ルノワール男爵の憂鬱   作:道造

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第十二話「リングの上の住人」

 

「プロレスか」

 

 不愉快そうな顔つきであった少年王が、ふと15歳の表情を見せた。

 

「確か、私が我が師に質問した答えの一つであったな」

「そうなりますね。それが彼、エルポトロになります」

 

 二人で純白のマントに身を包んだマスクマンを見つめる。

 彼は観衆の声にガッツポーズで応えた後、マントを脱いでプロモーターに渡した。

 

「……というと?」

 

 枢機卿が疑問を呈す。

 先ほどまでにらみ合っていた少年王が、急に興味を余所に移したのだ。

 私としては話が逸れて良かったことを、エルポトロに感謝するだけだが。

 

「常々から疑問に思っていたのだ。貴族と違い、平民は魔力量が少ない。鍛えても、生来の王族や騎士には遠く及ばぬ。乏しい魔力を鍛えるぐらいならば、肉体を鍛えた方がマシなぐらいで、話にもならぬというのが通説とされているが……」

 

 少年王が、ぴんと指を一つ立てた。

 

「私はもっと幼い五歳の頃。十年前に我が師に尋ねたのだよ。では、魔力に乏しい平民が、それこそ死ぬほど努力すればどこまで肉体を鍛えられるのか? それこそ我ら王族のように、石を握りしめたら砕けるまでになるのか? と」

「それで?」

 

 少しだけ興味を示したように、枢機卿が続きを要求する。

 

「我が師はこう答えた。すでに実験している。別に何処かに誰かを隔離して箱庭の住人として、経過観察を続けているような非人道的な手段ではなく――そう、リングの上の住人として試していると」

「プロ・レスリングでしたかな。確かにルノワール男爵が有り余る富の使い道の一つとして、慈善事業を興した。確か、もう十五年前の話に――」

 

 そうだ。

 まだ当時20歳で、砂糖や石鹸工場といった大規模な商売の結果として、我がルノワール男爵家は巨額の富を得た。

 もちろん国には税を納め、その税でヴィルマイア王国は更に多額の投資を将来に向けて行ったが。

 税で目減りした後も、私の手元には巨額の富が残った。

 流通しない富は澱んで腐る。

 世の中にとって良いことは何一つないから、私は慈善事業を行った。

 新しい興業だ。

 「パンとサーカス」における、それこそコロッセウムのような野蛮な死人の出る興業ではなく、もっと楽しく観客が試合に魅せられるような取り組み。

 それが私にとってはプロ・レスリングだった。

 古くからあるレスリングに演劇要素を加えた、当時としては新しい娯楽である。

 新聞を刷り、ポスターを貼り、吟遊詩人に金を握らせて噂話を流して。

 アナウンサーを使って「これこれこのレスラー達にはこのような因縁があるのでございます」と前説を行ってプロレスをさせるのだ。

 これが、自分でも驚くほどに興業として上手くいった。

 一応は金を目的としないボランティア、慈善興行であったはずなのだが。

 なんかもの凄い上手くいったせいで商売の一つになってしまっている。

 開拓地の慰撫のため、地方巡業をする赤字行為を含めてさえも最終的な利益は出ていた。

 王都ではおよそ数十名のプロレスラーがいるほどの人気商売である。

 それはさておき。

 

「そうですな。王様には伝えましたが、私は生まれつき才能の無い人間が、努力次第でどこまで辿り着けるかに興味を持っており、その実験としてリングの上の住人に目を付けました」

 

 私には興味があった。

 今口にしたとおり、はて、なんら才能の無い人間が本当に努力をして。

 漫画のように親が偉大ではなく、本当に出自も平民の出にすぎない人間が。

 どこまでも強くなろうと自分を鍛え抜いた場合、どこまで辿り着けるのか。

 答えは容易かった。

 プロレスラーを養成すれば良い。

 もちろんスポーツという手段でプロアスリートを育ててもよいが。

 およそ、私は前世の知識において、プロレスラーほどに自分の身体を苛め抜く連中を知らなかった。

 

「その結論が、あのエルポトロか。農民の出自から、見事トーナメントのベスト16まで這い上がってきたわけだ」

「才能が皆無だったとは言えません。ですが、貴族ほどに恵まれていたとも異なります。努力の結果でしょうね」

 

 エルポトロの相手は騎士である。

 平民が騎士と戦うところまでは鍛え上げた。

 王様や枢機卿はまた別世界の強さであろうが、それでもエルポトロはプロレスの人気レスラーで、王国最強トーナメントのベスト16にこうして辿り着いたのだ。

 これは見事と拍手してもいい。

 少なくとも、トーナメントが終われば私は騎士の身分を彼に与えてくれるよう、王に進言する予定だ。

 

「ふむ、男爵はまた私の知らない間に、面白いことをしていましたな。私は完全に慈善事業のみでやっているものかと」

 

 その辺りの話を全然知らなかった、枢機卿が興味深げに言う。

 まあ話題にすることでもなかったしな。

 

「私は知っていたぞ! 我が師のやっていることならなんでもな!!」

 

 何の対抗心だか、少年王が胸を張って言う。

 やめてくれ、またややこしい話になるから。

 

「とにかく、私はあのエルポトロが優勝はともかく、どこまでトーナメントに食い込めるか気になっております」

 

 モルモットなんて失礼な言い方はしない。

 リングの上の住人。

 四角い戦場の覇者。

 それがエルポトロだ。

 

「私も気になる。銅鑼を鳴らせ」

 

 観客は人気レスラーの登場に沸き立っている。

 王が、す、と手を上げると、銅鑼が鳴った。

 失礼ながら、対戦相手はベスト16に残ったものの、特に名も聞いたことのない騎士に過ぎぬ。

 

「さて、どうなるか」

 

 試合開始の銅鑼が鳴った。

 すかさず、一拍の間さえ置かずにエルポトロが走り込む。

 彼に不利な点があるとすれば、ここは四角いリングではない。

 地面は反動のあるマットではなく土であり、四角い石造りの闘技場であった。

 だが。

 エルポトロは理解している。

 ここで地味な技に出るならば、もはやそれはプロレスラーではない。

 宙を舞った。

 立っている受け手の正面からジャンプして、相手の頭を両脚で挟み込み、下半身の力や自身の体が旋回する勢いで相手を投げ飛ばす。

 奇妙な格好であった。

 私はこの技を知っている。

 ヘッドシザーズ・ホイップ。

 ルチャ・リブレで言うところの――

 

「ティヘラ」

 

 あれ? プロ・レスリング結成から十五年でもうそんな技まで発展してるの?

 私はちょっと驚いた。

 確かにまあ基礎といえば基礎技だが。

 騎士は一瞬だけ耐えたが、一瞬だけだった。

 おそらく馬鹿力である。

 それはプロレスであってプロレスではない。

 受け手の協力はない。

 ただの一方的な馬鹿力だけで、エルポトロは地面から騎士を引っこ抜いた。

 エルポトロは鍛え上げられたプロレスだけの力で、魔法で身体強化した騎士の肉体を上回った。

 騎士の身体が宙を舞う。

 投げ飛ばされた騎士に、そこまでのダメージはない。

 相手もベスト16の騎士、鍛え上げられているのだ。

 すかさず立ち上がるが、背後に回ってバックドロップ。

 これも鍛えられた騎士に対しては致命打ではない。

 ないが――脳が揺らされたな。

 相手騎士は前後不覚に陥っている。

 これは相手が悪かった。

 

「一方的な試合展開だな」

「エルポトロの勝ちは見えましたな」

 

 王と枢機卿の言葉通りであった。

 またすかさず背後に回り、スリーパーホールド。

 数秒で、エルポトロは相手を失神せしめた。

 勝負開始から数十秒。

 結論から言おう。

 私の実験結果として。

 高度に発達したプロレスは魔法と区別がつかない。

 本当に死ぬほど身体を苛め抜けば、それこそ貧農の出自でも騎士には勝てる見込みがあるようだった。

 

「我が勝利を、スポンサーであるルノワール男爵に!!」

 

 エルポトロが、片手を振り上げてスポンサーである私に絶叫した。

 私としては、ただただ拍手するばかりで。

 

「我が師よ、私は一つの実験結果を見たぞ。やはり英才は在野にも存在する。このまま教育機会の平等化を進めるのだ」

「ふむ。少なくとも血統の優位性はありますが、血統だけで何もかもを諦める必要は無い。夢がありますな」

 

 とりあえず、この二人の険悪な空気を緩和してくれることに貢献してくれた。

 それに素直に感謝して、プロレスの来年度予算を少し増やしてやることを今決めた。

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