ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第三話「神が地上へ差し伸べた眩さ」

 

「エミリアといったか。なんでも、私を倒すなどと意気込んでいるそうな? その彼女がトーナメントに参加すると。まあ先公爵夫人のように、女性の優勝者もいないわけではないが」

 

 私はつとめて冷静に、状況を受け入れた。

 正直それどころではないのだがな。

 もしルノワール男爵がこのまま結婚するとなれば、教皇の座に就いて貰うことはさすがに無理がある。

 妻帯者の教皇も例がないではないが、そんなの遙かに昔の話だ。

 腐敗した宗教界への改革として、聖職者独身制が用いられて三世紀が経つ。

 今更時代の逆行をするわけにはいかんし。

 そしてまた、毒と短剣という手段で男爵の結婚を邪魔することも、私には聖職者としてできない。

 なにより素直に、自分の息子にも等しい彼が結婚をするのは喜ばしいということもあった。

 だからだ。

 ひとまずは最善手として、男爵の代わりに教皇にふさわしい候補を探している最中である。

 はっきり言って忙しい。

 探したところで男爵以上に世俗や宗教界に受け入れられる候補など絶対におらんから、惨めで虚しい作業でもある。

 そんな作業を延々と続けている最中に、このニュースだ。

 

「そんなことに関わり合っている暇はないのだが。あの世俗の豚である、先王からの刺客か? 遠回しなリベンジのつもりか?」

「おそらくはそうでしょうな。まあトーナメントに優勝したところで、枢機卿に勝てるということにはなりませんし。とりあえず放置でもよいのでは」

 

 司祭が質問に答える。

 ほっといても良いのではないかという意見だ。

 司祭は私が負けるなど有り得ぬと信じ切っている。

 そして、その信仰はまあ正しい。

 

「それもそうだが」

 

 さて、どうすべきか。

 一応、すでにルノワール男爵から内密に謝罪は受けているのだ。

 自分の義娘が私と結婚したいなどというから、無理な条件として私への勝利を提示してみた。

 ところが義娘たるエミリアはその気になり、やる気満々であり。

 私の軽口が原因で、本当に何の関係もない枢機卿にご迷惑をおかけして申し訳ないですと、深々と謝罪された。

 まあ、普通の女の子なら諦めるところなのだろうが。

 さすがに男爵の義娘、覚悟が決まっている。

 そこのところは素直に褒めても良いが。

 

「一目見ておきたいな」

 

 気にならないと言えば嘘になる。

 私に挑もうという彼女に興味が沸いた。

 私にとっては邪魔な存在であるが、もうシゼル嬢はおそらくこのまま男爵に嫁ぐであろう。

 であれば、そのエミリアが。

 彼女が妻に加わり、二人に増えても三人に増えても、まあ男爵が教皇の地位に就けないのは変わらん。

 だから、どうでもいいといえば、どうでもよかった。

 

「聖職者界隈からもトーナメントに参加者を出しますか?」

 

 だから、司祭の提案も今更なのだ。

 彼女のトーナメント優勝を邪魔するとか。

 私への挑戦を邪魔するとか。

 そういう細々とした嫌がらせを試みるのも恥ずかしい。

 そうだな、戦えば必ず私が勝つだろう。

 だが、本当に男爵の義娘たるエミリアに、心底の愛を感じればわざと負けてやってもよい。

 そんな考えすらある。

 

「ケチな真似はやめておこう」

 

 司祭の提案を拒否する。

 だが、そうだな。

 とりあえず出向くことはしよう。

 

「忙しいところだが、トーナメントの観客としては参加しよう。参戦するつもりはないがね」

「一般客としてですか、それとも枢機卿の立場として?」

「枢機卿としてだな。世俗の豚――もとい現王ヴィルヘルムや、ルノワール男爵と会話を交わしておきたい。とても大事な話だ」

 

 そもそも私の報連相が不足していた点がある。

 その失点は素直に認めなければならぬ。

 事前にキチンと、「再来年辺りは教皇になるからよろしくね」と話をしておけば、男爵もそれなら仕方ないかと結婚を諦めてくれたかもしれない。

 それはそれで心苦しい思いがするが、少なくとも何の話もしてないのは悪かった。

 

「会話というと?」

「具体的には、もう全て話をしてしまおうということだ。教皇になってもらう予定だったが、貴族社会に戻ると言うことではその目はもう無い。そして、最悪の場合について」

 

 最悪の場合だ。

 本当に碌な人材が見つからなければだが。

 

「このまま候補が見つからなければだ。私が教皇となり、このヴィルマイア王国の司教区を去ることになる」

 

 幸い、私にはルノワール男爵と一緒に築いてきた功績がある。

 出自も選帝侯家の次男坊であるからバックアップも期待できるし、この世を悪い方にどうにかしようという野心もない。

 なろうと思えば教皇にだってなることはできた。

 だが、それは寂しいことだった。

 責任を取れと言われれば仕方ない。

 他にマトモな候補がいなければ、私が立ち上がるしかない。

 だがその場合、このまま司教区に滞在することはできなかった。

 

「この司教区に滞在のまま、教皇になることは?」

「司祭よ。それは最も有り得ぬ選択だ。教皇宮殿に赴かねば、世間への示しがつかぬ」

 

 だから、この二年が最後だ。

 そうだな、司教区はそのままルノワール男爵に引き継いで貰うのが一番良いか。

 私が教皇となり、男爵には枢機卿を聖職兼任していただく。

 先にも言ったとおり、聖職者独身制が適用されることを考えれば。

 男爵を枢機卿の聖職兼任にすることにも、かなり困難が予想されるが、一代限りの例外として宗教界には目を瞑って貰おう。

 男爵もまた貴族社会に戻るとあらば、大変忙しいところを心苦しいが、これについては頑張って貰うしかない。

 

「ルノワール男爵とも、あの子とも二度と会えなくなるかも知れぬな」

 

 それを思えば本当に寂しかった。

 あの子と出会って二十五年、沢山の偉業を成し遂げる姿を見てきた。

 彼こそが神に選ばれし者だと思ったのだ。

 だが、神は別な選択肢を彼に示された。

 それは素直に認めよう。

 

「楽しい日々だった」

 

 少しだけセンチメンタルになる。

 陽光がステンドグラスを貫き、七色の光となって堂内へ降り注ぐ。

 神が地上へ差し伸べた眩さである。

 ああ、あの時の光だ。

 私があの子と、ルノワール男爵と始めて出会ったときと同じ光だ。

 

「ジョバンニ枢機卿」

 

 司祭が私の名を呼んで。

 何かを口にしようとして、やがて諦めた。

 

「さて、覚悟を決めるか。城に使者を出せ。私の観覧席は、現王ヴィルヘルムの横にせよとな」

 

 全てに決着をつけよう。

 あの世俗の豚、もとい啓蒙思想かぶれの現王とも和解をしておいて。

 あの子に、ルノワール男爵に自分の司教区を引き継いで貰い、私は教皇となるため司教区を去るのだ。

 今まで彼と成し遂げた事に対する想い出と共に。

 

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