ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二十二話「コイバナと性癖について」

 

 恋をしていますの。

 お母様、恋をしていますの、私と。

 血こそ繋がっていないが、紛れもなく自分の母である天国のマリアンヌ様に向けて、脳裏でそう語りかける。

 あれから更に二週間ほどが過ぎた。

 ルノワール男爵は熱心に研究を進めているようだが、まあこのまま行けば。

 十六歳までに決着が付かなければ、私は男爵のお嫁さんだ。

 

「うふふ」

 

 思わず、笑い声を上げてしまう。

 脳内物質の分泌により突然訪れる幸福感や陶酔感、そういったものが自然と全身を駆け巡ってしまうのだ。

 なんて嬉しいことなのだろう。

 私はあのルノワール男爵と運命的な出会いを果たし、ついに恋までするようになった。

 だって、あまりにもチャーミングなのですもの。

 丸くて小さく引っ込んでいる、あの金壷眼も。

 さほど高くもない中肉中背の背丈も。

 正直なところ凶相に近い容貌も。

 鴉の濡れ羽色をした、男爵の呼び名の一つを構成する綺麗な黒髪も。

 あの人を構成する一つ一つは少しだけ悪くても、そんな容姿のあの方が、自分はきっと女性には不人気だろうと。

 何処か世の中に拗ねてさえいるかのように、自信がまるで無い様子を見せるのは。

 私にとっては「ときめき」の一つでしかないのだ。

 きっと、私のように初恋を奪われてしまった女の子は多いのではないかと思う。

 私は幸運だ。

 世界が祝福するかのようにして、私を男爵のところに導いてくれたのだから。

 メイド服にて掃除の仕事中、少しばかり思考をそんな風に飛ばしていると。

 

「あら、ご機嫌ね。小石ちゃん」

 

 いやあ、今日も疲れたといった風情で、トレーニング後のエミリアさんが現れた。

 朝から、何処かに出かけていたようであったが。

 

「こんにちは、エミリアさん。今日はどちらへ」

「王宮へ行ってたわ。いやあ、今日は良いトレーニングパートナーを紹介するって公爵様に言われてね。そこで猛特訓していたわ」

 

 それはお疲れ様だ。

 とはいえ、トレーニングパートナー?

 エミリアさんははっきりいって強い。

 そこらの男風情どころか、それなりの強さである男爵でさえ相手にはならぬだろう。

 そんなエミリアさんの相手ができる人物と言えば。

 

「ひょっとして、王族のどなたかですか?」

「正解。先王ルートヴィヒ様よ。今後は公にはともかく、私人としては師父と呼びなさいと言われたわ」

 

 それは仲がよいことで。

 まるで現王ヴィルヘルム様が、ルノワール男爵を我が師と慕っているかのようだ。

 立場の垣根を越えた師弟関係というのは良いものだろうなあと思う。

 

「枢機卿を倒す日は近い! 頑張れ、エミリア! そんな貴族社会の応援をヒシヒシと感じているわ!!」

 

 びし、と素早いジャブを放つ。

 そんなエミリアさんは私にとって好ましい存在で、なんだか見ているだけで元気が出るようだった。

 それにしてもだ。

 

「エミリアさん、回りくどい言い方はお嫌いでしょうから、単刀直入に申しますが。私の存在は不快ではないのですか?」

「なんで? 私そんなに器の小さいように見える?」

 

 小首をしかげて、本当に不思議そうに返答をする。

 そんなエミリアさんは、はっきりと否定した。

 

「御父様が幸せであれば、私も幸せ。御父様の閨で、他に女はいらないなんてワガママを言うことはありません! むしろルノワール男爵家、一人や二人の子供じゃ足んないぐらい家業が忙しいんだから。数は多ければ多いほどいいわ!!」

 

 ぴん、と指を三本立てて、もう片方の手で。

 これが小石ちゃん、これが私、これが御母様と。

 たった三人では大変よ、下手すりゃもっと増やさないといけないかもと説明をしてくれる。

 

「メイド長もやはり交ざってるんですね」

「そりゃ必要よ。私、お母様には幸せになってもらいたいもの。お母様がメイド見習いの十三歳の頃から、十二年かけての関係よ? 幸福にならなきゃ嘘じゃない!!」

 

 私は身内の幸せを自分のことのように喜べる女の子。

 えへん、とばかりに両手で腰を掴み、エミリアさんは背を反った。

 

「あれね、お父様だって、空気の読めない男として自覚はあるけれど。お母様の想いくらいはさすがに気付いているのよ。自分が平民出自の嫁さんなんか貰っても、絶対に相手を幸せにできないって。諦めろって何度も言い聞かせているだけで。そこで私と小石ちゃんよ!」

「私たちですか?」

「とりあえず、私たちのどっちかが正妻になれれば、お父様だってお母様に手を出すでしょう。正妻問題さえキチンとしてれば、つべこべ言う人もいないから」

 

 エミリアさんは大きな女だ。

 常に人の幸福を祈っている。

 

「きっと、これからはお母様の夢が叶うの。あの自室の本棚に貯めに貯めたメイド躾の艶本シリーズのように。お父様から性の捌け口の対象として、ありとあらゆる変態的なシチュエーションプレイを――」

「エミリア」

 

 ガツン、と背後から忍び寄ったメイド長のゲンコツが落ちてきた。

 強烈な一打であった。

 

「痛い! 事実でしょ! 何よ、ありとあらゆる場所でありとあらゆるプレイを愉しみたいと、本音ではそう思っているでしょう!?」

「御当主様がそんなことをなさるわけないでしょう?」

 

 メイド長、愉しみたいことに対しては否定はしないのか。

 そりゃ男爵はそんなことなさらないでしょうけれど。

 まあ、本当に頭を低くして頼み込んだらやってくれるかもしれない。

 そんな優しい目で、私はメイド長を見つめた。

 

「なんですか、その生暖かい目は! 別に良いでしょう、ちょっとしたエッチな懸想ぐらい!!」

 

 大丈夫ですよ、メイド長。

 多分、男爵は優しい御方だから、どんな変態プレイでも滅茶苦茶嫌そうな顔で応じてくれると思います。

 とは思うが。

 

「エミリアさん、メイド長の艶本コレクションってどんな感じなんですか?」

 

 一応は聞いておく。

 とんだ見当違いのことを口にしている可能性もあるし。

 

「え、尻を鞭で叩いたり、強引に『孕め! 貴族の子を!』されたり、身動きが取れない壁尻だったり、割りとメイドの立場として普通かしら」

 

 私はエミリアさんの回答に、少し小首を傾げた。

 

「普通なんでしょうか?」

「え、お母様のコレクションでは割と無難な分類で」

 

 どんなコレクションを隠し持っているのだ、メイド長。

 完全に変態ではないか。

 

「それ以上はやめてください。あの、私は貴女の事をそれこそ赤ん坊の頃から実の娘のように面倒をみてきたのに、何故このような仕打ちを……」

 

 思慕が高まれば、自然とメイド長のような変態になってしまうのだろうか。

 できればメイド長の望みは全て叶って欲しいとは思うが、さすがに男爵に強要はできないだろう。

 

「それはそれとしてなんですが」

 

 私は話を逸らした。

 とりあえず、行為の際に首を絞められるのを望んでいまして、とメイド長の口から爆弾発言が飛び出すのを恐れたのだ。

 

「それはそれとしていいけど、何?」

 

 エミリアさんも応じてくれた。

 

「さて、ルノワール男爵なんですが、ここのところ根を詰めて病院に通っているようですが、何か進捗あったんですかね? ない方がまあ私は良いんですが」

「正直ね、貴女。まあ時間切れの方がいいんでしょうけど」

 

 んー、とエミリアさんが野良猫のように首を傾げて。

 少しだけ考えて、結論を出した。

 

「こういうときはね、お父様は本当に凄かったりするのよ。時間切れは案外、期待できないかもね。ひょっとしたら、本当に別な治療法を見つけるかも……」

 

 それは困る。

 私は困るがなんだ。

 私以外の魔力欠乏症の人達を考えると。

 どうか簡便な治療法は見つかって欲しいと思う。

 それはそれとして、時間切れの後に発見されるとかであって欲しい。

 それこそが嘘の交じらぬ、私の本音であった。

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