ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二十一話「ダイスを転がせ」

 

 ルノワール男爵が礼儀正しく会釈をし、席を抜けて、三人は座ったままである。

 まずは私が発言した。

 

「うむ、話の流れが上手いこと落着したな。とりあえず風穴は開けた。おっと、一年後に穴に挿して開けるのは我が師の方であるがな。いやあ、祝着至極であるな」

「我が王、下品ですぞ。まあ公の場ではないので許しますがね」

 

 公爵が注意をしてくる。

 ともあれ、打ち合わせこそしていなかったが。

 もちろん魔力欠乏症の解決は大事であるが、それ以上に大事なことがある。

 我が師をどうやって貴族社会に取り戻すかであった。

 このまま枢機卿の後継者として選ばれるようなことがあってはならぬし、それに我が師の子供の名付け親になると、私は勝手に心中で決めていた。

 兄貴分として、正しい意味で可愛がってやるつもりでいるのだ。

 というわけで、この際誰でもよいので嫁さんを見繕って貰わねば困るのだ。

 ゆえに、策を弄した。

 三人で話の流れを、我が師が男として責任を取る形に無理矢理運んでいった。

 

「あれで良かったのですかな? とりあえず本人から一年を区切りにして、それが駄目なら嫁に貰うと。言質こそ、しかとあの場で取りましたが。まあ、それ自体は男として好ましい発言であったものの、本当に一年で解決されては話が転びますぞ」

 

 公爵が首を傾げる。

 些かの不満があるようだが、まさか一ヶ月で治療法を見つけろと無茶苦茶なことを口にもできまい。

 あれが限界だった。

 

「問題は無かろう。そうそう容易く治療法など見つかると思えん。実際、あのルノワール男爵とて流行病の根絶には十年単位の歳月がかかっている。たった一年で、それも治験という過程を通すのだ。もはや男爵の能力とは関係なく、とても不可能だろう。いくら男爵の抱える錬金術師達が優れていようとな……」

 

 辺境伯が、先んじて否定をする。

 外見はただのマッチョのハゲだが、別に戦馬鹿とはほど遠く、頭の回転の速い男である。

 そうでなければ辺境伯として、外国との戦や交渉などやってはいけない。

 だから、その意見はそう間違っていないが。

 

「さて、どうだかな」

 

 私は少し否定する。

 どうも、我が師の反応を見るにだ。

 

「最初から最低限の勝算はありと、我が師は見ているだろうな。そうでなければ一年なんて無茶振りを受けようとはしない。まあ、本人はそれ以前の問題として、シゼル嬢が自分のような男に興味など示さないと考えているのだろうが……いつもながら、あの妙な価値観はどこから来るのだろうか?」

 

 さすがに呆れる。

 たしかに貴族社会でも年齢差のある結婚は珍しいが。

 それでも、殆ど捨てられたような立場のシゼル嬢が、ルノワール男爵ほどの男との縁談を自ら拒むとは到底思えない。

 あまりにも自己評価が低すぎるのだ、我が師は。

 

「ヴィルヘルム王、我が父と先王様が現在進行形で企みごとをしているのですが。そちらの方は今後も進めても問題ないのでしょうか?」

 

 公爵が報告する。

 一応は父から聞いている。

 サンドバッグを殴るだけの生活には飽いて、先公爵とつるんで色々と企んでいるようだな。

 どうも少女をそそのかすことで、枢機卿へのリベンジマッチ成功もありえると口にしていたが。

 

「我が師が後見人となっていた少女だったな。名をエミリアといったか。中々に仕上がっているようじゃないか。父が期待していたぞ」

「はい。公爵家の秘伝も継承したことですし、父親が何処の血とは知りませんが才能はあります。実母とも縁は完全に切らせておりますし……」

 

 ふむ、このギロチン大好きな公爵が認めるほどの才覚か。

 一度目にしておきたいところだが。

 

「正直言って、どの策が成功しても良い。私たちは背景がないシゼル嬢をとりあえず推すが、父達の方は別に勝手にエミリア嬢を推せばよろしい。どっちも成功して、両方とも我が師が嫁に貰ってしまうのが一番良い。嫁の序列などは我が師の好みでよろしい。子供の数は多ければ多い方がよかろう。なにせ、ルノワール家の家業は大きい。国家からも、相続してやってもらいたい仕事は沢山にある」

「もし成功すれば、エミリア嬢を我が妹として当公爵家に迎えたく。客観的に養女のままでは拙いでしょうし」

「うん。公爵家から嫁入りしたという形をとりたいのか? 中々に欲深いな」

 

 少しだけ、悩む。

 別に我が王国に派閥らしき物はなく、こうして三人揃って上位貴族は報連相を取り合っている。

 我が師をそのまま公爵家に取られても、特に問題では無いな。

 

「いいさ。エミリア嬢が見事我が師の愛を勝ち取ったならば、そうしてもよい。我が父とて、特に問題ないと見做すだろう」

「有り難く。これでいよいよ、公爵家との強い縁故ができますな。感無量です」

 

 公爵が、自分のヒゲを撫ぜた。

 我が師に褒め称えられた立派なヒゲだった。

 

「……ふむ。私も手を上げたいところですが、まあ以前に養女を取ることに失敗しておりますのでな。遠慮しておきましょう」

 

 辺境伯が、軽い溜め息を吐いた。

 我が父が王だった時代に試みて、養女を家臣から取る段階から失敗している。

 結局のところ、背景が全くないか、或いは後見人が我が師であるか。

 余所に影響がないところから少しずつ駒を集めて、のんびり進めていくしかなかったのだ。

 父の代から続いた悠長な計画が、ようやく実を結んできた。

 シゼル嬢に関しては瓢箪から駒であったが。

 

「来年には我が師の結婚式と行きたいところだ。結婚式ではすでに嫁御が孕んでいると嬉しいがな」

「国家を上げて、盛大にやりましょうぞ。今までの功績全てを合わせることと、貴族社会に復帰することへの祝いだと言い張って陞爵するのもよいですな」

「今までの借りを返すときがようやく来ましたな。婚費の負担は、全て辺境伯家に回して頂けますよう――」

 

 上位貴族の三人で盛り上がる。

 ようやく、あの邪魔な枢機卿の鼻を明かしてやれるぞと。

 我々は盛り上がりつつもだ。

 私だけは、どこか冷めた視線で物事を見ているところもある。

 まさか、我が師よ。

 たった一年で結果を本当に出してしまうなどと空気の読めないことはしないよな?

 それだけはやめてくれよと。

 私は半ば祈りながら、空元気を出すように「ざまあみろ、クソ坊主」と口にして、枢機卿を小馬鹿にした。

 まあ、あれだ。

 我が師は本当に空気を読めないところがあるのが、玉に瑕なので。

 半ば祈るだなんて中途半端な事はやめておき、心から神に祈った。

 どうか、枢機卿の後継者だなんて馬鹿な事は王国のためにやめてくれますように。

 我が師を連れていかないでください、とだけ。

 それだけが王として、弟子として望むことだった。

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