ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二十話「会議は踊らず、淡々と進む」

 

 相談した。

 報連相というのは貴族社会でも大事であり、そこのところに手抜かりはない。

 私は強訴するまでもなく、王様にだって即座に謁見することが可能であったから。

 すぐさまに公爵にも、辺境伯にも会議室に来て頂いてだ。

 大体のあらましを語って。

 

「要するに、シゼル嬢を孕ませて解決。めでたしめでたしというわけだなあ。わが師よ。これにて解散! 解決! 閉廷!」

 

 ぱちぱちと拍手。

 何もかもわかっているといった風情の齢十五の王様は、何一つわかっていないのだと。

 にこやかに、そういうジョークを口にした。

 

「そういう問題ではないことぐらい、本当はわかっているでしょうに。我が王よ」

 

 私はため息を吐いた。

 問題はそこではない。

 

「うむ、患者はシゼル嬢一人だけではないこと。そこがポイントだな。本当にシゼル嬢だけが患者ならば、私の言う通りで仕舞いだったろうが」

 

 実に面倒くさい。

 王ゆえに、軽い舌打ちすらせずに。

 んー、と雑種の子猫が鳴くように、小首を傾げた。

 

「誠に申し訳ないことだが、シゼル嬢には問題解決に当たって無理を強いることになるやもしれぬな。この王も申し訳なさそうにしていたと伝えてくれ」

「王よ。彼女の病は貴方のせいではないのだから、そう軽々しく頭を下げてよいものではありません。周囲から軽く見られます」

 

 ヒゲ公爵からのストップが入る。

 これは一口で済ませておく。

 

「すでに私から治療にあたっては治験対象にもなる旨を、ルノワール男爵の立場として、医師の立場としても謝罪しております。王が頭を下げる必要はありません」

「ふむ、魔力欠乏症の治療法を見つけろというのは我が勅命である。下げても価値が下がる頭ではないと思うがな。まあ二人が言うならそうしておこう」

 

 シゼル嬢を半ば実験対象にするにあたって誰が頭を下げるのか。

 もし彼女が求めればともかく、別に王の謝罪はこの件で必要がない。

 それはおいておいてだ。

 

「でだ、このような冗談を言い合っている状況下でも、我が王国では。そして他国でも魔力欠乏症の患者は迫害にあったり、場合によっては不名誉だと秘密裏に処分されたりしているわけだ。大変に面白くない」

 

 まったく不愉快であると。

 迫害が嫌いな我が王はそう吐き捨てた。

 

「とりあえず、治療法をわが師であるルノワール男爵が調べていること。これは国内にも外国にも向けて開示するがよいか?」

「どのみち、枢機卿の下から我が王が情報を盗み取ることが可能だったんでしょう? 本当に善意ある両親が、藁をも掴むために教会に金を積んで調べれば、ギリギリ知ることのできる情報です」

 

 そこのところも、わかってやってみたのだろうにと。

 私は暗に告げてやる。

 聖職者に銀貨三十枚を払って調べたのは、枢機卿を揶揄うだけが目的ではなかったのだろう。

 あっはっは、と王は笑うばかりだ。

 

「ヤレば治るか。これに対しての、すぐさまの情報開示は大変よくないな。十四歳の成人前の、魔力欠乏症の少女に対する性被害が懸念される。ひとまずは我が師が治療法を探すという情報だけを世間に流して、真実を暗幕の中に隠しておこう」

「なんとかなりますか?」

「まあ、なんとかな。それこそ、良心を弁えた親であれば噂を聞くだけで『あのルノワール男爵様が素晴らしい治療法をきっと見つけてくださるのだ!』と子の秘密裏な処分なんて思いとどまるであろうし。二・三年は真実を隠してみせようじゃないか」

 

 おお、大変心強い。

 ここで一年ぐらいはなんとか、ではなく二・三年ならなんとかと。

 胸を張って言えるのが、この啓蒙思想かぶれの我が王の優秀なところだ。

 とりあえずの方針は、一段落したところでだ。

 

「さて、まあひとまず治療法を探すことにした。それはよろしい。大変によろしい。ですが、どうやってお見つけになると?」

 

 ヒゲ公爵が、具体的な内容へと話を移した。

 そうだな、できれば色々な実験をしてみたい。

 まずはシゼル嬢という立候補者がいるので、大変に有り難いのだが。

 

「念のため確認ですが、すでに話した通りシゼル嬢を孕ませて終わりというわけにはいかんのです」

「それはそうでしょうな。シゼル嬢の治療は小目的で、大目的は魔力欠乏症の明確かつ簡便な治療法発見です。ルノワール男爵がシゼル嬢に、腰を振って終わりというわけにはいきません。まあ、それはそれで成功の再現性確定ということで、結果の否定はしませんが」

 

 別に孕ませたら孕ませたでいいのよ、仕方ないではないの、と。

 暗にヒゲ公爵は言うが、そのつもりはない。

 

「それは別な魔力欠乏症のご令嬢と、その婚約者というレアケースを枢機卿が必死の形相で探してきました。なので、その二人に治癒の再現性の確認と。また、何と言いますか。あえて直接的な表現をしますが、一度で治るのか、数回で治るのか、孕ませなければ治らないのか、経過観察を」

 

 本当によく志願者の被検体を見つけてきてくれたな、枢機卿。

 大変に助かった。

 

「あのクソ坊主いらぬことを……いえ、失礼。被検体は多い方がよろしいですな」

 

 ヒゲ公爵もわかってはいるのだ。

 とりあえず一例だけの結果を、成功例と呼ぶわけにはいかないからな。

 それはそれとしてクソ坊主とか普通に口走るのはよくないと思うよ。

 ただでさえギロチンを『大変に慈悲深い処刑方法』とか口にするだけで怖がられているのに。

 リラックス、リラックスだよヒゲ公爵。

 ゆっくりしていってね。

 

「すると? シゼル嬢には別なアプローチでの解決を?」

「そう考えています」

 

 前世をなぞった遺伝子治療は難しいだろう。

 魔力という力や、ファンタジーという世界観を持ってしてもだ。

 臓器移植や骨髄移植といったことは中々に困難だ。

 それを言い出したら、ヤレば治るなんて全くファンタジーな話だがな。

 だからまあ、解決方法はあると思うのだが。

 

「何か良い方法が見つかるかと。何事も実験です」

「なるほど、それについての否定はしませんが……そもそも流行病の治療法を発見した実績がルノワール男爵にはございます。これをもって、他の治療法など見つからないという発言は避けますが」

 

 ヒゲ公爵は、はあ、とため息を一つだけついた。

 

「一年で具体的な成果は欲しいところです。そうでなければ、シゼル嬢の名誉というものがあります。いつまでも立場をフワフワさせているわけにもいきますまい」

 

 まあ、わかる。

 私が命を救った彼女の立場を、いつまでも被検体のまま放置しておくわけにもいかない。

 ずっと治験の相手をしてもらうためだけに、拘束しておくわけにはいくまい。

 

「ルノワール男爵、覚悟を固めてください。一年で結果が出せなければ、貴方が責任をとって嫁に迎えるのです。そうして、ひとまず魔力欠乏症の治療という結果を叩き出していただきます」

 

 ヒゲ公爵の言いたいことはわかる。

 とりあえず、治療法を見つけるだなんて外国まで巻き込んで大口を叩いておくのだから。

 何の成果もありませんでした、では王の面子が済まされない。

 最終的には尻をお前が拭けということだ。

 公爵の発言は何も間違っていない。

 

「私以外の婚約者を、見繕おうというのは女々しいですかな?」

 

 間違ってはいないのだが。

 それはそれとして、逃げ道は探しておく。

 三十五のオッサンが十五歳の女子相手に、これは治療行為だからね、仕方ないね、ふふんと鼻息を荒くして迫るのは犯罪的である。

 私の価値観では明確に否定されておくべきだった。

 だがしかしだ。

 

「全く女々しいですな。そんなこと約束するまでもない! できらぁ! と言ってくれなければ、男ではありませんぞ。全くルノワール男爵らしくもない!!」

 

 そう辺境伯が逃げ道を明確に塞ぐ。

 そうだよなあ、貴方ならばそう口にするよなあ。

 男が逃げ道を探すのは全く恥ずべきであると考える方だから。

 

「悲鳴を上げて逃げてよいのは女子供のみ。戦争でも火事でも、災難や危難の際には最後まで現場に踏みとどまり、自分より弱きものは自分の骨身を惜しまず救うことこそが男というものですぞ! 今までもそうだったし、これからもそうであるのがルノワール男爵でありましょうぞ!!」

 

 まあ、それはそう。

 マッチョイズムも、辺境伯のレベルまでいくと私には好ましいものだった。

 そして、私も出来ればそうありたいと思っているのだ。

 

「……辺境伯の価値観から見てそうですか」

「貴方が私の窮地を戦場で助けてくださったように。その恩義の全てをまだお返しできぬ身で恥ずかしながら。シゼル嬢が貴方の尽力をもって救えねば、責任を取ってやるのが男として貴族として正しいと意見を申し上げておきます」

 

 辺境伯は私の迷いに真正面に答えた。

 ならば、私も前のめりに。

 受けて立とうではないか。

 

「そのお言葉、誠によろしい。一年で成果を出さなければ、責任をとりましょうぞ」

 

 私はついに覚悟の言葉を吐き出した。

 まあ、一年あればなんとかなるだろう。

 その目算を、今から立て始めながら。

 まあ、それよりもなによりも。

 

「ただし、それはシゼル嬢が私でも良いと回答した場合ですよ。無理強いする気はありませんからね」

 

 結論を出すのは一年後、シゼル嬢がこんなオッサンでも良いと答えてくれた場合のみだが。

 私はそう口にして。

 

「我が師は相変わらず自己評価が低いな。今頃シゼル嬢は股を濡らして待っていようぞ」

 

 下品なことを口走る若き王に。

 そんなわけあるか、若い女性のオッサンへの拒否感って予想以上のものだぞ。

 それを若きイケメンの王はまだ知らぬのだと、私は鼻で笑った。

 

 





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