ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第六話「これからやること」

 自分の屋敷の庭に訪れて、ガーデンテーブルに座る。

 今日も今日とて仕事を終えて、まあ婚約者を放置するのもなんだから。

 メイド服姿のシゼル嬢も、メイド長も連れてだ。

 少しばかりはティータイムをと、執事長に淹れてもらったハーブティーを喫しているのだが。

 

「エミリアは?」

「トーナメントが終わるまで合宿すると。御父様にはよろしく言っといてね、と伝言だけ聞いております。なんでも熊退治だそうで」

 

 シゼル嬢がやや困惑した顔で答える。

 トーナメントが終わるまで合宿は分かる。

 伝言も承った。

 それはそれとして、熊退治はどこから出てきた。

 

「動物虐待はよくないよ」

 

 当然ながら、よほどの熊が相手でなければ負ける理由もない。

 私はむしろ熊が可哀想だと思ったので、そういう感想になる。

 

「数が増えて困っている。猟師や薬草取りが襲われても困ると森林官から報告があったそうで、仕方ないのでは? 民のためですよ」

 

 シゼル嬢は、やはり困惑した顔で答えた。

 まあそれならいいか。

 先王様も、最近は王宮に姿を見せない。

 おそらくはエミリアと一緒に熊退治に向かったと思われるので、サポートしてくれるなら心配はないだろう。

 多少頭が痛い。

 どう考えても王様の仕事では無いだろうに、熊退治。

 報告した森林官も先王様がやってきたら、対応に困るだろうに。

 

「旦那様、スコーンを焼きましたので。そちらも」

 

 そんな私を慰めるようにだ。

 メイド長がスコーンを勧めるので、とりあえず手をのばす。

 砂糖をふんだんに使ったジャムが付いており、甘い。

 疲れた脳が蕩けるようであった。

 

「えーと、なんだ。私がやるべきことを、本日中に纏めておかねば……」

「休憩時間なのですから、仕事の話は……いえ、ここで仰ってください。家内の事でしたら手伝います」

 

 シゼル嬢は有り難くも協力を申し出てくれた。

 ならば、話をまとめるための壁打ち相手になってもらうか。

 

「なんだ。現王ヴィルヘルム様は、教育機会の平等を求めている。完全には無理だろうが、たとえ農家の三男坊だろうが、女の子だろうが。優秀ならば世に見いだされる機会を与えるべきだと。それには宗教界の、聖職者達の教師としての協力が必須だ。幸い、ウチの王国は金にはあまり困っていない。資金面での協力はできる。教師の苦労を支える技術もある」

 

 幸い、活版印刷はすでに私の子供の頃に発明されている。

 砂糖や石鹸を大量生産する際に工場技術を発展させたので、紙の大量生産もまあ行われている。

 つまり本の価格低下は実現しているので、教科書を大量に作成するには申し分ない。

 これに関しては先王様が凄い頑張ったので、後世において賞賛されるべきなのだが。

 その褒め称えられるべき当の本人は、何故だか熊狩りに出向いているわけだ。

 別にいいけれどさ。

 

「じゃあ解決じゃないんですか?」

「いや、全く。これだけだと何の準備も出来たとはいえない」

 

 教科書はあります。

 教師も揃っています。

 だからといって、じゃあ親が教育を受けさせるかというとそうではない。

 

「子供も、田舎の方だと労働力だからな。授業料が無償、教材費が無料、それだけだと足りない。ただでさえ、何処もかしこも人手不足だからな。猫の手も借りたいほどだ」

「家庭側が、子供という労働力を手放すだけの理由が必要だと?」

「まあそうなる。少なくとも最初は親側に利益を与え、納得を求めることが必要だろう」

 

 パターンによっては、強制的に親から子供を取り上げることも必要だと思うが。

 それはよほどのケースであって、そもそもこの時代での解決は難しいだろう。

 

「学校で朝と昼の食事を出しますか? 子供の食費が浮くとあれば、その労働力を上回る家庭もありましょう」

 

 メイド長が手を上げて、進言する。

 

「非常に良い考えだね、ロクサーヌ。それはまあやるべきだな」

 

 給食制度を実施する。

 悪くない考えであり、是非ともやるべきだろうな。

 幸いにも、王国には金があるのだし。

 啓蒙思想かぶれの若き少年王は、自分の歳費を削ってでも本案を採用するだろう。

 

「ついでにおまけだ、優秀な生徒には奨学金も出そう。これはウチの資金からでもいいな」

「奨学金ですか?」

「一定の成績以上であれば、より高度な学校へ行けるように生活費として奨学金を出す。そこから更に優秀な成績を叩き出すようであれば、王都の学校にて教育を受けてもらう。最終的には国中から英才を集め、官僚登用試験を受けてもらおう。悪くない話だろう? 一市民から成り上がりを果たすロールモデルの提示としては、十分に魅力的だと思うのだが」

 

 だいたい筋道が整ってきた。

 現王に出す叩き台としては悪くあるまい。

 もちろん細かい点は詰める必要があるだろうが、それは私がスポンサーになっている大学の教師や学徒。

 そして現王を集め、膝をこすり合わせて詰めれば良い。

 私一人でなんでもかんでも決めていいわけないしな。

 

「悪くないかと」

「大変よろしいお考えだと思います」

 

 シゼル嬢もメイド長も納得してくれた。

 少なくとも表向き悪い話にはならんだろう。

 

「終わり。解決。閉廷。サヨナラだ。午後は寝たい」

 

 正直言えば、甘い物を食べたせいか満腹で眠たくなってきた。

 やることやったんだから、今日ぐらいは休みたい。

 指先で、閉じた目の瞼を押さえる。

 明らかに疲れているのだ。

 

「ではベッドメイクの準備を。一緒に寝ますか? 私たちは婚約者なわけでして。昼も早くから、そういうことをしても許されると思うのですが」

「疲れていると言っているのだが?」

 

 ロクサーヌの誘いをすげなくあしらう。

 いや、本当に疲れているから、一人でぐっすり寝たい。

 

「冷たいですねえ」

「もう三十五歳なんだよ。疲れているんだよ」

 

 歳を取れば取るほどに、体力が無くなっている気がする。

 いや、厳密には体力の最大ゲージがではなく、回復力が下がっているのだ。

 若い頃は湯水のようにエネルギーが湧き出たものだが、今の私は燃え尽きていて。

 どうにもありとあらゆる物事が億劫になっている。

 これは仕事であって、仕方ないからやるけれども。

 

「執事長に先ほどの事を伝えてくれ。叩き台の書面を作っておいてくれと。すまんが、ちょっと昼寝する」

「かしこまりました。寝る前に歯磨きをしてください」

「分かっているさ」

 

 私はロクサーヌの言うことに従い、大人しく歯磨きをして、うがいをした後。

 久しぶりに一人、ベッドの中に身を埋めることを心底喜んだ。

 あれだ、というか。

 ここから先は激動だろう。

 外国にも影響を与えて、かなりの社会変革が予想される。

 もちろん現王は、我が弟子はそこのところも理解しており、出来れば社会が良いように変化すればよいなあと純粋な善意でお考えなのだろうが。

 我が国は余裕があるからそれでいいとして、他の国の民にバレたら「ヴィルマイア王国はあそこまで民に優しいのに、何故ウチではやらないんだ」とか言い出すのが目に見えている。

 しち面倒臭い。

 さすがに外国からのそんな文句の対応だけは、私に押しつけないでくれ。

 全部、現王様がやってくれ。

 それだけは言い聞かせておかないと。

 そんなことを考えながらも、私はいつの間にか眠りに誘われて。

 冬眠する熊のように、満腹のままベッドの中に沈んだ。





前話ちょっとアカンのと違うかと考えましたが
最終的に直すにしても章が終わった後で良いので、とりあえず更新速度を優先します。
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