ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二章 ヴィルマイア王国最強トーナメント
二章 プロローグ


 

「ねえ。エミリア、お父様と結婚がしたいわ」

 

 そうか、凄いな。

 何言っているのだお前。

 状況を考えてから発言してくれる?

 

「エミリア。まずは状況を説明してくれ」

 

 本日は義娘達の婚約者候補との、お見合いパーティーであった。

 今は帰りの馬車内である。

 膝をつき合わせて、彼女が何がしたかったのかを尋ねる必要があった。

 

「あのね、今日はお父様の言ったとおりにお見合いパーティーに参加して。まあ、自分の婚約者候補である子爵さんとダンスを踊ることになったの」

「そこまでは知っている。それで?」

 

 私は溜め息を吐いて、その結果を尋ねる。

 私の知る限りでは――

 

「どうしてそのダンスを踊ることになった寸前、子爵殿に電撃を浴びせることになったんだい? お父さん、とてもビックリしたよ。滅茶苦茶相手に謝ったからね」

「手が触れた瞬間に、嫌悪感を抱いたのよね」

「嫌悪?」

 

 生理的な嫌悪ならば仕方が無いが。

 一瞬そう考えたが、相手は若き俊英であり、格として不足はないように思えた。

 ルックスもイケメンだ。

 年齢もそう離れていない。

 エミリアは確かによく出来た娘であるが、十分に釣り合う縁組であったように思う。

 そう言いたげに、私は雑種の雄猫のように首を傾げた。

 

「具体的に何が気に食わなかったんだい?」

「ああ、この人はお父様にはなれないなって」

「そりゃ違う人物なんだから、当たり前だろう?」

 

 婚約者に父親代わりを求めるな。

 役割の混同をしてはならない。

 

「エミリア。もう十四歳はこの王国では成人して、巣立ちの時だ。結婚自体は二年後でも四年後でも構わないが、婚約者の一人ぐらいは見繕わなければ世間で恥を掻く。何か勘違いをしているようだが――」

 

 婚約者とは父親では無く、今後の生活を共に維持していくためのパートナーである。

 相手に頼り切りになるのでは無く、自分も頑張らねばならないのだ。

 その辺りを説諭しようとして。

 

「そうじゃなくって」

 

 全く違う、と私の発言を訂正するように。

 エミリアが、ひらひらと横に手を振った。

 

「私、結婚するならお父様がいいわ。それ以外の男なんて、たとえ王様でも嫌なの。ねえ、そうしましょうよ」

 

 何を言うているねん。

 

「エミリア、私の年齢を知っているかね?」

「確か、先日のパーティーでは三十三歳だったと記憶しているわ」

「その通りだ。そしてエミリア、君は幾つだ?」

「十四歳ね」

 

 そしてエミリアは私の義娘。

 血の繋がっていない親子関係とは言え、親子は親子。

 年齢は十九歳差だ。

 つまり犯罪というわけである。

 殆ど違法行為では無く、完全に性道徳的価値観を損なっている。

 

「道義的にも年齢的にも釣り合わない。馬鹿な事を言うのはやめなさい」

「何が馬鹿なことなのよ!」

「全部だ全部。私はエミリアの事を子供としてしか見れないよ」

 

 そりゃあまあ、自分の手で何から何まで育てたわけでは無い。

 私などよりも、メイド長には特に手間をかけさせたが。

 

「顔を合わせるのは週に一度程度で、ただただ君を慈しんだ。その自覚はあるが、だがもう、それも終わりだ。もう守られるだけの子供の時間は終わったんだエミリア。巣立ちの時だ」

「お父様、何か勘違いをしていない? 別にただ守られるだけの環境に身を置きたいなんて考えているわけじゃ無いわよ」

 

 では何やねんな。

 言いたいことがさっぱりわからない。

 

「まさか、この三十三歳のオッサンに本気で恋をしたというわけでもあるまい」

「いや、そう言ってるのよ。わかってよ。私がお父様のパートナーになる。隣に立って、ルノワール男爵家を取り仕切るわ。もうお父様、普段からの仕事に疲れ果ててて限界が来ているじゃない」

 

 限界が来ている、それはそう。

 もう仕事を全て後継に任せ、自分は隠居したいと考えている。

 私の気持ちを理解しており、良く見てくれてはいるが。

 

「私はもう独身を通すよ。結婚は諦めているんだ。ちゃんと最後までやり遂げるさ」

「そんな沈む船からの脱出を諦めた鼠の諦観じゃあるまいし。ねえ、お父様。私は頑張るわよ。ちゃんとお父様の隣で一生を過ごすわ。それでいいでしょう」

 

 アカンやろ。

 義娘には、エミリアには幸せになってほしい。

 別にルノワール男爵家は沈む船ではないが、船底に穴は開いている気がする。

 何も苦労することは無いのだ。

 それに、私の性道徳における価値観が邪魔をする。

 自分の養育した義娘に手を出すなど、あり得ないのだ。

 

「……」

 

 とはいえ、この世界で前世の性道徳価値観など通用しないことはわかっている。

 だからだ。

 

「エミリア、お前には男爵家を取り仕切る教育なんて与えていないだろう?」

 

 言い訳を試みた。

 

「お父様から受けた教育だけじゃ駄目なの?」

「足らないね。少なくとも今の巨大化した男爵家における家内の取り仕切りは任せられないよ」

 

 こんなことを言い出したら、そもそも今のウチの取り仕切りを全て任せられる人物。

 そんな女なんて何処を探してもいないわけであるが。

 まあ、言い訳ならば何でも良かった。

 所詮は方便にすぎない。

 

「じゃあ私、努力するわ」

 

 だが、その方便をエミリアは鵜呑みにした。

 ふん、と鼻息を荒く、両の手で握りこぶしを作り。

 やり遂げてみせるさ、と言わんばかりに力強く語る。

 

「いっぱい努力をするわ。明日にもルノワール男爵家の元後見人である、公爵家に行くわ。二年間の教育を、先公爵夫妻にお願いするわ。御父様に相応しい女になりたいのです。だから、それに値する教育を与えてくださいって」

 

 エミリアは必死に言い張った。

 私はそれを、どう拒もうか迷ったが。

 ちょうど公爵家は代替わりを済ませたばかりで、先公爵夫妻は手が空いていた。

 子爵クラスでも自分の婚約者には足らないと、エミリアが判断するのならば。

 

「……好きにしなさい」

 

 先公爵夫妻には、ご迷惑をおかけすることになるが。

 その教育を受けるのは、決して悪くないことのように思えた。

 だから許した。

 今考えれば、ひょっとしたら私はエミリアがお嫁に行くのが寂しかったのかもしれない。

 まだ十四歳だ。

 あと二年ほど、婚期を延期しても良かろうと。

 そんな親心が無いと言えば嘘になってしまう。

 だが。

 

「あの時、無理にでも婚約させるべきだったか? いや……」

 

 まさか、エミリアが気の迷いでは無くて。

 親への愛情と、恋愛を勘違いしているのでは無くて。

 本当に私に懸想していると思わないだろう?

 そして、二年が過ぎた。

 エミリアは確かにルノワール男爵家の家内を取り仕切る教養と能力を得て。

 未だに私への好意を口にしながら、この十九歳の年齢差を気にしようともせずに。

 

「さて、どうしようか」

 

 現在に至る。

 エミリアは私への思慕を失うこと無く、妻の座を勝ち取るために枢機卿に挑むと公言している。

 どうしてこうなった?

 経緯は滅茶苦茶だが、まあそうなってしまったのだから仕方ない。

 もしエミリアが枢機卿から勝利を得れば、私もさすがに結婚を断ることは難しい。

 屋敷の窓の外を見た。

 エミリアが、持久力向上のためのロードワーク中であった。

 朝の日差しはまぶしい。

 そして、ただ目標に向かってひたすら走る義娘エミリアも、私にとっては、あまりにも眩しく見えた。

 すでに燃え尽き症候群である。

 私の中身はもうスッカラカンで、エミリアに相応しい男にはどうしても思えなかった。

 もっと相応しい男に嫁いでほしいと思う。

 だがしかしだ。

 私とて、エミリアに全く好意が無いというわけではない。

 それが彼女を拒み切れぬ、隠しきれていない本音であり。

 おそらくそれは、彼女にはなにもかも読まれていることだろうな。

 私はそんなことを考えながら、窓の外をずっと眺めていた。

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