ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二十三話「受胎告知?」

 

「で、枢機卿が見つけてきたという治験カップルの進捗は?」

 

 ここは病院から、少し離れた場所。

 いわゆる患者さんが生活する病棟ではなくて、臨床研究支援センター。

 そのままの名前を用いて、研究棟として運用している。

 そこに優秀な研究家の修道士や修道女、錬金術師の代表が雁首並べて集まってだ。

 

「無事に成功したようです」

 

 魔力欠乏症の解決にあたって、頭を悩ませているというわけだ。

 そして今は治験結果が文として、枢機卿より送られてきたところ。

 その情報共有を行おうとしている。

 修道士が先に文を読んでいたので、続きを強請る。

 

「一回で治療に成功したか? 具体的には何回で治癒した?」

 

 エッチの回数について尋ねる。

 まるでセクハラをしているかのようにだ。

 そんな嫌な気分になりながらも、尋ねなければ話にならない。

 これはあくまでも医学的結論が知りたいだけ、と自分に言い聞かせる。

 

「八回ですね。治験していたカップルは愛の奇跡だ! と大喜びなようで、まあそれについてのみは微笑ましかったと。治療期間は二週間を必要としませんでした」

「……」

 

 結論を出すのはまだ早いが。

 一回で魔力を発生させるスイッチをオンには出来なかったが。

 数回、『行為』をすることでオンにはできた。

 これは果たしてどういう意味なのか?

 よくよく考えねばならない。

 

「まずは、この結果から何が得られるか。各々から見解を求めたい」

 

 私は素直に、優秀なるスタッフに尋ねることにした。

 三人集えば文殊の知恵というではないか。

 私は意見を求めるべく、周囲を見渡す。

 

「これは――ひょっとして八回目か、それまでに受胎したのでは? 受胎した結果としての、魔力欠乏症の改善なのではないでしょうか」

 

 とある修道士が、ポツリと口にした。

 その可能性も否定はできなかった。

 脳裏に、大天使ガブリエルが聖母マリアにキリストの懐妊を告げるポピュラーな西洋画が浮かんだ。

 当然ながら、この異世界にキリストはおられない。

 似て非なるものは存在するがね。

 なにはともあれ、結論を出すにはまだ早い。

 

「――他に意見は?」

「今の意見に対しての否定的見解を一つ。本来はもっとポジティブな意見を出すべきところを申し訳ありませんが」

 

 錬金術師が挙手して、発言した。

 別にケチをつけたいのではないことぐらい、誰もが承知しているから大丈夫だ。

 私は頷いて、続きを促した。

 

「私はですね。先日から可能性の一つとして、ルノワール男爵と話し合った限りでは。胎児の肉体の一部が――例えば臍帯、要するにへその緒ですな。これを伝って母親が血肉を分かつ。それと同時に、母体側に魔力が宿るのではという結論をひとまず出してはみました」

 

 マイクロキメリズム。

 妊娠中の胎盤を通じて、胎児の細胞が母体へ、逆に母体の細胞が胎児へ移行する。

 時にこれにより、母体側の免疫疾患が改善することがある。

 私が最初に考えたのは、それに関連する形で魔力の欠乏を解決したのではないか。

 その可能性についてだったのだが。

 

「話を聞く限りでは八回。報告を聞く限りでは、二週間にかけて治験が行われたそうですが。仮に一回目で受胎が成功したと仮定しても、受精卵がようやく出来たぐらいでしょう。これではへその緒を通して、胎児と血肉の交換を果たしたとは言えないのでは?」

 

 錬金術師の当然の疑問。

 まあそうだ。

 言いたいことはわかる。

 

「つまり受胎は関係ないと?」

 

 修道士は、その否定的見解に疑問を示すが。

 

「いや、受胎はスイッチかもしれないが、それが魔力欠乏症の改善策にして治療法と結論づけるには、さすがにまだ早いだろうという意見だ。少なくとも胎児から血肉を受けての影響ではないのでは?」

 

 錬金術師の意見は正しい。

 まだ情報が足りない。

 そもそも、成功例が一例あり、治験も一回やっただけ。

 これで結論を出せというのが無理なのだよ。

 

「失礼。修道女から見ての意見は何か?」

「仕方ありません。シスターの身ではありますが、ルノワール男爵がお相手という状況に限り、治験に若い修道女を募りましょうか? この場合に限っては、神もお目こぼしをくださるでしょうし。もちろん還俗とともに、責任はとってもらいますが」

 

 からかうような視線を私にくれる年老いた修道女。

 そういう回答は求めていない。

 確かに治験参加者はいくらでも欲しいが、欲しいのはそういう回答ではなく。

 

「女性から見て何か意見は無いのかね、と問うている。揶揄う真似はよしてくれ」

「そうですね、私から見れば。治験の回数を増やすのもそうですが、調査が足りていないかと」

「ふむ?」

 

 少し方向性が違うな。

 そうそう、そういうのが聞きたい。

 

「女性側に魔力が宿ったと気付いたときのタイミングについて。もっと詳しく具体的に尋ねるべきではと。紳士を気取って恥じらっている場合ではないのですから」

 

 誠にもっともなご意見である。

 その通りだから、そうしよう。

 

「大変申し訳ないが、枢機卿からは尋ねにくかろうかと。同性の貴女から頼めますか?」

「承知しました」

 

 修道女の代表が頷いた。

 まだまだ情報が足りない。

 治験に対しても、もっと誠実な環境で試したかったが、どうしても内容がセンシティブだ。

 それに治療を受ける相手は当然ながら貴族。

 どうしてもあと一歩が踏み込みづらい。

 

「ふむ」

 

 ただ、私の考える限りではどうもマイクロキメリズムではなくて。

 そもそもだ。

 エッチな行為をしたら、魔力欠乏症が治るという。

 その先入観に誤りがあるのではないかと、今考えている。

 それを試すだけならば容易だ。

 特に何かを消費するわけではない。

 誰かの貞潔を破るわけではないからだ。

 問題はだ。

 治験としてそれを試すだけなら容易だが、その行為が何を意味するのかということだ。

 それを私は軽く見ていない。

 

「……」

 

 大きく溜め息を吐いたが。

 一年という制約がある以上は、とりあえずこちらでもできる限りの治験を進めるしかない。

 私はいよいよ覚悟を固めた。

 

「シゼル嬢と話をしてくる。久しぶりに屋敷へと戻らせていただこう」

 

 具体的に何を?

 いうまでもないだろう。

 シゼル嬢と、夜は一緒に寝る覚悟だ。

 ただ、何もせずに寝るだけ。

 それだけとはいえ。

 これを世間はどう評価するか、私は前世の価値観と、今世の貴族社会からの視点について。

 頭の中をグチャグチャにさせながら、結局は何も変わらない。

 女の子の側は、三十五歳のオッサンが自分のベッドで寝ているだけでも嫌だろうに。

 まさか同衾だなんて話にもならないだろうにと。

 本当に嫌がるだろう。

 だが、それでもだ。

 自分の身を切らねば、患者側もその身を私に安心して任せて貰えねば、治験は進まないだろうと。

 ひとまず馬車の手配を頼んだ。

 まるで巨大な宗教団体の教祖が、うら若い女子高生を洗脳し、その身体に手を出しているような。

 強烈な不快感を自身に抱きながら。

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