ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二十六話「乱暴な魔力論」

 

「我が師には失望した。心の底からがっかりだよ。据え膳を食わぬは男の恥と言うであろうに。この言葉は確か――私が幼いときに口にした、我が師の台詞ではなかったかね」

「勝手に失望されても困ります。問題は解決したでしょうに」

 

 あーあ、本当に何もなかったんだろうさ。

 公証人の必要など無い、我が師が言うなら信じようと。

 全く失望したと言わんばかりに、眉を顰めて溜め息を吐く王に対して。

 私は少なくとも、最も重要な問題についての解決を見せたと胸を張る。

 

「それで? まあ更に治験を重ねなければならないが、おおよそ推測はついているのであろう? 現段階の見解で良いので教えてくれ。世間に明かしても良いのか、王として判断しなければならん」

「大体は掴んでおりますし、仮定論でよろしければ」

 

 手をひらひらと左右に仰ぎながら、回答を求める。

 そんな王に対して、まずはたとえを口にする。

 

「王は磁力をご存じでしょうか?」

「ご存じだ。王族教育は受けたのだぞ。我が師からの教育もな」

 

 王が、指で地面を示す。

 玉座に座りて左手に顎を乗せ、浮いた右手で地面を指した。

 

「我が師曰く、この大地そのものが。いや、この星そのものが巨大な磁石であるという結論であったな?」

 

 地磁気について。

 あくまで仮定としてだが、幼い王に少しだけ語ったことがある。

 

「神族の巨人が、この天球を双肩で背負い続ける過酷な罰を背負っている。そう世間では言われておりますがね」

 

 世俗ではそのように言われている。

 誰も見たことがない巨人族の存在も、未だに信じられていた。

 夢があるので、そちらの方がいいなあと個人的には思っているが。

 

「我らの立っている大地は、あの空に浮かぶ星々と何も変わらず。たまたま我らの星は、地磁気が宇宙からの有害な力から地球を守るバリアの役割を果たしてくれたおかげで、こうして生命体が存在しているか。いやあ、枢機卿に聞かせれば、なんと嘆くやらな! 我が師は教会の教義に反する危険な思想を、異端の考えをたまに口走りよることを彼は知っていようか!?」

 

 ニヤニヤと、脅迫でもするかのように王が煽るが。

 

「さて、枢機卿ならば可能性の一つとして信じてくれるでしょう。そして、わたくし自らが枢機卿の後継者になり、これこそが神のご加護であるとして聖書に刻むのも悪くありませんな!」

 

 ニコニコと煽り返してやる。

 別に枢機卿の後継者になりたいわけではないが、なっても構わないとは思っているのだ。

 まあ、どちらも互いを分かってのこと。

 あくまで冗談の応酬だが。

 

「で、その磁力がどうかしたのか、我が師よ」

 

 つまらないと。

 王は脅迫をあっさりと止めて、話の続きを促す。

 

「要するに、魔力とは磁力のようなものだといったん想像してみてください」

「した。続けよ」

「この辺りは電撃に対して理解のある、公爵の方がよほど詳しく教えてくださるでしょう。よって単純化します」

 

 私は磁石と、小さな鉄球を机の上に数個用意した。

 磁石に一つの鉄球を一時的にくっつけて。

 その後に、その鉄球を他の鉄球に近づけると、弱々しくもカチリとくっついた。

 

「ふむ、磁石と鉄球を離した後でも、鉄に磁力が残っておるな」

「鉄の中の磁気が整列をして、磁力を持ったわけです。これにて鉄球は磁石となりました。もちろん一時的にではあります。時間を置けばただの鉄球に戻ります。最も、魔力に関しては永久的に固着するものと思われますが」

「うむ、要するになんだ」

 

 少しの思考時間を与えるが。

 ぽん、と王は手を叩いて回答を出した。

 

「かなり乱暴な言い方になるが、男がS極で女がN極のようなものなのか?」

「大体そんな感じです」

 

 頭は良い方なのだ。

 その頭の良い王に、なんとなーく理解してもらったところで話を進める。

 

「魔力欠乏症というものを、治験結果から根本的に考えてみました。何故男性にはおらず、女性にだけ稀に見られるのか。正直言いまして、本当は発症自体には男女差が無いのだと思われます。男女問わず数千人に一人は必ず魔力欠乏症の患者はいます。本当はもっと多いけれど勝手に治ってるものかと」

「続けよ」

 

 だいたい掴めてきたと、王が玉座から身を乗り出す。

 興味津々といった感じだ。

 

「魔力欠乏症の発症原因はまだ掴めませんが、治療は簡単です。男女が一緒に寝床を共にしていればよろしい。それだけで治ります」

「同性ではダメなのか?」

「同性ではその魔力は反発し合うだけで、引き合う力にはならないから効果が無いと思われます。磁石のS極とN極の関係。同性では斥力が発生して反発し、異性では引力が発生して引き合います。まあ、なんでもかんでも魔力と磁力を関係づけるのは乱暴な理論ではありますが」

 

 王が手をかざした。

 そして横に振る。

 そのようなことはどうでもよいとばかりに。

 

「続きの推測をまず、この王の口から質問として放ってもよいか?」

「どうぞ」

 

 ここまで言えば賢明なる王ならば理解した。

 

「要するにだ。平民の間では魔力の有無など気にもしてないが、そもそも気にする以前に魔力欠乏症の発症例自体が非常に少ないのは?」

「同じ家で生活しているのです。貴族と違って小さな家です。時には両親が子供を大事に抱えて、同じベッドで眠ることも珍しくないでしょう。それも私とシゼル嬢のように二週間ではなく、魔力の検査を教会でする五歳に至るまでの赤子の頃に長期間を」

 

 質問を。

 王が質問する形で、私がそれに答える。

 

「逆に貴族の女性のみが発症するのは?」

「現実には男女問わず発生していると思われますが、平民と違って同じベッドを共にする生活などあり得ません。雇われの乳母やメイドが子供を育てます。子供に愛着があり自らの手で育てる親だって、殆どが母親でしょう」

 

 わかっている。

 王はほとんどを理解している。

 

「つまり、男子では仮に魔力欠乏症でも、母親や、貴族出身の乳母やメイドとの接触で誰にも知られぬ間に完治をしているのか。下手すれば母親の胎の中で治っておるやもしれぬな」

「あくまで現段階の仮定ではありますが。逆に、女子の例でも知らぬ間に父親の強力な魔力との接触で、治癒している者もおりましょう」

「うん、つまりだ」

 

 王は最終的な結論を出した。

 その中身は私と同じで。

 

「大体の発症例は、父親の愛情不足が原因か」

「まあ、そう言い換えてもよろしいでしょうな。兄弟でもいて、一緒に仲良く育てられれば治ったりもするのでしょうが」

 

 そうはいっても色々な家庭がある。

 いくら自分の子といっても、異性と接触をするのは如何なものかと。

 男女七歳にして同衾せずというか、そもそも父親は異性の子育てにあまり関わるべきではない。

 それも愛情の一つだと考える父親もいるだろう。

 修道院送りにされた最初に治療されたケース、そして治験に応じて頂いたカップルの女性。

 これはどちらも家族にはちゃんと愛されていた。

 だが、何はともあれだ。

 

「シゼル嬢は典型的な愛情不足のパターンだな。愚かな父は娘を愛さず、異母の弟にも会わせようとしなかった」

「そうですな。魔力欠乏症患者の典型例です。そして、往々にして愛情のない子に対する父親の仕打ちなど知れています」

 

 仮に父親が愛情をシゼル嬢に注いで、接触を増やしていれば魔力欠乏症は治っていただろう。

 そういう向きもある。

 王は怒った。

 魔力欠乏症患者として迫害されてきた、全ての者のための怒りであった。

 

「甚だしく不愉快である! 魔力欠乏症なる迫害を、この世から徹底的に根絶してやる!! まだ仮定の段階ではあろうから、治験は継続してもらうとしてだ。『あの』ルノワール男爵が、我が師が、簡便な治療法を発見したと噂を流すが構わぬな?」

「まあ大丈夫かと」

 

 私は素直に頷く。

 まだまだ治験は必要だが、医者としての経験則から言えば、ほぼ確定である。

 

「――結局、性的接触とは何の関係もないのか? それとも、性行為した方が早くは治るか?」

「先ほども言いましたように、なんでもかんでも磁力に例えるのは非常に乱暴な理屈なので避けたいのですが。異性が強力な魔力持ちで、接触が激しい方が効能ありと診ています。また魔力欠乏症患者の女性側にも個体差があると思われます。簡便な治療法が見つかった以上、治験に応じてくれる女性も増えるとは思いますので。その何もかもがそのうち判明するでしょうが」

「わかった。そうしてくれ」

 

 怒りを静めるため、溜め息を吐きながらに。

 王は話題を変えた。

 

「で、シゼル嬢はこれからどうするのだ? これから自由だが」

「その……本人は、まあこれから自由なのですが。あの見目であれば、嫁入り先など簡単に見つかるというのに。どうにも本気で来られると、こちらも安易に断りづらく」

 

 私は言いづらそうに。

 眉を顰めて、本当に困ったように頭を傾ける。

 おそらく私の金壺眼は本当に丸く、小さくなっているだろう。

 王は笑った。

 

「治療してくれた御礼に、私の全てを貰ってくださいとでも言い出したのであろう? それもよかろうさ! 是非ともルノワール男爵家の跡継ぎを産んで貰いたいものだ!!」

 

 何もかもお見通しだと、そう言いたげに。

 我が王にして弟子は、呵々大笑した。

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