ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第八話「熊退治」

 

 熊退治である。

 退治の方法はステゴロだ。

 身体強化以外の魔法の一切が禁じられ、タイマンの格闘技術を磨いている。

 

「師父、ライトニングプラズマを用いてはいけないのでしょうか?」

「いかぬ。強力な技術一本に頼りすぎるな。他の戦闘技術が上がらぬ」

 

 師父もまた、私と同じく熊を退治している。

 私一人に任せるには数が多すぎた。

 グリズリー(灰色熊)、身長2メートル50センチ、体重およそ400キログラム。

 それに相対しても、我々は動じずに肉厚の体をぶん殴っている。

 軽いな。

 わが身の体重が軽さを嘆く。

 身体強化をしてなお、自分の女としての小さな体格は不利である。

 グリズリーの一撃を受ければ、怪我は免れない。

 

「この修業は対枢機卿を想定している。真面目にやることだ」

 

 師父が、他のグリズリーにヘッドロックをして頭蓋骨を破壊した。

 苦悶の声を上げて、グリズリーが崩れ落ちるのを横目にする。

 師父の、王族の男として恵まれた頑健なる体躯が素直にうらやましい。

 だが、私には女に生まれた喜びというものがある。

 父ルノワールと結婚できるのだ。

 愛し合えるのだ。

 あの枢機卿さえ倒せればであるが。

 

「枢機卿は強い、それこそステゴロなら師父より強いとお聞きしていますが。如何ほどなのでしょうか?」

 

 正直言えば、枢機卿の強さを知らなかった。

 身長190センチのガチムチマッチョ体型。

 とはいえ、もう齢は60を過ぎているのも事実であった。

 全盛期の強さは維持できていないだろう。

 

「我々のように強力な貴族なれば、素手でグリズリーも殺せるようになるが――」

 

 熊の振り下ろしをダッキングで躱す。

 すかさず、リバーブローを入れた。

 私の強烈な一撃は、鉄板をもぶち抜く拳である。

 たとえどれだけの脂肪と筋肉を蓄えていようが、苦でも無い。

 たまらずグリズリーが悲鳴を上げた。

 

「枢機卿は若き頃、竜をヘッドロックで殺したことがあるのだよ」

「竜を?」

 

 竜殺し。

 それもステゴロでだ。

 さすがにそれは初耳である。

 

「竜といっても下等(レッサー)だが。それでも竜は竜。ドラゴンスレイヤーに変わりはない」

「はあ」

 

 フットワーク。

 俊敏に動き回り、グリズリーを混乱させる。

 熊は早いが、身体強化した私ほどではない。

 背中に蹴りを入れ、転倒させる。

 

「師父ならば竜を殺せますか?」

「名刀さえあれば、とは思うが。相手が竜となると命がけになるだろうな」

 

 踏み下ろし。

 グリズリーの背に乗り、思い切り頭を踏みつけた。

 頭の骨が砕ける感触。

 足らぬ。

 まだ足らぬ。

 残心を忘れず、心臓に下段突きを放って破壊する。

 

「火を吹き、空を飛び、知恵が回るドラゴンとなるとだ。飛び道具なしではなかなか……」

「では枢機卿はどうして?」

「拾った石を投げて翼を突き破り、地面に落ちたところで尻尾を掴みジャイアントスイング。平衡感覚を失ったところで地面に頭から叩き付け。そのまますかさずヘッドロックだ。奴は投石こそが人間単体に与えられた、至上の攻撃方法と口にしていたな」

 

 ほとんど人ではないな。

 すっと立ち上がり、グリズリー二体の死体を確認する。

 

「この一週間で30頭を仕留めました。死体はいつものように?」

「森林官に引き渡す。毛皮や肉は金銭に変わり、民に振る舞われることになるが――構わんか?」

「お小遣いには困っていないので」

 

 父ルノワールは娘達に甘かった。

 生活で不自由した記憶などは欠片も無い。

 

「さて。熊と戦うコツはつかめたか?」

「おおよそは。腕力任せの雑な攻撃が目立ったのが玉に傷ですが――」

 

 それでも、ためにはなった。

 一撃一撃が、人体を跳ね飛ばして破壊する必殺技。

 枢機卿も同様の打撃技を放ってくるだろう。

 私はそれに対して避ける、散らす、反らすを学んだ。

 良い鍛錬の日々であったが。

 

「師父、正直に言います。足りますか?」

「というと」

「今の私の力で、枢機卿を跪かせることは可能でしょうか?」

 

 大事な質問であった。

 師父は枢機卿の強さについて、一つも濁さなかった。

 龍殺しに熊殺し程度が勝てるかと言えば、明確に否である。

 

「無理だな」

 

 師父、ヴィルマイア王国先王たるルートヴィヒが石を拾い上げた。

 みしみしと、その手の中で石が音を立てている。

 

「たとえばエミリアは私に勝てないだろう。ライトニングプラズマを用いてもだ。私はそれに対処する方法がいくつか思い浮かぶ」

「では、今回の修行は」

「まあ聞け、そう急くな」

 

 破砕の音を立てて、石が砕け散った。

 手を開き、さっと砂のように砕け散った石が地面に落ちる。

 

「奴は手抜きをする。全身全霊でエミリアには挑まぬ」

「というと」

「女だから、子供だからと舐めているのでは無い。心証というものがある。仮にエミリアを公然と叩きのめしては、ルノワールはどうする?」

 

 えーと、と少しだけ悩むが。

 結論はすぐに出た。

 

「怒りますね。枢機卿にとっては迷惑な話でしょうが」

「そう、怒る。挑まれた枢機卿側にとっては理不尽な話だが、ルノワールは確実に分別を失う。お前のことが大事だからだ、エミリアよ。おそらく奴は、その怒りについて愛娘であるからか、それとも自分が将来抱く女であるからか。その分別さえついておらぬだろうがな。ともあれ怒る。枢機卿ならば手加減できたはずではないかと」

 

 そう言われると、悪い気はしないが。

 まあ枢機卿は全力を出さないと。

 私を甘く見てはいないが、どうしても手を抜かざるを得ない。

 

「そこが枢機卿の甘さだ。付け込む隙がある。それに、我が弟子エミリアよ。私と違い、まだお前は成長段階だ。十六歳の若さという伸びしろがある。今回のヴィルマイア王国最強トーナメントで、お前の実力は更に伸びるだろう」

「そうでしょうか?」

 

 私としては疑問に思う。

 この熊退治で、間違いなく自分の実力は上がったが。

 まだ師父には到底叶わぬし、なれば枢機卿にも勝てぬと。

 正直なところ、私は実力不足を感じているのだが。

 

「訓練には訓練でしか作れぬ素地。実戦では実戦でしか伸びぬ駆け引き、伸びしろが存在する。悩め、エミリア。その懊悩こそがお前を強くする」 

 

 なるほど、理解した。

 今回の訓練は必要であったし、トーナメントで優勝することも必要だ。

 そこまでやって、ようやく枢機卿に手が届く。

 

「チャンスは一度きりでは無い。おそらく、枢機卿はそろそろ教皇となるために我が王国を立ち去ることになるであろうが――それまでに数回のチャンスがあるのだ」

「……押忍」

 

 私は左手で右手の拳を包み込んで胸の前に構える。

 抱拳礼である。

 カンフーだ!

 今回の熊退治で、私は師父から東洋のカンフーとカラテが相交じった、奇妙な技術を学んだ。

 尊敬・感謝・忍耐の精神。

 それを縮めて、抱拳礼のままに、こう口にする。

 『押忍』と。

 

「枢機卿を倒せ! エミリア! 私が枢機卿に食らった屈辱を覆し、ルノワールを勝ち取るのだ」

「押忍!」

 

 私は叫んだ。

 枢機卿を倒そう。

 師父の屈辱を晴らそう。

 そして――ありとあらゆる人から祝福を受け、お父様の妻となるのだ。

 ルノワール男爵夫人として、あの人の負担を一緒に背負うのだ。

 そこには沢山の苦労があるだろうけれど、お父様と一緒ならそんなの苦でも無い。

 愛する人の側にいられるならば、これ以上の幸福は無いのだから。

 





 「貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士」7巻書籍化作業で更新が遅れていました。
 申し訳ありません。
 週一くらいの速度で今後は本作を更新できればと思います。
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