ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十二話「プリンセスメーカー」

 

 城内の中庭にて、私と彼の人影がある。

 彼はかつて王様だった、先王とも呼ばれる男。

 名をルートヴィヒと言った。

 彼の眼前にあるテーブルには、ワインボトルが一本置かれている。

 彼はその右手の人差し指で、ワインボトルの首をすっと横に引く。

 ただそれだけで、ボトルの首が分離され、テーブルの上に落ちた。

 硝子が破砕することもなく、切り口はまるで名剣で斬り落としたかのように綺麗である。

 魔力である。

 最も素朴な身体強化とて極めると、このような事さえ素手でも出来た。

 

「うむ。鍛錬により、見事に全盛期の力を取り戻したぞ。見たかメッテルニヒよ」

 

 だからどうしたというのか。

 思わずそう口走りそうになるが、私は耐えた。

 まだ現王は若く、先王が壮健であるにこしたことはない。

 

「お見事でございます、ルートヴィヒ。私の王よ」

 

 厳密にはすでに王の座にはいないが、まあこう呼んでもいいだろう。

 すでにルートヴィヒは引退し、その地位は息子に譲っている。

 この私も、王とともに公爵の地位を退いた。

 まだ心残りは色々とあったが、胃痛を通り越して胃潰瘍という診断。

 あのルノワールの見立てによれば、胃に浅い不整形の潰瘍が沢山出来ているという診断であった。

 原因はおそらく心労であるとのことである。

 ならば仕事を辞めぬ限り、悪化の一途を辿るばかりが間違いなく。

 これも良い機会だと、周囲に言い訳をして前線を退かせてもらった。

 

「正直に聞くが、メッテルニヒよ。これで枢機卿にリベンジが叶うと思うか? 王としての仕事を終え、ようやくできた隙間時間で一から鍛え直してみたのだが……」

「まだ諦めていなかったのですか?」

 

 呆れた。

 100メートルを5秒台で走り抜けられる。

 石の詰まった大きな酒樽を持ち上げ、スクワットができる。

 砂や小石の詰まったサンドバッグを殴り、一撃で破裂させることができる。

 大砲の砲弾を投げれば、100メートル先まで届けられよう。

 王が全盛期の力を取り戻したとあらば、それは可能だった。

 だが、それが何の役に立つ。

 

「王よ、それだけでは枢機卿に素手の勝負で勝てません」

「やはり、難しいか」

「刀剣を用いれば、二つも三つも王が上でございましょうが」

 

 それは間違いない。

 枢機卿は剣を握ったこともないだろうから、有利なのは王の側である。

 だがしかし、だ。

 

「ですが、すでに教皇は正教会の戒律を改定なさいました。聖職者と騎士の決闘裁判において、勝負は素手に限定すると決められてしまいました」

「枢機卿の卑怯者め! 教皇に訴えたに違いないわ!! 『後付け』でルールを取り決めよって!!」

 

 まあ、確かに後付けと言えば後付けであった。

 過去に聖職者と騎士が決闘裁判を行ったこと。

 これは広義の意味では存在する。

 そもそも騎士修道会が存在するから、慈悲のため、愛のため、聖職者が決闘裁判に名乗り出ることもあっただろう。

 だからといって、なんだ。

 さすがに枢機卿と王が殴り合う異常な行為を現実にするのは、アンタら二人だけだよ。

 事実上、枢機卿はあの時の勝負の勝ちを確定させるためだけに、教皇すらも動かした。

 繰り返すが、私は呆れた。

 ルートヴィヒにも枢機卿にも、どちらにもだ。

 

「もう諦めましょうよ」

 

 もう何度言っただろうか、この台詞も。

 

「諦められるわけがなかろう。私が弱いから、男として情けない姿を見せたから。あのルノワールは貴族社会に戻ってこぬのだ」

 

 いや、全く関係ないと思うが。

 本人の同意無しに勝手に行われた決闘に、ルノワールの意思が介在しない勝負にだ。

 聖職者になるか貴族の義務を果たすかを左右されても困るだろうに。

 何度目になるのかわからないが、私はやはり呆れた。

 

「勝負に負けたことと、ルノワール男爵が貴族社会に馴染まぬのは一切関係がありません」

 

 本当に何の関係もないのだ。

 仮にリベンジマッチをして、勝ったところで無意味だ。

 私は何度も説得を試みたが、我が王は諦めてくれぬ。

 

「ではどうしろというのか? 他に何か良案でもあるというのならば、そうしてもよいが」

 

 何も私たちも手をずっとこまねいていたわけではない。

 今まで幾つか策は練ったが、何の成果も得られていない。

 

「仕事が忙しいからと、ろくに社交界には出てこず、若い時は婚約話を用意しても了承をせず。これではまるで、あの枢機卿の言うように聖職者になるつもりのようではないか」

「在り方としては、まあそうありたいのでしょう」

 

 少なくとも、昔のルノワールは殉教者のような生き方を目指していた。

 一つの理想社会を作り上げんとするような努力を邁進していた。

 それも近年では大人しくなり、今は納得したのか、諦めたのか、それはどうだかわからぬが。

 少しは人生を後悔しているのかもしれぬ。

 なれど仕事ぶりを見る限り、能力が劣化した様子は欠片もない。

 

「私たちも色々と考えた。ひょっとして彼は未亡人趣味なのではないかな、と時にはふと考えもした。なので、寡婦家庭を幾つも後見人の立場として紹介してやった。出産経験があることは、子供が産めるという証明でもあり。未だ後継者のおらぬルノワールにとっても悪い話では無い」

 

 勝手にルノワールの性癖を決めるのも失礼な話だが。

 まあ、なんだ。

 天才には偏屈な性癖が付きものだというし、王の提案を私は断らなかった。

 実際は、本当に後見人としてひたすらに立派であるだけ。

 寡婦の側も、何割かは求められたら喜んで寝所に侍るつもりだったであろうし。

 どちらかといえば、ルノワール男爵は何もしてくれないのですが、私たちには魅力がないのでしょうかと寡婦の側から苦情が来た。

 私の胃はしくしくと痛んだ。

 

「プリンセスメーカー!」

 

 突然、何かの企画のようにルートヴィヒがタイトルコールをした。

 傍からは頭がおかしくなったのかと思われるだろうが、私には王の言いたいことがわかっている。

 

「自分だけのお姫様を作ろう! 自分が慕う年下の人物を自分にとって理想的な『大人の女性』に育てようとする趣味がルノワールにはあったんだね。そして最後は本当にベッドにて『大人』にしてあげるつもりなんだね。そうだ、そうに違いないと私たちは考えた」

「考えたのはルートヴィヒだけです。訂正を。私は明確に反対しましたよ」

 

 私は彼にそんな趣味ありませんよと否定したよ。

 仮にこの計画をルノワールが聞いたら、善良な彼は眉を顰めるに決まっているが。

 私がキチンと反対したことだけは、わかってもらいたいところだ。

 

「両親がともにおらぬ、見目の良い後ろ盾の無い少女を数名選んで、ルノワールに押しつけた。あの計画はどうなっている?」

「殆どは、その、ルノワールが社交界参加の機会を見つけて、婚約相手を見つけてしまいました」

「普段は社交界になど、誘ってもロクに出てこぬ癖に、何故……あのルノワールには、性欲がないのか?」

 

 ルートヴィヒは歯噛みした。

 そんなこと言われても、大人が歳離れた庇護下の少女に手を出すなど、ルノワールは究極の下劣な行為であると考えていよう。

 酷く潔癖なところがあった。

 別に誰も世間で責めぬような戒律、価値観に縛られているのだ。

 そりゃ後見人として、慣れぬ社交界にも参加して相手を見繕ってあげようと努力はするだろう。

 それぐらい分かって欲しいものだ。

 

「ん? まて、いま殆ど、といったな。例外もいるのか?」

「はい」

 

 まあ、それはそれ。

 殆どの少女は後見人であり、また親としてどこまでも優しかったルノワールに対する感謝と共に、その保護下を去ったが。

 少女の側にだって、好みというものがある。

 それは憧れに近いかもしれないが。

 

「一人だけ残っております。念のため、どこまで考えているのかを確認しましたが、もちろんルノワール様の妻になりたいと……」

「なんだ、それを早く言え。やって良かったではないか、プリンセスメーカー」

「その計画名、気に入ったんですか?」

 

 少女の側は、明確にルノワールのことを男として愛している。

 というか、あれ以上の男が同世代はもちろん、少年から老人までを探しても当国にはいないでしょうと。

 真顔で言われれば、まあそうだなと首を縦に振るのみである。

 言っていることは至極真っ当である。

 ルノワール男爵の代替品など、何処を探しても存在しないのだ。

 

「で、進捗は? それが上手くいくようなら、リベンジマッチを諦めても良い」

「少女の意思ではなく、ルノワール側が問題です。てんで相手にしていません。十六歳に手を出すような男ではありませんよ」

 

 少し無理があるのだ。

 少女側ではなく、ルノワール側の三十五歳の男が十六歳の少女に手を出すなど気持ち悪いと、軽蔑をすると。

 心底から考えている価値観を、どうにか柔軟にする必要があるのだが。

 なかなかこれが難しい。

 

「なればメッテルニヒ、お前が力を貸してやれ」

「具体的にどうしろと?」

「その、なんだ。お前は恋愛結婚だろう?」

 

 そうである。

 高位の貴族には珍しい恋愛結婚で、今でも熱愛している。

 だからといってだ。

 

「嫁さんにだ。男を落とす手練手管を聞いてだ。少女に仕込んでやれ」

「また無茶を言いなさいますな。せめて嫁に協力してもらうように動け、というならわかりますが」

 

 男の、それも先公爵のやることではないだろうに。

 公爵を辞め、爵位を息子に譲ったからとはいえ。

 別に楽隠居したわけでもなく、今でも書類仕事はしているのだぞ。

 私自身はそんな暇はないぞ。

 というか、嫁にはすでに彼女を支援するよう頼んでいるのだ。

 ルノワールの元後見人であった私と、その妻がそういうことをしても問題では無いからな。

 

「とにかくだ。何処にも嫁に出せないようなら、お前が男として責任を取ってやれとゴリ押しさせろ。理屈としてはこれで正しいはずだ。惚れさせたお前が悪いと、しっかり観念させてやれ」

「努力は致します」

 

 少なくとも、まあリベンジマッチをするよりかはマシな案だった。

 さて、あの少女の名は何だったか。

 確か――エミリアだったか。

 金髪に薄い蒼い目をした、まあ誰が見ても美少女だった。

 なんとか、ルノワールが気に入ってくれるなり、観念して娶るなりしてくれればよいのだが。

 私はまた少しだけ痛む胃を抑えながら、溜め息を大きく吐いた。

 

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