。不要なら悪いけど処分してくれない?」

 

そう言いながら連絡先を書いたメモ用紙を彼女に手渡す。完全な善意ではないが……頼れる大人がいるという事実は、少しだけ心に余裕を持たせてくれる。

 

あかねは差し出されたメモを一瞬だけ見つめて、それからゆっくり受け取る。

 

「……いいんですか?」

 

小さくそう聞いてから、指先でそっと紙の端を整える。

 

「こんな簡単に渡しちゃって……」

 

少し困ったように笑うけれど、拒む様子はない。

 

「でも……ありがとうございます」

 

一拍置いて、視線を上げる。

 

「相談するようなことがあったら、その時はちゃんと頼らせてもらいます」

 

そう言って、ほんの少しだけ頭を下げる。その仕草は丁寧で、でもどこか以前より距離が近い。

 

「……処分はしませんよ」

 

小さく付け足すようにそう言って、メモをそっとポケットへしまった。

 

 






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