ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第一章 引きこもり男爵と石ころ令嬢
第一話「引きこもり男爵」


 

「我が娘、シゼルを当家から追放する」

 

 そうか、凄いな。

 何言っているのだお前。

 場所を考えてから発言してくれる?

 そう言いたげに、私は雑種の雄猫のように首を傾げた。

 場所は宮廷、玉座の間にて。

 

「魔法の素質がない女などいらん。血縁だからと今の今まで我慢していたが、因果が孫に移ってはどうする? 何をその胎に引き継げる。今日でお前とは絶縁する!!」

 

 あれだ、とあるパーティーが行われたのだ。

 ホストは公爵家で、ゲストは辺境伯だったような。

 辺境伯が無事国境沿いの戦を終わらせた祝賀会であるが、まあ私とは関係がない。

 戦場に出ていた訳ではないのだから。

 とはいえ、一応は男爵家当主である。

 階級こそ低いが、ちゃんとした貴族なのである。

 ホストである公爵家の機嫌を損ねるわけにも行かず、ゲストである辺境伯の戦働きを労う気持ちも少しはあって。

 丁寧な馬車と御手紙で招かれた以上は、仕方なくもパーティーに参加していた。

 もちろん祝賀会は何事もなく無事に終わり、交流タイムが設けられた。

 若い騎士や令嬢にとっては、器量の合った相手を見つける恋活の時間でもある。

 お家事情、家格や財産は絡んでくるが、別に貴族の全員が恋愛嫌いというわけではない。

 本人の意思は十分に考慮されるのだ。

 だから、こういった場所で独身貴族はパートナーをいつもいつでも探していた。

 嫌だなあ。

 面倒臭いなあ。

 そう思いながら三十五の齢を迎えた独身の私も、イヤイヤながらに参加をしていた。

 結婚相手を見つける?

 その気はない。

 というより、もう全てが面倒臭い。

 オウチに帰りたいの。

 本当に拒否権発動ですぐに帰ったら、もの凄い形相で家のメイド長やら執事長に怒られてそちらの方が面倒臭いので、こうして壁に寄りかかって適当な来客相手に酒を飲んでいた。

 そうしたら、この騒ぎだ。

 

「あれは誰かね?」

 

 一緒に酒を飲んでいた、辺境伯の三男坊。

 今回で戦功を挙げたというので、小さい領地ならば貰えそうだ、とはしゃいでいたルーカス君に尋ねる。

 

「え、知らないんですか? 戦に明け暮れてた三男坊の俺だって知ってるのに」

「知らない」

 

 素直に答えた。

 怒っている父親らしいオッサンも。

 その眼前で、ただ泣き崩れている令嬢もよく知らなかった。

 

「普段は家に引きこもってるもの。世間様の事情なんて知らんよ」

「相変わらず真面目ですね。我が父が褒め称えるだけのことはある」

 

 なんで屋敷に引きこもっているだけの哀れなオッサンを、辺境伯が褒め称えているのかはおいといて。

 何はともあれ、教えてくれと顎をしゃくる。

 ルーカス君は答えた。

 

「『石ころ』、『出来損ない』のシゼル、かの令嬢をご存じないと?」

「知らないよ」

 

 全く知らないし、初耳である。

 なんだよ、『石ころ』だの『出来損ない』だのって。

 人に付けてよい呼び名ではないだろう。

 侮辱は万死に値するのが貴族社会である。

 そんなもん表で口にしたら『今から御家と当家で殺し合いをしよう』と言っているのと同じである。

 それくらい引きこもり男爵の私でも、貴族常識として理解している。

 

「そんなことを口にして良いのか? 仮にそのシゼル令嬢が怒らなくても、身内が侮辱されたならば、怒り狂って守らねばならんのが貴族だろうに」

「今そうしても良くなりましたね。目の前で当主に追放されたので」

「なるほど」

 

 ようするにだ。

 

「話から察するに、彼女には魔力がないのかね?」

「何の魔法の素質もないそうです」

「ふーん」

 

 大体の事情は察した。

 ようするにだ、一応はあのオッサンは娘を今まで育ててきたと。

 ちゃんと男を見繕うような場にも出したと。

 

「そのせいで、本日は何の成果も得られなかった?」

「男爵に挨拶させて頂く前に、まあ私も適当な女性と挨拶をしてきたのですが……」

 

 ルーカス君が、少し困ったように目を泳がせる。

 

「すいません、さすがに何の魔法の素質もない令嬢との縁続きになるのはちょっと。避けさせて頂きました。子供に影響のある話ですし」

「それはそう」

 

 私は理解を示す。

 言いたいことはわかる。

 少なくとも、この件でルーカス君が彼女を選ばなかったのは責められない。

 銀髪のストレートヘアに、青い澄んだ瞳。

 その瞳からは涙が零れている。

 

「見目は悪くないと思うのだが?」

「一夜の相手としてはまあ悪くないと思いますよ。下劣な言い方をすればですが。近頃はこういう言い方をすると怒られる時代ですけど」

 

 ルーカス君、戦場帰りにしては礼儀正しいな。

 私は変な感心をしながらに、まあ言葉を慎重に選べる彼は将来出世するだろうなと思う。

 特に、時代に合わせるというのは大事だ。

 

「母親としては駄目か」

「まあ、そうなります。見目は良いので、父親の方も一人くらいは相手を見繕えるだろうと期待したのでしょうが」

 

 要は母体として相応しくないという判断である。

 女体としてはともかく、真剣交際での母親として優れているかというと駄目だろう。

 そういう判断をされたと。

 

「結論としては駄目だったと」

「真面目な婚活の場所ですしね。そりゃあ選ばれないでしょう」

 

 まあそうだな。

 どうしようもない話だった。

 とはいえ、まあパーティーの表舞台で、お前は出来損ないだと罵倒されるのは可哀想だった。

 そんなもん後でやれ。

 裏でやれ裏で。

 そうしないと。

 

「あ、親父がブチキレかけている!」

 

 ホストとゲスト、両方の面子を潰すことになるであるからして。

 予想通り、ルーカス君の父親である辺境伯はブチキレかけていた。

 ハゲ頭のこめかみに青筋を浮かべて、私は戦場帰りです、何十人もこの手で殺しましたと。

 そう言わんばかりの厳つい顔つきで激怒していた。

 

「止めてきても?」

「触らん方が良くない? ここで酔っ払ってたフリをしよう」

 

 私は引きこもりである。

 ここは慎重にルーカス君を止めた。

 さすがに無礼打ちと言わんばかりに、あの自分の娘を罵倒している父親の首が刎ねられる。

 その展開はないだろう。

 少し辺境伯は「女は男が庇護すべし。男は女子供のために死ね」という思想が強くて、女を泣かせるような男はその場で死んだらいいという、過激派のマッチョイズム愛妻家だからといって。

 

「親父はちょっと血の気が多い方なのですが」

「知ってる」

 

 辺境伯が帯剣を音もなく、すらりと抜いた。

 これはアカンかもしらんね。

 いくら戦働きの最大功労者とはいえ、あの人に帯剣を許したの誰だよ。

 公爵か。

 

「ちょっとルーカス君、公爵にお願いしてきなさい。止める権利も立場も持ってるの、あの人しかいないから」

「そうしたいんですが」

 

 ルーカス君が指を示した。

 私がその先を素直に見ると、うん、公爵もスタンバイしていた。

 髭がとってもチャーミングと謳われる美髭公が、自分がホストのパーティーを台無しにされてブチキレないわけがなかった。

 美しい髭をプルプルさせながら、辺境伯同様にこめかみに青筋を浮かべている。

 辺境伯が剣を抜いたのを見ても、やってしまえ! 責任とったる! という表情であった。

 

「これはもう駄目かもしれませんね」

「駄目か-」

 

 駄目だった。

 ホストもゲストも駄目だった。

 我が王国は血の気の多い貴族しかいないのである。

 全く困ったもんです。

 ふう、と私は溜め息を吐いて、グラスに酒を注いだ。

 酒精の匂いがする。

 

「何を酒飲んで、知らない振りしてるんです」

「もう何もかも駄目って時は、目を閉じ耳を塞ぎ隠れていなさいねってパパとママが言ってた」

「逃避行動ですか?」

「戦略的撤退かつ転進である」

 

 言葉遊びをしながら、二人して事態を見守る。

 観覧席である。

 正直もう、ここまできたら引きこもり男爵の私と、三男坊であるルーカス君は部外者である。

 最初から事態を収める立場でもないし。

 何の責任もない。

 そう口にしようとするが。

 

「あれです、男爵なら止められるでしょう」

「私か」

 

 なんかルーカス君の評価が変に高いな私。

 いや、辺境伯からの評価もなんだかんだ高いことは知っている。

 なんか月一で手紙を送ってくれるんだもの、あの人。

 礼儀として返さない訳にもいかないし。

 要するにメル友という奴である。

 だからまあ、ここで強引に割り込めるか、と少し考える。

 しかし。

 

「なんで私がそんなことをしなければならんのだ」

 

 普通に嫌であった。

 

「ゲストである親父と、ホストである公爵が王様に怒られないためにも、何よりも国の騒動にしないために何卒」

 

 男爵家当主として、国のために責任を果たせと。

 そう言われれば立つ瀬がない。

 やるか、と溜め息を吐きながらも、表舞台に近づく。

 この判断は悪くなかった。

 ギリギリ間に合ったのだから。

 

「わかりました、私がいなくなればいいんでしょう!」

 

 絶叫と共に。

 シゼル嬢が自殺せんと、懐剣で喉を自ら突き破らんとした瞬間に。

 

「……」

 

 私の掌がそれを防ぎ、ギリギリ間に合ったのだ。

 掌が懐剣で貫通させられたが、まあなんだ。

 彼女の落命を防いだ、見返りとしては安いものだった。

 

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