ルノワール男爵の憂鬱 作:道造
まさか自分に婚約者が出来るとは思わなかった。
そんなもん、本物の聖職兼任者でもなんでもない自分が。
病院運営のために聖職者ということにしているだけの自分が、教皇選挙(コンクラーベ)に出て教皇になるぐらいに有り得ぬ話だと考えていたが。
たまさかにシゼル嬢からの熱烈な告白を受けて、押し負けて、こうして婚約することになった。
世の中に不思議はあるということだなあ。
「さて、今日の予定は?」
執事長に今日の予定を確認する。
本当は嫌だけれど、今から頭の中でスケジュールを管理するというか、覚悟をしておかねばならない。
ミスしては他人様に迷惑がかかる。
「午前はポーションの製造品質管理を。特に戦地である辺境伯領に送る品は厳密に管理を。効能の劣化があっては困りますので」
それ別な人でよくない?
外国からも医師を集め、錬金術師を集め、技術を集積させたのだ。
品質管理なら私より向いている人もいるよ?
そうは思うが。
「辺境伯領向けに対しての総責任者は私か? 私がそう言い出したのだよな、確か。うん、承知した」
何かあったときに、辺境伯家に対して責任を取るのは私である。
さすがに手抜きをするわけにはいかぬ。
自己完結をした。
「サンプリングによる品質検査が終わりましたら、薬液以外でのポーション開発について。溶かした砂糖で包んだ錠剤による治癒効果の開発状況についてチェックを」
それは私がいなくても良くない?
そう口にしかけたが、言い出したのは私だった。
結局ポーションというのは未解明でよく分からないところがあり。
古来より一部の植物の成分が傷を癒やす効果があることは知られているが、何故薬液である必要があるのか。
別に錠剤でいいじゃん、密閉容器を持ち歩くのも煩雑で面倒臭いと口にしたのが私で、それに色めきだったのが錬金術師達であった。
誰もが考えはしていたが、研究と開発の費用がないので手を付けなかった分野であったのだ。
やりたがる錬金術師は幾らでもいた。
ここで言い出しっぺが足抜けをしては、適当な仕事をしたと批難を受けるのは間違いない。
これもどうしようもないな、手抜きはできぬ。
また自己完結をした。
「それが終わりましたら、午後からは結婚式に参列であります」
「ああ、それは記憶している。心待ちにしていたよ」
ようやくにして、自分が心から参加してよい話が出てきた。
育てていた義娘の一人と、その嫁入り先とが盛大な結婚式を行うのだ。
相手は子爵の家督を相続した若き俊英であり、本当はエミリアと婚約する予定であったが。
知っての通り、エミリアが電撃で相手を打ちのめしてしまったので、まあ別な子と婚約することになったのだ。
電撃で打ちのめされた子爵を、真っ先に介抱した義娘である。
最初は酷い流れではあったが、もちろんお互いに男女として気に入ってのことであり、何も問題は無い。
「幸せになって貰いたいなあ。義娘にも、人格者の彼にもだ」
「誠にそうですなあ」
ほくほくと顔を綻ばせる。
素直に結婚を祝福できるというのは、誠に良いことだ。
産めよ増やせよ地に満ちよ。
誠に良い言葉ではないか。
「素敵な結婚式になると良いな」
「今朝から快晴でありますし、間違いなく良い結婚式になるかと」
執事長がニコニコと言葉を添える。
うん、祝辞の言葉もすでに考えているのだ。
これは素直に楽しみだった。
だが。
「こちらもパートナーを連れて行くべきか? 私が婚約したことは噂になっているのに、同伴相手もおらずに参加するのは拙いよな?」
「確かにそうですな。気付かなければ私から言い添えようと思っておりましたが」
すでに気楽な独身貴族の立場ではないことに気付く。
まあシゼル嬢やエミリアが心変わりする可能性はこれからもあるが、表向きにはもう婚約しているのである。
にもかかわらず結婚式に一人で参列するというのは、相手方に大変な失礼であった。
「エミリアを連れていくのは拙いな?」
「婚約が破談になった相手です。まあ相手の子爵はかなりの人格者なので、そんな細かいことは気にしないでしょうが。こちら側の配慮としてはすべきでないかと」
それはそう。
では、シゼル嬢に頼むか。
とは思ったが、手抜かりに気付く。
「すまんが、執事長。おそらくシゼル嬢はパーティーに出るドレス一つも持っているか怪しい。パーティードレス姿のまま拐ったが、結婚式に客として参列するドレスとは趣が違うであろう? 金は出すので、急いで服屋に駆け込んでくれ。間に合うか? 私の失態である」
「そう直前になってから言い出すと思いまして、数日前にはすでにドレスの用意を。シゼル嬢には坊ちゃまからの贈り物と言い添えておきましたのでご安心を。大変喜んでいましたよ」
さすが執事長、そつが無い。
同時に、極めて恥ずかしい思いをした。
私はそういうところがダメというか、クソボケだなあ、何の配慮もできない。
仕方ないだろう、女性と付き合うのも初めてなのだからと言い訳をしたいが。
「執事長、正直なところ、私は女性と付き合うのは初めてなのだ。女心など何一つわからん。恋愛など未経験なのだ。実は、本当に付き合えるのかということすら全く自信が無い」
「知っております、坊ちゃま」
これからはそうはいかないだろう。
自分の婚約者に恥を掻かせるわけにはいかないし、今まで背を向けてきた貴族社会のしがらみとも向き合う必要がある。
それよりなにより、このまま話が進めば子供だって出来るだろう。
その子に恥ずかしい背中を見せるわけにはいかなかった。
私は信頼する執事長に頼み込む。
「色々と自分が足りてないところがあることは知っている。だが努力はするので、力添えをお願いできるか?」
「言うまでもありません。私たち従者はそのために、主の欠けたる部分を補填するために存在するのですから」
執事長は堂々と答えた。
私には勿体ないほどの従者である。
まあ、なんだ。
ここ一ヶ月ほどは慌ただしく、三十五歳のオッサンが婚約するという結末になったが。
思いのほか。
「良いものだな、婚約者が出来るというのは」
私は状況をそれなりに愉しんでいた。
それこそ長年の憂鬱が、幾ばくかは晴れたかのように。
第一章 「引きこもり男爵と石ころ令嬢」 了
諸連絡
色々至らない点も多かったと思いますが
とりあえず一章終わりのため、少し再開まで時間を頂きます。
(「貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士」7巻が発売予定のため、その書き下ろし外伝を今から書きます)
また「貞操逆転世界のオタサーの王子様」2巻が本日発売となりました。お時間ある方はお読みいただけますと嬉しいです。
https://syosetu.org/novel/349254/
それでは失礼します