ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十一話「現状把握」

 一つだけ、どうしてもルノワール男爵にお聞きしたいことがある。

 

「お忙しくないのですか?」

「勿論忙しいですが?」

 

 ですよねえ。

 お忙しい方ですよねえ。

 聞かなくてもわかっていたが、なんだ。

 

「では、どうしてルノワール男爵自ら、わざわざ私の治療にお立ち会いを」

「いや、これは王からの勅命であり、さすがに何でもかんでも人任せにするわけにはいかないだろうに。シゼル嬢を連れてきたのは私である以上、問題を解決すべきなのは私なのだから」

 

 段々とわかってきた。

 ルノワール男爵様は、あまりにも真面目すぎるのだ。

 石鹸や砂糖の工場に視察に行った帰りで、わざわざこうして病院に寄って。

 私の魔力を鍛える実験に付き合ってくださる男爵を、私は思わず気遣った。

 

「あの、すいません。無駄なことに」

「無駄とは?」

 

 心底から不思議そうに、男爵が問うた。

 いや、だって。

 

「その、無駄じゃないですか。おそらく結果は出ませんよ」

「失礼ながら、シゼル嬢は根本的に勘違いをなさっておられる。貴女だけ魔力を鍛えるという修行をしても効果が出ず、再現性がない。その結果が出ることは決して無駄でもなければ無意味でもない。どちらかといえば、そこから話は始まるのだから。貴女だけ何故か効果が出ない。まずはそこを公に、世間にハッキリさせてからが本当のスタートだ」

 

 どういう意味だろうか。

 私は小首を傾げると、まあちゃんと説明しておくべきかと言いたげに男爵が口を開いた。

 

「失礼な言い方をしますが、今まで本当にシゼル嬢のような魔力無しの『石ころ』が産まれてこなかったとお思いで?」

「他にも私のような人間がいると?」

「一人いるなら二人いたでしょう。私はとても珍しいアルビノの希少生物とて、人生で何度も見たことがあります。少なくとも、枢機卿の話を伺う限りでは確かに珍しいケースではあっても、ゼロではなかった。現在まだ調査中ではありますが、すでに修道院に預けられたパターンも見つかっているようで」

 

 あれだ、男爵は本当に仕事が速い。

 すでに枢機卿にお会いして、ある程度の情報は掴んでこられたようだ。

 

「なんと言うべきでしょうか。今まで闇に葬られていた可哀想な子供の命が、シゼル嬢のおかげで救われると考えていただければ」

「私のですか?」

「ええ。要するに、今回の件はシゼル嬢を救うためだけではないので。別に魔力が無いところで、大した事では無い。そんな問題は容易に解決できると。王の勅命により、私が対策を公にすることで、世間にはっきりとそれを示して。シゼル嬢のように迫害を受ける第二、第三の被害者が出ないようにすることが王の目的なのだから」

 

 なるほど。

 今回は確かに私のためでもあるが、私以外のためでもあると。

 王様は今後の迫害自体を完全に消し去ることを求めており、男爵はそれに応えるつもりなのだ。

 

「難しくはないのですか」

 

 王様はやれ、と命じるだけで良いが。

 応える方は大変だろうに。

 男爵はそのことについて、どうお考えなのか気になったが。

 

「さて、それはやってみなければ、なんとも言いがたいのですが。別にそういう無茶振りを命令されるのは珍しくもないので。今回も解決できるでしょう」

 

 血こそ繋がっていないが、間違いなく私の母たるマリアンヌ様から聞いた限りでは。

 一度もお会いしたことはないが、ルノワール男爵ほどの働き者は王国の何処を探してもいないのではないかと。

 そう聞いているが、まあなんだ。

 事実で間違いないようですよ、お母様。

 

「……」

「どうされましたか?」

 

 いえ、どういえばよいのか。

 可哀想という言い方は失礼であろうし。

 お疲れ様、というのはなんだか喧嘩を売っているようであった。

 何か、この金壺眼の、少し目つきの悪いルノワール男爵を慰める方法を探そうとしたが。

 どうにも言葉が見つからないのだ。

 

「すいません、なんといったものか。えーと」

「労いの言葉なら不要ですな。勅命である以上はキチンとするので。王とて、別に時間がかかり、失敗したところでグダグダ言うような狭量さとは縁遠い性格ですし」

 

 勅命と言っても限度がある気がするのだが。

 まあ、結果が出せなかったとルノワール男爵を責めているなら、そちらの方がおかしいが。

 

「そうですね。私がシゼル嬢に求めるのは、もちろん自分のことを大切に思うこと。卑下なさらず、医者の言うことに従い、真剣に取り組んで頂ければ。これが治療になるかどうかは別として、それが両者にとって一番良いことですので」

「そうします」

 

 話はよくわかった。

 素直にルノワール男爵の指示に従い、その言うことなら何でも聞こう。

 こくこくと頷く。

 

「では。ただ魔力を鍛えると言っても、効果のない実験を続けるのは退屈だろうし。何か魔力に関する小話でも――そうだ。基本的な話をしておきましょうか」

 

 ぴんと、右手の人差し指を立てて。

 ルノワール男爵はある話を始めた。

 

「魔力とは何か、座学ついでに常識の摺り合わせをしておきましょうか。シゼル嬢は魔力とは何だと思いますか?」

 

 世界中の人が誰でも持っているもので。

 わたしのような一部がもっていないもの。

 

「その、魔力は魔力だとしか。言い換えれば、体内エネルギーのようなものでしょうか」

「正解ですな。肉体的な活動を行うためには体力が。魔法を行使するためには魔力が、例えば――私のような一般男性よりも劣る非力でも」

 

 テーブルの上に、リンゴがのっている。

 それを男爵は掴み挙げ、両手で左右を掴んで。

 二つにリンゴを引きちぎった。

 

「このように、私が体力を使って筋肉を酷使したところで、まあリンゴは引き千切れないが。魔力という体内エネルギーを使い、最も素朴な魔法である身体強化をすれば簡単にリンゴを引き千切れる」

 

 そうだ、そして私はそれが出来ない。

 貴族としてどころか、平民としてすら欠陥品なのだ。

 

「ただ、まあ給仕や針子仕事にはいらぬでしょう。別に魔力がなかったところで、本当はそこまで致命的な問題ではないと私は考えている」

 

 男爵が、リンゴを囓った。

 いる? と言いたげにもう半分を私に渡してくれる。

 とりあえず好意を断るのも失礼なので、ちゃんと受け取る。

 

「魔力なんて実際のところ乱暴な話、戦場以外では不要ですな。せいぜい、力仕事であれば便利ってぐらいで。あとは魔法を生かした専門職?」

 

 おそらくそれが、男爵の本音ではあるのだろう。

 だが、私は。

 どうして他の皆が持っているのに、自分だけは持っていないのだと思ってしまう。

 

「貴族にとっては重要でしょう?」

 

 私が尋ねた。

 

「少なくとも、まあこの乱暴な時代に、下の者を従わせるには有用ですな」

 

 男爵は乱暴に答えた。

 結局、魔力が強い=暴力が強いという話である。

 そして、貴族にとって重要なのはそこだった。

 母体として、やはり私はふさわしくないだろう。

 きっとお嫁さんに行くことはできないだろうなと、少しだけ悲しくなるが。

 

「例えば先王様は本当にお強いとの噂だった。さすがに枢機卿には劣ったようだけれど」

 

 男爵が不思議な事を言い出した。

 

「は?」

 

 何の話だろう、突然に。

 そりゃあ貴族の中でも貴種である王族は強いだろう。

 先王様の全盛期は、大砲の砲弾を片手で100メートルでもぶん投げられたと聞く。

 だから、それは間違いないだろうけれども。

 

「あの、何故枢機卿がそこで出てくるんですか?」

 

 別に王様と枢機卿を比較する意味は無いだろう。

 全然関係ない気がするのだが。

 というか、聖職者に腕力は必要ないだろうに。

 私はそう思うが。

 

「忘れてくれ。まあ、大した話でもない」

 

 まるで、先王様と枢機卿を殴り合わせるかのように無意味な想定。

 それを口にした男爵を不思議に思いながら。

 

「さすがに教皇聖下や枢機卿クラスともなれば、血統が良い人が多いから。聖職者だからといって弱いとは限らないという話にすぎないので」

 

 何かを誤魔化すように、忘れてくれと言わんばかりに話を片付けた。

 





説明回。
次話は先王と先公爵のお話。
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