ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第三話「いらぬならもらうぞ」

 

 滅茶苦茶に痛い。

 さすがに令嬢の命と引き換えにはできないから、まあ頑張ったけれど。

 掌を刃物で貫かれると、そりゃあもう痛いよ。

 大人でも泣き叫ぶよ。

 というか、もうこんな傷は戦場でギリギリ許されて、咆吼と共にアドレナリンで強引に誤魔化す類いの痛みではないか?

 平時だと熟練の騎士でも泣き喚くぞ、こんなの。

 

「落ち着いたか?」

 

 だが、そうやって本当に泣き叫ぶわけにはいかんのだ。

 騒ぎを止めようとして動いたのに、これ以上騒動を大きくしては本末転倒である。

 理性が働いた。

 そして怒りも同時に発動した。

 なんだテメエ、誰がこの現状を引き起こしたよ?

 シゼル令嬢か?

 辺境伯か?

 公爵か?

 全部違うね、この名も知らんオッサンが悪いね。

 なんでか表舞台で平然と自分の娘を罵って、パーティーを台無しにした阿呆が悪いね。

 私はシゼル令嬢の父親に尋ねてやった。

 

「いらんのだな?」

「は?」

 

 男は突然のシゼル令嬢の自殺行動、そして私がそれを止めた展開に呆気を取られ。

 

「おい、ボンクラ。耳が聞こえているか? いらんと確かに言ったよな。彼女のことをいらんと確かに言ったよな。確認したいのはそれだけだ」

 

 懐剣の刺さったままの手。

 あえて引き抜かぬ。

 威嚇である。

 この掌を刃と化して、間抜けの首元に近づけてやる。

 指を伸ばし、馬鹿な父親の襟首を掴んでやる。

 

「このルノワールが聞いているのだ。速やかに答えよ」

「ルノワール! あのルノワール!?」

 

 目を白黒とさせた。

 私の名前は、この引きこもり男爵の名前は有名だ。

 主に、この金壺眼であり、容姿整わぬ凶相についてであろうが。

 

「い、いえ、ルノワール男爵。私はそのような――違うのです」

 

 何か言い訳をしようとしているが。

 まあ、どうでもいい。

 何と答えようが、返事が何であろうが、どうでもよい。

 最初から無視するつもりでいるのだから。

 

「いらぬならもらうぞ」

「は?」

「こちらで貰い受けると言った。二の言は不要。本日この場にて、お前はこの令嬢を捨てた。誰が拾おうが文句はあるまい」

 

 事態の解決をする。

 それには、とりあえず問題を解決するしかあるまい。

 この男は娘を捨てた。

 娘は自害しようとした。

 解決策は?

 まあ、とりあえずウチで引き取って、問題解決策は王様に委ねるというのが一番である。

 あとでこんな阿呆な貴族がいましたよって報告して、全て任せる。

 私にはそれ以上のことは出来ないよ。

 どうなっても、シゼル嬢には悪くないようにするがね。

 吹き出る血液が、掌を突き出る刃の先が、男の襟首に当たっている。

 それは十分な威嚇効果をもたらしたようだ。

 

「いいな?」

 

 それだけ告げて、突き放す。

 押しのけた身体はぺしゃりと尻餅をつき、シゼル嬢の父親とやらは視線をウロチョロとさせている。

 周囲には貴族から蔑視の視線があった。

 その中で、私はさっさと退出をすることに決めた。

 これ以上は付き合い切れない。

 お暇を頂こう。

 

「シゼル嬢、大変失礼ながら。御身を抱きかかえる名誉を頂けますでしょうか」

 

 貴族としての作法。

 ありとあらゆる騎士が儀礼として行う、まるでオマージュのように膝を曲げて。

 血みどろの掌を彼女に捧げる。 

 

「はい?」

 

 はい? ではない。

 いや、いきなりの展開で訳が分からないのだろうが。

 ここは頷いたことにしておこう。

 はいと確かに言ったではないかと。

 紳士としての振る舞いではないが、ここは問題解決が優先される。 

 

「失礼」

 

 私は掌から剣を抜き取る。

 血が吹き出た。

 蝶紋章が、私の血液で汚れている。

 おそらくはシゼル嬢にとって大事な懐剣であろうと推察し、投げ捨てるような真似はせぬ。

 ハンカチを取り出し、懐剣の血を拭う。

 

「鞘にお戻しを」

 

 私はシゼル嬢に懐剣を返した。

 彼女はそれを素直に受け取り、鞘に収める。

 それでよい。

 懐剣を大事そうに両手で握りしめた彼女を、抱きかかえる。

 

「え?」

 

 彼女は困惑するが。

 まあ知ったことではない。

 

「許可はとりました」

 

 そう強弁する。

 困惑する彼女のドレスを血で汚すことになるが、仕方あるまい。

 文句を言うなら代わりを買ってやればよいだろう。

 幸い、当家は金にだけは困っていないのだから。

 

「当家の屋敷までご案内します。皆様、これにてルノワール家は退出させて頂く。今宵は誠に良いパーティーでありましたな! ホストの公爵様も、ゲストである辺境伯殿も、名誉が確かに保たれたことでありましょう。これからもご壮健であれ!」

 

 適当に。

 本当にテキトーでしかない祝福の言葉を述べる。

 別にそんなことを言わんでもいいだろうが、そうやって締めくくらなければ問題は解決しない。

 なんとなく良い感じで終わらせる必要があった。

 私はシゼル嬢を抱えたまま、玉座の間を退出する。

 拍手が起きた。

 二人の手からだった。

 何を拍手しているのだ、辺境伯と公爵。

 おい、ハゲとヒゲ。

 禿鷲辺境伯に美髭公。

 そんなに私が滑稽で愉快か。

 道化を演じてやった私に対する嘲笑の意味か。

 いつだって損するのは下の者なのだ、畜生。

 私は溜め息を吐きながら、シゼル嬢を抱きかかえたまま宮廷の間を立ち去る。

 また拍手。

 今度はルーカス君の両手からであった。

 あの、貫かれた手が痛いから手伝ってくれない? という。

 そういった泣き言を許さぬという拍手であった。

 何故だか瞳を少年のようにピカピカさせながら、まるで尊敬するかのような目で私を見ていた。

 段々と腹が立ってきた。

 なんで私がこのような真似を!

 

「あの、ルノワール様?」

 

 シゼル嬢の戸惑うような声。

 すまないが、君に発言権はない。

 自害を試みたのだ。

 おそらくは父親へのささやかな復讐の意味を込めて。

 それは理解しているが。

 

「今宵だけは、君の命は私の掌の中だ。すまないが、そうさせてくれ」

 

 こちらだって立場というものがある。

 ルノワール男爵としての立場だ。

 なんか良い感じで今宵は終わらせて貰わねば困る。

 復讐?

 代わりにやっておいてやるし、今後もどうにかしてやるから。

 とりあえずは大人しくしておくれ。

 そういった意味を告げる。

 

「……はい」

 

 返事は、ほのかに戸惑いが混じっているが。

 よし、説得は成功した。

 私は玉座から出口に繋がる赤い絨毯を一歩一歩踏みしめていく。

 掌からは血が伝っている。

 さっさと治さねば。

 幸い、我がルノワール家は薬学には優れている。

 どうにか後遺症もなく治せるだろう。

 そんな、自分の傷について計算しながら。

 

「さっさと帰りましょう」

 

 私は何故だが、辺境伯や公爵、ルーカス君だけでなく。

 その場にいた貴族の殆どから万雷の拍手を背後に受けて。

 そのまま馬車で、屋敷へと帰還することにした。

 

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