ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

40 / 40
第八話「熊退治」

 

 熊退治である。

 退治の方法はステゴロだ。

 身体強化以外の魔法の一切が禁じられ、タイマンの格闘技術を磨いている。

 

「師父、ライトニングプラズマを用いてはいけないのでしょうか?」

「いかぬ。強力な技術一本に頼りすぎるな。他の戦闘技術が上がらぬ」

 

 師父もまた、私と同じく熊を退治している。

 私一人に任せるには数が多すぎた。

 グリズリー(灰色熊)、身長2メートル50センチ、体重およそ400キログラム。

 それに相対しても、我々は動じずに肉厚の体をぶん殴っている。

 軽いな。

 わが身の体重が軽さを嘆く。

 身体強化をしてなお、自分の女としての小さな体格は不利である。

 グリズリーの一撃を受ければ、怪我は免れない。

 

「この修業は対枢機卿を想定している。真面目にやることだ」

 

 師父が、他のグリズリーにヘッドロックをして頭蓋骨を破壊した。

 苦悶の声を上げて、グリズリーが崩れ落ちるのを横目にする。

 師父の、王族の男として恵まれた頑健なる体躯が素直にうらやましい。

 だが、私には女に生まれた喜びというものがある。

 父ルノワールと結婚できるのだ。

 愛し合えるのだ。

 あの枢機卿さえ倒せればであるが。

 

「枢機卿は強い、それこそステゴロなら師父より強いとお聞きしていますが。如何ほどなのでしょうか?」

 

 正直言えば、枢機卿の強さを知らなかった。

 身長190センチのガチムチマッチョ体型。

 とはいえ、もう齢は60を過ぎているのも事実であった。

 全盛期の強さは維持できていないだろう。

 

「我々のように強力な貴族なれば、素手でグリズリーも殺せるようになるが――」

 

 熊の振り下ろしをダッキングで躱す。

 すかさず、リバーブローを入れた。

 私の強烈な一撃は、鉄板をもぶち抜く拳である。

 たとえどれだけの脂肪と筋肉を蓄えていようが、苦でも無い。

 たまらずグリズリーが悲鳴を上げた。

 

「枢機卿は若き頃、竜をヘッドロックで殺したことがあるのだよ」

「竜を?」

 

 竜殺し。

 それもステゴロでだ。

 さすがにそれは初耳である。

 

「竜といっても下等(レッサー)だが。それでも竜は竜。ドラゴンスレイヤーに変わりはない」

「はあ」

 

 フットワーク。

 俊敏に動き回り、グリズリーを混乱させる。

 熊は早いが、身体強化した私ほどではない。

 背中に蹴りを入れ、転倒させる。

 

「師父ならば竜を殺せますか?」

「名刀さえあれば、とは思うが。相手が竜となると命がけになるだろうな」

 

 踏み下ろし。

 グリズリーの背に乗り、思い切り頭を踏みつけた。

 頭の骨が砕ける感触。

 足らぬ。

 まだ足らぬ。

 残心を忘れず、心臓に下段突きを放って破壊する。

 

「火を吹き、空を飛び、知恵が回るドラゴンとなるとだ。飛び道具なしではなかなか……」

「では枢機卿はどうして?」

「拾った石を投げて翼を突き破り、地面に落ちたところで尻尾を掴みジャイアントスイング。平衡感覚を失ったところで地面に頭から叩き付け。そのまますかさずヘッドロックだ。奴は投石こそが人間単体に与えられた、至上の攻撃方法と口にしていたな」

 

 ほとんど人ではないな。

 すっと立ち上がり、グリズリー二体の死体を確認する。

 

「この一週間で30頭を仕留めました。死体はいつものように?」

「森林官に引き渡す。毛皮や肉は金銭に変わり、民に振る舞われることになるが――構わんか?」

「お小遣いには困っていないので」

 

 父ルノワールは娘達に甘かった。

 生活で不自由した記憶などは欠片も無い。

 

「さて。熊と戦うコツはつかめたか?」

「おおよそは。腕力任せの雑な攻撃が目立ったのが玉に傷ですが――」

 

 それでも、ためにはなった。

 一撃一撃が、人体を跳ね飛ばして破壊する必殺技。

 枢機卿も同様の打撃技を放ってくるだろう。

 私はそれに対して避ける、散らす、反らすを学んだ。

 良い鍛錬の日々であったが。

 

「師父、正直に言います。足りますか?」

「というと」

「今の私の力で、枢機卿を跪かせることは可能でしょうか?」

 

 大事な質問であった。

 師父は枢機卿の強さについて、一つも濁さなかった。

 龍殺しに熊殺し程度が勝てるかと言えば、明確に否である。

 

「無理だな」

 

 師父、ヴィルマイア王国先王たるルートヴィヒが石を拾い上げた。

 みしみしと、その手の中で石が音を立てている。

 

「たとえばエミリアは私に勝てないだろう。ライトニングプラズマを用いてもだ。私はそれに対処する方法がいくつか思い浮かぶ」

「では、今回の修行は」

「まあ聞け、そう急くな」

 

 破砕の音を立てて、石が砕け散った。

 手を開き、さっと砂のように砕け散った石が地面に落ちる。

 

「奴は手抜きをする。全身全霊でエミリアには挑まぬ」

「というと」

「女だから、子供だからと舐めているのでは無い。心証というものがある。仮にエミリアを公然と叩きのめしては、ルノワールはどうする?」

 

 えーと、と少しだけ悩むが。

 結論はすぐに出た。

 

「怒りますね。枢機卿にとっては迷惑な話でしょうが」

「そう、怒る。挑まれた枢機卿側にとっては理不尽な話だが、ルノワールは確実に分別を失う。お前のことが大事だからだ、エミリアよ。おそらく奴は、その怒りについて愛娘であるからか、それとも自分が将来抱く女であるからか。その分別さえついておらぬだろうがな。ともあれ怒る。枢機卿ならば手加減できたはずではないかと」

 

 そう言われると、悪い気はしないが。

 まあ枢機卿は全力を出さないと。

 私を甘く見てはいないが、どうしても手を抜かざるを得ない。

 

「そこが枢機卿の甘さだ。付け込む隙がある。それに、我が弟子エミリアよ。私と違い、まだお前は成長段階だ。十六歳の若さという伸びしろがある。今回のヴィルマイア王国最強トーナメントで、お前の実力は更に伸びるだろう」

「そうでしょうか?」

 

 私としては疑問に思う。

 この熊退治で、間違いなく自分の実力は上がったが。

 まだ師父には到底叶わぬし、なれば枢機卿にも勝てぬと。

 正直なところ、私は実力不足を感じているのだが。

 

「訓練には訓練でしか作れぬ素地。実戦では実戦でしか伸びぬ駆け引き、伸びしろが存在する。悩め、エミリア。その懊悩こそがお前を強くする」 

 

 なるほど、理解した。

 今回の訓練は必要であったし、トーナメントで優勝することも必要だ。

 そこまでやって、ようやく枢機卿に手が届く。

 

「チャンスは一度きりでは無い。おそらく、枢機卿はそろそろ教皇となるために我が王国を立ち去ることになるであろうが――それまでに数回のチャンスがあるのだ」

「……押忍」

 

 私は左手で右手の拳を包み込んで胸の前に構える。

 抱拳礼である。

 カンフーだ!

 今回の熊退治で、私は師父から東洋のカンフーとカラテが相交じった、奇妙な技術を学んだ。

 尊敬・感謝・忍耐の精神。

 それを縮めて、抱拳礼のままに、こう口にする。

 『押忍』と。

 

「枢機卿を倒せ! エミリア! 私が枢機卿に食らった屈辱を覆し、ルノワールを勝ち取るのだ」

「押忍!」

 

 私は叫んだ。

 枢機卿を倒そう。

 師父の屈辱を晴らそう。

 そして――ありとあらゆる人から祝福を受け、お父様の妻となるのだ。

 ルノワール男爵夫人として、あの人の負担を一緒に背負うのだ。

 そこには沢山の苦労があるだろうけれど、お父様と一緒ならそんなの苦でも無い。

 愛する人の側にいられるならば、これ以上の幸福は無いのだから。

 





 「貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士」7巻書籍化作業で更新が遅れていました。
 申し訳ありません。
 週一くらいの速度で今後は本作を更新できればと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

カス女ハーレム(作者:大豆亭きなこ)(オリジナル現代/恋愛)

カス女でハーレムを作ろうとする男が奔走する話。▼『愛でどこまで許容できるのか。露悪的ラブコメディ』▼※カクヨムにも投稿中です。


総合評価:5686/評価:8.95/連載:12話/更新日時:2026年05月30日(土) 19:50 小説情報

剣聖「騎士団の教官になったから、気合い入れて厳しめに鍛えたら教え子全員殺意マシマシのガンギマリ集団になった」(作者:アスピラント)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

かつて“歴代最強”と謳われた剣聖レクスディア。▼しかしある任務を境に、彼は第一線を退くことを余儀なくされる。全盛期の力を失い、戦場に立てなくなった彼が選んだ第二の道――それは騎士団の教官として、後進を育てることだった。▼「俺の代わりになる騎士を育てる」▼その一心で、かつて自分が受けてきた以上の厳しい鍛錬を課すレクスディア。▼だがその指導は、想像以上の成果を生…


総合評価:4127/評価:8.15/連載:14話/更新日時:2026年05月01日(金) 07:05 小説情報

ミリ知ら転生超銀河悪役領主(作者:新人X)(オリジナルSF/戦記)

1mmも知らないSFファンタジーRPGのストーリー序盤で死ぬ帝国貴族に転生したストラテジーゲーマーが、ストーリーをガン無視で人型機動兵器を開発して覚悟ガンギマリの激重秘書官と一緒に銀河制覇を目指す話▼※この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています。


総合評価:6227/評価:8.3/連載:43話/更新日時:2026年03月18日(水) 18:05 小説情報

自分の事をNTRエロゲの竿役だと思っているおじさんVS幼少期から光源氏(動詞)されたが嫌いになるわけないシスター(作者:心理的継続性を持つおじさん)(オリジナルファンタジー/コメディ)

今更転生自覚おじさん「やべぇ…NTRエロゲの竿役おじさんじゃん。作品としては楽しめるけど、現実はNGなんだよね。主人公君と結ばれて幸せにおなり。ってことで身を引くね」▼幼少期の頃から光源氏(動詞)されたが生活のほとんどを握られていたり、欲しいものは言えば買ってくれたり、ちょっかい掛けても怒らない為に嫌いではないし、なんなら結婚するんだろうなと思ってそれなりに…


総合評価:7170/評価:8.56/連載:27話/更新日時:2026年05月12日(火) 13:47 小説情報

人の生き様大好き系上位存在が蔓延る世界に生まれ落ちた生存本能極振り転生者(作者:せぞんのう)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

その世界には人間の輝きが大好きな悪魔が無数にいた。▼死を経験したことで生存本能に意識を極振りした転生者のルセラは、悪魔を利用してでも生き残ることを画策する。▼しかしその姿は悪魔たちにとって、性癖ど真ん中をぶち抜く行為だった。▼しかも生き残るためにあらゆることをやってのけるこの異常者の行動は悪魔の想像の遥か斜め上を行く所業ばかり。▼やがて、生存本能極振り転生者…


総合評価:9441/評価:8.87/連載:10話/更新日時:2026年05月08日(金) 07:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>