ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二十四話「期待と困惑」

 

「つまり、同衾や褥を共にするという言い方ではなくて、えっと」

 

 私は一瞬だけ言い淀むが。

 ルノワール男爵はキッパリと答えた。

 

「その言い方でも厳密には間違いではありませんが。暗意を含まぬ言い方をすれば、単純に添い寝をするだけとなります。性行為はしませんのでご安心を」

 

 いや、逆だよ逆。

 して欲しいのだこちらは。

 身体も心も、仕上げてきているのである。

 どれだけ肌を磨き、髪を梳いてきたのかわからないほどにだ。

 恋をしている今の私は、自分自身でさえも美しいと思える。

 まだ私は十五歳の少女だった。

 銀髪のストレートヘアに、青い澄んだ瞳。

 それなりに見目の良さには自信があるのだから。

 

「別に私個人としては――」

 

 すでに治療の成功例が二つ見つかった。

 私が同じ方法での三つ目になってもいいと。

 そう発言しようとしたが、止めた。

 それは禁句だ。

 ルノワール男爵からの、私に対する性欲や愛情を現状にて期待してはいけない。

 別に性行為が先でも、もちろん私は全然構わないのだが。

 私に惚れたから、男爵はここまでの事をしてくれているのではなくて。

 この御方は極めて真面目に、魔力欠乏症という問題を解決なさろうとしているのだ。

 それは医者としての純粋な誠意だった。

 

「いえ、承知しました。それでは早速本日からでも、男爵様のベッドで添い寝をお願い致します」

 

 なあに、同じベッドに入ってしまえばこちらのものだよと。

 極めて下世話なことを考える。

 もちろん、こちらからは襲う気など破廉恥であるからしないし。

 また、男爵も私を襲う気など欠片もないだろうが。

 あるじゃん。

 その、添い寝のはずが、エッチな展開になるってことがあるじゃん。

 それこそ艶本でしか知らないような展開だけれど、私はそれを期待した。

 

「うん。新品のシーツを用意したから、加齢臭はしないと思うんだ。耐えられなくなったら言ってくれ。別な方法を考えるので……」

 

 それにしても、本当に自分への自信が無い御方だな、ルノワール男爵は。

 もう少し自分の実績を誇りに思って良いと思うのだが。

 

「ルノワール男爵から非清潔な匂いなどしませんよ。お気になさらず」

 

 私は良い女なので、ハッキリとそれを伝える。

 ルノワール男爵は、困ったような表情で顎を捻り、添い寝についての続きを語る。

 

「うん。まあ、それで見張りというか、シゼル嬢のだ。貞潔を保証するための立会人を用意しようとしたのだがな?」

 

 いらないて、そんなの。

 むしろ邪魔。

 そう言いたいところだが、我慢をする。

 

「このようなことの巻き添えにするのは、如何にも心苦しく。最初は枢機卿が名乗りを上げてくれたのだが。さすがにお忙しい立場の方を、こんな実験に付き合わせるのはどうにも心苦しく」

「是非とも断ってください」

 

 仮に男爵がその気になって私を襲ってきても、必死に止めるような人は御免である。

 中立の立場でもお断りだ。

 それこそ、応援してくれるような立場の公証人を――

 

「それでな。まあ悩んだのだが――入ってきなさい、エミリア。メイド長」

 

 ドアが開き、エミリア嬢とメイド長が現れる。

 

「呼ばれて飛び出てこんにちは! 小石ちゃん、助けに来たわよ!!」

 

 両手を天に向けてぶんぶんと振っている。

 相変わらず元気なお人だ。

 

「私は拒否したのだが、まあ二人が協力してくれることになった。二人がシゼル嬢の貞潔を保証してくれればまあいいかなと」

 

 三人で男爵を押し倒せって意味かな?

 私は暗にそう言っているのではないかな、と男爵の無謀すぎる提案を疑問視した。

 ボケてんのか、この人。

 そういう目で男爵を見るが。

 

「他にも声をかけたが、全員から断られたのだ……。誰一人として引き受けてくれなかった」

 

 おそらく執事長といった家人からは、何か間違いが起こって跡継ぎを作れと。

 他の貴族からも「何故、ルノワール男爵が貴族社会に戻ってくる事への邪魔立てを? やったが最後、ヴィルヘルム王に激怒されるわ!」という理由で断られたのだろうなあ。

 というか、病院にも何度か出向いた時に知ったが。

 枢機卿の聖職者派閥以外は、ルノワール男爵は子供を作ってから聖職者になればいいのでは?

 そう考える修道士の方が普通なようである

 確かに貞潔を守らなければ枢機卿の後継者は難しいだろうが、病院を管理する司祭職までならば、それでも問題はないだろうと。

 要するにだ。

 私は男爵の子を産むことを、周囲から明確に期待されていた。

 

「仕方なくも、この二人だ。この二人しか公証人を用意できなかったんだ……」

 

 男爵は悲痛な声で、そう告げた。

 さすがに自分が襲われる危険性を覚悟してのことだろう。

 

「大丈夫ですわ、お父様。何度も言いましたとおり、どうせなら私はお父様の側から求められたい。確かに以前には何度か押し倒そうとしたことはありますが――枢機卿を倒せば、私を愛してくれる。その約束を守ってくださる限り、私からは手を出しませんわ」

 

 ふんす、と鼻息を荒くエミリア嬢がそう告げる。

 何処まで信じて良いのかそれ、と私が思うぐらいである。

 男爵は無茶苦茶不安に思っているだろうが、おそらく嘘はないだろう。

 

「お母様もその点は了承済みですわ!」

「こちらから押し倒すのは解釈が違います。私は男爵に是非とも押し倒されたい。泣き叫んで助けを求めても止めないで貰いたいのです」

 

 メイド長の性癖はまあそうだろうけれど。

 滅茶苦茶に破廉恥なことを実際に口にして、恥ずかしくないのだろうかこの人は。

 私は少しジト目で彼女を見た。

 

「まあ、ともかくだ。この二人も添い寝をすることになるが――おそらく治験への影響はないだろう。それはともかく、添い寝はやってみる価値がある治験だ」

「なにか確信が?」

「シゼル嬢。お母様に添い寝をしてもらった経験はあるかな?」

 

 ふと考える。

 マリアンヌ様に強請って、子供の頃のベッドはいつも一緒だった。

 

「はい、幼い頃ですが」

「要するにだ。現段階の治験では男女間で性的行為を致さなければ、まあ治癒しないという結果が出ているが」

 

 まあそうなる。

 少なくとも、マリアンヌ様は貴族としてそれなりの魔力持ちだったが。

 その影響を受けて、私が魔力に目覚めるということはなかった。

 

「だがしかしだ。私はそこに疑問を持つ。ひょっとして添い寝だけでも魔力欠乏症の改善は可能なのではないか? 同性では無理だが、それこそ異性ならばと。まあ可能性は低いのだが……」

 

 あくまで治験。

 だが、少なくとも異性と添い寝するだけで治るとあらば、それは性行為より簡便な治療法と言えるだろう。

 なんなら、幼い頃に父親が添い寝をすることで、勝手に治っている例さえあるかもしれなかった。

 幼いときの魔力の値などしれているから、教会で測定するのは五歳になったときが世間の普通であるから。

 もちろん、それらはあくまでも男爵の想像が確かであればだし。

 今のところ、可能性は低そうであるが。

 

「魔力というものは未知の力だ。少なくとも、一ヶ月ほど試してみる価値はあると考えている」

「わかりました」

 

 なにはともあれだ。

 私はルノワール男爵に、これから毎晩添い寝をしていただくこととなった。

 期待している。

 どうしても期待せずにはいられないのだ。

 突然、ルノワール男爵が自分の雄を剥き出しにして、私に覆い被さってくれることを。

 自分の少女時代の終わりと、女性としてのこれからに。

 そして、いつかはルノワール男爵のお嫁さんにと。

 どうしてもバラ色の未来を想像せざるを得ない展開が、今の私には訪れていた。

 

 

 

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