ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十四話「子育ての失敗」

 

 なるほど、子育てに失敗した。

 まずはそれを素直に認めよう。

 問題に対しては何時も真摯であるべきだ。

 そうでなければ、他責思考では問題解決には到底至らず、前には決して進めないから。

 

「それで? なんでこんなことしたの? お父さん、今日こそはダメかと思ったよ。命じゃなくて、貞操の危機的な意味でね? 理由をいいなさい」

 

 結論として、問題解決のために娘を問い詰める。

 

「引かぬ、媚びぬ、顧みぬ。だってエミリアは悪いことしてないもの! お父様の妻として、ルノワール男爵家の後継者は私が産むわ!」

 

 エミリアに反省の色は無い。

 良い子なのだ。

 ただ一点の欠点を除けば、本当に良い子なのだ。

 私への色欲。

 こればかりはどうしても治らなかった。

 何度も何度も言い聞かせたのだが。

 

「あのね、エミリア。年齢差を考えなさい。私と君とは19歳も齢が離れているのだよ。交際相手とするには年齢が不釣り合いに過ぎる」

「年の差なんて問題じゃないわ。そもそも先王様が、私との関係を認めているのよ? それを否定する方が貴族として失格じゃないの?」

 

 ふふん、私は先王の後見を受けているのです、とエミリアはキャミソール姿で腕組みをした。

 服を着なさい、服を。

 あれだ、なんだ。

 

「先王様が、私と女性が縁薄いことを気にかけてだ。寡婦や遺児の後見人を頼んできたことは知っているし、まあ間違ってもいないだろう。やり口はアレだが。本当にアレだが」

 

 私から見ての倫理的な面はともかくとして。

 先王様の行為自体は何も間違っていない。

 仮に私が王の立場でも、そういうことをするだろう。

 婚約者を決めてきた、もうこれで決まりだ。

 まさか勅命に逆らうまいなと。

 本当は男爵風情が相手ならば、そういうことだって出来た。

 しかし、先王ルートヴィヒ様はそうはなさらなかった。

 今までの国家への貢献に対する報酬として、配慮というものをしてくれたのだ。

 せめて好みの女を選ぶくらい良いではないかと。

 

「配慮は嬉しいよ。だがな、ここまで来たらば、まあ一方的に婚約者を決めてくれた方がマシだった。勿論今となっては、という話にすぎないが」

 

 愚痴を言う。

 情けない話だが、そちらの方がよほど良かった気がしている。

 枢機卿にも勅命だと言い訳が立ったし、相応の相手を用意してくれたであろう。

 

「だから、今更ながらだけど決めたじゃない。私じゃダメだって言うの?」

 

 エミリアが首を傾げる。

 その姿は年頃の少女らしく、大変に可愛らしいものだったが。

 中身は雷獣のような生き物である。

 さて、なんと答えるべきか。

 まあ、色々と悩んでも答えは一つだ。

 

「同じ年代の、会話が会う異性と交流しなさい。自然と、私などただのオッサンにしか見えなくなる」

「したわよ? 一応はお父様のいうように、社交界には参加したじゃない」

 

 まあ、それはそう。

 確かにエミリアは当初、言うことには従ってくれた。

 何から何でも反発してきたわけではない。

 十歳を過ぎた頃から、将来はお父様と結婚するのと口にしていた頃は微笑ましかったが。

 まさか、十六歳になっても一向に変わらぬとは。

 

「十四歳の時に、社交界にて婚約者候補を雷撃でズタボロにしたのには。お父さん心臓が止まるかと思ったよ。先公爵様が手配してくれた、ちゃんとした相手だっただろう。何が気に食わなかったんだ」

「まあ、それなりの相手だったわよ?」

 

 エミリアは首を傾げる。

 

「背景にお父様が後見人としている。その権力や権益を目当てにして、婚約の場に臨まないだけ、よく出来た婚約者候補ではあったわよ。それは評価しているわ」

「じゃあいいじゃないか」

 

 何がアカンねん。

 もうそれだけで、それなりの人格者だぞ。

 少なくとも、先公爵の仕事に間違いは無かった。

 

「でも、わかるのよ。私、わかっちゃったのよ。話せば話すほど、世間で『人格者』と賞賛されるレベルでも、この程度が限界なんだって。お父様とは比べものにもならないんだって」

「……エミリア、私はそこまで大した人物じゃないよ」

 

 少なくとも若返ることは出来ない。

 お前と釣り合う年齢にはなれない。

 それにだ。

 

「電撃でズタボロにすることはなかったじゃないか。なんであんなことしたの?」

「手を握られた瞬間、どうしても女としての嫌悪感が勝ったのよ。私はお父様以外の物じゃないって。まあ、それはちゃんと謝ったじゃない」

 

 謝ったけれどさ。

 エミリアではなくて私がだろ。

 私自らが出て行って、そりゃあもう娘の不始末をペコペコと彼に謝ったよ。

 それで許してくれただけでも好青年だと思ったのだがなあ。

 実際、他の娘と彼の婚約話はトントン拍子で進んだしな。

 

「エミリア、実際にする婚約はともかくとして。世間では十四歳が成人で、十六歳ともなれば結婚だ。あと数年も経てば、行き遅れになってしまうよ」

「だから、お父様が諦めて責任をとってくれたらいいじゃない。男として素敵なところを見せて欲しいわ」

「だからな、それは……」

 

 会話は平行線だった。

 アレだ、強気に出られない。

 エミリアを甘やかしているのではないかという自覚はある。

 なんだかんだ、娘に懐かれるというのは嬉しかった。

 だが、それは親愛や家族愛と呼ぶべきものであり。

 

「エミリア、繰り返し言うがな。私は君を娘としてしか見られないよ」

「枢機卿を倒せば、私を婚約者として認めてくれる?」

 

 えらい話が飛んだな、おい。

 なんでそうなるのだ。

 

「枢機卿をこの拳で打ち倒し、この血がルノワール男爵家の後継者を産むにふさわしいと世間に認めさせれば。ちゃんと私と子作りしてくれる?」

 

 すごい、何一つ会話が通じていない。

 私、別にそういう理由でエミリアのことを女として見られないってわけではないからね。

 全然関係がないからね。

 ていうか、普通に無理じゃん。

 どうやって勝つのさ。

 

「結局、お父様はどこか枢機卿に遠慮してるのよ。若い頃から、本当に後援をしてくれたんだから、自分も枢機卿に御礼として貞潔を守り抜いて。後を継ぐぐらいはしてやってもいいんじゃないかなって」

「まあ、無いとは言わんがね」

 

 あるにはあるさ。

 実際、本当に聖職者となりて枢機卿の後継となることも何度かは考えたし。

 

「だから枢機卿に、ここにエミリアというお父様の配偶者に相応しい女の存在があることを認めさせればよいって寸法よ。これはそこまでズレてないわ」

 

 大分ズレている気がしているが。

 だがまあ。

 

「まあ、さすがに枢機卿に勝つぐらいのことをしてくれるなら。私も諦めんことはないがね。エミリアの好意を認めても良い」

 

 とりあえず軽口を口にする。

 絶対にそんなことは無理だからだ。

 

「言質を取ったわ。じゃあ枢機卿をぶっ倒してくるわ」

 

 え、本当にやるの?

 絶対に勝てないよ?

 エミリアは育てた子の中では一番の出来物だし、先ほどの出来事のように私よりも強いが。

 ポテンシャルという点では、さすがに枢機卿クラスには劣るだろう。

 

「やめなさい! 怪我するから!!」

 

 私は親心から必死に止めた。

 

「でも、そうでもしないとお父様決断できないじゃないの! この日和見主義!!」

 

 私が日和見主義なのは事実だが、軽口が原因で娘に怪我して欲しくないよ。

 ともあれ、説得をしようと私は口を開いて。

 

「あのー、それで私はいつまでここに立っていればいいんでしょうか」

 

 シゼル嬢が口を開いた。

 メイド長が「見捨てりゃ良かったのに(要約)」と口にして立ち去った後も、シゼル嬢は手持ち無沙汰で、メイド服のまま突っ立っている。

 これは悪いことをした。

 

「……エミリア。挨拶をしなさい。当家にしばらく滞在することになったシゼル嬢だ」

「ああ。例の小石ちゃんね。よろしく、エミリアよ。私はお父様のフィアンセのエミリア。よろしく!」

 

 エミリアが手を伸ばし、シゼル嬢の手を両手で掴んでぶんぶん縦に振る。

 

「こ、小石ちゃん?」

「そう呼んだら可愛くない? 石ころはなんか駄目よ。可愛くないわ!」

 

 エミリアには良い意味で配慮が無い。

 笑顔でシゼル嬢を迎えている。

 

「魔力が無いって症状が治ったら、一緒にお父様のお嫁さんになりましょうね! それぐらいは御礼としてしてもいいわよね。お父様のハーレムよ、ハーレム!!」

 

 何言っているのだ、この子は。

 あのさあ、私はだ。

 

「エミリア、私はね。そういう人の弱みに付け込んで、私のお嫁さんになるならどうこうしてやるとか、そう言ったことが反吐が出るほど嫌いなんだよ」

 

 だから現状がある。

 以前に後見人となった寡婦にも、私からみてそれなりに好みの女性くらいいたが。

 結局、私が望めば寡婦側は断れないという環境が嫌で、何も手出しはしなかった。

 はあ、と溜め息をつく。

 

「お父様がそういう性格なのは知っているけど。お世話になった方の心境もたまには考えた方がいいわよ? ともあれ、よろしくね!」

 

 ぐっ、とエミリアが親指を立てた。

 シゼル嬢は彼女のテンションに合わせられない、といった感じではあったが。

 

「はあ、何はともあれ、よろしくお願いします」

 

 こくり、と頷いてくれた。

 まあ、初遭遇は最悪であったが、仲良くはしてくれるだろう。

 友人はいた方が良い。

 それにしても――枢機卿を倒すって、さすがに冗談だよな?

 私はさきほど叩いた軽口について、少しだけ心配をして。

 まあ実現不可能だからいいやと、すぐに考えを切り捨てた。

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