ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二十五話「添い寝」

 

 いよいよ初の添い寝をすることになった。

 メイド長が丹念に掃除しているが、たまに彼女がそのまま寝転がっていて待ち伏せていて、男爵をぎょっと驚かせる時があると。

 エミリアさんがそんな変態話を楽しく聞かせてくれた曰く付きのベッドにて、今晩私は男爵と寝床を共にする。

 どうしてクビにならないのだメイド長、何か男爵の弱みでも握っているのかという疑惑はおいておいてだ。

 

「いやあ、子供の時以来だわ! お父様の寝室に入るだなんて」

 

 美しい金髪にナイトキャップを被せ、ぶんぶん、とパジャマ姿で大きく手を振る。

 そんなエミリアさんは妙に愛くるしい。

 私よりも一歳年上なのだけれどな。

 どうにも仕草振る舞い全てがチャーミングというか、子供っぽかった。

 おそらく父親である男爵が、本当に甘やかして育てたのだろうな。

 

「私は毎日入ってますよ」

 

 何の対抗心なのだ、何の。

 確かに掃除のために、男爵の大事なプライベートスペースに入ってはいるのだろうが。

 しかもベッドで勝手に寝て、男爵の体臭を嗅いでいたりするのだろうが。

 そんなことでマウントを取っても仕方ないだろうに。

 ともあれ、メイド長は薄いキャミソールに黒の下着を身につけていた。

 25歳処女のくせに無駄に色っぽい。

 まかり間違って男爵が血迷う方に、全身全霊の勝負を賭けているのだろう。

 私はいっそ憐れに思えてきた。

 

「というわけで、お邪魔しましょうか。ちょっと緊張しますね」

 

 私は公証人二人が集まったところで、トントンとドアをノックする。

 

「入ってください」

 

 まるで医師が病室へ、患者を案内するかのような男爵の声が返ってきた。

 いや、まあ本人は本当にその気なのだろうし。

 現状に間違いは実際無いのだが。

 

「お邪魔しまーす」

 

 おどおどと、私が頭をぺこりと下げて入っていく。

 もちろん公証人の二人も連れてだ

 中は本当にただの寝室で、キングサイズよりも更に大きいベッドが置いてあった。

 これなら四人で眠っても問題は無いだろう。

 

「というわけで、本日から添い寝をさせて頂くことになったが。……本当にセンシティブな事だからなあ、嫌なら今からでも断ってくれて構わない」

 

 金壺眼の男爵は、愛嬌のない笑みを見せた。

 何処となくぎこちない。

 まあ、女性経験がない方なのは重々承知しているし、こちらとて男性経験が無い。

 その点はお互い様だ。

 

「いえいえ、もし何か間違いが起こっても、覚悟の上です。男爵はお気になさらないでください。これは治験でしょう」

「うん、治験だ。うん」

 

 うんうんと、如何にも心苦しいといった様子で。

 自分を納得させるように、男爵は何度も頷いた。

 

「では今日も疲れたし、そろそろ寝ようか。失礼だが手をお繋ぎしてもよろしいか?」

「はい、大丈夫です」

 

 私達は全員スリッパを脱ぎ、ベッドの上に膝をおく。

 そして手を相互に差し出して、柔らかく繋いだ。

 まるでパーティー会場でエスコートするかのようにだ。

 私はそれだけで顔が真っ赤になりそうであった。

 

「じゃあ、おやすみだ」

「はい、おやすみなさい」

 

 パーティーはむしろこれからだ!

 と空気の読めないことを叫びそうになったが。

 まあ、残念ながら男爵は襲いかかってきてくれないだろうな。

 少なくとも初日はそうだろう。

 期待はする。

 これでも見目には自信があるのだ。

 横でワクテカしながら様子を窺っている、エミリアさんと同様に。

 絶世とは言わずとも、相当な美少女だという自覚がある。

 それを言えば、まあメイド長もかなりの美人さんだった。

 だからだ。

 男爵が私たちの女としての見目とフェロモンに耐えきれず、そのまま。

 私たちに襲いかかってきてくれることを僅かながらに期待している。

 男爵の男としての本能を刺激できるよう、肌も磨いた、髪も梳いた、できるだけエッチに見えるような寝着も下着も身につけてきた。

 できる限りの努力と準備はしてきたが。 

 

「……」

 

 男爵はぴくりとも反応しない。

 というかだ、目を閉じてすぐに。

 眠った。

 猫のように、東洋で一日の大半を寝て過ごす子だから『寝子』と言われるように。

 本当にすぐに、私と手を繋いだまま眠りに落ちた。

 

「え、三分で寝た?」

 

 この状況下で?

 それぞれタイプの違った美少女二人と美女一人を相手にして、何一つ気にとめずに眠った?

 

「うわあ、お父様。子供の時と全く変わってないわね。お疲れになっているわ……」

 

 エミリアさんはむしろ感心したかのように、溜め息をついた。

 

「あのね、小石ちゃん。お父様滅茶苦茶寝付きがいいのよ。しかも普段の仕事で滅茶苦茶に疲れているせいか、何しても起きないのよ」

 

 そう口にして、エミリアさんは男爵に抱きついた。

 それに対する反応は全くない。

 ただひたすらに、男爵は深い眠りに就いていた。

 あの、十六歳の美少女に抱きつかれてもピクリとも反応しないって。

 それは男として終わっていないか?

 

「少しだけ期待はしてたんだけど、まあ予想通りの残念な結果だったわね。あ、これ治験だから小石ちゃんはちゃんと手を繋いだまま寝てね。おやすみなさい」

 

 そういって、エミリアさんも目を閉じた。

 男爵にくっついたまま眠るらしい。

 私は手を繋いだまま、反対側のメイド長を見た。

 

「眠るまでの間、コイバナでもします? 或いは男爵が如何に恋愛というものに対して、ニブチンのクソボケかの話でもします?」

 

 メイド長はまあわかっていた、わかっていたよと。

 少し冷めた目で、私の機嫌を伺うかのように尋ねてきたが。

 

「必要ないです!」

 

 男爵が私に対して全くの性的興奮を抱かないことに憤慨しながらも。

 私はメイド長の提案をはねのけた。

 それからだ。

 日々は過ぎた。

 毎日、男爵の部屋に三人して赴く。

 部屋をノックして、仕事で疲れ切った男爵と手を繋ぐ。

 すると男爵は今日もお仕事しました、私は頑張ったよと言いたげに、すぐさま眠りに就くのだ。

 あれだ。

 私の女としてのプライドはもうボロボロだ。

 私は、シゼルは、こう見えてかなりの美少女なのだぞ!

 それこそ魔力欠乏症が原因で、結婚のお相手なんてパーティーでは誰一人見つからなかったが。

 一夜の相手ならば、掃いて捨てるほどに集まるぐらいには美少女なのだ!

 だから、だからだ。

 

「あの、男爵。だんしゃーく。もう直球でお尋ねしますが、私を見てエッチな気分になったりしないんですか?」

 

 二週間目。 

 実に十四日が過ぎた夜に、なんかもう私は疲れましたから早く寝たいです。

 三大欲求って睡眠欲>食欲>性欲の順番であるべきではない?

 そう口にしたげな男爵を相手に、しかと尋ねた。

 男爵は答えた。

 滅茶苦茶眠たそうに、寝ぼけ眼で答えた。

 私はそれに少しだけ腹が立ったが。

 意識が朧気な今だからこそ、男爵は本音を口にしてくれる気がした。

 

「なるよ。なるけれど……」

 

 良かった!

 男爵にも性欲はあった!

 私はかけがえのない宝物をようやく発見した、トレジャーハンターがごとく喜んだが。

 

「シゼル嬢。十五歳は子供だよ。犯罪じゃないか。それに性欲を抱くなんて、私は私が恥ずかしいよ。なんという有様だ。男らしくない」

「王国では十四歳から成人ですよ!?」

 

 このルノワール男爵の価値観は何処から来たのだ!?

 私の事を本気で子供として見ていて、むしろエッチな気分になることさえ恥じているかのようであった。

 

「……もう寝て良いかね?」

 

 そういった会話はさっさと終わらせたいと。

 うつらうつらとしながら、本当に今日は疲れているのか。

 もう寝てもいい? と言葉通りに少し困った様子で私に手を伸ばした。

 なんなのだ!

 何なのだ、この人は!

 もう少し、男としての性欲を剥き出しにしてくれてもよいではないか!

 そりゃあメイド長だって段々と変態になるわけだよと。

 とうとう彼女の性癖悪化は、男爵のせいにさえ思えてきた。

 そして。

 手を繋ぐだけでは飽き足らず。

 私はエミリアさんのように、ぴたりと抱きついた。

 

「シゼル嬢?」

 

 困惑する声が聞こえたが。

 私は目を閉じて、言葉を返す。

 

「子供扱いなんですよね? じゃあエミリアさんと同じ扱いでお願いします」

「おー、小石ちゃん。大分とお父様との付き合い方が分かってきたじゃない」

 

 エミリアさんが、うんうんと頷いた。

 私はひし、と男爵にしがみついた。

 それこそ全身で。

 

「……まあ、何の反論もできない。手を繋ぐだけでは成果が見られない以上、次の段階に移行すべきかもしれない。好きにしなさい」

 

 あくまでも治験。

 これはセラピー。

 君と集中治療を続けていこうと言いたげに、男爵はそれを受け入れた。

 そうして目を閉じる。

 

「……」

 

 私はモヤモヤとしたものを抱えている。

 なんだこの人は!

 本物の聖人なのか、勃起不全のどちらかだぞ!

 私は怒りなのか、悲しみなのか、それとも憂鬱なのか。

 なんとも言いがたいものを抱えて、ついにだ。

 感情を爆発させて、軽く男爵のお腹を叩いた。

 起きるか起きないかのギリギリの威力でだ。

 どん、と腹太鼓の音がした。

 あれ、そんなに強く叩いたつもりはないのだが?

 

「あれ? 小石ちゃん?」

 

 そこにエミリアさんが、寝ぼけ眼を急にぱちくりと開いて、こう口にした。

 

「今の一撃、魔力が籠もっていたわよ?」

「はい?」

 

 男爵が目を覚まし、痛みで苦悶の声を上げた。

 あれだ。

 嘘でしょ、ルノワール男爵。

 貴方は本当に私の肢体に性的な意味では指一本触れずに、問題を解決してしまったのですか?

 枢機卿以外の誰も求めていない結末だよ、そんなの! と。

 私は魔力に目覚めた喜びよりも先に、やりきれない怒りを抱いた。

 たとえ全ての問題が解決しても、必ずや責任をとらせるつもりでいた。

 勿論、私を恋に落とした責任をだ!

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