ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十九話「治療法の発見」

 私とシゼル嬢の血液型は運良く一致していたので、輸血による治療を試してみた。

 結論としては全く効果無し。

 輸血は遺伝子治療のように、患者自身の遺伝情報が書き換えられるわけではない。

 まあそれはわかっているのだが、一応は試した。

 もっと長期に亘っての治験も考えてはいるが、望み薄だろう。

 輸血道具や注射器といったものを錬金術師とともに開発して、まだ少数ではあるが生産している。

 その際に「健康な人間から疲労した人間に対して、輸血による魔力回復は効能ありや?」などの実験はすでに行っているのだが、残念ながら一切効き目無しとの結果がすでに出ている。

 つまり、他人に輸血しても魔力の残量は回復しないし。

 また容量が大きくなったりもしない。

 要するに、やはり遺伝子という設計図そのものを書き換えねば魔力欠乏症の治療はならぬ。

 中々手こずらせてくれるが、まあ良い。

 前世には存在しない魔力なる不思議な力を、なんとか解明してみせようではないか。

 私はゆっくりと治験を進めようと考えていた。

 

「前触れも出さずに誠に失礼ではあるがと、枢機卿がすぐの面会を求めております。馬車はすでに屋敷の前に。いかが致しましょうか?」

 

 メイド長が、困った様子でそう告げてきた。

 

「もちろん会うが、礼儀に細かい枢機卿にしては珍しいことだ」

 

 不快ではない。

 私と枢機卿の仲だ、なんなら近くまで来たので少し寄ったよ、昼食を一緒にどうかと。

 それぐらいの気軽さでも、一向に構わないのだが。

 

「それでは執務室に案内します。シゼル嬢、枢機卿と男爵のお茶の用意を」

「はい、承知しました」

 

 メイド服のシゼル嬢が頷く。

 許可を出してすぐに枢機卿は私室に案内されてきて、またシゼル嬢がワゴンでお茶を持ってきた。

 

「……」

 

 枢機卿はいつになく渋い顔である。

 その渋面にて、何故かシゼル嬢を見定めるかのように見つめていた。

 シゼル嬢は不思議そうにしているが、まあ側付きである彼女にこの場での発言権はない。

 礼儀正しい彼女は口を閉じている。

 

「さて、何用ですかな枢機卿」

「本題から入りましょう。国内にはありませんでしたが、外国で過去に魔力欠乏症で修道院入りした女性が複数いて、その記録が残っておりました」

「ほう。それは重畳」

 

 データは多ければ多いほどいい。

 やはり枢機卿の手は長く、そして修道院という研究機関に通じているのは私に都合が良かった。

 実に頼りになるものだ。

 

「……中には後日、魔力欠乏症が治ったことにより還俗、とある貴族家に嫁入りした例もありました。子供も特に魔力欠乏症ということはなく、健康そのものだとか」

「おや? すでに治癒された例があったのですか?」

 

 私は驚いた。

 世の中に魔力欠乏症の子が何人いるのかは知らぬ。

 魔力とは本来誰にでも、それこそ平民でも僅かながらには持っている。

 よほど上位貴族の血統でもなければ、鍛えても限界がしれており、それこそ筋トレでもしていた方がマシというだけである。

 

「大変興味深いですね。自然治癒か、それとも誰かによる偶然の治療なのか」

 

 私は色々なケースを考える。

 いつの間にやら治っていたのか。

 なんらかの後天的要因により治療されたのか。

 とても興味深い。

 私は興奮をもって、その事実を受け止めたが。

 先に優先して聞くべき事がある。

 

「まあ、そのケースは後で聞くとして、魔力欠乏症が発症するのはどれくらいの数かデータをとれましたか? さすがに調査期間の短すぎるところがあるので、まだ推測となるでしょうが」

 

 丁度良いから、一緒に依頼していたのだ。

 魔力欠乏症がどれくらいの数、修道院入りしたことがあるか。

 貴族の恥として、こっそり始末された暗数もいるだろうが、何はともあれ知り得る限りのデータが欲しかった。

 

「まだ一週間ですが、複数のデータが集まっております。もちろん治癒せず、そのまま修道院で穏やかに一生を終えたケースが殆どで。そもそも問題とされるのが貴族社会においてのみですから。平民で魔力がなくても問題となるケースは皆無ですし」

 

 枢機卿は、外国から送られてきた大量の文をそのまま渡してくれた。

 教皇聖下も協力を惜しまぬとのお声がけもあって、仕事が速い。

 枢機卿の人望ももちろんあるだろうが。

 その当人は少し黙り、頭を捻った後に回答を出す。

 

「そうですね、暗数を考慮しても、貴族という階級に限定して数千人に一人いるかいないか。それぐらいなのではと」

「少ないですな」

 

 知的や身体の障害者数よりも遙かに少ないだろう。

 だが、貴族という階級に限定しても数千人に一人は不自由な人生を送っているということだ。

 中には不名誉と殺されてしまった例もあるだろう。

 これが今後解決されるのは大きい。

 

「それと、何故かはわかりませんが男性の魔力欠乏者は一つも例がありません。これは調べて初めて分かりましたが。女性特有のものと思われます」

「おや?」

 

 私は首を捻った。

 女性特有の疾患ということか?

 例えば女性しか持たぬ子宮や乳房という器官において重大な関係が?

 

「大変興味深いですね。原因追及に役立ちそうです」

 

 私にとっては意外なことである。

 別に魔力は男女ともに持っているのだから、女性特有の器官には一切関係がないと思っていたのだが。

 知的好奇心をぶんぶん回しながら、頭を回転させる。

 

「さて、では治療例についてお伺いしましょうか」

 

 それが誰にでも通じるものであれば、話は早い。

 私は枢機卿に尋ねるが。

 

「……その前に、一つ約束を」

 

 何故だか枢機卿は渋面である。

 

「何か情報に問題が?」

「他の枢機卿との約束なのです。治療された例の女性はすでに還俗しているのだから、一切情報を漏らさないで欲しいと」

「なるほど、患者は情報を知られたくないということですね。承知しました」

 

 世間に知られたくないということは、まだご存命だ。

 最近、たまたま治療例が見つかったということであろうな。

 私はそんな推測を含めつつ、続きを尋ねようとして。

 

「……うん?」

 

 ここまで集めた情報で、なんだか嫌な予感がしてきた。

 たまたま輸血を受けたということでの治癒はありえない。

 すでに試したからだ。

 また、遺伝子治療は先端治療である。

 それこそリヴァイアサンという絶対的国家権力が存在せぬ、このまだ中世じみた西洋風の世界では不可能だろう。

 だがまあ、魔力とはそれなりに理不尽なエネルギーである。

 それこそ義娘エミリアのように、魔力を稲妻に変換することだって可能。

 例えばだ。

 本当に医学的というには程遠い与太じみた例え話をすればだ、女性のみに存在する子宮という器官に対して、体内に健康な強い魔力の遺伝子を注入するという行為でだ。

 遺伝子治療における体内法という概念で、ベクター(運び屋)が遺伝子疾患を持っている患者に直接遺伝子を届け、細胞を修復することで治療が可能なれば。

 私の考察が正しいとすれば。

 

「シゼル嬢、すまんが退室願えないだろうか?」

「はい?」

 

 メイド服のシゼル嬢が首を傾げた。

 いや、まあ、なんだ。

 うーん、今少し席を外して貰っても問題は解決しないよな。

 

「指示ならば従いますが……」

「いや……訂正しよう。シゼル嬢、やはりいてくれ」

 

 治療を受ける当事者に隠してもしゃーない。

 それにだ、私が少し下世話なことを考えてしまっただけでだ。

 真実は全然異なるかもしれない。

 

「申し訳ありません、枢機卿。続けて頂けますか?」

「……承知しました」

 

 できればシゼル嬢には出て行って欲しかったという顔をしているが。

 枢機卿は仕方なくといった風にしゃべり出した。

 

「その、彼女は魔力欠乏症により確かに修道院に入れられたのですが。彼女には幼少の頃に婚約者がおりまして。どうしても彼は諦められぬ様子で、情熱的に何度も修道院通いを」

「はあ」

 

 まあ、そういう男も世の中にはいるだろうな。

 嫌な予感は雪のように降り積もってきたが。

 

「その預けられた修道院というのがですね。ちょっと運営資金に事欠く有様でして。その、女子修道院でありながら、彼女と婚約者が会うことをですね。多額の浄財を貰うことで許してしまったのですね。それどころか二人が密会する私室まで与えてしまいまして」

 

 まあ、ありえる話だ。

 世俗からすれば、迫害や差別をものともせぬ美しい愛の話ではないか。

 聖職者としてや、戒律に厳しくあるべき女子修道院側としては醜聞にも程があるのだろうが。

 

「二人とも年頃の男女です。その、修道女としてはあるまじき話ですが、なんだ。戒律を破ってしまいました。具体的には――」

「そこから先を枢機卿に言わせるには心苦しく。私が口にしますが」

 

 なんだ。

 まあわかっていたよ。

 貞潔を破ったのだろう?

 

「エッチなことをしていたんですね」

「エッチなことをしていました」

 

 そうか、エッチなことをしてしまったのか。

 そうしたら治ったのか。

 前世のエロゲか何かだろうか。

 ふざけんなよバカがよ!

 

「その、枢機卿に世俗のことを聞かせるのは心苦しいのですが。別に魔力が強い男性が、平民出自の女性を抱いたところで女性の魔力が一時的に強くなるとか。そういうケースは皆無なのですが」

「仰るとおりですな。不思議な話です。そういうケースが見受けられれば、治療の一環として今まで試されていたでしょうが。それとは逆に、貴族社会では魔力の乏しい女性との性接触を忌避する傾向があるので……」

 

 要するに、あれか。

 魔力欠乏症の女性に対する遺伝子治療においてのみ、エッチでの治療は成功するというわけだ。

 それも男性側の魔力が貴族レベルで強い場合に限定で。

 そのせいで、今の今まで誰も知らんかったのだと。

 バカがよ!

 

「……」

「……」

 

 なんとも言えない雰囲気が流れる。

 とてつもなく疲れた。

 さて、ここで問題だ。

 

「……」

 

 横で私と枢機卿が渋面で話す中。

 大体の事情を掴み、顔を真っ赤に染めている魔力欠乏症のシゼル嬢に対してだ。

 私はどのように治療を試みるか。

 明確な安全策である、前例たる治療例を試みるか。

 それとも、新しい治療法をなんとか発見するか。

 それだけが大きな問題だった。

 

「詳しくお聞きしますが、それは一度で? それとも複数回?」

「それはその、当人に事情聴取をしたところ、もう呆れるほど『猿のように毎日していた』からわからないと。いつの間にやら治っていて、魔力が普通に使えるようになったので、そのまま婚約者も大喜びで多額の浄財を払うことで還俗し、こっそり嫁入りしたと。どうか患者の名前に関してはくれぐれも……」

 

 枢機卿が顔を覆った。

 少し恥ずかしいらしい。

 まあ、なんだ、確かに宗教界では醜聞だ。

 そして医学界的には大きな進歩だ。

 私はというとだ。

 

「ちょっと貴族社会でも、会議をしてみます」

 

 とりあえずは、辺境伯が王都にご滞在の間に。

 上級貴族達で、この情報をどこまで現段階において世間に開示するか打ち合わせをする必要もあり。

 私の頭からはミシミシという擬音とともに、頭痛が始まっていた。

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