ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第九話「謝りたくねえなあ」

 

 全ては順調に事が運んでいる。

 我が師が枢機卿を説得し、聖職者の増員も呑んでくれた。

 若き官僚達は必死に教科書を作るために日夜討論を繰り返している。

 だからだ。

 後の用件は一つ、私が頭を下げることだけなのだが。

 

「謝りたくねえなあ」

「何がそんなに嫌なんです。そこまで傲慢でもないでしょうに」

 

 現公爵。

 セバスティアンが髭を撫ぜながら、困った顔で首を傾げる。

 

「いや、何が嫌ってさあ。相手は私の謝罪を望んでいるわけだよな」

「まあ枢機卿は貴方個人の謝罪を望んでいますね。ヴィルマイア王国の少年王としての謝罪では無くて、貴方個人の謝罪ですよ」

「問題はそこよ」

「というと?」

 

 セバスティアンは何が駄目なんだ、という表情だが。

 何もかも駄目だろう、という感じで私は答える。

 

「王として枢機卿に謝罪しろと、民への施しのために謝罪しろというならば、いくらでも謝ろう。教育改革のためにだ、王として民に対し、責任というものを私は背負っている自覚がある。そのためにならば、奴の小便を頭にかけられても我慢しようというものだ」

 

 忍耐である。

 困難に直面しても押し通すこと。

 苦しくても耐え忍ぶこと。

 縮めて押忍と呼ぶ。

 東洋で言うところのカラテである。

 なれどだ。

 

「あの枢機卿、私個人に、ヴィルマイア個人に謝れとぬかしていやがる。何様のつもりだ」

「何様というと、まあ枢機卿ですよ。しかも次期教皇ですよ。仕方ないじゃないですか」

「嫌だよ、謝りたくねえなあ」

 

 私は拗ねている。

 我が師の口ぶりを真似て拗ねている。

 我が師ならば叱責するところだろうが、今はセバスティアンしかいない。

 だから足をジタバタとさせて、子供らしく拗ねるのだ。

 

「別に地面に手をついて頭をこすりつけ、五体投地しろという要求では無いんですよ? 正式にキチンと頭下げて謝れってだけでしょう?」

「わかっているさ」

 

 キチンとわかっているから嫌なんだよ。

 要するに、今までやってきたことを謝れって事だろう?

 

「長い闘争だったな」

 

 あの枢機卿との戦いを感じたのは五歳の時か?

 我が師がまだ若く二十五歳で、私の教育係を任じられてからであった。

 度々に訪れて、また呼び出して、時々楽しい授業が中断になることがある。

 原因は枢機卿だった。

 大体がトラブルを解決するためであり、話の内容を聞けば仕方の無いことであったが。

 それはそれとして不快である。

 我が師の義娘や後見人となっている子供達、そして私にとってだ。

 我が師との大切な時間を、枢機卿に奪われることは子供心に不快であったのだ。

 だからまあ、色々と闘争を繰り広げてきた。

 

「枢機卿は教皇となるために、二年後には司教区からいなくなります。勝負をくっきり、枢機卿側の勝ちということで終わらせたいのでしょうね」

「その区切りとしての謝罪だろう? わかっている」

 

 我が師の知恵と労力を奪い合ってきた。

 そのためには色々な策を講じてだ。

 お互いに嫌がらせをしてきた。

 

「とりあえず銀貨30枚で多数の裏切り者を聖職者に出したことについては、まあ謝罪を求められるかと」

「裏切った奴が悪くない?」

「その言い訳は通じないですよ。皆、理由があっての裏切りでは無いですか」

 

 セバスティアンが、無理な言い訳だと否定する。

 まあ確かにそんな気はする。

 そもそも我が王国の銀貨30枚は職人の一年分の年収に匹敵する額であるが。

 まあ逆に言えば、それぐらいの価値である。

 聖職者がわざわざ自分の立場を危うくしてまで裏切る価値はない。

 だからだ。

 

「実家が領地経営でやらかして金に困っているとか。別に裏切りたくないけど開拓地の予算が足らなくて、領民に施しをするためにとか。そういう理由で裏切る聖職者が多かったな。我欲を理由としての裏切りは皆無であった」

「もう枢機卿に普通に怒られて当然では? 完全にこちら側が悪いじゃないですか」

「いや、便利だったんだよ。どこの貴族家が困窮しているかとか、どこの開拓地が金に困っているかとか。貴族とか代官とかは面子があって中々言えないからさあ」

 

 ちゃんと、後で父親に話してフォローはしてやったんだ。

 だから彼らには恨まれていない。

 むしろ感謝されているぐらいだ。

 ただ、枢機卿の顔には思い切り泥を塗りたくっただけで。

 その泥はまだ剥がれ落ちていないことに、ちょっとばかし枢機卿は怒っているかもしれないけれども。

 

「他には、なんかあったっけ?」

「あれです。異端を当王国で保護しているのは拙いかと。繰り返しますが、次期教皇相手にそれは頂けないかなと」

「いや、それは我が師が最初にやったことじゃないか」

 

 異端の革新的な思想、教義、技術への保護。

 これは我が師が最初に「来歴問わず、信仰問わず、知恵ある者を集めよ」ということでだ。

 私が責められる理由には――

 

「あれはあくまで流行病を退治するために、ありとあらゆる無謀で狂気の科学者を集めるという大正義の根拠がルノワール男爵にありました。事実、それで解決したのだから誰も罪には問いません。外国からの感謝の爵位や勲章を辞退するのに、我らの父が苦労したほどではないですか」

「まあそういう話があったことは聞いている。では、かまわぬのでは?」

「あくまで男爵は期間限定のつもりでしたのに、未だにヴィルマイア王国は保護を止めておりません。これは問題ではないかと」

 

 まあ、それはそう。

 いつの間にやら、我が王国は異端共の保護地になっている。

 なんならやらかして逃げてきた亡命者だって珍しくも無い。

 こうして話し相手をしてくれている、セバスティアンだって問題視をしている。

 何かやらかしたら即ギロチンにすべきだと。

 それには私も同意見だし、そうすべきであるとは思っているが。

 

「……これからも見逃してやるから、お前キチンと頭を下げとけよと?」

「今回はその意味もあって頭下げとけ、少なくともお前個人は破門にしない、忠実な根拠を見せろということでしょうね。たとえ異端が問題を起こしても、ヴィルマイア王国そのものを問題視することがあっても、聖戦はせずに異端の引き渡し要求までにしてやるから頭を下げろと。そういう意図もあるでしょう。こちらについては、まあ置き土産かもしれませんよ」

 

 小癪な真似をする。

 だが、まあ仕方ない。

 そういったことを考えれば、頭を下げるというのは仕方ない。

 誰にでも明らかな現実なのだが。

 

「結局のところ、だ。枢機卿は未だに我がヴィルマイア王国を一つの実験国家として観察しているのか?」

「その向きはあるかと」

 

 不愉快である。

 確かに我が師は有能だし、敬愛している。

 それはそれとして、我が師の存在ありきで成立している実験国家として、我がヴィルマイア王国を見做されるのは不愉快だ。

 で、だ。

 それらの感情を纏めた一つの言葉がこうだ。

 

「謝りたくねえなあ」

 

 私は愚痴のように、繰り返した。

 謝れば大体片付くのは分かっているけど、謝りたくない。

 

「でも謝るんでしょう」

「仕方ないから謝るけどさあ」

 

 頭では理解している。

 ただし納得はできない。

 人間は正論を求めているのでは無く、時に納得を優先するのだ。

 これは我が師の言葉であったか?

 

「わかったよ。わかった。当日までには謝罪の言葉の一つも考えておくさ」

 

 ヴィルマイア王国トーナメントまで、あと一週間。

 少年王として準備することは、それだけであった。

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