ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第四話「ルノワール(黒)」

 

「気分が良いわ! やはり、あの『黒』殿は粋というものを理解しておる! 見事な騎士ぶりであったものよ!!」

 

 ご機嫌である。

 親父はルノワール男爵について、敬意を込めてよく『黒』殿と呼ぶ。

 辺境伯たる親父は、そら豆を油で揚げた庶民的なオツマミを好む。

 好物を口一杯に頬張りながら、琥珀色の酒をぐいぐいと呑んでいた。

 本当に上機嫌である。

 まあ、気持ちは分かる。

 傍から見ていて、大変気分の良い光景であった。

 この三男坊の私からしても、あのルノワール殿の振る舞いは心地よいものだ。

 今にも自殺せんとした令嬢を救い、その犠牲にした掌の痛みなどおくびにも出さず。

 ただただ実直に事態の解決に当たり、令嬢をパーティー会場から見事に浚っていく。

 

「男ならば、常にああも粋でありたいものですね」

 

 素直に感想を口にする。

 親父ほどのマッチョイズム信仰ではないが、騎士などは女性を庇護してこそ価値が光るものだ。

 親父も公爵も拍手喝采するのに引きずられ、私や他の貴族まで拍手してしまったほどだ。

 

「誠にそうよ。あの『黒』殿ほどの男は世間にそうそうおらぬ。今回、お前と顔合わせを済ませられて誠に良かった。今後とも、よくよく縁を維持しておけよ。手紙でも、ちゃんと約束をしての訪問でもなんでもよい。それがお前の今後の立身出世にも繋がる。もちろん、父である私と黒殿との関係維持にもな」

 

 首肯する。

 女漁りもそこそこに、壁際にでも立っているだろうルノワール殿とお会いすることを優先すべきだと。

 そんな親父の勧めに従っておいて良かった。

 もし、あの機会を逃せば、中々顔合わせもすることが叶わぬ御仁だ。

 中々に表舞台には出ぬ人だからな。

 本人は『引きこもり』などと謙遜しているが、あんな働き者の引きこもりがいるものか。

 彼には話しかけることにすらも、『格』というものが求められる。

 確かにルノワール殿は、爵位から見れば男爵に過ぎぬ方だが。

 だからといって、そんじょそこらの男爵や子爵程度がルノワール殿に気安く話しかければ、周囲から軽蔑の視線や、後から公爵家による叱責を与えられるだろう。

 それは辺境伯三男坊の私とて変わらぬ。

 今回はたまたま戦功を挙げたゲスト側で、親父とは手紙友達。

 ルノワール殿も粗略にはこちらを扱わぬだろうという判断で、なんとか面会にこぎつけたのだ。

 ここまで準備していれば、周囲も資格有りと認める。

 良い縁である。

 

「我が国にとっても、我が辺境伯家にとっても大事な男よ。やはり、陞爵についてを公爵や王とも真剣に話し合わなければならん。担当している役目に対し、あまりにも爵位が低すぎる」

 

 また、その話か。

 まあ親父の気持ちは分かるが。

 

「やはり、戦場に出て戦功を挙げねば、なかなか難しい話ではないかと。戦場で功績を積み、陞爵した貴族など世間にいくらでもおりましょうが。それ以外の役目で、たとえ内政や外交でいくら貢献したからといって、それで陞爵を受けた貴族などは一度も聞いたことがありません。あっても家督相続の際でありましょう」

 

 少なくとも、我が国の前例ではそうだ。

 この辺境伯家三男坊たる私も、戦功を積まねば周囲には騎士としてさえ認められなかっただろう。

 戦場に出て貢献をしてだ。

 ようやく爵位というか、辺境伯たる親父からの領土の一部譲渡が許されるのだ。

 猫の額ほどの土地だが、一応は立派な封建領主となることが許される。

 今後も立身出世を目指していかねばならず、そのためにはまた戦場に出ねばならぬ。

 

「わかるが、そんなことはとてもさせられん。お前とて分かっているだろう。先王などは、十四歳の初陣ですらやるべきではないと周囲に言い放ち、黒殿を戦場から必死に遠ざけようとしたのだぞ」

 

 知っている。

 二十一年前だから、十五の自分が生まれる前の話だ。

 十四歳で、それこそ本当に病弱や四肢の一部が欠損しているならば仕方ないが。

 四肢が揃いて、病弱でもなんでもない。

 特に武術に秀でている訳でもないが、逆に劣っているわけでもない彼を戦場に出さないと。

 その選択肢はどこにもなかった。

 少なくとも当時の価値観で、騎士が初陣も経験しないなどあり得ぬと、頭の固い輩から侮蔑を受けることは避けられぬ。

 だがまあ、ルノワール男爵がその後やり遂げる事を少しでも予想できれば、そして当時からの神童ぶりを知れば、先王がそのように口にするのも無理はない。

 もし戦死となれば、その損失は計り知れないものがあった。

 

「まあ、結局はやったがな。厳重な警備と、優秀な武官を揃えて」

 

 安全に安全を重ねて、まかり間違っても戦死だけはあり得ぬように心がけて。

 戦場には出すだけ出した。

 後方地点にポツンとだが。

 

「で、味方の危機を見捨てられず、ルノワール男爵が先頭突撃したんでしたっけ? 警備も優秀な武官も引き連れて、ここで味方を見捨てれば我ら一生の不名誉になると言い放ち。全員が笑って意気揚々と騎馬突撃を」

「それよ!」

 

 びしっ、と親父が私を指さした。

 

「見事な先頭突撃であったぞ! 頭は禿げても、たとえ眼が衰えても、未だに心に焼き付いておるほどの光景よ! 今でも小一時間は語りを通せるぞ!!」

 

 そりゃそうだろうよ。

 それで危機を救われたのが親父だもの。

 辺境伯領では吟遊詩人が今でも定番の一曲『黒の突撃』として歌っているよ。

 兄貴はその頃生まれていたから、まあ辺境伯家はなんとか続いただろうが。

 その時に親父が死んでいりゃ、私が生まれていない。

 感謝すべきなのだろうが。

 

「だから私は何度も言ったのだ! この機会に陞爵しておけと! 黒殿をもう二度と戦場に出せる機会など恵まれぬと! にもかかわらず先公爵も先王も、黒殿を便利な小間使いとして使いにくくなると、それを嫌がりおって! おかげで後々、面倒臭いことになった!!」

 

 親父がキレている。

 まあ言い分は理解できる。

 そのせいで色々と面倒臭いことになったのだ。

 その面倒くささは現在進行形である。

 ルノワール男爵は二度と戦場には出せない。

 理由は色々だが、結論としては国家として使い道が多すぎて出せない。

 先王など、現場判断ではどうしようもなかったとはいえ、二度と戦場には出さぬように息子である現王には厳しく言い含めているし。

 現王とて、男爵を戦場に出したいかというと、明確に嫌がるだろう。

 ではだからといって、ルノワール『男爵』というのはおかしかった。

 国家貢献度でいえば、そこらの貴族などよりも、遙かに――

 

「あまりにも、男爵という立場は黒殿の格に見合っておらぬ」

 

 ようするに、親父が黒殿と呼ぶのは。

 尊敬や敬意や恩義だけではなくて。

 男爵というには、あまりにもルノワールという男には小さな地位ではないかと。

 そう遠回しに国家を批判しているのである。

 

「親父、もう引退した先王や先公爵を責めてもだね」

「いや、いくらでも言うぞ。明確にあの時、上の連中は判断を間違えたのだ。あのときに二階級ほど陞爵しておくべきだったのだ。結果は後から付いてきた」

 

 琥珀色の酒を呑む。

 酔いはいよいよ深くなった。

 これ以上、国家の体制批判には付き合いたくないのだが?

 

「うーん、何か。何かをきっかけにしてだ。我らの戦場などに出すような野蛮な真似はもうさせず、黒殿を陞爵させる方法は……」

 

 ブツブツと何やら呟いている。

 まあ、恩義を返せぬのは親父にとって、あまりにも後悔があるのだろう。

 だから月に一度手紙を送っている。

 もちろん贈り物として、金も、宝石も、特産物も。

 上の者から下位の恩義ある者に、そういった贈り物をするのは賄賂ではない。

 純粋な御礼と、心付けという奴だった。

 だが。

 

「……」

 

 毎月、ルノワール男爵家から返礼として送られてくる品々。

 それに値する物を辺境伯家が贈っているかというと、別な話になってしまう。

 ハッキリ言えば、こちらが得をしている。

 それだけ男爵家の贈り物は時に役に立つことが多い。

 

「うーん、そもそも来月は何を贈れば良いんだ? ウチの領地で取れる珍しい物なら根こそぎ贈ったぞ? まだ前々回の礼も終わっておらぬのに」

 

 親父、悩み始めてしまったよ。

 

「もう酔いも回ったなら、寝たら?」

 

 これ以上酔っ払わないように、就寝を勧める。

 寝た方がいいよ、それを悩み始めると長いし。

 私は嘆息して、とりあえず親父を椅子から立たせて。

 執事を呼び、ベッドに送り届けるようにお願いをした。

 さて、その話題のルノワール男爵は、あの「石ころ」令嬢を今後どうするおつもりなのだろうか。

 まあ、男爵なら悪いようにはしないだろう。

 それだけは間違いない。

 そう考えて、親父のグラスに残った琥珀色の液体を飲み干して、自分も寝ることにした。

 

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