一番星は消えない   作:ディバル

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098 抑えられた輝き

 

 

 

「で………なんて作品に出るの?」

 

「『今日は甘口で』。少女漫画原作のドラマだ」

 

何かと叩かれがちな実写化。原作の既存ファン。役者目当てで見る層。あるいは、ただの話題性で流れてくる視聴者。

 

同じ“見る側”でも、最初から期待しているものが違う。だから評価も、噛み合うわけがない。原作がある以上、好き嫌いが最初から分かれているのは当然だ。結局のところ、最後に残るのは出来そのものだけだ。

 

「『今日あま』ってお兄ちゃんの部屋にあったやつ!?………あれおもしろかった」

 

「勝手に読むな」 

 

反射的に口から出る。……が、ルビーは悪びれた様子もない。というか、今さら止めたところで聞くような性格じゃないのは分かっている。軽くため息をついて、それ以上は言わない。どうせ今さら怒るほどのことでもない。

 

「わかる……面白いよね『今日あま』俺も見たけどドラマの方はまだ視聴してなかったな」

 

「え?パパも見たの?」

 

ルビーは一瞬きょとんとして、それからすぐに嬉しそうに笑う。

 

「わかってるねぇ……さすがって感じ」

 

そのやり取りを、少し離れた場所から母さんは黙って見ていた。話の内容には、たぶん全部はついていけていない。それでも、二人の間にだけある“前提”みたいなものは分かるらしくて、少しだけ羨ましそうな目をしている。

 

「へぇ……」

 

相槌は打っている。笑ってもいる。けれど、その笑顔は少しだけ引いていた。話についていけない人間がする顔だ。

 

それでも無理に割り込まず、楽しそうに話す二人を見ている。……その姿が妙に母さんらしかった。誰よりも人の輪に入るのが上手いくせに、こういう時だけは自分から一歩引く。

 

少しだけ羨ましそうに。少しだけ寂しそうに。それでいて、それを悟られないように笑う。

 

その時になってようやく気付く。母さんはさっきから会話に入ろうとしていないんじゃない。入れないのだ。

 

父さんとルビーは原作を読んでいる。同じ作品の話ができる。だから自然と会話が続くし、細かい話も通じる。でも母さんだけは違う。

 

「…………ちょっと気になる。ねぇアクア、それ……貸してくれる?」

 

ようやく出てきたその言葉に、思わず小さく息を吐いた。たぶん母さんは、本当に原作が気になったわけじゃない。

 

いや、興味はあるんだろう。でもそれ以上に………父さんとルビーが楽しそうに話している理由を知りたいだけだ。

 

「……母さんも読むか」

 

そう言うと、母さんの表情がほんの少しだけ明るくなる。

 

「うん」

 

「部屋の本棚にある。好きに持っていっていい」

 

そう返しながら、少しだけ肩の力を抜いた。これでたぶん、次からは会話についていける。それだけの話なのに、母さんはどこか満足そうに笑っていた。

 

「そう言えば、アクアの役は何?」

 

ルビーとのトークを終えた父さんがそう聞いてくる。

 

「俺がやるのは、最終話で出てくる悪役だ」

 

「向いてるじゃん。お兄ちゃん悪い顔してるし」

 

「親子そろって悪役なんだ? なんか血のつながり感じちゃうね〜」

 

父さんが少しだけ複雑そうな顔をする。まあ、無理もない。昔の父さんは悪役のイメージが強かった。今でこそ主演や善人役の仕事も普通に来るようになったが、一度ついた印象はそう簡単には消えない。

 

業界の人間も視聴者も、結局は最初に焼き付いたイメージを引きずるものだ。父さんの場合、それがたまたま“悪役”だったというだけの話だ。

 

「…………全6話中、今3話まで公開されているみたいだね。ネットドラマだから今すぐにでも見れるけど見てみる?」

 

アイはぱっと顔を上げた。

 

「見る!」

 

さっきまで原作の話についていけず少し置いていかれていた反動なのか、珍しく即答だった。

 

「ちょうど気になってたし!」

 

その横でルビーも頷く。

 

「私も見たい。原作好きだし、ドラマがどんな感じになってるのか普通に気になる」

 

そこまで言ってから、にやりと笑った。

 

「それに、お兄ちゃんが出る作品だしね。予習しとかないと」

 

「まだ出てねぇよ」

 

思わずそう返すが、ルビーは全く気にしていない。

 

「未来の出演作も込みでチェックするのが家族ってものでしょ?」

 

「そんなルール初めて聞いた」

 

母さんは母さんで楽しそうに笑っている。どうやら今夜は、このまま『今日あま』鑑賞会になりそうだった。俺の意思とは関係なく。

 

「じゃあ見ようか」

 

視聴を始めて数十分。最初のうちは特に何も言わなかった。

 

実写化なんて、大抵はこんなものだ。多少の違和感はある。原作との違いもある。それをいちいち気にしていたら見ていられない。

 

「ふーん」

 

ルビーも普通に見ている。母さんはポップコーンをつまみながら楽しそうだ。だが。

 

「……ん?」

 

最初に違和感を覚えたのは、たしか二話の途中だった。何というか。会話が妙に浮いている。キャラ同士が喋っているのに、会話している感じがしない。言葉のキャッチボールじゃなく、台本を順番に読んでいるような感覚。

 

「……」

 

隣を見る。父さんも無言だった。たぶん同じことを考えている。そして数分後。有馬のシーンになった。

 

「あ」

 

ルビーが声を漏らす。さっきまでとは明らかに違った。感情の乗せ方も、間の取り方も自然だ。少なくとも、ちゃんとそのキャラクターとして存在している。

 

「かなちゃん上手いね」

 

母さんが素直に言う。

 

「そうだな」

 

父さんも頷く。問題は………その次だった。有馬との掛け合いのシーン。相手役が喋った瞬間。

 

「……あれ?」

 

ルビーが首を傾げた。俺も同じだった。下手だ。演技経験がない俺でも分かるくらいに。下手というより、有馬との差が酷い。

 

有馬がキャッチボールしているのに、相手が壁打ちになっている。だから余計に目立つ。

 

「…………」

 

ルビーが黙る。母さんも黙る。さらに数分。別の役者が出てくる。

 

「……」

 

また微妙。さらに別の役者。

 

「……」

 

微妙。また別。

 

「……」

 

微妙。気付けば。有馬以外のシーンになるたびに、部屋の空気が少しずつ重くなっていた。

 

「ねぇ」

 

ルビーが小声で聞いてくる。

 

「なんだ」

 

「先輩、以外、みんなこんな感じなの?」

 

「言うな」

 

思わず止めた。だが気持ちは分かる。有馬が出てくる。普通に見られる。有馬がいなくなる。急に学芸会みたいになる。その繰り返しだった。父さんは苦笑していた。

 

「あー……」

 

珍しく歯切れが悪い。

 

「これは役者も大変だな」

 

その言葉で察する。父さんなりにかなりオブラートに包んだ結果がそれだった。ルビーは画面を見つめながら呟く。

 

「先輩、頑張ってるね……」

 

いつの間にか視聴者目線ではなく、有馬を心配する目線になっていた。そして俺も。有馬が言っていた「覚悟してね」の意味を、少しずつ理解し始めていた。

 

「なんと言うか………酷いね!?」

 

ルビーが笑い混じりにそう言ったあと、少しだけ首を傾げた。

 

「いや、でもさ」

 

軽いノリのまま画面を見つめる。

 

「先輩の演技って、もっと上手くなかった?」

 

その一言で、空気が少しだけ変わる。

 

「……ああ」

 

思わず小さく声が出た。そうだ。今の“下手”という評価とは違う。問題はそこじゃない。

 

(レベルが低いんじゃない)

 

ルビーの言葉が、逆に核心を突いていた。

 

昔見た有馬かなの芝居は、もっと自然だった。もっと“引っかかるもの”があった。視線の動き一つ、間の取り方一つで空気を変えるタイプの芝居だったはずだ。

 

今のは違う。上手いとか下手とかの前に、噛み合っていない。

 

「……抑えてる?」

 

気付けば口に出ていた。ルビーがちらっとこっちを見る。

 

「抑えてるって、わざと?」

 

即答しつつ、画面に目を戻す。ただ、違和感の正体はそこかもしれない。芝居が死んでいるわけじゃない。むしろ“均されている”。有馬だけが妙に生きて見えるのは、周りが全部同じ温度で揃っているからだ。

 

「でもさ」

 

ルビーはポップコーンをつまみながら、少しだけ不満そうに言う。

 

「先輩って、ああいう感じじゃなかったよね。もっとグッてくるっていうか」

 

「……ああ」

 

また同意するしかない。

 

むしろ逆だ。“抑えられてる”か、“出せてない”か、そのどっちか。どちらにせよ、有馬かな本来の芝居ではない。画面の中で彼女だけが、妙に浮いて見える理由がようやく分かる。ルビーはふと真顔になって呟いた。

 

「なんか……もったいないね」

 

その言葉が、一番正しかった。

 

「役者の宣伝目的だろうね。予算と時間もない。原作シーンを大幅カット………役者は恐らく殆どが未経験者。有馬さんは演技を抑えているだよね。1人だけ優秀だったらさらに周りの役者の下手さ加減が浮き彫りになるからね」

 

画面の“違和感の理由”がそこで繋がる。個々の問題じゃない。最初から平均化されている。

 

「……え、それってさ」

 

ルビーが首をかしげる。

 

「先輩、わざと下手にやってるってこと?」

 

「違う」

 

“下手”っていう評価軸じゃない。そもそも比較が成立してない。

 

「下手にしてるんじゃない。“揃えてる”」

 

「揃えてる……」

 

演技の強度を落としてるんじゃない。全員の基準線を同じ高さにしてる。

 

アイが短く言う。

 

「なるほどね。だから浮かないんだ」

 

(浮かない、じゃない。浮けない構造だ)

 

「一人だけ上手くても作品が崩れる。だから合わせてる」

 

ルビーが少し不満そうに。

 

「でもさ、それって先輩損してない?」

 

「損っていうより作品の都合だよ」

 

「全部均してるだけ」

 

ルビーは画面を見ながらぽつり。

 

「先輩だけちゃんとしてるの、逆にすごくない?」

 

ルビーの言葉に、少しだけ考える。確かにそうだ。周囲に合わせるというのは、ただ手を抜くのとは違う。

 

自分の持っているものを抑えて、作品全体が成立する場所まで落とし込む。それは技術がなければできない。

 

「そういう役割なんでしょ」

 

役割。画面の中の有馬かなだけが、妙に自然だった理由。彼女は周囲に合わせている。でも、それは自分を殺しているわけじゃない。

 

作品を壊さないために、自分の力を使っているだけだ。……だから余計に目立つ。

 

抑えているはずなのに、隠しきれないものがある。有馬かなという役者の実力が。

 

 

 







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