「おかわりいるかい!?」
監督の作業を手伝っているうちに、気付けばそのまま夕食の流れになっていた。別に珍しいことじゃない。こういう流れには、もう慣れている。
「あ………大丈夫です」
「食わなきゃ大きくならんよ!」
「糖質抜いているんで……」
監督の母親の圧に少し押されている有馬。
「でも、ショックだな。監督、親元で寄生虫してたんだ……」
「相変わらず大人に対する敬意がねぇガキだな!」
言い方は酷いが、実際、40半のおっさんが実家に住みつき親元から離れて言い方は酷いが、実際、四十半ばの大人が今も実家に世話になっている以上、外から見ればそういう印象を持たれても仕方ないのかもしれない。
……まあ、それを真正面から言うかどうかは別の話だが。
「いいわなぁー……。うちは両親揃ってとっくに田舎引っ込んじゃってさ。見ての通り、私はずーっと寂しく一人暮らし。ご飯は毎日ウーバーイーツ様々よ」
「じゃあ金かかるだろ?」
「大丈夫!貯金だけは子役時代の稼ぎで引く程あるから!」
「クソ憎たらしいな………」
今は、一線を退いているが、昔はテレビをつけるたびに天才子役として持て囃されていた存在だ。貯金があるのも事実だろう。それでも、こういう言い方をされると、どうしても引っかかるものはある。
……まあ、羨ましいと思うかどうかは別として、素直に好意的な感情だけで見られるタイプではないのは確かだ。
「ねぇ監督……アクアの演技やってる映像とか無いの?」
「あるにはあるけど………」
「見せんな……アレは黒歴史だ。自分に才能があると勘違いしていた時の奴だ」
俺の近くにはいつも、“今では伝説級の役者”と呼ばれる父さんがいた。その背中を見ていたせいで、自分の立ち位置を見誤っていた時期がある。
……あれは、思い返すだけでも十分だ。
「だそうだ……見たいならこいつ口説いてやらせるこった」
「へぇ……そう来る?」
「やんねーよ」
一瞬だけ視線をそらす。人を巻き込むなよ……面倒くさい。そう思いながらも、完全に突き放すほどでもないのが余計に厄介だった。
「……今ね。私がヒロインやっている作品あるんだけど………まだ役者決まってない役あるんだ………偉い人に掛け合ってみようか〜?」
「………やらん」
「えぇ!?」
嫌な話の流れになってきた。
今さら演技なんて………そう思った瞬間、余計な記憶が頭をかすめる。
評価されていた頃の感覚とか、期待されていた空気とか、そういうのだけは思い出したくないのに、勝手に浮かぶ。
『俺は、アクアの演技好きだぞ』
……その手のは一番タチが悪い。しかも今でも最前線を走っている父さんの言葉だ。父さんからの評価は嫌ではない。でも、自分との差を見て嫌な気分になる。
「なんて作品?」
監督が話を広げ始めた。
「『今日は甘口で』っていう少女漫画が原作のドラマ」
「『今日あま?』」
「うん知ってる?」
「いや演出カジってやる人間で知らない奴モグリだろ。ド名作じゃねーか」
「興味ある?」
実際、俺の部屋にも『今日あま』の漫画原作はある。父さんも少し前に貸してくれと言われて貸したのは今でも記憶に新しい。……やらんって言っただろ
話が勝手に広がっていくのを横目に見ながら、内心だけで切り捨てる。
もうその話題に乗る気はないし、これ以上引っ張られるのも面倒だった。
有馬の言葉は、まだ続いていた。俺はすぐに断るつもりだった。
(やらんって言っただろ)
今さら演技なんて………そう思ったはずなのに。
『俺は、アクアの演技好きだぞ』
また父さんの声が、勝手に頭の奥で蘇る。……最悪だ。こういう時だけ、あの人の言葉は妙に残る。評価でも説教でもない、ただの一言のはずなのに。
(……面倒なこと思い出させるな)
俺が何をやってきたかなんて、自分が一番分かってる。分かってるからこそ、今さら戻る理由なんてないはずだ。なのに、有馬の目がまっすぐこっちを見ている。
「……やっぱ興味ない感じ?」
その一言で、逆に引っかかる。興味があるとかないとか、そういう単純な話じゃない。
「……台本」
気付いたら、そう言っていた。有馬が一瞬だけ固まる。
「え?」
「いいから見せろ」
自分でも分かる。これは前向きな興味じゃない。ただ………確かめないと気持ち悪いだけだ。
(父さんなら、どう見る)
その思考が一瞬だけ浮かんで、すぐに消える。……いや、違うな。結局俺は、あの人の言葉からまだ逃げ切れてないだけだ。有馬は少しだけ笑っていた。
「ふーん。やっとまともな反応」
その言い方が少し癪に障る。でも同時に思う。……本当に厄介なのは、この話じゃなくて俺の方か。
「アクアの演技楽しみ。ただ………多少問題のある現場だから覚悟はしてね?」
「問題?」
思わず聞き返していた。さっきまでの軽い空気とは違う言い方だったからだ。有馬は少しだけ言葉を選ぶように視線を逸らす。その様子を見て、内心で小さく眉をひそめる。
(問題のある現場、ね……)
業界に長くいれば、その言葉だけでいくつか想像はつく。予算、人間関係、脚本、演出。どれも珍しい話じゃない。
むしろ、何も問題がない現場の方が少ない。だからこそ気になった。有馬かながわざわざ「覚悟してね」と言う程度には、何かあるらしい。
(……まあ、今さらか)
父さんの現場だって、綺麗なものばかり見てきたわけじゃない。結局、どんな作品も始まる前から面倒事は転がっている。
こうして、俺は再び、役者として芸能界へと足を踏み込む事となった。
「えっ!お兄ちゃんドラマ出るの?」
「…………そうか。アクアは演技が嫌になったと思ってたけど。またアクアの演技が見られるのか」
「そっか……ふふっ、またアクアのお芝居が見られるんだね」
正式に出演が決まり、一応そのことは家族にも伝えておいた。ルビーは目を丸くして驚き、父さんはどこか嬉しそうに笑っていた。母さんに至っては、完全に楽しむ側の顔をしていたが。
正直、あの反応を見る限り、俺が出演を決めるなんて誰も思っていなかったんだろう。……まあ、それは俺自身も同じか。少し前までなら、こんな話に乗る気はなかった。
それでも結局、台本を受け取ってしまった時点で負けだったのかもしれない。今さら役者に戻るつもりはない。ただ、やると決めた以上は中途半端に済ませる気もなかった。
すると、ルビーが身を乗り出してくる。
「ねぇねぇ!どんな役!?セリフとかもう覚えた!?私、現場見学行っていい!?」
「まだ何も始まってねぇよ」
「えぇ〜!」
不満そうに頬を膨らませるルビー。だが、その目は隠しようもなく嬉しそうだった。
「だって、お兄ちゃんがお芝居するなんて久しぶりじゃん!」
「別に大したもんじゃない」
「そんなことないもん!」
即答だった。
「私、お兄ちゃんのお芝居好きだったし」
その言葉に、一瞬だけ言葉が詰まる。父さんとは違う。技術の話でも才能の話でもなく、ただ好きだったと言われるのは妙に反応に困る。
「……そうかよ」
結局、それだけ返すのが精一杯だった。すると今度は母さんが楽しそうに口を開く。
「アクアがドラマに出るなら毎週リアタイしなきゃね」
「録画でいいだろ」
「ダメ。こういうのはリアタイに意味があるの」
「意味分からん」
父さんはそんな俺たちのやり取りを見ながら静かに笑っている。家族全員が妙に楽しそうで、居心地が悪い。
……たかがドラマ出演一本だぞ。そんな大層な話じゃない。なのに。少なくとも、この家ではそうは思われていないらしかった。
「とりあえず、頑張れアクア」
父さんはそれだけ言って笑う。期待しているとも、上手くやれとも言わない。ただそれだけ言って、当たり前みたいに俺の頭を軽く撫でた。
「……子供扱いすんな」
そう言いながら手を払いのける。もう高校生だ。今さら頭を撫でられて喜ぶ歳でもない。……ないはずなんだが。
父さんは特に気にした様子もなく笑っている。その顔を見ていると、妙に調子が狂う。結局、何も言い返せなくなっていた。母さんが昔からズルいと言っていたがその理由が何となくだがわかった気がする。
「……頑張るよ」
誰にも聞こえないくらいの声でそう呟くと、父さんは聞こえていたのかいないのか、少しだけ満足そうに目を細めていた。
皆様の感想や評価が作者のやる気に繋がっています。よければ評価と感想をお願いします。
解説をどの形式にするか。
-
キャラ達による解説
-
作者による解説