ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十五話「捨て子のエミリア」

 

「私は捨て子だったのよね」

 

 エミリアさんに、私の事情を。

 まあ世間の噂で大体は知られていたのだが、それでもこれから仲良くなるためにはと、自分の来歴に対する打ち明け話をした。

 エミリアさんは「苦労したのね」と大変同情をしてくれて、では私も打ち明け話もしましょうかと、その第一発言がこれだった。

 

「捨て子」

 

 はて、先王様がルノワール男爵に後見人を依頼したのは、後見人のいない寡婦や、遺児であったはずだが?

 私は訝しむが、それに気付いたかのように彼女は続ける。

 

「私はちょっと経緯が違っていてね。何処のどいつかは知らないけれど。外国からやってきたお偉いさんが、一夜のロマンスで我が国の嫁入り前の女の子を孕ませました。それで産まれたのが私ってわけよ。血の繋がった立派なご両親は、残念ながらお持ちでないのよ」

 

 厄ネタだった。

 これは聞いても良い話なのだろうかと、少し困るが。

 

「別に隠しているわけじゃないから、困らないでちょうだい。皆知ってることだから」

 

 エミリアさんは、特に大した事でもないのだと。

 そう言いたげに続けた。

 

「その外国の父親は責任を取ろうともせずに、一夜のロマンスなど知らないとばかりに逃げました。下手をすれば、私の存在すら知りません。母親はその後、実家パワーでなんとか縁談がまとまり、私をいなかったことにしようとしました」

 

 おそらく、父親の血統が優れていたのは間違いないけれど、と。

 ぱちり、と両掌の間で稲妻を鳴らす。

 

「つまり、私が四歳の時に別な貴族に売ろうとしたのね。どうする気なのかはわからなかったけれど、子供ながらに粗略に扱われていたことは理解していたから、ロクな目には遭わなかったでしょう。下手しなくても、次代の優秀な子孫を残すための母体扱いで、一生屋敷に閉じ込められて終わる可能性もあった。なにはともあれ両親に望まれなかった子。それが私ね。で、そこからなんだけど」

 

 大事な事はここからよ。

 よくお聞きなさい、とばかりにビシと私を指さした。

 

「まあ、世間に全くない話ではないと。噂話を聞きつけた、先王様は救いの手を差し伸べてやりました。外国の貴人を招いたのは王である私の責任もある。何とかしようじゃないかと」

「それは本心なんでしょうか? 王様の責任とは少し違う気が……」

「先王様とは何度も会ってるし、その性格を知る限りでは内心、随分と怒り狂ってらっしゃると思うわ。私の血縁上の父親にも、母親に対しても。何の罪もない子供をオマエラの都合で粗略に扱うなボケどもがよ、というのが本音でしょうね」

 

 まあ、そうだろうなあとは思う。

 アレだ、私だって自殺に成功していればだ。

 その場の上位貴族がブチきれて、我が家がお取り潰しになる未来が見えていたからこそ、やったのだ。

 ウチの国の上級貴族は、正しい意味での善良である。

 自分の面子も気にするが、そういう人に対する配慮も出来た。

 

「まあ、その先王様も、こういう事情だから引き取ってくれない? とお父様に預けたのも大概だと思うけど」

「その、悪気は無かったのでは? ルノワール男爵に預けることを無責任とは安易に批判できないでしょう」

「それはそう。実際、滅茶苦茶大切に育てて貰ったしね。まあ、ともあれそういった事情で私はお父様の娘になったのよ」

 

 ぱち、とエミリアさんが指を鳴らした。

 雷撃が鳴り、スナップ音を立てる。

 

「隠れていないで、出てきなさいよメイド長」

「お気づきでしたか」

「貴女がこういう話を盗み聞きするのが、大好きなことぐらい知っているもの」

 

 ふふん、と彼女が笑う。

 メイド長はワゴンを引いており、その上にはポットと三つのティーカップが用意されている。

 なんだ、始めから交ざるつもりだったんではないか。

 私は少しだけ、くすりと笑った。

 

「で、私の実家から付いてきたのが、このメイド。お父様が男爵家当主になってから、三代目のメイド長ね。なんと、二十五歳になってもお嫁にいけない!」

「はいはい、行き遅れであることは承知しておりますよ」

 

 メイド長が、苦々しい笑い顔で紅茶を私たちに淹れてくれる。

 

「そして、私の母親代わりでもあるわ。四歳の子供だった私がルノワール男爵家に一人で行くことを心配して、一緒に付いてきてくれた。たった一人の世話係! 当時十三歳のメイド見習いがそこまで決意するのに、どれほど勇気が必要だったか! これは本当の母親と呼んでも過言では無いわね!!」

 

 エミリアさんは、本当に嬉しそうに。

 そして誇らしげに、これが私の母親だと紹介した。

 メイド長は、少しだけ顔を赤らめ、恥ずかしそうにしているが、何も否定はしなかった。

 あれ、ひょっとして凄い良い話を聞いている?

 エミリアさんが幸福そうにしているのもわかる。

 あれだ、確かに出自こそ不幸だったが、ルノワール男爵と、そこまで自分を心配してくれる母親がいれば。

 それはもう絶頂じみた幸福な人生に間違いないだろう。

 

「もちろん、お母様も、お父様の事は大好きよね。こっそり慕っているわよね! 私は知っているわよ!」

「御当主様に、そのような懸想はしておりません」

「嘘つき! 私に凄い優しい父親をしているのを見て、大好きになっちゃった癖に。惚れちゃったくせに。それぐらい見抜けない娘じゃ無いわよ!!」

 

 えへん、とエミリアさんが胸を張った。

 まさかメイド長が、エミリアさんとそういう関係であるとは見抜けなかった。

 メイド長も男爵のことは、色々な意味で大好きなようだが。

 

「何の理解です」

「勿論、未通女の母と義娘を一緒にお父様が同衾して、どちらとも男として性的に喰らってしまうという――とてもエロティシズムに満ちた魅力的な世界への理解を」

 

 ゲンコツが振り下ろされた。

 母の愛ある拳だった。

 

「馬鹿なことを言うんじゃありませんよ。御当主様がそのようなことをお考えになるはずがありません! 頼んだってやってくれませんよ!! あの方は、本当に優しい人なので……私がそんなことを望むなど」

「嘘つき! 持ってる艶本の殆どが、貴族の当主がメイドに『お仕置き』や『躾』をする本だってくらい、私は知っているもの!!」

「なんで私の部屋を勝手に漁るんですか!」

 

 ギャーギャーと騒ぎながら、私はエミリアさんと、メイド長の掴み合いを見ている。

 あれだ、なんだ。

 ひょっとして、私は痴話喧嘩ならぬ、微笑ましい家族喧嘩を見せられているのか?

 とりあえず紅茶は美味しい。

 私はわりと、こういう光景が嫌いではないようだ。

 

「ねえ、聞いて小石ちゃん。この人、何度も何度もお父様に見合い相手を紹介されている癖に、私を盾にして全ての縁談を断って。エミリア様が婚約相手を見つけるまでは、メイド長という立場を離れる訳にはいきませんって。嘘つき、お父様に惚れてるから嫌だって、さっさとお父様に告白しちゃえばいいのに! 別に愛人くらいにはなれるでしょうに」

「私なんて平民出自なのに、出来るわけが無いでしょう! あまりにも身分が違いすぎます!!」

 

 メイド長が顔を真っ赤に染めて、エミリアさんを羽交い締めにしている。

 本当に紅茶が旨いな。

 私ってば、そういう下世話な話が大好き!

 十五歳になるまで知らなかったけれど、こういう騒ぎが私は大好きだ。

 

「あれかしら、愉悦っていうのかしら?」

 

 そういう感情を覚えてしまった。

 大変に楽しいのです。

 そういう感情を、この眼前の愉快な母娘に覚えている。

 

「というわけで、小石ちゃん! 私とお母様が二人とも、ルノワール男爵のお嫁さんになれるよう応援してね、よろしくね! 貴女も気軽に交ざっていいのよ!?」

「はいはい。できる限りの事はいたしますよ」

 

 私はともかく頷いて。

 この幸せな母娘が、ルノワール男爵と本当の家族になれればいいなと願った。

 そして、少しだけ自分の内心に違和感を覚える。

 はて、私はルノワール男爵をどう捉えているのだろうか。

 もちろん恩人として。

 後見人として感謝は凄くしているのだが。

 男としてどう評価すべきかと言われると、少し戸惑う。

 あの人を魅力的だと断言するには、まだまだ関係が浅すぎた。







①その場のノリでの設定変更に伴い、メイド長→ルノワール男爵に対する「坊ちゃま」呼びを「御当主様」に変更しました。


②4/1リアル引っ越しのため、パソコンを段ボールにしまわないといけません
 そろそろ更新を一時停止しますが、環境が整い次第に更新を再開します
 ご了承ください
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