ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第二話「私の仕事は医者なのですが」

 

「というわけで、我が師の義娘であるエミリアがトーナメントに参加するそうだが。知っていたか?」

「何一つ聞いておりませんな」

 

 何をしているねん、エミリア。

 彼女が淑女教育を受けたいというから、公爵家に任せていたのだが。

 先王様がトレーニングパートナーになっているなんて、ましてエミリアが弟子入りしているなんて初めて聞いたぞ。

 あの子は何処の方角に向けて走っているのだろう。

 

「私はこれを好意的に見ている。愛を武で勝ち取ろうというのだ。微笑ましいでは無いか」

「単に他人事だから愉しいだけなのでは?」

「無論、その向きもある。私は我が師が困っていると愉しい。とても愉しい。いつもどう解決するのかなあと楽しみに思っている」

 

 愉悦族かな?

 馬鹿なことを言っているのじゃないよ。

 とはいえ、エミリアを止める術は今のところない。

 何故ならば、当事者である私が「枢機卿を倒せたら愛を認めても良い」と口にしてしまったからだ。

 

「我が師でも、これを止める権利はないな。すでに先例もあることだし」

「先例というと?」

「我が師の後見人でもあった先公爵家夫妻は、トーナメントを通して結婚したからな。私はその頃生まれていないが」

 

 ふと、当時のことを考える。

 私に身寄りが無い立場となり、メッテルニヒ公爵家に後見人となってもらったのが二十五年前。

 当時、まだ先公爵であるジョゼフ殿は十八歳の俊英であった。

 確か、その三年後の二十一歳で結婚をしたのだったな。

 結婚相手は――確か当時は騎士爵家の長女であったか。

 結婚式にはちゃんと出たし、夫妻には世話にもなったので覚えてはいるが。

 

「その頃は流行病との闘いに忙しくて、公爵家の内情には関与しておりません。私も詳しくは知りませんが、確か恋愛結婚だったとか」

「一目惚れした先公爵夫人が、出自が低く最初は嫁入りこそ認められなかったが。その熱意を認められて公爵家の秘技ライトニングプラズマをこっそり伝授され、見事トーナメントで優勝。その経歴を引っ提げての嫁入りだな」

「まあ、魑魅魍魎うずまくトーナメントを勝ち抜いたのです。文句は出なかったでしょうな」

 

 勝てば良いのだ、何を使おうが。

 先公爵夫人は勝ったのだから、全てを得る権利があった。

 このルノワールも完全には理解できないが、まあ当事者同士が愛し合っているなら別によかろう。

 他人の幸せを横から蹴飛ばすのは野暮だ。

 

「ゆえにだ。我が師よ、丁度良いから観客として参列せよ。お前も競技者として参加せよと無茶振りはせぬから」

「仮に、私が競技者として出ても一回戦負けでしょうよ。力比べにはとんと縁がない」

「初陣にて、辺境伯を救うという特別な戦功を上げているではないか? あれは?」

 

 全く腕に覚えがないわけではなかろう。

 そのように王が口にするが。

 

「あれは護衛の騎士達が強かったのですよ」

 

 私自身は戦っていない。

 言い出しっぺの指揮官として敵軍への先頭突撃をしただけであって、それだけだ。

 何も特別なことはしていない。

 それに、あれはまあ辺境伯の包囲に成功したと敵が緩みきっていたからな。

 撃破するのは簡単だった。

 奇襲が成功したようなものだったしな。

 

「我が師が言うなら、まあそういうことにしておこう」

 

 その口ぶりはまるで信じていないな、王よ。

 私の仕事は医者であり、戦は出来ないのだが。

 

「して、まあ観客として私の隣で参列はしてもらうぞ。これはよいな? 忙しいなどという言い訳は聞きたくないな」

「まあエミリアが心配なので、ちゃんと行きますよ。競技者の怪我に対応するために、医療班も毎回行くので……今年のルールはなんですか?」

「昨年と変わらん。素手(ステゴロ)だ。武器や防具有りでは、それを用意できる貴族に有利すぎるでな。平民出自の任官採用を考えれば、やはり素手が良い」

 

 ちゃんと考えていると言えるのか、言えないのか。

 まあ平民のガス抜きのための見世物、見所のある人材を貴族・平民の差別無く採用するための機会とするならば、理屈としては正しい。

 魔力が強力な貴族優位なのは変わらないが、王国のトーナメントは何も優勝する必要は無い。

 優勝候補クラスの強敵相手に活躍を、あるいはベスト16辺りまで残れば申し分ない。

 たまにであるが、平民の間にも強力な魔力持ちや、アスリートじみた優れた肉体の者は生まれる。

 それに対する立身出世の機会を与えるという名目で、300年前からトーナメントは毎年開催されている。

 

「しかし、ふと気付いたのだが、肉体の強靱さや、魔力の強さだけが立身出世する機会というのは味気ないな。別に身体が弱くても、頭の回転はくるくる回る文官採用機会についても考えねば――」

 

 なにやらブツブツと、啓蒙思想かぶれの少年王が呟きだしたが。

 まあルノワール男爵家のように、医者をやっているだけで貴族になっていたパターンもある。

 商人をやっていたら、いつの間にか王国に取り込まれて官僚になっていたパターンだってあるのだ。

 本当にずば抜けて頭の良い奴は、いつの間にか出世している。

 そこまで悩むことでもないと思うが。

 

「いや、そもそも教育の機会が平等でないのが……しかし予算が」

 

 我が弟子は本当に開明的であるが。

 前世でも生まれた家庭の経済的格差により、教育機会の平等は達成されていなかったのだから無理だ。

 そんな予算は何処にもないから諦めてくれ。

 と言いたいところだが、まあ十五歳の若き少年王にそれを言っても聞かぬだろう。

 私は押し黙った。

 

「トーナメントではないが。教会のやっている青空教室や、市井で行われている大学に対して。王国内で一斉学力テストでもやって、優秀ならば引き立ててやるか?」

「良いお考えですが、どうしても不正の問題がありますな。どうせやるならば、王宮で官僚登用試験制度の採用を。王の監視の下でならば、不正も防げます」

「東洋で言う科挙とやらか。それならば出自で判断せずに、英才を集められるな。少しだけ試しにやってみるか……」

 

 科挙は科挙で完璧な問題解決策とは言えないが。

 まあ、少なくとも公正に使える役人を増やすという意味では、やらないよりも良い。

 

「ふむ。我が師よ。今日は単に揶揄うために呼んだのであるが。どうしても二人集まると、内政の話になってしまうな」

「まあ、嫌いではありませんよ。こういうのも」

 

 これは本音である。

 自分が教育機会を与えた若き少年王が、色々と試行錯誤しながらも世の中を良い方向に変えていくというのは、見ていて楽しいものがあった。

 私はすでに燃え尽きてしまったからな。

 そういう意味では、バトンを繋いだと言えるのかもしれない。

 

「まあ、ともあれ用件は済んだ。トーナメントに参列せよ。そして自分の義娘の愛を見届けることだ。我が師よ」

「かしこまりました。まあ、さすがに初参加で優勝はないでしょうがね」

 

 我が義娘エミリアは強い。

 少なくとも私より強いのは認めるところだ。

 だが、戦場経験があるわけでもない淑女である。

 ベスト十六まで残れれば褒めてやりたいだと思うが――

 

「何を言っている、我が師よ?」

 

 王は本当に不思議そうに。

 

「それどころか、下馬評では優勝候補の一角だ。トーナメントに参加が許された貴族の中では、私から見ても彼女は強い。父とて、その才能を見込んで弟子として迎えたのだから」

 

 ちゃんと娘を見守っているのかね、と笑って溜め息を吐いた。

 そこまでか?

 私は戦闘には優れていないので、自分よりもエミリアが強いことぐらいしか分からぬと。

 返答に困って、目を驚愕で見開いた。

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