ルノワール男爵の憂鬱 作:道造
「私は捨て子だったのよね」
エミリアさんに、私の事情を。
まあ世間の噂で大体は知られていたのだが、それでもこれから仲良くなるためにはと、自分の来歴に対する打ち明け話をした。
エミリアさんは「苦労したのね」と大変同情をしてくれて、では私も打ち明け話もしましょうかと、その第一発言がこれだった。
「捨て子」
はて、先王様がルノワール男爵に後見人を依頼したのは、後見人のいない寡婦や、遺児であったはずだが?
私は訝しむが、それに気付いたかのように彼女は続ける。
「私はちょっと経緯が違っていてね。何処のどいつかは知らないけれど。外国からやってきたお偉いさんが、一夜のロマンスで我が国の嫁入り前の女の子を孕ませました。それで産まれたのが私ってわけよ。血の繋がった立派なご両親は、残念ながらお持ちでないのよ」
厄ネタだった。
これは聞いても良い話なのだろうかと、少し困るが。
「別に隠しているわけじゃないから、困らないでちょうだい。皆知ってることだから」
エミリアさんは、特に大した事でもないのだと。
そう言いたげに続けた。
「その外国の父親は責任を取ろうともせずに、一夜のロマンスなど知らないとばかりに逃げました。下手をすれば、私の存在すら知りません。母親はその後、実家パワーでなんとか縁談がまとまり、私をいなかったことにしようとしました」
おそらく、父親の血統が優れていたのは間違いないけれど、と。
ぱちり、と両掌の間で稲妻を鳴らす。
「つまり、私が四歳の時に別な貴族に売ろうとしたのね。どうする気なのかはわからなかったけれど、子供ながらに粗略に扱われていたことは理解していたから、ロクな目には遭わなかったでしょう。下手しなくても、次代の優秀な子孫を残すための母体扱いで、一生屋敷に閉じ込められて終わる可能性もあった。なにはともあれ両親に望まれなかった子。それが私ね。で、そこからなんだけど」
大事な事はここからよ。
よくお聞きなさい、とばかりにビシと私を指さした。
「まあ、世間に全くない話ではないと。噂話を聞きつけた、先王様は救いの手を差し伸べてやりました。外国の貴人を招いたのは王である私の責任もある。何とかしようじゃないかと」
「それは本心なんでしょうか? 王様の責任とは少し違う気が……」
「先王様とは何度も会ってるし、その性格を知る限りでは内心、随分と怒り狂ってらっしゃると思うわ。私の血縁上の父親にも、母親に対しても。何の罪もない子供をオマエラの都合で粗略に扱うなボケどもがよ、というのが本音でしょうね」
まあ、そうだろうなあとは思う。
アレだ、私だって自殺に成功していればだ。
その場の上位貴族がブチきれて、我が家がお取り潰しになる未来が見えていたからこそ、やったのだ。
ウチの国の上級貴族は、正しい意味での善良である。
自分の面子も気にするが、そういう人に対する配慮も出来た。
「まあ、その先王様も、こういう事情だから引き取ってくれない? とお父様に預けたのも大概だと思うけど」
「その、悪気は無かったのでは? ルノワール男爵に預けることを無責任とは安易に批判できないでしょう」
「それはそう。実際、滅茶苦茶大切に育てて貰ったしね。まあ、ともあれそういった事情で私はお父様の娘になったのよ」
ぱち、とエミリアさんが指を鳴らした。
雷撃が鳴り、スナップ音を立てる。
「隠れていないで、出てきなさいよメイド長」
「お気づきでしたか」
「貴女がこういう話を盗み聞きするのが、大好きなことぐらい知っているもの」
ふふん、と彼女が笑う。
メイド長はワゴンを引いており、その上にはポットと三つのティーカップが用意されている。
なんだ、始めから交ざるつもりだったんではないか。
私は少しだけ、くすりと笑った。
「で、私の実家から付いてきたのが、このメイド。お父様が男爵家当主になってから、三代目のメイド長ね。なんと、二十五歳になってもお嫁にいけない!」
「はいはい、行き遅れであることは承知しておりますよ」
メイド長が、苦々しい笑い顔で紅茶を私たちに淹れてくれる。
「そして、私の母親代わりでもあるわ。四歳の子供だった私がルノワール男爵家に一人で行くことを心配して、一緒に付いてきてくれた。たった一人の世話係! 当時十三歳のメイド見習いがそこまで決意するのに、どれほど勇気が必要だったか! これは本当の母親と呼んでも過言では無いわね!!」
エミリアさんは、本当に嬉しそうに。
そして誇らしげに、これが私の母親だと紹介した。
メイド長は、少しだけ顔を赤らめ、恥ずかしそうにしているが、何も否定はしなかった。
あれ、ひょっとして凄い良い話を聞いている?
エミリアさんが幸福そうにしているのもわかる。
あれだ、確かに出自こそ不幸だったが、ルノワール男爵と、そこまで自分を心配してくれる母親がいれば。
それはもう絶頂じみた幸福な人生に間違いないだろう。
「もちろん、お母様も、お父様の事は大好きよね。こっそり慕っているわよね! 私は知っているわよ!」
「御当主様に、そのような懸想はしておりません」
「嘘つき! 私に凄い優しい父親をしているのを見て、大好きになっちゃった癖に。惚れちゃったくせに。それぐらい見抜けない娘じゃ無いわよ!!」
えへん、とエミリアさんが胸を張った。
まさかメイド長が、エミリアさんとそういう関係であるとは見抜けなかった。
メイド長も男爵のことは、色々な意味で大好きなようだが。
「何の理解です」
「勿論、未通女の母と義娘を一緒にお父様が同衾して、どちらとも男として性的に喰らってしまうという――とてもエロティシズムに満ちた魅力的な世界への理解を」
ゲンコツが振り下ろされた。
母の愛ある拳だった。
「馬鹿なことを言うんじゃありませんよ。御当主様がそのようなことをお考えになるはずがありません! 頼んだってやってくれませんよ!! あの方は、本当に優しい人なので……私がそんなことを望むなど」
「嘘つき! 持ってる艶本の殆どが、貴族の当主がメイドに『お仕置き』や『躾』をする本だってくらい、私は知っているもの!!」
「なんで私の部屋を勝手に漁るんですか!」
ギャーギャーと騒ぎながら、私はエミリアさんと、メイド長の掴み合いを見ている。
あれだ、なんだ。
ひょっとして、私は痴話喧嘩ならぬ、微笑ましい家族喧嘩を見せられているのか?
とりあえず紅茶は美味しい。
私はわりと、こういう光景が嫌いではないようだ。
「ねえ、聞いて小石ちゃん。この人、何度も何度もお父様に見合い相手を紹介されている癖に、私を盾にして全ての縁談を断って。エミリア様が婚約相手を見つけるまでは、メイド長という立場を離れる訳にはいきませんって。嘘つき、お父様に惚れてるから嫌だって、さっさとお父様に告白しちゃえばいいのに! 別に愛人くらいにはなれるでしょうに」
「私なんて平民出自なのに、出来るわけが無いでしょう! あまりにも身分が違いすぎます!!」
メイド長が顔を真っ赤に染めて、エミリアさんを羽交い締めにしている。
本当に紅茶が旨いな。
私ってば、そういう下世話な話が大好き!
十五歳になるまで知らなかったけれど、こういう騒ぎが私は大好きだ。
「あれかしら、愉悦っていうのかしら?」
そういう感情を覚えてしまった。
大変に楽しいのです。
そういう感情を、この眼前の愉快な母娘に覚えている。
「というわけで、小石ちゃん! 私とお母様が二人とも、ルノワール男爵のお嫁さんになれるよう応援してね、よろしくね! 貴女も気軽に交ざっていいのよ!?」
「はいはい。できる限りの事はいたしますよ」
私はともかく頷いて。
この幸せな母娘が、ルノワール男爵と本当の家族になれればいいなと願った。
そして、少しだけ自分の内心に違和感を覚える。
はて、私はルノワール男爵をどう捉えているのだろうか。
もちろん恩人として。
後見人として感謝は凄くしているのだが。
男としてどう評価すべきかと言われると、少し戸惑う。
あの人を魅力的だと断言するには、まだまだ関係が浅すぎた。
①その場のノリでの設定変更に伴い、メイド長→ルノワール男爵に対する「坊ちゃま」呼びを「御当主様」に変更しました。
②4/1リアル引っ越しのため、パソコンを段ボールにしまわないといけません
そろそろ更新を一時停止しますが、環境が整い次第に更新を再開します
ご了承ください