ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十話「トーナメント開催」

 エミリアは結局、熊退治を終えてからも家に帰ってこなかった。

 一度くらいは顔を見せると思ったのだが、そのままトーナメントに直行したらしい。

 やる気がそがれるのを嫌がったのだろうか?

 彼女の心境はよく分からないが、まあどうしようもない。

 私から少し離れた席にはジョバンニ枢機卿が座り、更にその隣にはヴィルヘルム王が座っている。

 枢機卿と少年王は良い。

 立場としては同格で、互いに座っていても不思議は無い。

 だがそれに男爵に過ぎない私が並ぶ立場で座っているというのは気まずい。

 私は立っていようかと進言したが。

 セバスティアン現公爵に「ならば私と一緒に、少し離れた席に」と薦められたので、そうしている。

 さて、役者は揃った。

 トーナメント自体はエミリアの活躍が気になるが、基本的にはどうでもよろしい。

 娘の身が無事であればどうでもよいのだ。

 大事なのは、枢機卿と王様の和解であって、なんとかそれを進行せねばならぬのだが。

 

「……」

「……」

 

 なんでお前が隣に座っているんだとばかりに目を逸らし、一向に話が進まぬ。

 和解する気、あるんだよね?

 ちゃんと私は段取りしたよ?

 

「ジョバンニ枢機卿、ヴィルヘルム王、その様子では話が進みませんぞ」

 

 仕方なくも嘴を突っ込む。

 ようやく、本当に嫌だけどと、のろのろと二人が口を開こうとした瞬間に。

 

「それではヴィルマイア王国最強トーナメントを開催します!!」

 

 空気を読まず、金属製の銅鑼が叩かれて大きく鳴り響く。

 全員がひとまず、四角形の闘技場に設けられた舞台に視線を向けた。

 闘技者を見守らないというのは、あまりに作法として無礼だからだ。

 

「さて、今年のベスト16はどんな顔ぶれかな?」

 

 王が口を開く。

 すでにトーナメントの一次審査から三次審査で数百名の参加者は選別が済んでいる。  

 この闘技場にて現れるのは、この国でも優れたる闘技者ばかりだ。

 東門、西門が開け放たれて、ここまで勝ち抜いた闘技者がエントリーしてくる。

 アナウンサーが『蛮族が跋扈する東方辺境を生き抜いた若き騎士。ルーカス・フォン・アイゼンヴァルト!』と煽り文句を口にした。

 

「辺境伯家の三男坊が地味におるな。こうしてみると、あんまり親に似ていないな」

 

 ルーカス君がいる。

 相変わらず穏やかな顔つきで、ハゲ辺境伯にはまるで似ていない。

 母親似なのだろうか。

 

「さすがに戦場帰りということでしょうか。ベスト16にキッチリ残ったようですな」

 

 公爵が素朴な感想を寄せた。

 まあ顔見知りがキッチリ残ったのは素直に嬉しい。

 

『社交界の寵児にして、若き獅子! オズヴァルド・フォン・ホーエンベルク!!』

 

 さらっとオズヴァルド子爵も生き残ったらしい。

 さすがに優秀なだけはある。

 義理の息子が勝ち上がってきたのだ、ささやかな拍手をしてあげる。

 それに気付いたのか、ひらひらと子爵が私に手を振った。

 

「いきなりこの二人か。どちらを応援するのだ、我が師よ」

 

 最近出来た友人か、義理の息子か。

 選べと言われれば、まあ後者にしておくべきなのだろうが。

 

「私はどちらも応援しますよ。それが本音です」

 

 どちら側に付くことも出来ぬ。

 素直に勝った方を賞賛し、負けた方にも拍手を贈ろう。

 それにだ。

 大変申し訳ない話として、彼らには貴族としての名誉が掛かっている大事な試合なのだろうが。

 

「そうか。友人と義理の息子、どちらを選ぶかは難しいか」

「なかなか。関係もそこまで深い二人とは言えないもので」

「なるほど、では関係が深ければどちらかは選べるか」

 

 ベスト16に残ったのだから、最低限の栄誉は保証されたのだ。

 どっちが勝とうが大事では無い。

 だからこそトーナメントはガン無視させてくれ。

 私には余裕がない。

 今回優先すべきは、王と枢機卿の仲直りであって。

 

「実際のところ、我が師は枢機卿と可愛い弟子、どちらが大事なのだ。ここで確認しておきたい」

「ふむ。それは是非ともお聞きしたいところですな。まあ沢山いる弟子の一人程度にそこまで情をかけるなど、有り得ぬでしょうが」

 

 こっちはそれどころじゃないから。

 なんでか知らんが「お前はどっちの味方やねんな」と現王と枢機卿に詰められてる有様だから。

 

「……あのですね」

 

 私は少し考えるが。

 アイツと私どっちが大事なのさ? と迫られても困るのだ。

 女の子に迫られたならともかく、老枢機卿と少年王に迫られてもな。

 私はホモセクシャルではないのだから。

 

「王におかれましては、度々貴方が我が師と言ってくださるように。不敬でさえないかと思いますが、弟子として当然我が身のように可愛いと思っております」

 

 とにかく、私はおもねりの言葉を吐くことにした。

 

「枢機卿に対しては、当然ながら25年もの間、衆生を救おうと共に努力してきた関係です。こちらも私にとっては大事な関係で、私は枢機卿を敬愛しております」

 

 この状況で他にどうせいいうねん。

 とにかく私は嘘ではなく、真っ正直に敬愛を口にした。

 二人は頷き、一瞬だけ満足したかのように見せたが。

 

「それでどっちが大事なんだ? 我が師よ、それは質問に対する回答ではない」

「回答になっておりませんな。結局のところ、どちらの味方なのですか?」

 

 それで騙されてくれる輩では無い。

 なんだ、メンヘラの恋人じゃないんだから。

 今の言葉で納得してくれよ。

 

「どちらと言われましても」

 

 どちらか選べるような関係性でも無いだろう。

 私は師として、現王が求める教育を施したし、これからも国家運営に協力していくつもりだ。

 もう再来年には枢機卿として、この王国の司教区を引き継ぐつもりでもいる。

 あなた方の要求は全て叶えた。

 すでに、やるべきことは全部やってるじゃないか。

 

「……選べるような関係では無いでしょうに。どちらも大事ですよ」

 

 この上で、どちら側にお前は付くのか明確にせよ、と言われても困る。

 コウモリ仕草では無い。

 どちら側の要求も全て果たした上で、お前の真意はどないやねんと言われても困る。

 

「……」

 

 私は隣にいる公爵に視線を飛ばした。

 私はやるべきことをすべてやっているから、他の人がどうにかすべきだった。

 

「王よ、そして枢機卿よ。ここはルノワール男爵が必死になって設けた和解の場だということは理解しておりますよね? それを争いの場にするのは、あまりにも無体ではないかと」

 

 さすがに公爵は視線を逸らさず、助け船を出してくれた。

 

「特に王よ。これは貴方がキチンと枢機卿に謝罪する場であって、別にルノワール男爵の好感度がどちらに向いているかを議題にする場ではないのですよ」

 

 うん、その通り。

 何を言い出してるんだ、この人達は。

 特に舞台も無く、四角い闘技場のど真ん中ではルーカス君とオズヴァルド子爵はどつきあっている。

 どちらも名誉がかかっているから勝つために必死だ。

 どうでもいいけど。

 すまないが、彼らのどちらが勝とうがだ。

 今現在の私にとっては心底どうでもいい。

 

「それはそれ。後でちゃんとやるさ。嫌だけどやるさ。その前にだ、枢機卿猊下も無事に教皇聖下となって、二年後には我が国から『いなくなってくれる』のだ。ここらでハッキリとさせておきたい。この不快な老いぼれが消えていなくなる前にだ」

「そうですな。どちらが大事なのかは、一度聞いておきたいところですな。少なくとも、そこの小生意気なガキ風情に我らの二十五年の間に築いた絆がどれほど尊いか、ハッキリ分からせてやる必要があります」

 

 なんだよ、この面倒臭い二人は。

 私は溜め息を吐きながら、どうやって現状を切り抜けるか思考を深めたが。

 ――すぐに、答えは出そうに無かった。

 

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