ルノワール男爵の憂鬱 作:道造
「ルーカス君もトーナメントに参加するのかね?」
仕事の息抜きで、最近出来た歳の離れた友人であるルーカス君と食事会を楽しんでいる。
私は食前酒を口にしながら、辺境伯家の三男坊である彼に尋ねる。
彼は人なつっこい笑顔で、ハキハキと答えた。
「はい、ベスト16を目指しています。まあ将来は親父から領地を分けて貰う予定なんですが、そのためには中央で箔をつけてこいと」
「なるほど。辺境伯らしいお考えだ」
トーナメントでは、何も優勝を目指す必要は無い。
それこそベスト16に選ばれれば、王国では前線から中央まで、ありとあらゆる部署から引っ張りだこになるだろう。
平民・貴族の出自は関係ない。
なんなら王国の人別帳、いわゆる戸籍に登録されている必要さえない。
要するに外国からの参加者も認められていた。
かつては祖国を追われた亡命者がトーナメントで優勝し、そのまま王国の貴族に成り上がった例さえもある。
実力がありさえすれば、認められるのが我が王国の良いところだ。
「私の義娘と当たったときは、是非とも手加減をお願いしたいな」
「それは逆に言うことですね。稲妻の速度で飛んでくるストレートなんてどうやって躱すんですか?」
それはそう。
私もこの間受けたとき、事前に来ること分かってもよけられなかったし。
なんなら防御は完全に間に合ったのに、バリアを貫通してくるのだもの。
反則ではないかな、あの技。
「強いな、ライトニングプラズマは」
「強いですよ。というか、あの技を使える時点ですでに強いんですよ。普通の貴族なら一撃も放てないんですから」
それもそう。
実際、習得方法が如何に公爵家の秘伝であるとはいえ、雷系の魔法であれば他にもある。
単純なライトニングボルト(雷撃)。
それを使うだけならば、私にも可能だ。
魔力を電撃に変えるだけのことならば、そこまで難しくは無いのだ。
魔力から電気を産み出す効率を考えると、人力で前世の社会を構築することは不可能だが。
「基本的には身体強化の方が効率がいいからな」
「仰るとおりで。稲妻なんて普通に身体強化すれば防御できますからね」
この世界の人は頑丈で、それこそ鍛えれば崖から飛び降りても死なない。
それでも病魔だけは防げぬがな。
ルーカス君は私に追従して、食前酒を飲み干した後に。
「それはそうと、男爵。なんでも教育改革の仕事を進めているらしいとか」
突然、不思議な事を言い出した。
「え、初めて聞いたけど?」
もちろん滅茶苦茶初耳である。
誰がそんな勝手な噂を。
「え、だって現王ヴィルヘルム様が仰ってましたよ。やはり農家の三男坊であろうが、それが女の子であろうが、一定の教育機会を許されないのは間違っていると。我が師も賛同してくれたと」
「いや、それに近い話は確かにした覚えがあるけれどもさ」
私が口にしたのは官僚登用試験制度の採用のみである。
もちろんそれに対して、できる限り公平であるように。
完全実現は無理でも、教育機会のできる限りの平等を用意する必要はあるが。
「また勝手なことを」
「でもルノワール男爵ならば、思いつかないわけでもないでしょう?」
「まあ実現方法がないわけではない。どんな小さな村でも教会はあるからな。一定の質を担保できる、教師は必ず存在するのだ」
別に、ヴィルマイア王国は民に教育を与えない愚民政策を敷いているわけではない。
そもそも現在進行形で、教育は民に対する道徳教育を説教という形でやっている。
善と悪について、社会倫理について、法について、道徳について。
時には笑い話を交えながらも、娯楽まじりに善良な聖職者は民に教えを説いている。
更に我が弟子であり現王は、優秀ならば出自を問わず引き上げてやるべきだという考えだ。
だからだ、方法はある。
貴族社会と聖職者界隈が手を取り合い、資金を出して協力する形ならば民に一定の教育機会を施すことは可能なのだ。
「とはいえ、知っているだろう? ウチはなあ」
「ああ、まあ貴族社会と聖職者界隈、ウチは滅茶苦茶に仲が悪いですものね」
ジョバンニ枢機卿と先王ルートヴィヒ様は、悪い意味で殴り合うほどの関係だ。
ここでいきなり仲良くしましょうね、民に教育機会を均等に与えられるように協力しましょうね。
両手を取り合って仲良くしましょうと。
そんな感じには、まずいかない。
「まずは和解から始めなければならんのだが。なかなか難しい」
お互いの面子や立場というものがある。
なんでもかんでも簡単に配慮できるわけではない。
「ウチの親父は、まあそろそろ教皇が代替わりするから。あのジョバンニ枢機卿が教皇になって教皇宮殿に行って、その後は黒殿が枢機卿を引き継ぐだろうから。どうとでもなるだろうと考えを」
「いや、まあジョバンニ枢機卿は教皇に相応しい御方だし。そのためには私も支援を惜しまないつもりだが。私は枢機卿になるつもりなどないぞ」
「しんどいからですか」
直球で尋ねてくるな、ルーカス君。
だがその通りだ。
「しんどい。これ以上の仕事を背負うのは難しいよ。仕事とはイコール責任であり、それをこれ以上全うすることは難しいのだよ」
「なればこそ、教育機会の均等化と。官僚登用試験制度が必要なのでは? 別にそこから何人か人を抜いて、自分の補佐官としてもバチは当たらないでしょうに。なんなら、ルノワール男爵の下で働きたいという人間など幾らでもいるでしょうに」
「うーん。いるにはいたが」
保証が無かった。
要するに、仕事を任せる信頼に値する人間かどうかとなれば、なんだかんだコネ紹介。
もしもの際に責任を取るという縁故が必要であり。
この人物が推すならば問題は無いだろうという、背景が必要だったりする。
そして、ルノワール家は親戚がいない。
マトモに使える人間と言えば、執事長の家族に。
自分が後見人として守ってきた、寡婦家庭の貴族や、義娘達。
有能だけれど、どこか責任というものが頭からぽっかり抜けている。
そんな異端の聖職者や、錬金術師や、大学の学徒達。
ああ、これからは義娘の嫁ぎ先にも少しは仕事を頼んでも良いか?
聞いてみよう。
「ルーカス君。ここで自分が後見人として守ってきた、義娘の嫁ぎ先に仕事の協力を仰ぐことは女々しいか?」
「いや、むしろルノワール男爵に見込まれて頼まれたとあれば、喜んでその仕事を誰でも引き受けるんじゃないですか? 報酬が無いわけでも無いんでしょう?」
「まあ、金はもちろんとして。その仕事だけでなく公的に扶持を得るための官職の手配程度は出来るな」
優秀さが保証されていれば、私が直接現王ヴィルヘルム様に謁見を許し、官職を薦めてやらんでも無い。
それぐらいならばできる。
「ルーカス君はどうかね?」
「喜んで、と言いたいところですが、私は親父に進路を決められているのでお手伝いは」
「だろうな」
三男坊とはいえ辺境伯の息子を、小間使いにするのは拙い。
さすがに世間体が悪い。
「その、義娘の嫁ぎ先である子爵殿に頼むのも拙いな」
一人だけ、彼ならば是非とも欲しいという俊英も心当たりはあった。
エミリアの婚約者候補にも名を連ねた子爵殿である。
だがここで、私の『男爵』という地位の低さがネックになってくる。
「子爵側も、本当に困っていれば手助けはしてくれるでしょうし。よろしいかと。その、義娘とは言え、娘の配偶者の父親ですよね? 義父ですよ義父。ルノワール男爵が義父というのは大変悪くない立場ですね」
「そうかな?」
私は首を傾げるが。
「そうですね、子爵殿に頼んでみるのは意外と悪くない考えかと。さすがに本人は忙しいでしょうが、何人か有能な人物を紹介してくれるでしょう」
「目上の階級相手に失礼な話だが、頼んでみるか」
私は肉の一枚にフォークを伸ばし、あむ、と口にした。
「それはそれとして、やっぱり教育機会の平等化は是非ともやって欲しいですね。農家の三男坊だろうが、女の子だろうが、有能な人間が埋もれるのは不愉快だ」
「辺境伯家とはいえ、それは三男坊としての意見かね?」
ちゃんと辺境伯は教育していると思うのだが?
私は首を傾げるが。
「いえ、新時代の人間としての意見です。ヴィルヘルム様と比較されるまでは啓蒙思想じゃありませんが、時代が昔とは違いますからね。今は出自問わず、優秀ならば上にどんどん抜擢されるべきですよ」
「そうか」
ルーカス君の見解は新しい。
同時に好ましくあるが、さて、この王国はそれに適応できるのか。
私は少しだけ不安になりながらも、とりあえずスケジュール管理を執事長に頼んで、子爵に会う機会を捻じ込んで貰うことにした。
色々な仕事の兼ね合いもあり、毎日更新が難しくなっております。
三日に一度程度は更新したいなと思っています。
ご了承ください