ルノワール男爵の憂鬱 作:道造
「その、どうなさいました? 今日は、男爵が後見人をなさっている寡婦家庭や、遺児との面会があると伺っていましたが。お忙しいのでは?」
ルノワール男爵家の屋敷。
それは男爵家に似つかわしくない立派で、実は公爵家の屋敷だと。
そう誤解されてもおかしくなかった。
おそらく、王や公爵といった上位貴族が建築許可を出し、そしてルノワール様はお金に全く困っていない。
それらが複合した結果として、屋敷がこうなったのであろうが。
「それはあらかた済ませたのだがな。シゼル嬢に会わせたい人物が一人いる」
「はあ」
私はその屋敷の一室を借りて、素直に魔力の修行などをしていた。
男爵家にメイド奉公をしながらの修行なので、メイド服のままである。
やはり、とんと修行の成果はみられなかったが――。
なにはともあれ、男爵の指示には従わなければならない。
「会わせたい人物というと?」
「うむ、なんといえばよいか。相手は十六の少女なのだが。名をエミリアという」
男爵は顎に手をやり、思案した面持ちで説明をしてくれる。
「なんというか、シゼル嬢も。このようなオッサンと延々と顔を突き合わせて修行するだけというのも、つまらぬであろう? 友人というかな。この屋敷で愚痴の一つも言い合える知己を、得ておくのも悪くなかろうと思ったのだ」
「はあ、なるほど」
知己か。
友人の一人もいない、「石ころ」の私には有り難い心遣いだが。
「お申し出は大変嬉しいですが、その、私は知っての通り」
「相手の魔力が乏しかろうが、なかろうが。そのようなことで相手を侮蔑するような子に、あの子を育てた覚えはない。安心してくれ」
懸念は一瞬で払拭された。
なるほど、確かにルノワール様がお育てになったならそうなるだろうな。
侮蔑の一つでもしようものなら、ルノワール様がすぐに叱責するのは間違いなかった。
「どうかね? 会ってみるかね」
「ええ、喜んで」
相手がどういう少女なのか。
ルノワール様がお育てになれば、どういう子が育つのか。
少し興味がわいたので、付き添って自室から出る。
「もっと他の子も紹介出来たら良かったのだがな。他の年頃の少女といえば、婚約が無事決まって屋敷から出て行ってしまった。親としては寂しいものだよ」
「親ですか」
「うん、そのつもりだ。あの子達が私の事をどう思っているのかは知らないが、少なくとも私は後見人となった遺児たちのことを子供のように思っている」
金壺眼の眼光が、少し和らいだ。
その瞳には見覚えがある。
かつて、血も繋がらぬ母親が、私にくれたもの。
「……大変失礼ながら、シゼル嬢の事は少し調べさせて貰った。貴女の『母親』である今は亡きマリアンヌ殿も、貴女の事を大事な娘だと思っているだろう」
「はい」
ああ、その通りだ。
私も、あの人のことを自分の母親だと思っている。
心の底から。
「さて、あれこれ理屈は付けたが。そんな立派に育てられたシゼル嬢にだ。私も自分の娘を自慢したいというだけの話さ。よろしいかな?」
「ルノワール様に育てられたならば、きっと良い子に育ったのでしょうね」
ぴたり、と動きが止まる。
男爵は良い子、良い子ね、と何故か自問自答を始めた。
思考沈着、しているように見える。
首をひねり、ようやく言葉をひねり出した。
「良い子だよ。ちょっと乱暴なところはあるけれど、総合的に見て、うん、良い子」
少しだけ、エミリア嬢には不満があるようだったが。
ともあれ、長い廊下を歩いて、屋敷内の一部屋に辿り着く。
確かにドア前のネームプレートには「エミリア」と書かれていた。
その下には「お父様だけは自由にお入りください。私が寝ているときに襲ってもいいのよ」と書かれている。
どういう子だよ、エミリア。
男爵は無視したように、ドアをノックする。
「エミリア、いるかね? 今日は会わせたい人を連れてきたんだが、部屋に入ってもいいかな?」
「かまいませんわ。但し、先にお父様が部屋に入ってください。紳士たるもの、接遇マナーは大事でしてよ。レディファーストをご存じでしょう?」
了承の声。
鈴を鳴らしたような声であった。
確かにこの状況下では、家長たる男爵が優先して先に部屋に入るべきである。
その後、私をエミリア嬢に紹介して貰おう。
少しだけ。
ほんの少しだけ、何故だか男爵は警戒して、入るのを渋るかのような態度を見せたが。
「承知した。では、私が先に入ろう」
男爵がドアを開いた。
その瞬間に。
一つの鋭い雷撃が、一瞬、閃光として煌めいた。
本当に一瞬のことである。
空気が爆発的に膨張する、あの稲光の音が耳をつんざいた。
「え?」
私が間抜けな声を上げた時には、すでに雷撃が男爵を貫いていた。
人が床に倒れる音。
仕立ての良いシルクの焼け焦げる匂い。
人が焼けたような焦げ臭さで、私はすぐに彼の心配をするが。
「……そうくると思っていたが、やっぱりそうだった」
魔法による防御。
それがキチンと間に合ったのか、どうやら男爵に怪我はないようだった。
だが、電撃による衝撃が残っているのか、男爵は床から立ち上がろうとしない。
「ライトニングプラズマ、ついに成功しましたわ。魔法防御を貫通し、人体に致命打を与えず、ただ行動不可能にするためだけの雷撃打が。公爵家に伝わる秘術、私がしかと継承しましてよ!」
鈴を鳴らしたような声が聞こえた。
部屋の中では少女が拳を突き出したまま、立っている。
金髪に薄い蒼い目をした、勝ち気な面が窺える美少女。
えへんとしたドヤ顔であった。
「先公爵夫人の仰るとおり、効果テキメンですわ! これで何もかもバッチグーですわ!!」
なにやら、満足げに微笑んでいるが。
私はといえば、何が起こっているのか現状が理解できない。
何、父親を攻撃しているのだ、このエミリアという少女は。
「さてさて。お食事の時間ですわ」
エミリア嬢が、男爵を担いで。
そっと自分のベッドであるだろうそれに、優しく横たえた。
その上に自らが乗っかり、服を剥いでいく。
男爵の服も、自分の服もだ。
周囲に服が散らばり、男爵の肌が見え、やがてエミリアという少女がキャミソール一枚になったところで。
「というわけで、お父様、いいかげん覚悟をなさいまし。私と一緒に、ルノワール男爵家の後継者を作りましょう。私の腹は飢えておりましてよ。覚悟はよろしくて?」
「シゼル嬢、すぐに叫んで、助けを呼んでくれ! 執事長でも、メイド長でもどちらでもよい! いや、もうアイツら、ちゃんと助けに来るか怪しいもんだけどさ! エミリアもやめなさい!!」
二人の会話に割り込むように、私は声を張り上げた。
「あの!」
エミリアという少女が、私を認識して。
やや淫靡な表情で、彼女は何一つ困った様子も無く、こう口にした。
「貴女も交ざりませんこと? 誰だか知らないけれど、私は一向に構わなくてよ。子供の数は多い方が良いので」
「交ざりません! 誰か! メイド長、すぐに来てください!!」
私は男爵の求めに応じ、屋敷に響くような絶叫を挙げた。
メイド長はやってきた。
やってきたが。
「御当主様に助けを求められた以上は仕方ありませんが、情けに欠けると思いませんか。貴女も十五歳ならば、令嬢の情けというものを知っても良いではありませんか。そのまま御当主様がエミリア嬢に襲われても、それを止めないのが令嬢の情けというものではありませんか」
何故か、私がメイド長から強く叱責された。
何一つ腑に落ちなかった。
マリアンヌお母様、貴族社会は理不尽で一杯です。
私は母に、そういう泣き言を心の中で吐いた。